ちょっとニコとデート1

――Kai――

 銃を運ぶ隊員を手伝いたい気持ちを抑え、ニコの私室を出た。


「で、エライ人となんか、話すんでしたっけ? 誰っすか?」


「うん。わたし」


「へぇ~」


 あまりにもあっけなく言うので、普通に返事してしまった。


「いや、ウソっすか」


「なにおう? 嘘じゃない。わたしは偉いんだぞ。T.A.S.の支配者だ」


「ん~おれの言いたいこと分かるっすよね」


「まぁね。ちょーっと言い方を工夫したのは、リィラ君を撒くためさ。ヒミツの用事があって、ふたりきりになりたい」


「…………」


 秘密の用事。その言葉に嫌な予感がした。押せば断れないと踏んで、誘っているのだろうか。


「ちなみにベッドへのお誘いじゃあないよ」


「あ。なぁんだ。う~っす」


 カイもあっけらかんと言って、ニコとふたりで廊下を歩く。


「……そういや気になってたんすけど、おれのいた世界と違って、この世界って日が落ちないじゃないですか」


「そうだね」


「なのに、睡眠は必要なんすよね。寝るタイミングがバラバラで社会って成り立つんすか?」


「見ての通り成り立っている。キミの世界では、疲労回復や身体機能の維持といった理由で眠るのだろうが、この世界では疲労の回復というただ一点のためだけに眠る。ま、必ずしも睡眠が必要というわけでもないがね。ちょっとしたリフレッシュ方法ってところだ」


「え、そうなんすか?」


「疲労の回復能力はキミの種より圧倒的に高い。眠るどころか起きている状態でも機能しているくらいだ」


「普通にしてても、なんかすっごい回復するってことっすか。え、じゃあ、ボーッとしてるだけでもスッキリ?」


「その通り。で、極端に疲れた場合は睡眠に頼り、一気に回復するのだ。寝たことはあるかね? 僅かな睡眠でもスッキリする。キミの世界で言えば一縺倥°繧じかんと少し程度で全快するよ」


 この世界の言語へ、自然に日本語を織り混ぜた。ニコはなんとも器用なことができるようだ。


 なら、この際に色々と聞いてみよう。


「ちなみになんすけど、この世界の時間の単位ってどんなすか?」


「ん~。メイラが時間の単位で、キミの世界の一縺倥°繧じかんが二・一七六……メイラ程度かな」


「は、半端っすね」


「まぁね。年という単位からしてキミの世界からアップルを輸入・・したついでに貰ったものだ。別々の発展で生まれた定義は不整合するものさ」


「はぇー。じゃあ、縺ウ繧?≧びょうはなんすか?」


「ない。メイラに単位接頭語をくっつけて使っているのだ。そっちと同じキロやミリを使うので、いち縺ウ繧?≧びょうは〇・六〇四……ミリメイラってところ。普通にミリと言えば、この世界では短い時間のことを指すよ」


「キロとかミリとかあるんすね。それも輸入で?」


「いや、こっちの単位を輸出した。あっちの方から持ってきたのだと、メートルがあるよ」


「あるんすか、メートル。……あ、ホントだ言えた」


「そうだろう?」


 ニコは右手の人差し指をピンと立てた。流石に、こういうときばかりは博士らしい。


「同じ定義ができるからPG社がキミの世界から輸入したが、想定より浸透しなかったようだ。その内翻訳機のライブラリから削除されるだろうね」


「あれでも、どうやって同じ長さになったんすか?」


「この世界のスケールと、キミの住む縺。縺阪e縺ちきゅうとのスケールは全く一致する。なんならあらゆる運動込み込みの座標も一致している」


 地球という言葉もない……か。そりゃそうだよな。この世界には月がないんだし、星さえない。きっと、星のマークもないんだろう。


「座標も……ってことは? えー……っと?」


「同じ場所を一緒に動いてる」


「あーそういう。じゃあ、ホントに縺。縺阪e縺の中みたいな感じなんすか、ここ。表と裏的な。掘ったら出ます?」


「いや出ないよ。……まぁ超厳密に言えば、どっちかっていうとキミたちの縺。縺阪e縺の方が、こっちの空間に固定されるように動いてるのだけどね。有と無がきれーいに反転している。よく出来た構造過ぎて、あちらの繧上¥縺帙>わくせいの位置にこちらの空洞があるのではという学者が居れば、縺?繝シ縺上∪縺溘?ダークマターと呼ばれた物質が我々を成す物質ではという学者も居てね。もっとも汎ゴースト理論において提唱されているのは全ての可能性であって別に珍しいことじゃ――」


 カイの虚空を見る目を認め、ニコは咳払いして「ともかーく」と続けた。


「ここの外が向こうっぽいというのも、向こうの中がここっぽいというのも、キミの言う通りだ。もっとも、人類側のスケール……身長が違うからキミの感覚とはズレるだろうが」


「そうなんすね。ちなみにおれは何メートルすか」


「ん~……2メートル50センチかな」


「でかいっすね……。え、じゃあリィラは……」


「ちょうど2メートルってところだ」


「でっっか!?」


 ヤバい。生まれ変わる前のおれより余裕でデカい。いや、まぁおれごとデカくなっているから、なにも変わることはないんだけど……。


 もし元々のままで転生してきてたら、見上げて首を痛める妹になってたのだろうか。たぶん、噛みつかれるたびに怖くて泣いたかもしれない。


 気付けば施設の、いつも人が集まっているロビーの対角の位置に来ていた。どうしてか来たことがあるような気がした。


 ニコが「どうぞ」と促すので、テーブルにつく。


「キミの人類の身長を三分の四倍した程度と思えばいいよ。……ところでだ、カイ君。そういえばキミ、この世界に来てロクに平和に過ごせてないんじゃないのかい」


「え、まぁ……そうっすねぇ」


 言われてみればそうだった。いわゆる『平和な日常』と呼ぶに相応しいのは、リィラと出掛けたのが唯一。そう思い至ってやっと、自分が戦争としての日常にいるのだと自覚した。


 いつ戦いがあるか――いつ気を緩めるべきか分からず、緊張と気抜けとの合間という嫌なストレスの中に居続けなければならないという正にこの状況がそうだったのか。とカイは感嘆し、同時に逃げたいような気分にもなった。


 紛争とかの軍の兵隊さんとかも、ずっとこんななんだろうか。今になってカイは、軍人というものに感謝したくさえなっていた。


「そうだろうそうだろう。だから、キミ。街に出掛けたまえよ」


「え? いやいや、でもそんなの危ないんじゃ……」


「前哨帯どものアジトはだいたい割れているから、そこを避けた平和な場所で探索すればよい。ファイマンに関しても今は心配しなくていいだろう。殺すならさっき、殺せたのだろうからな」


 それはその通りだった。殺さなかった理由があるはずで、それはまだ分からないがすぐに気が変わるような物ではないことは予想がつく。


「向こうに動きがあるまでは、訓練で自分をしっかり鍛えられるだろう。しかしね、その前に、ちゃあんとリラックスしようじゃあないか」


 なるほどとカイは頷いて、立ち上がろうとした。


「んじゃ、呼んでこないと……」


 しかしニコがカイの手を掴み、止めさせた。


「おっとそうはいかせんぞ」


「な、何がっすか?」


「リィラ君と一緒ではキミ、お世話に夢中になってロクに見回れないだろう」


「じゃあ、ひとりで?」


「いや、大人同士で行くのだ」


「も、もしかしてオークラーさん……」


 死ぬほど気まずいぞ。でも嬉しいかもしれない。いや無理だろあの直後なんだから。そんなカイの葛藤を差し置いて、ニコはあっさり首を振った。


「おしいねぇそっちじゃない。ほらほら、この建物で一番素敵お姉さんといえば? ほら……」


 分かったが言いたくない。うーん適当言っとくか。


「お姉さんっていうにはまだ早いっすけど、やっぱりリィラは可愛いっすよねぇ」


「わざと言ってるな? ふーんじゃあそれリィラ君に伝えとくから」


「おわぁ待ってください! 分かりましたニコさんですよね」


「よーし。その通り。では、大人同士のデートといこうか。アハハハ」


 彼女は立つが、カイの腰は重い。デートというだけなら嬉しい。だが……。


 ……ニコ博士か…………。


 そうして彼女の運転で向かった先は、ショッピングセンターだった。


「マジでデートじゃないっすか」


「デートって言ったじゃないか」


「え、こっからまっすぐ帰りますよね?」


「なんだい人聞きの悪い。分かった分かったホテルなんか寄らないよ」


「何も言わなきゃ寄る気だったんじゃないすか……」


 彼女のスムーズなステアリング裁きでホバーが駐車場に入る。一台一台の駐車スペースがやたらと広々としていて、線の内側に入ってから車をその場で回転させ、着地した。きっとこのために広いのだろう。


「さ。行こう」


「なんか目的のものとかあるんすか?」


「ないねぇ。ただ、ブラブラするだけ」


「えぇ……」


 デートらしく、なんか店で買い食いしたり、なんかスポーツとかゲームとかしたり、カラオケ行ったりとかないのかな。そんなことを思っている。


 一方で、ニコは本気でただ彷徨さまよおうとしているようだった。目的もなしに取り敢えずでショッピングセンターへ来たらしい。


 それもう、家族になった後のやつじゃん。とカイはひどく懐かしいような気持ちになった。


「おー。この服、キミにいいね」


 彼女が見つけるなり一件の服屋に立ち寄り、オープンカラーシャツを手に取った。


「えー。なんか開いてるじゃないっすか」


「いいじゃないか。女でも男でも、胸はセクシーに決まってる」


「はぁ……いやいいっすよ、着てるので……」


「おんなじのずっと着てる気かい? そろそろ臭って来るぞぉ? ほらぁリィラ君にハグ拒否されるかもよぉ?」


「もーすぐリィラ出す。じゃあこっちで」


 カイは七分丈のインナーシャツを取った。いま着ているシャツはT.A.S.からの逃走し始めに買ったもので、サイズを検討する間もなかったので小さく、下が足りていないため背筋を伸ばすと鼠径部がチラリと見えてしまう。


 そのためか背筋を伸ばす場面があると、ニコに腰の辺りをじっくり観察される。なので、しっかり肌が隠れるものを選んだつもりだったが、ニコはむしろ驚いた顔をしていた。


「マジかね?」


「いいじゃないっすか」


「い、いや……うん。攻めるねぇと思っただけ」


「?」


 そうしてレジに持っていくと、ニコが機械を指差した。


「近付いて支払い機の『会計』ボタンを押せば勝手に計算してくれるから、これを首か腕かに当てるんだよ。まぁ身体でも構わないがね」


「へぇ~便利」


「といっても、普通はボトルに当てるんだよ? この支払い機」


 ニコがマイボトルを取り出して、その側面へノズルの先端を当てるフリをした。


「そうなんすか?」


「だって、買い物のたびにPp濃度が変化していてはあっという間に体調を崩すからね。キミに合わせて説明しているが、常識としては財布で支払うのさ」


「あ。あ~それでピンと来ました、サイフ。そりゃそうっすよね」


 機械の横についているノズルを取り、腕にくっ付けてトリガーを引いた。ガソリン給油の逆再生のような感覚で、Ppが吸い出された。


 冷静に考えると、普通はこの支払いも躊躇っちゃうはずなんだよなぁ、金でも栄養でもあるんだから。


 使い放題という状況になっても、自分が大変な存在になってしまったとはピンとは来なかった。この世界に来て最初からこうだったからだろう。


 もしジェイクさんの記憶があったら、ちょっとでも欲は出たのかなぁ。あとでこれ話してみよっと。


 購入し、袋を貰って試着室へ。着ていたシャツを脱いで袋へ入れ、買ったシャツを着た。


「うぉ……」


 ニコの言っていた意味が分かった。この身体は自分が思っているより筋肉量があって、またもピチピチなのである。腹筋の割れている感じまで浮き出ていた。


 隠れてるけど……。なんだこれ、恥ずかしいな。どうしよう。


「着たかね?」


「あ~ちょっと待ってください」


「着たってことだね?」


 シャッとカーテンが開いて、カイが「きゃっ」と身体を隠した。


「なに開けてんすか!」


「着てるならセーフ! わーおやっぱりセクシーだねぇ!」


「大声で言わないでくださいよ! そ、それ取ってください」


 カイが指したのは半袖のカジュアルシャツだった。


「これ?」


「それっす。大きいサイズの」


「もー仕方ないねぇ」


 彼女からシャツを受け取り、カーテンを閉めて着る。前をボタンで閉めたが、それでもぴったりより緩い程度のサイズだった。これならボディラインがピッチリと浮くことにはなるまい。


 ややドヤ顔でカーテンを開けると、ニコが目を見張った。


「わぉ、野球部かい?」


「なんすか野球部」


 振り返って鏡を見た。前まで閉めたためユニフォーム然としたシャツの袖から、さっきのピッチリとしたインナーシャツがはみ出していた。


「野球部っすね……」


「前開けなよ」


「うす」


 言われた通りにしてみると、多少はマシになった。身体の前が見えるのはもうしょうがないと諦めよう。


「ってか、野球部ってこっちの世界にもあるんすね」


「だって、こっちの世界のをそっちへ教えたんだからね。ルーツはこっちにあるよ」


「あ、そっか」


「じゃ、それも買おうね」


「うーす」


 着ていたものを袋に仕舞い、しまったともう一度出そうとした。


「出さなくていいじゃないか」


「え、でもお会計するのに一回脱がなきゃじゃないっすか」


「あーそれも知らないか。着たままで会計できるよ」


「マジすか?」


「そ。基本的に買いたい物を持ってレジ行けばそれだけでいいんだ。後ろには気を付けなよ。この世の中にはぴったりくっついて、ついでに会計させようとするヤツがいるそうだからね」


 試着室から出てそのままレジへ直行した。さっき買ったものが反応するんじゃないかと頭をよぎったが、会計ボタンを押すとカジュアルシャツの価格だけが表示された。


「すっげー」


「考えてもみれば凄いのかもね。これでも、キミに説明するために、キミの世界との技術の違いを考えていたけれど、着たままでいいっていう技術なんて意識したこともなかった」


「……言われてみればそうっすねぇ」


 スマートフォンなんかがいい例だろう。いつも、スマホでできる斬新なゲームや、カメラの映像にCGをリンクできることに感動したりしていたが、そもそもソフトを入れるだけでそれだけのことができる機械を持ち歩けるのは、とんでもないことなのかもしれない。


 ありがたみどころか、意識すらしたことなかったなぁ。そんなことを思った。


 購入して店から出て、また宛もなく歩き出す。


 大型施設の中身はカイの世界のものと大きくは変わらず、吹き抜けで繋がった一から四階が長細く続き、連綿と店の看板が連なっていた。大きく違うのは、どこも施設の照明以上に床を照らす店内の明かりや、疑似物質輝く階段が上下するエスカレーターの、床板の輝きだった。


 どこもかしこも極彩色に輝いて、混ざって白に戻るほど光に溢れている。技術の光なのだろうが、執念に似た自己主張が眩しくて嫌になり、カイは無意識にニコを見た。


「ん? どうしたの?」


「え、いや……」


「アハハ。いいよ。見てなよ、いくらでも。だって綺麗なお姉さんなんだから。仕方ないよね」


 彼女は少しも気にしないでまた前を向いた。


 気があるか無いかに関係なく、普通にちょっと素敵な人だな。なんて思った。倫理観がイカれている点以外は。


 ……倫理観か。致命的だなぁ……。


「そういや、さっき買ったじゃないっすか。服。これって、どれくらいの価値なんすか?」


「価値? あぁ、そうだったね、キミの世界では保存される金だった」


 彼女は少し考え、「あ」と思い付くなり、ピンと立てた人差し指を指揮棒のように振った。


「インナーは安いからカジュアルシャツの方で言うと、人体プロトが十二縺ォ縺にちで自然に回復する量とちょうど同じくらいだよ」


「十二縺ォ縺で……。なんか、なるほどそれくらいかって感じっすね」


「いいじゃないか。これが、物の価値を知る指標ってわけだね」


「えっと、あのボトルみたいなマークっすよね、値段の表記のあれって」


「そうそう。ボトルで言うと三六ボトルってところかな」


「んと、だからいち縺ォ縺九ボトルっすね。あれちげえ……。ちょっと待ってください? だから、え~十…………じゃなくて二ボトル」


「算数苦手かね?」


「パッとは出ないっす……」


 それでよく電気系の学科に通っていたなと、自分でも思った。受けたのは友だちと行きたかったからだが、その友だちが三年生の始めごろ来なくなり、結果カイは取り残されるハメになった。


 まぁ、もう関係ないんだけどなぁ。アイツも別の異世界行っちゃってるし。

と、以前の世界に少し郷愁を感じていた。


「三ボトルだよ」


「じゃあ、いち縺ォ縺で三ボトルっすね。あれ、結構回復しないっすか? 三杯分も」


「うん? あ、なるほどボトルね」


「ん?」


 ニコはマイボトルを出し、顔の横で振って見せた。


「このボトルだろう? 携帯ボトル一本には五〇〇ボトルくらい入るよ?」


「う~~~ん? もうむり…………」


 カイは言いながら、レモン一個に含まれるビタミンCはレモン四個分であることを仰々しく主張するインターネット・ミームを思い出していた。


「えっと、じゃあ、三十六ボトルは高いんすか?」


「少し前まではちょっと高め。今は普通に高い、かな」


「え。なんでっすか?」


「敗戦直後だから、税金が高いのさ。試合部隊が迫害される理由はそこにある」


「うへぇ……。ちなみに税金って……」


「聞かない方がいいよ。キミのことだ。きっと、金をバラまきたくなるからね」


 そのとき目の前に、肌の露出面積が多いお姉さんが歩いてきた。ニコがそれを認めるなり微笑みかけると、ウィンクが返って来た。


 すれ違ってから、満足そうなニコを見る。


「知り合いっすか?」


「いいや? でもよかったねぇ。ぜひ抱きたい」


「へぇ。そういやどうしてオークラーさんと喧嘩してるんですか?」


 言うと彼女は重い一撃を食らったように顔をゆがめた。


「キミねぇ。よりによってこのタイミングで。わざとか?」


「んー。まぁちょっとわざとっすね」


「はぁ……。まぁ、なんというか、認識の違いだよ。うん。不幸なすれ違いさ」


「ほんとっすか?」


「いや、付き合ってから浮気なんてしてないぞ。これは本当だ。まぁ、こっちは遊びだったけれど、向こうが本気にしちゃってね」


「普通に最低っすね……」


 やはり異常というキャラクターに落とし込んだ方が楽かもしれないと、聞いたことを後悔し始めていた。


「だってさぁ、一度だけ快感を味わって終わった方がいいじゃない。燃えたまま終われた方が、気が楽だよ」


「でも、だからってそんな、もてあそぶようなことしなくていいじゃないっすか。最初っから手出ししないとか」


「いいじゃないか。これでも性欲くらいあるしいっぱい満たしたいよ。やりたいときにやるだけの仲がいい」


「控えめに言っても最低なんすが?」


「だって、欲だけなら求めてくれるじゃないか。手に入れれば、欲はなくなる。欲がなければ愛しか残らない」


「それでいいと思うんすけど……」


「愛は意地だ。燃えられなくなった相手とどう仲を持続するか、じゃないか。わたしに意地になってくれる人がいないことは、経験則で十分に知っている」


「…………」


 なんだか申し訳ない気分になって、それでも初めて本音を聞けた気がしてちょっと嬉しかった。


「それから、自分ばっかりオークラーさんに意地になっちゃってる、とかっすか?」


「う~む。もう。ちゃんと肝心なところで間違えたまえよ。バカのくせにぃ」


「ほほぉ~ん?」


 珍しくカイ優勢のイジりであったが、ニコは彼を見るなりニヤッと笑った。


「はぁーあ。してみたいね~『心を通わせた真の愛のキッス』なんて」


「おわぁ止めてくだせぇ!」


「アハハハ!」


「マジで致命傷だったんすからあれ」


「面白すぎて忘れられる気がしない。要所要所で古傷えぐるね」


「なんすかその宣言……」


 そのとき、ガシャンと近くで音が鳴る。ひときわ大きく、高い音に皆が注目しているので、異常事態らしいことはすぐに分かった。


 音の元は、どうやら高級店のようだった。ニコが人目も気にせず、わざわざ見易い位置へと移動してしげしげと眺めた。


「お~やってるやってる」


 カイも、彼女へ向けられたはずの痛い視線をどうにかくぐり抜けながら、隣に立つ。


「な、何言ってんすか。なんでそんな冷静なんです?」


「これが敗戦の風物詩だからさ。金持ちから奪おうってワケだ。ひがみから生まれた『金持ちは汚い』という思い込みを正当化の材料にしているが、その実は『金を持っているから悪いに決まっている』と因果が滅茶苦茶になっていることさえ分からない、しょーもない人間の悪あがき。いつの時代も変わらないのだろうねぇ」


「うぅん。なんか……わざわざそんなこと言わなくても……」


 ニコほど理論的に弁が立つ訳ではないので、うまい言葉が出なかった。だがカイにとってはニコのイヤなところだった。


「えっと、じゃあ止めてきます」


「おっ。それは中々よさそうだね。ちょいと利用させてもらうよ?」


「え? それってどういう……」


 聞きたかったが、ちょうど強盗団が店外へと出始めていて、それどころではなかった。


「うぉっ。が、頑張ってきます!」


「うん。頑張れーっ」


 声援と民衆の止めておけという警告を背に、彼らの前に出た。


「待ってください」


「なんかいるぞ!」


「バカだほっとけ早く行くぞ!」


 無視して行こうとする彼らにムッとしたが、冷静にバッファを起動する。五分の一の世界で、ゆっくりと逃走方角へ向こうとする五人を見ていた。


 悪いけど、止めさせてもらうぜ。


 マッスルを起動し、地面を蹴る。やや高く山なりに飛んで、先回りで着地する。


 戦闘が立ち止まり切れず前傾で転びそうになっている。左手で相手の右手を叩いて持っているバールをはたき落とし、そのまま首へ、突き上げるように右腕を叩き付けた。


「くぇっ!?」


 スローの珍妙な声に笑いそうになりながら、彼の胸へ左の掌底を叩き込む。吹っ飛んで背後の一人を巻き込んで倒れた。


「おい何かヤバ――」


 相手が何かを言い切る暇さえなく、カイはアンカーブレードを起動した。もう一人が銃を構えようとしているのを見てシールドも起動。身を低くしてシールドで守りつつ、相手の足元にアンカーブレードを撃ち込んだ。


「――うぉっ!?」


 驚いているのを尻目にロープを巻く。低姿勢の盾の二本の足が、地を鳴らしながらスライドして一気に距離を詰めた。


 そうして左腕ごとシールドでバッシュし、上に打ち上げた。


 そのまま隣の男へ左手の平を向ける。


 …………この近距離でスタンバーストはさすがに死ぬか……?


 咄嗟に握りこぶしに変え、構えなしで殴り抜ける。マッスルでの強化は、大人ひとりを軽々吹っ飛ばすのに十分なほど強力だった。


 あと、さっき吹っ飛ばしたヤツに巻き込まれたのが一人。どうすっか。戦うかどうかで判断しよう。武器構えるかな。


 ……。


 いや~今回はめっちゃ冷静に戦えたわ~。初めて戦ったときは必死だったけど。やっぱあのファイマンと戦ったからだよなぁ。強くなってる気がするわ。


 …………。


 じっと待つ。ふと視線を横にすると、まだ打ち上げた男が地面に到達していなかった。


 やっぱ長ぇ~……。


 バッファを切る。同時にドスンと落ちる音がして「ぐぇ」と声を絞りだし、彼はのびた。


 改めて最後のひとりを見る。ちょうど抜け出して立ち上がったところだった。


「で、どうするっすか?」


「え? あ、あの……はい、降参で……すんませんでした……」


 武器と盗もうとしていたものを放り投げ、手を所在なげにして突っ立っていた。


 振り返ると、ここの警備らしい人たちがやって来ていたところだった。やっとかと思ったが、バッファで時間が引き延ばされていたことを考えるとむしろ早いのなのだろう。


「取り押さえろ!」


 一瞬、自分のことかとヒヤッとしたが、彼らはちゃんと強盗たちを拘束し、年長らしい一人が改まってカイへと向いた。


「すごいな、こんな一瞬で……」


「え? ま~、へへ、そうっすね」


「人を守る仕事に興味ないか?」


「実はそういう感じの仕事っすよ」


「そうか残念だ。警備にいたら頼もしかったんだが、仕方ない」


 カイの肩を力強く叩き、少し眼光を鋭くした。


「だが、無茶するんじゃないぞ? いくら強くても、相手の数が多いと危ないもんだよ」


「すみません」


「まぁ、お前レベルだと無用な警告かもしれんがな。上にも話しておくから、いつか来たときに感謝状があるかもよ。それじゃあ、良いショッピングを」


 とても素直な誉め言葉の数々に、カイはじーんと来ていた。


 いい人だったなぁ。あの人上司が良い。ぜんぶ終わったらここの警備やろ。


「うぉ……」


 戻ろうと振り向いたら、大勢に囲まれ、数々のカメラがこっちを向いていた。あれはこの世界のスマートフォンのようなものなのだろう。


「コラコラ。勝手に他人様を撮るもんじゃあないよ?」


 ニコが隣へやって来たと思えば、わざとらしくそう言って見せた。


「といっても止めないだろう。でも盗み撮りのアップなんて気が引けるだろうし……あぁそうだ。せっかくだからヒーローインタビューでもするかね?」


「え? なんすかそれ……」


「ほらほら、まず所属・・と名前だよ」


 わざとらしく強調して言ったところで、ようやく意味を理解した。そういう印象操作的なことは好きじゃないが、T.A.S.が悪者扱いされている今なら仕方ないとカイは胸を張った。


「えっと。タスの……えー、ティア……なんでしたっけ」


「アハハ、緊張してる。ティアアーミーソーシングだよ」


「それっす。そこのカイです」


「はい拍手! ちなみにわたし所長!」


 思わず「所長って言わない方がいいんじゃないか」と言いそうになったが、結構な拍手が起こり、言葉を引っ込めるカイだった。

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