青空"ひみつのへや"

 9人に増えたので、3列になって歩いた。先頭は風菜と隆太郎がお兄さんと手を繋いで、しんがりは碧と小晴がお姉ちゃんと手を繋いだ。真ん中は、元からいた小学生3人。

 河原に着くと、各々が靴を脱いで川まで走った。愛翔は、靴を脱いでその場で止まってしまい、隆太郎はどうすればいいか戸惑っている。お兄さんがテンポよく指示する。

「あいとくんは、1回走っておいで。りゅうくんは、まず靴を脱いで。あいとくん、走れない?お姉ちゃん、よろしく。」

「はーい。あいとくん、走るよ。手繋いで。よーい、どん!」

愛翔は、はじめは引っ張られる形で走っていたが、最後の最後にお姉ちゃんが手を離すと、自分で走ることができた。

「うんうん。りゅうくんも、走る?靴は脱げたね。今日はやめておく?そうだなー、今日は靴を脱ぐところまで。その先はまた明日。」

 お姉ちゃんは愛翔を連れて、お兄さんたちがいるところまで戻ってきた。愛翔とお兄さんとの約束があるから。

「じゃあ、あいとくんはひみつのへやの時間だね。りゅうくんたちのことは、お姉ちゃん、任せたよ。」

「はい。任せてください。もうちょっとみんなの方に行こうか。りゅうくん。」

「…うん。行ったね。これ持って。あいとくん。」

ひみつのへやの看板。持つのは新鮮で、愛翔は少し笑顔になった。

「外だと話しやすいかなと思ってね。ほとんどのみんなが、河原で初めて話せるようになったからさ。」

そうなんだ。

「あいとくんも、今日の朝頑張っていたから、話したいっていう気持ちはあると思うんだ。偉いと思う。まだ1年生なのに、そんなこと考えられる子はあんまりいないよ。自分で自分を褒めてね。」

うん。

 気持ちが言葉にはならない。家では騒げるのに、家族の他に誰かいるとできなくなる。でも、愛翔は、コミュニケーションの上で大切なことができる。

「何か言いたいことはない?カード、持ってきたよね。うん。」

『いえるよ。』

「出た。言えるよカード。今日は何て言ってみる?」

『ありがとう。』

「ありがとうかー。いい選択だね。言えるようになりたいもんね。」

愛翔はうなずく。できることとは、カードでのコミュニケーションだった。

「僕が何か言ってからの方がいい?それとも自分のタイミングで言う?」

後ろの問いかけの方で愛翔がうなずいたので、お兄さんは愛翔に近づいて、耳を傾けた。

 しばらくして、愛翔から甲高い音が聞こえた。これは、喉が閉まっているのに無理やり声を出そうとしている証拠だ。お兄さんは心の中で応援する。ちなみに、愛翔には、高い音が出ていることは口が裂けても言えない。

 不意に、お兄さんに「今日は何か聞けるのではないか」という期待が芽生えてきた。そのときだった。

「ぅあっ…あ、り、がとう。」

愛翔は肩で息をしている。それを見てお兄さんは笑って言った。

「こちらこそありがとう。僕、とっても嬉しい!」

愛翔は笑顔になった。

「あー!あいとくんが笑ってるー!」

遠くから小晴の声がする。他のみんなも口々に、

「ほんとだー。」

などと言っている。お兄さんが言った。

「あいとくん、たくさん声を聞かせてくれたよ。みんなはさっきまで何してたの?」

碧が答える。

「石でお城作ってたの!でもね、ふうちゃんが走ってて壊しちゃったの。」

「何?壊したの?悲しかったね。じゃあみんなでふうちゃんを追いかけよっか!準備はいいかい?ふうちゃん!」

「いーいーよ!」

風菜は笑いながら走って逃げ始めた。みんなが追いかける。しかし足の速いお兄さんが追いかけて、すぐに捕まった。そこからくすぐりっこが始まる。

 愛翔は、座ってその様子を見ていた。そこへお姉ちゃんと隆太郎が加わる。

「りゅうくん、お兄さんってすごい人なんだって、分かった?あいとくんは、今日初めて、声が出たんだよ。」

隆太郎は横目で愛翔を見つめた。愛翔は朝の愛翔に戻っていたが、ちょっとだけ顔つきが変わったように思えた。

「みんなー、帰るよ〜。」

「はーい!」

お兄さんの声に合わせて、みんなは元気な声で返事をして、一斉に帰り支度を始めた。愛翔と隆太郎も、同じように動くことができた。

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