応用問題

――Kai――

 カイとリィラとオークラー、その部下たちが二台のホバー車の前。道としては舗装と未舗装の狭間で、ここが合流地点だった。


「…………我々としては飲み込みにくい要求だとは分かってますよね?」


「後から付け足すのも卑怯っすけど、リィラも連れていくことが条件です」


 オークラーは唸る。一般人の少女を巻き込んでくれという要求なのだから、当然と言えば当然だ。


「こう言うのも変ですけど、一番信用できるのはリィラだけなんです。おれは、アーミーさんたちを信用しきれてないんです」


「いいでしょう」


「いいんすか」


 驚いて聞き返してしまい、リィラに小突かれた。


 押し問答になるかと思えば、あっさりとした答えだった。


「それで逃走の恐れが無くなるならば、安いものです。では二人とも、こちらのホバーへ」


 促され、停車したホバーへ乗り込む。


 見ようによってはパソコンのマウスにも見える車で、曲線を描くドーム状の見かけに反して内部は多角形で構成されている。その面一つ一つに、何かを取り付けられそうなフックやポケットと、座席の下の空間には、隊員たちが装備しているマシンガンがすっぽりと入るような隙間もある。


 進行方向に対して左右にある座席は二人掛けで、右の座席にオークラーとリィラ。左にカイとクレイが乗った。運転者も含めて五人だった。


 外から見るよりも狭いな。カイはそんなことを思う。


「装甲と燃料ボトルの積載を合わせると、どうしても狭くなるのです」


 心でも読んだように、オークラーが言う。それと同時にぐんと身体が持ち上げられるような感覚があって、滑らかにホバーが加速した。


「へ~。軍の車って感じっすね」


「バーカ。軍の車だよ」


 リィラが笑って言う。


「んー、装甲とタンクもすげーんだけど、積んでる物も多いわ。特に修理道具リペアの類い。パッと見でも採用してるガジェットが多いし、ボディガジェットが逝ったときの緊急パージのキットも、人数分用意しとかなきゃだし。……でもこんな荷物増やすんだったら、ガジェットの方の規格をアーミー仕様的なのにして統一した方がいいと思うんだけどなぁ。ネジの径が一種類減ったらドライバーも一本減らせるよ?」


 リィラがきょろきょろと見回しながら言う。


「へぇー。リィラちゃん、だっけ。マジでガジェットに詳しいんだな」


「まあね。アンタは……クレイだっけ」


「おう、よろしく。困ったことがあれば言えよ? 隊長よりは絡みやすい男なんだぜ」


 クレイが冗談めかして言うと、オークラーが困ったみたいに苦笑いした。


「よく言う。私よりも絡んでくる男、の間違いじゃないのか」


「あっははっ。そう言われりゃ弱いですね」


 なんだ。想像より全然、和気あいあいしてんじゃん。


 何より押し掛けてきたときのマーカスへの態度を見たときの印象と、全く違った。


 軍は殺す殺されるの殺伐とした雰囲気、というカイの偏見が瓦解していくような感覚にあった。


「そういや、オークラーさんの使ってたあれ、凄かったすね。ほら、爆発のやつ」


「ああ。スタン・バーストか」


 彼女は左手を開いて見せた。手の平に、まるでタトゥーのように黒い円がある。これがあの衝撃波の発射口になるんだろうか。


「さっき見てもらったから分かると思うが、かなりPpを消耗する。そう何度も撃てるものじゃない」


「っすよね。おれ真後ろに居たのに転んじゃいましたもん」


「音としても相当なものだ。大体のやつは撃つだけで腰が抜けてしまう。非殺傷武器としては、ずば抜けて優秀だ」


「へぇ~。ってか、いつの間にか言葉が砕けてるっすね」


 カイが指摘すると、オークラーは恥ずかしげに頬を掻いた。


「す、すみません。クレイと雰囲気が似ているものだからつい……」


「まあ良いじゃないっすか隊長。コイツは良いヤツですし」


「おれも敬語よりはこっちのが良いっすね」


 眉を一直線にする半目で、リィラは腕を組んだ。


「確かにこれ、もし文字にしたらどっちが喋ってんのか分かんねえな」


 二人とも大笑いした。


「ってかさ、アンタも付いてるよ、それ」


「マジ?」


「マジ。ほら左手の平。見てみ」


 見ると、確かにオークラーと同じ模様があった。だが手の甲にはスイッチらしい物はない。そう考えているのが分かったか、リィラがまた得意げな顔をした。


「発射口だけ身体の表面で、その他が体内に入り込む珍しいタイプのボディなんだよ。手とか腕を曲げる邪魔にならないように本体は肩ぐらいまで下がった場所にあんの。でさ、発射の瞬間に体内に疑似物質ソリッドで簡易フレームを作ってさ、だから腕だけに負担がかからなくて……」


 やや熱の入った解説を聞きながら、手をくるくると返していた。


「ほほ~。で、発射するにはこう、手の甲を――?」


「――止めろバカっ!」


 危うく車内でバーストを発射しそうになったカイの腕にリィラが飛び付いた。


 カイの想定外過ぎる行動に、アーミー二人は顔を青くしていた。


「……ご、ごめん」


「あっぶね~……。やっぱアタシが来て正解だったわ」


「う、迂闊うかつに身体さわれねえな~……。歩く兵器じゃん、おれ」


「装備だけなら歩く兵器だよアンタ」


「まあ、そうだけどさ……」


 強烈な爆発音が響く。


 ホバーの外からだ。


「お、おれじゃないよ!?」


「分かってる! B車、状況を!」


 オークラーが手早く運転席へ身を乗りだし、呼び掛ける。


 だが応答はない。繰り返される呼び掛けにも沈黙している。


 ホバーの窓。流れる市街の風景の中で、B車が煙を吹いて道を逸れていくのが見えた。


 そこへどこからともなくミサイルが飛来して、近くの道路を爆風で抉った。


「――襲撃! B車はミサイルにて狙撃されたようです」


「ジャミングとシールドの展開急げ! ――B車。繰り返すB車、応答せよ!」


 急に始まった混乱の中で、やっとカイは自分を取り戻す。


 襲撃されてるって、マジか。


 B車と呼ばれたホバーは別の道へと逸れて、建物の向こうへ消えてしまった。その道へ何台かの車やバイクが追って消えていく。


 このホバーの後ろにも、何台もの乗り物が追ってきている。さっきまで居なかったはずだ。


 待ち伏せされてたのか。テロリストかなんかに。


「この車は安全っすか!」


 万が一の交戦に備えて装備を準備しているクレイに聞くと、呆れたような顔が帰ってきた。


「この車はな。どでかいミサイルでもなきゃ大丈夫だ」


「B車は?」


「あいつらは不意を食った。通信は死んで、あの様子じゃシールドも展開できない。ちっくしょう、こっちはケツのやつらだけで手一杯だってのに」


「分かりましたっ。リィラをよろしくっ!」


「――は?」


 素早く出口を開けてマッスルを起動し、ホバーを飛び出して並走した。リィラも飛び出すような勢いで出口に立つ。


「バカお前、また勝手に……!」


「ごめんリィラ! また後で~っ!」


 そのままB車が消えた方角へ切り返して走っていく。


 近いビルへ指鉄砲でアンカーブレードを飛ばし、右手をグーでロープを巻いて一気に加速。瞬きする間に壁に到着する。


 ブレードを再起動して近くの看板へアンカーを飛ばし、ロープを巻く力で勢いを着けつつビルの壁を蹴り、縦横無尽に宙を掛けていく。風を追い越しながら空を切り、重力から解放されたみたいな感覚。蜘蛛のヒーローになったみたいだ。


 B車はすぐに見つかった。ぼろぼろの状態で煙を吹いて停車し、周りを車で囲まれている。


「Ppが無限ってことはよぉ~……」


 マシンガンやショットガンやライフルを乱射するテロリストたちのはるか上空へ。車に身を乗り出してバスーカを構えたヤツがいるのを見つけ、アンカーブレードで一気に加速しつつ左手を構えた。


「これぶっ放し放題だよなぁーッ!」


 車の上に差し掛かったタイミングでスタンバーストを放つ。


 爆音と共に周囲の何人かを蹴散らし、カイは反動でふわりと浮いて受け身をとり損ねた。


「どわぁあああっ」


 ひっくり返りながら地面に転がる。


 想像以上の反動。落ちた身体がふわりと浮くほどだった。慌てて立ち上がり、シールドを展開する。


 って、シールドを構えたままじゃバーストは使えないのか。どちらも左手の装備であり、盾を構えると手の平がこっち向く。だったらあれだ。なんだっけ、シールドのコンバットのヤツだ。


 数は二十か。わかんねぇ。いっぱいだ。さっきのバズーカの奴らは気絶していた。


「な、なんだぁ……?」


「χだ! 捕まえろ! 殺すんじゃない!」


「うるせぇっ!」


 シールドを構えたまま突っ込む。


 強化された足腰の力でひとりを打ち上げ、もうひとりを蹴り飛ばし、まずは二人。


「大人しくしやがれ!」


 五人が銃を構えてにじり寄ってきていた。


「しないって……言ったら?」


 緊張で声が震えるのを自分でも感じる。


 殺されるかもしれない。その恐怖心は勢いや見え切りで誤魔化しきれるものじゃない。


 この間にも目の前のマシンガンやショットガンが六丁、七丁と増えていく。


 どう戦えば良い。何でもできるリアルの戦闘だからこそ、ゲームより何をすれば良いのか分からない。


 ゲームではどう戦った? どう勝ってきた?


 背後からひとりの気配。前後同時か。


 高まった恐怖のピーク。


 焼き切れそうなカイの思考回路が、不意に明瞭な繋がりを得た。不思議なことにその結論は、ろくに聞いていなかった大学の講義での、教授の言葉だった。


『基本は、現場で使うために学ぶのです。大事なのは、どう応用するか』


 スタン・バーストの基本は、衝撃波と反動。応用するならば――。


 背後の男の腹へ足をねじ込みながらシールドをオフにし、スタン・バーストを正面へ向けてぶっ放す。


 衝撃波で歪む景色が、こっちへ放たれた弾丸ごと大人数を吹っ飛ばしてなぎ倒す。その反動が足へ伝わり、男を吹っ飛ばした。


 カイは地面に落ちて横になる。すると浮遊するホバーの下の隙間から、逆側に隠れている足が見える。


 アンカーブレードの応用なら、アンカーロープだ。


 カイは寝転がったままホバーの少し遠くの側溝へアンカーを撃ち込み、強化された脚で一気に起き上がりつつ駆け、アンカーロープを浮遊するホバーの下へ潜らせ、反対へ飛び出した。


 ロープに足を引っかけ、手をグーにして巻き上げる。その勢いで足をすくい上げられたテロリストたちが一斉に転ぶ。


 カイは位置を調整し、ロープをさらに巻く勢いでスライディングし、起き上がろうとした所をまとめて蹴り飛ばした。


 起き上がって状況を確認する。少し遠くに、逃げ出していく者たち。他は――。


 ……勝った。


「…………ま、マジか…………勝っちゃった……」


 今さら、足がガクガクと震え始める。


 お、落ち着け、おれ。勝ったんだぞ。救ったんだ。もう大丈夫だって。マジ遅いって。


 自分に言い聞かせながら、それでも落ち着けない自分に苦笑いした。


 これじゃ、格好つかないな……。


 弾丸がすぐ隣を掠めて飛んでいく。


「しまっ――!?」


 シールドを展開することもできず、転びながら振り返るのが精一杯だった。


 後ろには、倒れる途中の男が一人と、巨大な身体の隊員が一人。筋肉隆々の巨体で角も太く、真っ赤な肌も相まって、立っているだけで周りを卒倒さそうなほどの圧があった。


 その向こうでは倒れているテロリストたちを拘束する隊員たちがいた。


 男はマシンガンを片手に持ったままホールドアップして見せる。


「落ち着け。俺は敵じゃあない」


「は……はは。そ、そうっす……よね……た、助かりました。ありがとうございます……」


 マジで格好つかねえわ……。


 手を貸してもらいながら、カイは立ち上がった。屈強な男で、軽々と持ち上げられるようだった。


「こちらこそ、だ。戦闘慣れしているようだが……、元は軍人か何かか?」


「い、いや。学生っす。ただの……」


「学生? 学生であれだけ動くってのか。お前の世界は物騒なんだな」


「……いやぁ……」


 現実感もなく、無茶苦茶に戦っていただけだった。たまたま上手くいったが、相手の動きによっては普通に殺されていただろう。


「とにかく、移動するぞ」


「ホバーっすね」


「あれはもうダメだ。タンクだの、メイン回路だのが逝ったらしい。もう動かねえ」


「じゃあ、徒歩で?」


「そうだ。おいマッド」


 男が振り返りながら言うと、反応したのはあのとき不意打ちを食らった隊員を手当てしていた細身の男だった。彼は小走りで、あと三人の隊員は緊張疲れしたように気だるげに来た。


「じゅ、準備はできてるよ。お、応急処置のキットを全部……」


「よし。全員聞け。テロリストどもがどこを張っているのかは不明だ。地下を通っていくぞ。続け」


 彼はマンホールへ向かう。


 それに着いていきながら、カイは誰に言うわけでもなく言った。


「あの、改めておれはカイっす。よろしく」


「おいおい、こんな状況で自己紹介か」


 重そうな金属の蓋さえも軽々と外しながら、屈強な男は呆れた。


「俺はロックだ。分かっているだろうが、極力戦闘には参加するなよ。お前はあくまでも護衛の対象だからな」




――Lila――

「ざけんな、バーカ!」


 離脱していくカイへ最大級の怒鳴り声をぶつけながら、リィラはクレイに引っ張り戻された。


 彼は手早く扉を閉める。


「おいおい、あいつマジか? 正気じゃねえな」


「……もう知らない。あんなバカ」


 とにかく腹が立っていた。


 なんなんだ、アイツ。


 心配して、見せたくもない涙まで見せちゃったのに、また命を投げ出すみたいなことをして。


 アタシのことなんか、考えちゃいないんだ。相棒として、対等として扱ってくれてるんじゃなかったのかよ。


「――――クソッ」


 オークラーは握った手でホバーの壁を叩いた。


「B車はカイに任せるしかねえっすよ」


「……なっ。カイが向かったのか!?」


「気付いてなかったんすか!?」


「当然だ。仲間の危機だぞ! 私たちも援護に向かう」


「無茶っすよ。あのケツのやつらごと行く気っすか」


「いいや。この先にはハイウェイがあるな。入り口の迎撃システムで撒いて、飛び降りればいい」


 この世界の高速道路には速度超過でハイウェイに突入する車や安全スコアを下回る住民の車を迎撃して車の機械だけを破壊するシステムがある。もし事故が起こればハイウェイ内の凄まじい速度と、ホバーによる車線も相まって甚大な被害が出る。これぐらいした方がよほど安全で安上がりだった。


 PG社の迎撃システムを管理している部門へ協力申請すれば不可能ではない。しかし、その説得はどうするのだろう。リィラは黙って様子を見ていた。


「うへぇ。俺たちまで迎撃されるっすよ」


「多少はやむを得ん。この装甲ホバーなら耐えられるはずだ」


 ごり押しか……。会話する二人の横で呆れたリィラは、外の様子を見た。


 どうしてかテロリストたちの車は一定の距離のまま離れも近寄りもしない。


 その違和感に気付いたのは、背後の車の群れが左右に割れ、真ん中に一台の車だけが残った状態になってからだった。


「ね、ねえ、あれ」


「どうした」


 オークラーとクレイもその異様な風景を見る。


「あいつら、何をおっ始める気だ?」


「警戒しろ。ミサイルか、あの車自体を突っ込ませる気だろうな。いつでも回避できるようにしておけ。クレイは見張り続けろ。回避の指示を任せる」


「了解!」


 的確に指示を出す。やっぱ、ポンコツでもアーミー名乗ってるだけあるわ。


 運転手が、何かに気付いた。左の方角。


 それに釣られて、リィラも左の方を見る。


 何かが物凄い勢いで動いている。


 それがリィラの理解の限界だった。


 ――――。


 ――ぶつ切りになった意識。


 闇の中で感じるのは、地面の感覚だった。


「おいダメ…………には居ない。やっぱりさっき飛び出した方……」


 音が聞こえだしたと思えば、遠くなる。そんな意識を意思で留めた。


 目の前に、大破したホバーがあった。


 さっき見えたのはきっと、横から突っ込んできた車かなんかだ。後ろでなんかしてたのは、そっちに注意を向かせるためだったんだな。


 ……アーミーの奴らは。


 オークラーとクレイが転がっているのは見える。生きているのか死んでいるのかも分からない。


 後は、何人かの脚が立っている。コイツらがテロリストか。


「へぇ~。やべぇ綺麗な女だ」


 一人がしゃがみ、オークラーのアーマーの前を開けた。


「おいおい、こんな上物がアーミーなんて勿体ねえよ」


 気持ち悪い。


 目覚めていきなりゲス野郎かよ。ふざけんな。


 くっそ。殺してやりてえけど、今は不味い。手元に銃があったら股間にぶっ放してやるんだけどな。


「おいよせ。下衆な真似をするんじゃない。そいつは……おい、そいつは生きてるか?」


「お前も心配なんじゃねえか。ほれ、元気に呼吸してますよ」


「ならよかった。クソ、危なかったな。そいつは例の隊長だぞ」


「げ。マジかよ? 殺しかけちまった。つーか手出しできねえじゃねえかよどっち道……」


「フン。とっとと行くぞ」


「へいへい……」


 クソ野郎と男はどこかへ言ってしまった。


「……死んじまえ、ゴミ野郎」


 リィラは悪態をつきながら起き上がった。どうやら怪我らしい怪我はない。かすり傷と打撲ぐらいで、Ppですぐに治る範疇だったのだろう。


 側にいたオークラーを揺り起こす。


「お、おい。起きろ。起きろよ」


「う……ん……」


 呻いてから目を見開き、ばっと起き上がった。


 大破したホバーを見て慌てて立つが、痛みで少し姿勢を崩した。


「無理すんなって!」


「おい、おいクレイ! ディアス!」


 オークラーに肩を貸しながらホバー車へ寄る。


 寝転がっているときは気付かなかったが、ひどい怪我だ。


 彼女ら赤鬼も、失血死に相当する死に方をする。ある程度の怪我ならPpで治るが、怪我が多すぎることでPpを消耗しすぎてしまい、枯れるのだ。


 また傷が大きい場合には、治る前の傷口からPpが漏れ出して、より早く枯れてしまうこともある。


 クレイは後者だった。まだ生きているとはいえ、長くはない。


「クレイ。手当てを……」


 オークラーは最も大きい傷を両手で圧迫した。


「応急処置キットを頼む。急いでくれ」


「あ、ああ」


 言われた通り、ホバーの斜めになった車内へ入って、キットの半壊したボックスを取った。中を確認すると、衝撃で色々なものが壊れ、Ppを注射するためのキットも割れてしまっていた。あるのはカプセルだ。それをいくつか取った。


 散らかってるな。そう思いながら外へ出ようとしたとき。


 首が、上から生えているのに気付いた。運転手だった隊員だ。目が合った。


 生きて――――。


「……あ…………」


 ――――いなかった。


 生きたように開かれた目は一切動かない。


 口は開かれたままで。


 首が、一周ねじれていた。


「ひっ…………ぁ……ああ…………!」


 リィラは足をもつれさせながら車外へ出る。


 転んで、立ち上がれないまま、もがくみたいに戻った。


「……ディアスは。運転手は」


 オークラーの呟くような問いかけに、リィラは涙目で首を振った。


「…………そう……か……」


 悲痛な表情。すぐ隣のリィラにすら聞こえない声だった。


「クレイ。お前までは逝かせないぞ。生きて、お前の足で家族の元へ帰れ。これは隊長命令だ」


 リィラは応急処置キットを取り出す。指の先より少し小さい程度のカプセルが数粒だ。


「……これ以外はおじゃんだった」


「……そんな……」


 オークラーは絶望の色を顔に浮かべたが、それを振り切って隊長の顔に戻った。


「……いや。仕方あるまい」


 それを傷口に入れると、Ppの脈管に微小なPp薄膜を栓として形成する固形化フィールドを作り出した。これで強制的に傷口付近のPpの流れを止める。そのため、応急処置としてしか使えない。


 カプセルをまたひとつ、またひとつと入れ、大きな傷を塞ぎきった。


「取りあえず、これで一時しのぎだ」


「でも、使い続けてると壊死するよ」


「そうだ。疑似フィールドも、微少でも体内のPpを利用している。早くPpを供給しないと」


 オークラーがどうしようと頭を悩ませている隣で、リィラはあの死体がフラッシュバックしてしまって、その度にぞわりと全身を強張らせるのだった。


 いつだったか、リィラは死んでしまった村人のボディガジェットを取り出したときにも死体を見た。あれはもう死ぬという予感のあった老人だったし、死んだといっても眠っているように見えていた。


 だけど、あの隊員の死体は違う。さっきまで生きていて、死んじゃうなんて想像もしてなかった人だ。それが、見ただけで死んでると分かるむごい死体になった。


 あれは死んだ人じゃない。


 殺された人だ。


 いや。ダメだ……目の前のことに、集中しなきゃ。


 そう思うとまた死体の目が、リィラをじっと見る。


 やめろ。アタシを見るな。やめてよ。


 考えたくない。


 思い出したくない。


 どうすりゃいいんだよ……。


 ……いつもなら。くそったれな感情が押し寄せたときはガジェットのことを考える。


 何がしたいか。どう叶えるか。何が必要か。何が障害か。


 エンジニアの基本を思い出せ。


 基本は、基礎の応用なんだ。


「気を失ってるんじゃ経口は無理か。だが……どうやって。どうすればいいんだ……」


 オークラーの痛々しい呟きが、リィラの思考の種になった。


 口からの接種は無理だ。ならば別の経路。つまり体外からじゃないといけない。でも傷口からじゃPp不足は解決しない。


 だったら、さらに別の経路だ。つまり、ボディガジェットの体内コードが使える。


 リィラの思考が加速し、思考の種が一気に成長していく。


 何をするか:体内へ一定量ずつのPp補充。濃度勾配で自然にいけるかな。


 使えるもの:ボディガジェットのコード。隊員の装備。でかいナイフに応急処置用カプセル。


 Pp補給源:ボトル。体外エクスガジェットを分解。マシンガンが最適。空ボトルにはケツの細い……ハンドソーのボトルが最適だ。ボトル口もちょうどコードに繋げられる。


 リィラはもはや無意識で行動し、ガジェットをかき集めた。その奇妙な行動に、オークラーが身体ごと振り返る。


「何を……」


「Ppが足りないってんだろ。だから補充すんだよ」


「だが、気を失っているんだぞ。飲ませるのは無理だ。注射キットも割れているんだろう。相当な供給量も必要だ。それで……できるのか」


 わずかな希望にもすがりたいオークラーだった。


 リィラは、片方の口角を上げた。


「――技術は無理を克服するためにあり、エンジニアは技術を生み出すためにいる。だろ?」


 とある技術者の言葉で、リィラの座右の銘だった。


 技術者の卵はマシンガンを解体し始める。


「マシンガンなんかは特に戦場で使われるガジェットで、ツールがなくてもバラせたり組み立てたりできるように設計されてる。まあ知ってると思うけど」


 ストックを外し、バレルも外し、グリップ部分だけにする。付近の引き金と疑似物質形成系統の供給部分、弾丸となる分のPpへ反発力を起こすための励起装置と反発化Ppを封入する装置、そこへ弾丸供給の流れの動圧で供給するための太いチューブがむき出しになっている。線が繋がったままでバレルが宙ぶらりんとなっているが、そこまで解体する必要はない。


 初めて触れるというのに隊員さながらの手さばき。オークラーは思わず目を見張った。


「この小さな部品がタッチレスチャージャー。これが使えんだ」


 リィラは腰のナイフを取りだし、背面のキザキザとした部分で供給部分のパーツに引っ掛けてグリグリと力をかけ、本体側のタッチレスチャージャーの素子を3本の線を繋げたまま取り出す。1本は引き金からの信号を伝える。1本は射撃モードと温度によってPpを供給する量を調節する信号を伝える。1本は気温や銃身温度によって反発Ppが蒸発する速度を計算するための温度センサーに繋がっている。


「こいつが片割れ。ボトルの方の片割れから、これにPpが転送されんの。で、ボトルを……ごめんねっ」


 ハンドソーのボトルを取り出し、ガジェットに謝りながら別のハンドソーで底を切り落とした。


 中に入っているPpをひと口だけ飲む。


「アンタも飲んで落ち着けって。半分残して。蒸発する前に早く」


 オークラーへ差し出すと、彼女は困惑しながらも受け取って飲んだ。


 半分だけ満たされたボトルへ、さっき取り出した線の繋がったタッチレスチャージャーを挿入し、ボトルの後ろをカプセルの疑似フィールドでふさいだ。


「これはPpサージ対策。直にマシンガンからの供給するとヤバイからね」


 リィラはクレイの身体から適当なボディガジェットを選んで、ナイフで切り出した。ナイフはよく手入れされていてメス並みに鋭く、苦労はしなかった。


 引き出して身体からケーブルが飛び出した状態にし、その途中を切った。


 一瞬吹き出した体内Ppを親指でふさいで、ケーブルの口にさっき作ったボトルの口へ捻り込み、接続する。


「濃度勾配を利用して自然な流れで供給する。ボトル側のPp濃度を増やせば濃度差で足りないだけ体内に補充されてくれるから、これでサージ対策になんの。で、だ」


 マシンガンのグリップを握り、発射モードを3点バーストから単発に切り替えた。


「単発モードにすれば、ストックボトルからのPp供給量は減らせる。温度も気温依存になるから量の変動もほぼ問題なし。様子見ながら引き金を引いて量を調整すれば、不具合なくいけるはず。あ、メーターない?」


「これを使え」


 オークラーからメーターガジェットを受けとって、クレイの体内Ppを見た。数値を見るまでもなく警告が出ている。


 そして案の定、数値はかなり低い。それが命に関わる程度であることぐらい、ボディガジェットの安全装置が作動するPp濃度を知っているリィラならすぐに分かった。


「よし。えっとね。これで大丈夫な体内濃度が分かるから、針がこの辺りに入ったら応急処置キットを一つだけ外して。あとは繰り返し」


「ああ、分かった」


 言いながら、引き金を引いた。


 メーターの値がゆっくりと増えていく。


 そしてオークラーがカプセルを除去し、治癒でPpを消費し、それを回復するまで待ち。


 それを繰り返していき――全てのカプセルを除去して傷口が完治した。それからボトルの残量一杯までPpを供給しきった。


「よし。で、仕上げな」


 リィラはクレイの身体から飛び出るケーブルを指で摘まみ折ってPpを止めておき、特製ボトルを外し、ケーブルの端にカプセルを捻り込んだ。


 そして指を素早く外すと、ケーブルからのPp供給で薄膜を形成、ケーブルからのPp漏れを完全にふさいだ。


「……あ、安定した……。……なんて手腕だ」


 クレイの様子を見るオークラーが呟く。


「へへへっ。やーりぃっ! 見た? やっぱリィラ様、大・天――わぷっ」


 オークラーにいきなり抱き締められる。


 驚いて反応しきれず、リィラは頭に疑問符を浮かべた。


「……ありがとう。命の恩人だ」


 アーマーの下の柔らかさで窒息しそうになり、顔を上げた。


 ……あれ。


 なんかすごく、いい匂いがする。もう一度、柔らかさに顔を埋めた。


 温かい。


 この感じ……知っている。


「…………おかあさん……?」


 呟いた自分の言葉で、リィラは我に返った。


 なに言ってんのアタシ。


 しかも無意識のうちに思い切り抱き返していた。


 そしてオークラーは、少し驚いたような表情だった。


 全身を恥に支配される。


「う、うっさい!」


「あ、ああ。すまない……?」


 リィラはオークラーから脱出した。


 恥ずかしいってレベルじゃない。くそ。死にた……。


「……その、わ、忘れろよ今のっ」


 リィラはオークラーへ背を向けた。


 ……ちっくしょう。


 …………もうカイのこと言えない・・・・じゃんか……。

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