伝えたいこと

 晩ごはんが終わった頃、隆太郎がお姉ちゃんの肩をたたいた。

『おはなししよう』

「お。りゅうくん、自分から話しかけたのって初めて?また成長だね。何か話したいことがあるの?」

隆太郎は首を振った。

「じゃあ、学校ってどうだったか教えてくれる?いい?」

『いいよ』

「ありがとう。言いたくないことは、言いたくないって書いてね。さっそく、何の教科が好き?」

『算数』

「へえ。私は5年生のときから、今もだけど、算数苦手だったな。分数とかできるの?」

『できるよ』

「すごいね。あとで教えてもらおうかな。そういえばりゅうくん、おやすみって言う練習すること覚えてる?」

返事がない。

「ふふ。忘れてた?いいよ。言えるかどうかは別として、できそう?」

こくり。

「もうひとつ聞くけど、今からまた、作戦会議してもいい?」

『いいよ』

「分かった。教えてくれてありがとう。私も書くね。」

と言って、お姉ちゃんは、隆太郎のノートにこう書いた。

『まず、何分やってみる?』

隆太郎はどきどきして、動けなくなって、お姉ちゃんを見たままフリーズしてしまった。何も考えられない。緘黙の子は、いきなりフリーズしてしまったりすることがよくある。それはお姉ちゃんにもあったし、みんなにもあるので、ここにいるみんなが理解できている。

「おっと。ちょっと喋るね。パニック?朝みたいに歩こうか。立つために触るよ。どきどきしたね。よいしょ。」

朝と同じように、家の中をゆっくり歩きながら、隆太郎は自分の情けなさに涙が出そうだった。

「大丈夫だよ。座れる?よし。私が話してもいい?」

隆太郎はうなずけなかった。でも、お姉ちゃんはそれを察した。

「私はりゅうくんのことを、全部分かるわけではないけど、いきなり怖くなったね。もう自分が嫌になるよね。それでもいいよ。私はりゅうくんのこと、大好きだから。大切に思ってるから。」

隆太郎は瞬きをすると同時に、右の目から涙を一粒落とした。

「昨日もお兄さんが言ってたけど、ひとつも我慢する必要なんてないよ。でも我慢しちゃうよね。分かるよ。自分の方法とタイミングで、無理せず気持ちを出していけばいいよ。今日は練習するの、やめておく?それは嫌なんだね。そんな感じだよ。表情でもいいし、書いてもいいし、声でもいいから、伝える練習をしていこう。何か書ける?」

ゆっくり鉛筆を持って、隆太郎が書いたのは、

『どうやって、』

の一言だった。お姉ちゃんはその先を予想して、言った。

「どうやって、"お姉ちゃんはできるようになったの?"かな?そうだよね。私は…人に見られてるところで書けるようになったのは、つい最近、中2のときだったよ。りゅうくんの方が早い。何回も、先生と鉛筆で話して、"言える!"って思ったら、さようならって言う練習して、でも何度も失敗して、泣きながら帰ってたな。こうやって喋れるようになったのは、いろんな先生と関わるようになってからだよ。今、りゅうくんは光が見えないと思う。それでも頑張ってるのは偉いよね。絶対できるから。ここにいる他の子たちみたいに、子供だましは効かないかもしれない。でも、ゆっくりいこう。この2日ですらすごい成長してるから、絶対できるよ。心配しなくていい。私も、本当は家ではもっとお喋りで、早口なんだよ。私だって、まだ成長中だから。大丈夫。りゅうくん、頑張り屋さんだし。そんなところかな。聞いてくれてありがとう。気持ちが声にならないのって、すごく辛いから、いつでも待ってるよ。なんでも言いにきてね。」

途中から、隆太郎は泣いていて、お姉ちゃんは隆太郎の頭を撫でながら話していた。話し終わると、お兄さんが、

「りゅうくん、お風呂に行こうか。」

とだけ言って、隆太郎は泣きながら付いて行った。


 明日からも、みんなの挑戦は続く。それは、お兄さんもお姉ちゃんも一緒だ。「夜のあさがお」は、いつでも寄り添っている。世界中の子供たちが、自分の花を咲かせられますように。

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