装い新たに

「……で、その子が噂の魔女だったって?」


 フードの男――ジャスパーはフードの奥の目を興味深そうに輝かせて、少女を見つめた。

 ルベウスの街の市場通りの外れ。怪しげな露天商達がこれまた怪しげな商品を並べている。その一角で、フェナス達は客を装って話し込んでいた。

 ジャスパーは露天商に紛れて適当な獣の牙や皮を並べている。いつもの場末の酒場は、際立って美しいランタナを連れていくには目立ちすぎたのだ。露天商が紛れている場所ならば、美しい奴隷を買ったと思わせれば説明がつく。念のためランタナには、短めのマントを頭から被せておいた。

 見つめられたランタナは少し怯えたようにフェナスの腕にしがみついている。宥めるように彼女の頭を撫でると、目の前の男に頷いて見せた。


「ああ。この子はあたしが連れてくし、魔女騒ぎもおしまいだろうさ」


「なるほどねぇ……」


 呟くと、ジャスパーは腕を組んで考え込んでいる。半信半疑といったところなのだろう。だが頭から疑ってかかっているわけではなさそうだ。

 値踏みするように彼はランタナを見つめた。彼女が本当に『魔女』なのか、知りたいというところか。抜け目がないのは良いことだが、あまり見られるとランタナが怯えて何をしでかすかわからない。少し視線から隠してやるように、少女の体を引き寄せた。


「信じられないのも無理ないさ。見た目だけなら、可愛い女の子なんだから」


 多少の警戒が伝わったのだろう。ジャスパーは手を振ってそれを否定すると、肩を竦めた。


「実際、その嬢ちゃんが魔女かどうか証拠はねえが……まああんたが言うなら本当なんだろうさ、信じるよ。

 だが《教会》の奴らに見つかるなよ、あんたごと血祭りだ」


「わかってるさ、うまくやる。

 懸賞金は手に入らないが、仕方ないね」


 聖金貨百枚は惜しいが、かと言って今更ランタナを差し出すこともできない。彼女の懐き振りはまるで、姉か母親に対するもののようで、守らねばと言う考えが増すばかりだ。これもまた術中なのかもしれないが。

 ジャスパーは揶揄からかうかのようにフェナスを指差す。


「あんたに子供が懐いてるのが意外だ」


「あたしだって子供の面倒くらい見るさ」


 冷血漢――否、冷血女とでも言いたいのだろうか。金色の目で少し睨んだが、ジャスパーは答えなかった。その代わりにフードの奥の目が、穏やかに細められたように見えたのはフェナスの気のせいかもしれない。


「とりあえず、情報共有はそんなとこさ。あんたの飯の種になる情報もなさそうだ」


「いや、魔女の噂の正体だけでも良い情報ネタだったぜ。その分は払わせてもらうさ」


 ジャスパーは懐から硬貨を一枚取り出すと、フェナスに投げて寄越す。反射的に受け取ってから手のひらの中身を確認すると、そこには金貨が一枚収まっていた。その額の大きさに、フェナスは目を剥く。相場の何倍だ、これは。


「はぁ!? いくら何でも多すぎるだろ!」


 思わず声を荒げ、硬貨を突っ返しそうになる。だがその手はやんわりと制された。

 ジャスパーはにんまりと口元だけで笑うと、もう一度フェナスに金貨を握らせる。


「いや、正当な報酬だ。いいから受け取っとけよ。王都までの路銀にはなるだろ」


 確かに、辻馬車の運賃や道中の宿泊費を考えると、ないよりはあるほうがいい。その彼らしからぬ気遣いに苦笑しながら、金貨を懐に仕舞った。


「足りすぎるくらいだよ、全く……ありがたくもらっとく」


 フェナスが受け取ったことを確認すると、ジャスパーも満足そうに頷く。そのやりとりをマントの隙間から、きょとんとした顔でランタナが見ていた。

 笑う二人を交互に見ると、首を傾げて問いかける。


「フェナスおねえちゃん、うれしいの?」


「ん? うん、まあそうだね」


「それ、さいしょはいやがってたのになんで?」


 不思議そうに問うランタナを見つめる。複雑な感情はあまり読み取れないらしいことは、森から街へ戻る道中で既に察していた。生贄集めという『やるべきこと』から解放された今、様々な人々の複雑な感情を吸収している最中なのだろう。

 見た目は十歳程だが、中身はそれこそ乳飲み子と大して変わらないのかもしれない。


「この兄さんの気持ちが嬉しいんだよ」


 フェナスはそれだけ言って、もう一度笑ってみせる。ランタナはよくわかっていないようで、銀色の目には疑問符が見えるようだった。

 ジャスパーは面白そうにそのやりとりを見つめてから、くつくつと喉を鳴らして笑った。


「まるで母ちゃんだな」


「やかましい。とりあえずあたしらは明日にはこの街を立つつもりだ。あんたともしばらくお別れだね」


「お得意様が減るなら、酒を控えねぇといけねぇな俺も」


「程々にしなよ」


 ひらりとジャスパーに手を振ると、フェナスはランタナを促して市場の人混みに紛れる。ランタナははぐれないよう、しっかりとフェナスの手を握っていた。迷子になるまいと必死でフェナスに歩幅を合わせている。

 その姿に少し微笑ましいものを感じながら、フェナスはランタナの姿を見つめた。

 少し身なりが良すぎるかもしれない。元々着ている服は、どこで手に入れたのか上等な生地だ。旅に出るには少し、目立つ。おまけに容姿も美しすぎるのだ。街一番の美人、なんて表現では片付けられない。それは無意識のうちに周囲に魅了の魔法をかけているのかもしれない。

 目を見なければ多少はその効果も和らぐようで、街に入ってからはマントを被せていた。だが、ずっとそうやっているわけにもいかない。

 そんなことを考えながら歩いていると、ふと古服を売っている商店が目に入った。店頭には、フードのついた可愛らしいケープが売られている。丈も短めで、ランタナによく似合う草色だ。

 ――これなら。

 しっくりくる気がして、それを手に取る。生地は丈夫な綿か。悪くない。

 ケープに合うような旅装束も選んでいく。動きやすそうなゆったりしたベージュのガウチョパンツと、シャツを何枚か。靴も旅用のブーツ。余裕をもって買い物が出来るのは、ジャスパーに貰った金貨のおかげだ。彼には心の底から感謝しなくてはならない。

 一通り選ぶと、こちらを伺っていた店主に声をかける。


「これ、買うよ。この子に着替えさせてくれ」


「毎度あり!」


 景気よく衣装を買ったフェナスに飛び切りの笑顔を向けながら、店主が揉み手で近寄ってくる。選んだ服を受け取ると、ランタナに手招きした。


「お嬢ちゃんこっちだよ」


 フェナス以外の人間と、森の家ではないところで話すのはまだ慣れないのだろう。銀色の目が戸惑ったように見上げてくる。子犬のような仕草に少し笑うと、ランタナの背中を押した。


「大丈夫だ、着替えておいで。今着てる服は旅には向かないんだ」


「そうなの? わかった、きがえる」


 ランタナはフェナスの言葉に素直に頷くと、店の奥に消える。あの容姿だ、店主が人攫いに変貌することも考えられたが、試着室は入り口から見える場所にある。そこまでの暴挙には出にくいだろうと考えた。

 少しして、ランタナが旅装束をつけて出てくる。

 その姿は先ほどまでのお嬢様然とした印象はなく、街の子供といった風情だ。これなら、そこまで目立つこともない。


「うん、似合うよ」


「ほんと?」


 ランタナは嬉しそうにその場でくるくると回って見せる。新しい服というものも初めてなのかもしれない。無邪気に喜ぶ姿は、ようやく年相応に見えた。


「お嬢さんが着ていた服はどうします?」


 奥から店主が声をかけてくる。仕立てが上等のものなのだろう、譲ってくれと目が言っていた。

 フェナスはランタナをちらと見ると、暫し考える。

 売ってしまっていいものか。『魔女』の使っていた衣装だ。正直、売ってしまって何かあってもことだ。


「いや……引き取るよ。悪いね、売ってやれなくて」


「いやあ、そうですか……」


 店主は残念そうに眉尻を下げたが、素直に衣装を返してくる。この街で商売をするには素直すぎる彼に、フェナスは好感を覚えた。

 懐から代金分を取り出すと、少し色を付けて渡してやる。

 その金額に店主は少し驚いたようだったが、すぐに笑顔になった。


「また御贔屓に!」


 その声を後ろに、ランタナを連れ立ってフェナスは店を後にした。

 ひとまず衣装は揃えた。旅に必要なものを頭に思い浮かべながら、ランタナの手を取って繋いだ。新しい衣装に浮かれている彼女が、どこか遠くへ行かないように。


「あとは、食料やら買いに行こうか」


 独りちると、ランタナが元気よく手を上げる。


「おてつだいするね!」


 森で泣いていた姿が信じられないほどの快活さを見せるランタナに、少し驚いたが、その提案に頷く。

 そのまま目当ての品を求めて、市場を練り歩くことにした。

 

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