KAWAII☆HAZARD2

――Kai――

 とりあえず、エグい可愛いミィと道を歩いていた。カイは緊張のあまり心の置き所がなくなり、やたらぎこちなく早足で歩き、ミィが早歩きで追い付いてからペースダウンしてを繰り返していた。


 ひとつ意外だった――と自分で思うのも恥ずかしいが――のが、『T.A.S.の最終兵器ヒーロー・カイ』に気付く者がさっぱりいなかったことである。たしかに全身タイツや、シンボル的なマスクを付けているわけでもなく、なにか注目を集める特徴もない。


 見た目だけなら、ただのオッサンだ。町ですれ違っても『おー、結構すごい筋肉』と見られる程度の存在だ。とはいえ、こんなに気付かれないことがあるのだろうか。ヒーローとしても、ワイドショーで叩かれる話題の人としても有名なはずなのに。


 ……覇気がないんだろうなぁ。


「こ、この辺は初めてなんすけど、なんか色々とあるっすね。デートスポットに困らなくていい……あ。ひょっとして行きたい店があったり?」


 立ち止まって、ミィを見た。返事は首を横に振るだけだった。


「そっか。じゃあ、なんか……やってみたいこととか?」


 ミィは少し考え、カイを指差した。


「おれ? おれをする……?」


 少し考えて、すぐ答えに至った。答え合わせをするようにメモ用紙を差し出される。


『カイとなら、どこでも』


「ふっぐぅ……」


 止めてくれ。マジで好きになる。こんな高頻度でぶっこんでこないで。お願いだから。


 ハートが揺さぶれる、というかシェイクされていた。カイ・ビュッフェの『マティーニ』だ。


 なんで惚れられた? 心当たりないんだが? いや、おれも心当たりないのに惚れそうなんだけど。そういうこと?


「あの……あー……どこ、どこに行きましょっかね。食べる系はいま行ったし、なんだろ。ボーリングとかカラオケとか……。あっ、カラオケはナシやっぱ。おれ音痴でさ」


 デート相手が筆談であることを思いだし、危うく失礼を働くところだった。ミィは気にせずただ、優しげな目でカイが決めるのを待った。


「……そうだじゃあ、ゲーセンとかどうすか?」


 コクリと頷きひとつ。ならばそうしよう。


「おっしゃ。じゃあ……まず見つけるところからっすね」


 カイは苦笑いしながら言う。この世界ではスマホなど持ってなかったが、今は無くてもよかった。なんでも娯楽にして、一緒に楽しみたい。


 なにやら娯楽街のような通りがあったので、そこに入る。そこには車道がなく、レーンとして三つに分かれていた。しかし人流に車線はなく、なんとなく中央は避けられ、左右で往来が乱流していた。広い道の両側にこれでもかと店を連ねていっていた。


「あ~……。えっと、じゃあおれは右を見るんで、ミィちゃんは左を見てください。ゲーセンどこかな~」


 そうしてそっぽを向いて歩き始める。カイが指示したのは、お互いに逆を向く方角だった。


 いくつかの建物を眺めて、ちょっとミィの方角を見る。ちょうどゲームセンターを通りすぎるところだった。


 いきなり見落とすとは、うっかりさんだなぁミィは。そんな考えで見たら、当の本人はカイを見ていた。


 あ、違う。これ、おれを見ていて見落としたやつだ。


「わあ~。ゲーセン見っけぇ……!」


 凄まじく絞られて出た声が、この世界に来ていちばん間抜けな声の記録を塗り替えた。


 ミィがバッと振り返ってゲームセンターを見て、それからしょげた顔で、『ごめん』とメモに書く。


「いいっすよ全然。気にしないでくださいっ。おれも今ミィちゃんの顔……いややっぱなんでもないっす……」


 我ながら気持ち悪い発言をしそうになり、制止する。この緊張下では色々と配慮に欠けたもの言いになりそうで、カイは自らの内に潜む気色悪さというものに戦々恐々としていた。


 ゲームセンターに入ると、正に想像通りのゲームセンターだった。当然知らないタイトルのゲームばかりだが、その内容はシューティングゲーム、レースゲーム、格闘ゲームや音楽ゲーム、クイズゲームに、麻雀……のような何かのゲーム。勝手知ったるジャンルのものばかりだ。


 おそらくここはかなり大きなゲームセンターで、クレーンゲームの類いは別のフロアか、別館にあるのだろう。以前の世界ではそういう所を何ヵ所か知っていた。


「よっしゃ。なにやろ。あ、じゃあガンゲーやりましょ」


 こういうときは、ポピュラーなものから順に探りを入れていく。つまり有名タイトルがあるジャンルから、段々とニッチなところへ。


 だいたいクイズか、レースか、太達が盛り上がる。特に太達は音ゲーなのになぜかポピュラーで、普段こういうところへ遊びに来ない人と気軽にできていい。まあ、この世界にそんなものはないのだが。


 目の前にあったシューティングゲームの前に立つ。コイン投入口の位置には右手のマークがあって、そこに手を置いてみるとPpを吸われた。


 なるほど、そういう感じなんだ。こういう風に具体的な違いを見せられると、改めて異世界に来たんだなという実感が沸いた。


「あれ。ミィちゃんはやらないっすか……?」


 コクコクと、浅い頷き。あまり得意じゃなかったか。ワンクレジットで止めて次に行こう。そう決めて、手早くゲームを始める。


 どうやらゾンビ系のようだ。この世界にもゾンビの概念はあるらしい。とにかくマシンガンを撃ち、歩く屍を次々に倒してゆく。早く止めるべきなのだろうが、下手な自分を見せたくもない。カイは躊躇いつつも本気で挑んだ。


「…………?」


 ゲームプレイはすこぶる順調だったが、ある一匹に妙な違和感があった。明らかに雰囲気が違うというか、他のゾンビは――もちろんこの世界の住民のゾンビなので――角があったが、そのゾンビは角がなく、肌は基本緑と紫で、なにか美人だった気がする。


 おれの世界のゾンビっぽかったけど、気のせいかな……。


 引き続き撃ち続けていると、またあのゾンビだ。


「うぁ~」


 明らかに違うし、やけに背が小さいし、よく見たらこっちはこっちでえげつないほど美少女だし、声にまるでやる気がない。他のキャラのようなガチゾンビというよりは、モンスターっ娘のゾンビキャラという感じだ。


 なんだこのゾンビ……。ちょっと撃ちにくいだけど……。


 そうして――ノーダメージで最初のボスにたどり着いてしまった。


 これじゃ終わんねぇ。ヤバいな。カイはミィが心配になってちらりと見た。するとニコニコとした顔が、小さく拍手してくれた。それだけでやる気に火が着いてしまう。


 っしゃ。全クリするわ。


 それから猛進した。それはもう、猛進としか言い様のないほどにゾンビをなぎ倒している。のだが……。


「この人数で回すってヤバくねぇですか。ハテナ。……あ、ヴぁ~」


 何匹かに一回あらわれるこのゾンビは本当に何? やはりこの一匹だけ違う。意思を持っているようにも見えるが……。


「次の現場どこですか。イソイソ……」


 画面から消えたあのゾンビの声がフェードアウトしていった。


 すげぇメタいこと言うじゃん。気が抜ける。なんだこのゲーム……。


 ……え。


 まさかこの子……このゲームの世界に異世界転生してね?


 そんなことまで思い浮かんだが、冷静に考えて、ぜんぜん違う理由だと思い付いた。


 有名なキャラとのコラボ登場に間違いない。エイプリルフールにはよく見ることがあるのだが、アーケードゲームでは期間限定でコラボ相手をこうやって仕込んだりすることがある。それにしては回数が多すぎるし雑な気もするが、まぁ不自然な発想ではないはずだ。


 なぁんだ。なんかビビって損したぜ。そんな気軽に異世界転生なんて起こらないよな。と調子を取り戻した。まさか本当に異世界転移しているゾンビだとも、あまたもの物語がこうやってスイング・バイするものとも知れず……。


 気付けばノーコンテニューでラスボスを目前にしていた。


 おれだって――列車の時はレーザーサイトに頼ったけど――ちゃんと撃てれば当てられるんだ、と棒立ちで意気込む。


「ラスト来た! 頑張るっす!」


 パチパチと、微笑みと拍手。カイはもう気持ちよくて仕方がなかった。


 が――最後の敵は理不尽なまでに強かった。


「やっべ……」


 続けて被弾する。しかしここまで来てコンテニューは……。


 ふと策を思いつき、カイは迷わず実行した。痒いフリで右耳の裏に右手をかざす。バッファを起動したのだ。


 五分の一の世界。敵の撃ち落とせる攻撃や、激しく動く弱点を凄まじい精度で捉え、一発逆転のステージクリアにこぎ着けた。


 カイは延びをし、また耳の裏を掻くフリをしてバッファを解除する。ややドヤ顔であった。


「ごめんっ。お待たせしました。終わりっすよ~」


「…………」


 ミィは静かにカイの前に立つ。ニコニコとした顔のまま、半目になった。そうして手を伸ばし、バッファの埋められたあたりを撫でるように、指でなぞる。ミィの指先の感触が、振動となってガジェットから骨を伝って、くぐもった音として耳の奥をくすぐった。


 不正がバレたというのに、見抜いたミィの得意気な表情も、優しく指先で触れられる感覚も、ものすごくゾクゾクする……。


「は、早くつぎ行こ……行きましょっか!」


 カイはまるで、操り人形のようなぎこちない動きで、なぜかゲームセンターを飛び出した。外の空気を吸いたかった。本当にどうにかなりそうだ。


 飛び出すように店を出て、とりあえず道の真ん中に――。


「――カイッ!」


 どこかで、男がカイを呼んだ。


「んぇっ?」


 驚いて立ち止まると、まさに目と鼻の前を鉄の塊が横切った。二両の路面列車が起こした風の圧にバランスを崩しそうになる。


「の……わぁあああーーっ!」


 接触か否かで列車が通り過ぎ、カイは惨事の犠牲者にならずに前に転んだ。


 周囲の人の笑いを聞きながら、通り過ぎた路面列車を見た。道は、あれのために三分割されていたらしい。ホバー式であることが、道に線路がない理由だ。


「カイっ、大丈夫?」


 さっき自分を止めてくれた声がして、ミィが来た。


 それから、男の姿がないと気付いた。


「ん……あれ……?」


「カイ?」


 ミィが口を開いた。あの声は、そこから出ていた。


 あまりにも、一致しなかった。だからカイは目の前でミィが喋るのを見るまで、なにが起こったかよく分からなかった。


「今の、ミィの……?」


「……あ……」


 ミィは口を押さえ、目をそらし、それから――泣きそうな顔になった。


「…………嫌いに……なるか……?」


「いやならないっすよ。ビックリしただけっす」


 カイは「はぁよかった」と笑って立ち上がった。


 彼女……彼……いや、ミィは、いわゆる『男の娘』というものだろう。カイは男の娘も好きだったので、全く問題がなかった。いやむしろ――。


 ――もっと深く、ハートの深くに、ぶっ刺さった。実はカイの性癖ソウルである。


「助けてくれてありがとうございます。今のはホントに危なかったすねぇ……」


 手を伸ばしたが、ミィはその手を取らず、すっくと立ち上がった。


「なんで笑ってるんだ。声を出したら、みんな嫌な顔をするぞ」


 きっとその皆っていうのは、ナンパだろうなぁ。ミィは可愛いから……。そう腹落ちした。


 同時にカイ自身も、目の前の可愛らしい人が普通の男声を出していることにだいぶ混乱していた。


 ……ま、いっか。頭がバグりそうなのは事実だけど、ミィが可愛いのも事実なんだよなぁ。そんなことを思っている。


「おれはそうじゃない人ってことで」


「どうして?」


「どうして……と言われると困るんすけど……。別に深く考えてないっすよ? 好きとか嫌いになってから理由考えたりはあるっすけど……」


「そうなのか。うーん……」


 ミィは口を曲げ、考え込んだ。


 そのときふと、気付いた。男であればミィがクロウディアという可能性は消える。しかし、もうひとつの可能性が浮上する。


「……ミィちゃん」


「ん?」


「……あのさ、違ったらごめんっすけど。……ホントごめんなんすけどね?」


 何度か呼吸をおき、やっとその質問を口にした。


「もしかして、ファイマン……だったりします……?」


「え? ミィだぞ? ファイマンじゃない」


 あっけらかんと言う。その言葉には、ほんの少しも嘘を感じなかった。天才に嘘発見器と呼ばれた男は、胸を押さえてまさにほっとした。


 ただ、ファイマンならばファイマンでもよかったとも思う。語るべきことがあるのだ。


「デートするのにファイマンは違うだろ」


「……そうっすよね。うん」


「それより、どうして受け入れてくれたんだ……? うぅん」


 ……やっぱ、可愛いわ。考え込むミィに見とれてるカイ。ミィがその視線に気付き、二三度まばたきを繰り返した。


「なんで見てるんだ?」


「え、可愛くて……あ、変な意味じゃないっすよ!」


「か、カワイイか!? カイから見てもカワイイ……かな」


「おれから……? いや可愛いよ。もう、なんて言うか、ものすごく」


「そうか。カワイイかぁ……」


 ミィは、それはもうしみじみと言った。それから両手を身体の前で握って、ずいと顔を寄せてくる。


「分かってるなぁカイは。ボクはカワイイんだぞっ」


「んっふぅ……」


 可愛すぎるどうしよう。普通の、普通の男声なのに。付いててボクっ娘って業務用お得パックカルマじゃん。あれ、男だからボクは普通? もうわからん。ヤバい。可愛いがキャパオーバーするってこんな感じなのか。


 死ぬぅ……。


「ねぇカイ」


「なん……なんすか……?」


 瀕死の返事を絞り出す。ミィは容赦なくカイの手を握った。


「敬語は禁止。分かったか」


「分かり……じゃなくて、わー……わか……分かったよ」


「いいね。じゃー、カイっ」


 ミィは眩しく、無邪気に笑った。


「次はどこいこっか!」


 可愛すぎる。


 もうダメだと思った。


「ど……どこがいい?」


「近くに遊園地があるんだ! 遊園地どう?」


「い、いいね。めっちゃ……。ど、どこかな~……」


「分からないならボクがリードしてあげるぞ。こっちだ」


 ミィはカイの手を取って、先導していく。


 グイグイと引っ張られているのに、なんだか心地よくってたまらなかった。


「ね、カイ。遊園地にさ、ふたりじゃないと買えないスイーツがあるんだ」


「今なら買えるね」


「どんな味かな。なんだか見た目はさ、チェムリをレッキした感じなんだけど」


 何を言っているのか分からねぇ。でもきっと美味しい。


 いつの間にか引っ張られていた腕の力も抜け、二人の手は共振していき、振り子になっていた。


 ふと道端に、重そうなベビーカーを階段の前で立ち往生させて困っているお兄さんが居た。


 カイは迷わず手を離し、彼の元へゆく。


「あ。すみませーん。お困りですか?」


「あ、ああ。まぁ……」


「上まで持ってくっすよ。おれマッスルガジェット持ってるんです」


「マッスルを? ……いいですか?」


 男は赤ん坊を抱き上げた。カイはマッスルを起動し、ベビーカーをひょいと持ち上げた。


 そのまま階段の一番上まで行き、下ろす。


「助かりました。あの、違ったら申し訳ないんですが……」


 彼は失敗する未来でも見えているのか、すでに気まずそうな顔をしていた。


「……カイさん、ですよね?」


「あ、分かりますか? そうっす。T.A.S.の……」


「あぁ! やっぱりそうだ! いやぁ光栄です、助けていただけるなんて」


 破顔した男から握手を求められ、カイも破顔して応じた。


 どうやら覇気が無さすぎてここまでしないと気付かれないらしく、もしかしたらこのままキャーキャーと騒ぎになるかもなんて思ったが、気付いた数名が歩みを遅くしてチラチラと見てくるばかりだ。


 それでも良かった。ヒーローとして応援してくれている人はいる。それが分かった事実だけで、見返りを軽く超過した。


「……なんか。こっちこそありがとうございます」


「ん? なにもしてませんが……」


「応援ありがとうございますってことっす。ではっ。……とーうっ!」


 ピョンと飛び、ミィのすぐ近くに着地した。


 ……決まった。


 だがミィは、ただ無表情だった。


「助けたのか」


「え? まあ、そりゃね」


「全然知らない人なのに、なんで優しくするんだ」


「うーん? ……そう言われてみればなんでだろうね」


「もしかしてカイって、みんなに優しいのか?」


「……困ってる人がいたら基本そう、かな? へへ」


 気恥ずかしさがあった。だがそれ以上に、可愛い子に格好いい自分を見せられたんじゃないかと、密かな心のガッツポーズをした。


 だがミィは、少ししょんぼりとして呟いた。


「……ボクだから優しいんじゃないんだな……」


 ――は?


 ――――。


 ――――――好きだ――――。


 遊園地にたどり着いてさえいないのに、カイはもう敗北していた。呟くミィに何か違和感を感じたが、それどころではなかった。


「……ミィにはもっと、もっと優しいよ」


「そうかな。どう優しくしてくれる?」


 カイはおもむろに背中にミィを乗せ、おぶった。ミィの髪がふわっと広がり、カイの顔を撫でた。


 …………やっべ。メチャクチャ良い匂いする……。


「……こ、こんな感じとか」


「これは……優しいのか……?」


「なんならこのまま遊園地まで行く!」


 カイは駆け出した。


「あっはっは! いけー!」


「うぉおおっ!」


 そのまま走る。


 ……ミィの身体、結構ガッチリしてるな。思ったより筋肉質なんだろう。脚も長くてプロポーションもいいし……。


 カイは走りながら、悶々としていた。



――Nico――

 とあるダイナー。ここも前哨帯の息がかかった場所で、自分たちの他に客はいない。ニコとクロウディアがテーブルのソファ席に向かい合って座り、また3人の用心棒が少し離れた位置に立っていた。


 カイの様子を盗聴しようとした矢先に、クロウディアからの方からお呼びがかかってしまったのだった。


 録音にはしているので、後で聞き返すこともできる。……だが万が一があっても支援ができない。そうニコは焦っていた。


「それで、今度は何の用かね。こちらは何一つ用意できていないが……。カイ君のデートのことかね?」


 もっともらしい質問だと思ったが、彼女は机を見降ろしたまま不快そうに眉を潜めた。予想通り、部下が暴走しているのだ。所詮は小粒のテロリスト、ファイマンという英雄がいても、カルトの先鋭化を止められるカリスマはいない。


「……見てほしいものが、あるの。面白いもの、作ったから」


「見て欲しいもの? たったそれだけのために? さぞ良いものを用意したと見える」


 少しそわそわとしている。この様子じゃ、さぞロクでもないものを作ったのだろう。ニコは嫌な予感がした。


 クロウディアが右手を上げて合図すると、彼女の背後にいる3人の用心棒のうち1人が、他の2人に拘束された。


 そのまま、テーブルの横へ連れて来られて跪けられる。見ようによっては捕虜のようだった。きっと、なにかしらの落とし前をこの場で着けようというのだろう。


「な……なんだ……。なんで……」


 混乱した男に、クロウディアは見向きもしない。


「……ニコ。笑って」


「笑ってどうするんだ」


「……いいから。かわいい笑顔を、見せてあげて」


 どういう理由があろうと、クロウディアの前で笑顔を見せたくはなかった。だが、拒絶してはいけない。


 幼い頃、彼女の何かを拒絶してしまったとき、腕の骨を折られた。そのあと、泣きながら謝られた。それがクロウディアに対する嫌悪の象徴――トラウマであった。


「今は――そういう気分じゃないんだ。だが、下手な作り笑いなど見せたくはない。恥ずかしいからね」


 慎重に、あくまでも拒絶ではなく、自分の都合でしたくないのだ。そういう雰囲気で伝えると、クロウディアは少し残念そうな顔をした。


「……そう。だったら、わたしが」


 怯えた男を自分へ向かせ、クロウディアは男へ顔を向けた。そして、笑い慣れていない、歪んだ笑顔を作って見せた。


 彼女の笑顔なんて、初めて見た。醜いものだな。ニコは少し呆気に取られた。


 どうしてそんなことをしたか。そう思う間もなく、男が押さえ付けられたまま苦しみ始めた。


「どうした」


「……見てて」


 見ててと言っても、その苦しみ方は尋常ではなく、前のめりに力んで、呼吸すらできていないようだった。


 そして、叫びながら全身を伸ばして、真上を向く。


「ぁあああッ! あづい! 熱いぃいああああっ――!」


 炎。


 口から。目から。耳から。ジェット噴射のような紫色の火柱。噴射の反動で頭が後ろ向きに吹っ飛ばされ、身体の重さで弧を描いて後頭部を床に叩きつけた。クシャリ、メキメキ、と嫌な音がして、後頭部を段々と地面にめり込ませていく。いや、後頭部から、頭が潰れて――。


 その強烈な熱にあてられて、ニコは椅子を倒しながら後ずさった。押さえつけていた男たちも思わず腰を引かせ、二人より手前まで退いた。


 炎は止まることを知らず、当然の権利のように内側へ入り込むと、中から肉を焼いて炭にしつつ随所で破裂し、指の先まで残らず焦がしていく。


 クロウディアだけはじっとして、ただニコを見つめていた。


 なんだ。なにが起こった。Ppを炎に変換したのか。でも、どうやってだ。外部からそうさせたのか。そんな芸当ができるものがあるのか。


 永遠にも感じる僅かの間に、爪先でスッと炎は消えた。全てが炭となった人形ひとがたが残り、後ろ半分を失った頭にはかろうじて顔だけに皮が残り、虚空になった目を天井に向けていた。


「これは――」


「……これは、呪い。……わたしの、呪い」


 良い点数を取ったテストを親に見せるような顔が、ニコを見つめていた。


 博士は少し考え、唸った。


 ガジェットも正体が分からなければ、さしずめは呪いか。


「ふぅん。……面白いものを作る」


 これはわたし、あるいはクロウディアの笑顔をトリガーにした処刑用ガジェットだ。ジェット噴射させたのは恐らくプロトに何か効率を向上させる促進剤――助触媒と呼べるものを仕組んだのだろう。例のお手製爆弾IEDの燃料化に利用されているものに違いない。


 だがそれ以上に問題なのは、その点火装置。目で見て、その人物が笑顔であると認識したという事実を利用していることだ。そして認識するのは心。同様のガジェットに翻訳機があるが、あれは言語に対する特定の反応を変換するものだ。現状では『特定の人間の笑顔を認知した』ことに反応させるのは無理だ。


 いかにも不可能そうな試みだが――クロウディアらしいといえばクロウディアらしい。やろうと思うのも、実現するのも。


 何にせよ、これに対処しないわけにはいけない。自分の笑顔だけならまだしも、クロウディア自身も起動できるのだ。どういう手段であれ、このガジェットを組み込めさえすれば――――画像一枚を撒くだけで人を殺せるようになる。


 一発も撃たずしてT.A.S.隊員を皆殺しは自明の理、か。


 当の本人は悲しむように両手で顔を覆って、イヒヒヒと不快に笑った。これが本来の、いつもの笑い方だった。


「嬉しがっているようでなによりだ。……そこの2人、送りたまえ」


 用心棒風のふたりはお互いに怯えたような顔を合わせ、戸惑っているようだった。


「わたしの笑顔が見たいかね」


 そう言うと、2人とも大慌てで外へ出ていった。ニコはそれに続いて出口へ向かう。まだ笑い続けている背中へ、顔だけ振り返った。


「ではな、姉さん」



――Lila――

「どうしたんだ、それは」


 カイの訓練所でカスタマイザーを弄っていると、オークラーがやって来た。ロックとマッドは――というより、オークラー以外の隊員は――この訓練所に入らないよう言われていたため、リィラのひとり遊び中のことだった。


 観測室で拡張現実を起動して訓練室に的を並べ、その前でブロックのオモチャでも弄るように、カスタマイザーで遊んでいた。


「カスタマイザーだよ。知ってる?」


「あぁ。扱いが難しすぎてその装備専門のエリート部隊でもないと意味がない、とは聞いたことがある。結局、カネがかかってもカスタマイザーで再現したい機能を持つガジェットを買った方が早いからな」


「ま、やっぱガジェットに詳しくないと辛いよね~」


「そうだな。……見せてみろ」


 彼女がアタッシュケースを覗き込んだので、リィラはそれを手渡した。


 すると彼女は拙いながらも必要な機能を選別し、回路スロットへ挿入した。励起凝固と慣性化、そして反発化の三種をセットにして、回路中に分割して配置。しかも回路自

体は直線になるよう作られていた。


「ん。マシンガンじゃん」


 すると彼女は驚いたようにリィラを見て、それから微笑んだ。


「お前なら、簡単だったか?」


 そうして彼女は設定を準備完了レディにし、アタッシュケースを逆さに持って、銃口側の側面を的へ向け、もう側面を肩に当てて角に頬を押し付け、右手は持ち手を握った状態で、左手で銃口側の底を支えた。基本に忠実な、ライフルの構えだった。


 そうして銃口を引くと、ドドドドと普通のマシンガンよりくぐもった音と共に的の中心へ風穴を開けた。


「ふむ。なかなかの精度だが、やはり使用感は現物の方が良いな……」


「いーね」


「……もうひとついいか?」


「やってみ?」


 するとオークラーはさっきの要領で回路を作り上げ、素早く準備完了にしてしまった。武器に限っては、リィラと同レベルの知識量を持っているようだ。


 というよりも、リィラがプロの戦闘部隊レベルの武器知識並みに、ガジェット全体を網羅してしまっているだけなのだが。


「どれどれ……」


 オークラーはさっきのようにアタッシュケースを上下逆へ――。


 ――するだけでなく、肩へ担ぎ、左足をピンと伸ばしたままで右足を折ってしゃがみ、変わったデスペラードポーズで引き金を引いた。


 フラッシュバンの要領で作られたグレネードが射出され、的が粉々に砕け散った。グレネードランチャーのようだ。


「すっげぇ……」


「ふふ。ちょっと悪ふざけが過ぎたな。すまんすまん」


 彼女に返され、リィラは肩をすくめた。


「アンタだったら、戦闘に持ってっても良さそうだけど……」


「博士からも同じ評価をもらった。だが、やはり私は昔ながらの方がいい。機能がひとつに集約されるのはいいが、いざというときに動かなければ意味がないからな」


「ん。そっか。便利なほど、安全って保障されなくなるもんだしね」


 冷静に考えれば簡単なことだ。装備ひとつ壊れるだけでダメになってしまうのであれば、結局は予備として元の装備も持っていくことになり、であれば、最初から持っていかない方が荷物が軽いのだ。


 それに、さっきオークラーも言ったが、特定の用途専用に作られたハードウェアの方が使い勝手がいいに決まっている。


「その通りだ。部隊の訓練もまた、戦闘では常に便利を捨てるよう教えている。便利に頼るということは、決断を捨てるということだ。いざというとき、最適な行動を見落とさんようにせねばな」


「いいね。やっぱ、便利って不便の先伸ばしだよな~」


「ふふっ。大人だな、リィラは」


 そう言いながら、オークラーは頭を撫でてきた。無自覚だろうからと、リィラは気付かないフリをして撫でられていた。


「とはいえ、リィラなら役に立たせられるだろう。持っていて損はないはずだ」


「ん。……あそうだ。アイツ気付いてるかな」


「何がだ?」


 リィラはカスタマイザーの設定を弄り、反発化のC.モジュールだけで駆動した。そして、何度も着けたり消したりを繰り返す。すると、駆動音が妙なことになっていた。


 大きいときと小さいときが、一見ランダムに発生してるのだ。


「あ。やっぱ気付いてねーわアイツ。反発化のバグ。そこのエレベーターが止まったのと同じ症状なんだけどさ」


「ほぉ。博士のガジェットの欠陥だったのか」


「んも~。……あ、そうだ。アイツに直させよう。設計思想とかもありそーだし。ガジェット開発すぐするって言ってたのに全然しねーからこれくらいはいいよな?」


「いいかもな。だが、どうする?」


「ん~……あ」


 リィラは思い付き、イタズラにニヤニヤと笑った。


「クルマの書類、かな~」

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