♰Chapter 15:第四元素・土

次の日の昼下がり、オレと水瀬は第八区の高台に位置する九狐里くこり神社を訪れていた。

規模はかなり大きく、石段を登りきったところで振り返ると眼下の街並みが視界一杯に満ちる。


視線を戻せば緋袴と白衣の装束姿の巫女が境内を竹箒で掃いている。

お社は年月の流れを感じさせるが丁寧に手入れされていることが見て取れる。

総じて立派なものだった。


「おや、優香さんじゃないかい?」


そう声を掛けてきた人物は渋味を感じるバリトンボイスを持つ人物だ。

年齢は三十後半くらいだろうか。


「お久しぶりです、巫条さん」

「本当に久しぶりだよ。前回の『地納じおさめ小儀しょうぎ』以来だね。今回ももうそんな時期なのか。年月が過ぎるのは本当に早い」

「ふふ、まだそういうお年でもないでしょう。冗談はほどほどにしてくださいね。それはそうと今回の『地納の小儀』には彼も参加します」


オレは水瀬の振りによって自己紹介を行う。


「初めまして。八神零と言います」

「おお、ありがとう! 私はこの九狐里神社の宮司をしている巫条義嗣ふじょうよしつぐです。いつも優香さんにお世話になっています」


物腰柔らかに頭を下げられ、その腰の低さに瞠目する。


「ちょっと待っててくださいね。おーい!」


巫条が声を張って呼び掛けると反対側で清掃に勤しんでいた巫女の一人がやってきた。


「初めましてですからね。彼女は九狐里神社の巫女の一人、椿つばきと言います。ここでは特に霊力――魔力とも呼ばれますが、それが高い子なんですよ」

「初めまして。ご紹介に預かった椿と申します。以後お見知りおきを」

「オレは八神零と言います。よろしくお願いします」


椿の丁寧な礼にオレも礼を返す。

お互いの紹介も終わったところで巫条がポンと手を叩いた。


「そうだ、零くんもここまで疲れたでしょう。社務所の方でお茶でも出しましょう」

「いえ、今回もそれほど長居できませんから」


だがその提案をあっさりと拒絶した水瀬の言葉に、巫条は気を落とすそぶりを見せるもすぐに頷く。


「そうかいそうかい。それも仕方ないことだね。なら早速『地納の小儀』の場所――御神木のところまで案内しましょうか」


そう言って奥まで案内する神主についていくと樹齢にして数百年、ともすると千年を超しているだろう巨木を目の当たりにする。

太く壮大な枝を四方に伸ばしているこれが御神木に違いない。


「零くんは御神木を見たことがありますか?」

「いえ、初めて見ます。とても立派ですね」

「そうでしょうそうでしょう。御神木は神様が宿る『依り代』や『結界』、『神域』とも呼ばれます。地脈や霊脈の要としてとても神聖なものなんですよ」


オレと宮司が話している間に水瀬は御神木の東西南北に一つずつ土魔石を配置していく。

いずれも純粋な土魔法のみを封じたもので、不純なものは一切混じっていない。

次に宮司が持ってきていた清めの水を円状にまいた。


「儀式の準備は整いました。あとは宮司の巫条さんと巫女の椿さん、そして私と八神くんが四方に立てば開始できます」

「分かりました。それじゃあ椿行きますよ」


それぞれが自身の立ち位置に着くと清めの言葉を口にする。


「祓い給い、清め給え、かむながら守り給い、さきわえ給え」


一句一句を噛みしめるように紡がれる重厚な言葉が耳に心地いい。


御神木に流れ込む宮司と巫女の『霊力』、そしてオレと水瀬の『魔力』によって土魔石が浮き上がり清めの水が黄金色に輝きだす。

それらは御神木を中心に螺旋を描くように光を強めていく。


最近魔法を覚え始めたオレでもはっきりと知覚できるほどに大量の魔力を感じる。

ともすると押し潰されそうなほどの重圧だ。


やがて御神木から汚泥のように昏く濁った気配が抜けていくと、全てが集約していった。


「ふう、今回も無事お疲れさまでした。少し感じたのですが今回は御神木の不浄の澱が思ったより多かったようですね」


巫条の指摘に椿の方もこくりと頷く。


「不浄の澱が溜まる要因というのはあるのでしょうか?」


オレは疑問に思ったことを口に出す。

字面から推測するに邪気のようなものだとは思うが気になる点ではある。


「これは悪い兆候を指します。御神木は自然浄化の神性を持ってはいますが過度な毒――つまり世の中に生きる人々の負の感情や気運が高まると耐えきれずに枯れてしまうのですよ。ですから私たち神社を守るための人間は頃合いを見て魔法使いの優香さんに浄化をお願いしているんです」


なるほど。

水瀬が事前に伝えてきた〔幻影〕の活動内容と土魔法の修練というのはこういうことだったのか。


前者は〔幻影〕の人脈にオレを紹介すること、後者に関しては純度の高い魔石に込められた土魔法を直接感じてほしかったとみていいだろう。

実際に浄化する際に自身も魔力を注ぐことで感覚を馴染ませることができた。


「さて、と。次の『地納の小儀』は順当にいけば半年後ですが、このまま異常なペースで行くのなら二、三か月後になる可能性もありますね……。お二方ともその時はまたよろしくお願いしますね」


オレと水瀬は互いに挨拶を終え、石段を下りるのだった。

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