Jake

――Kai――

 マッスルガジェットで強化された力でオークラー隊長へ組ついたまま、カイは考えを巡らせていた。


 どうするこの状況。人質にはできたが目の前にはマシンガンを構えた隊員がひとり、外には――リィラの予想で――20人のアーミーだ。


 シールドは一方向の攻撃を防げるっぽいけど、包囲されたらそれで終わりだ。逃げ出すにも、村の周囲の地形は平たい。


 走ったところで後ろから撃たれる。背後へシールドを展開すれば? いや、ホバーとかいう乗り物でも追い付かれて包囲される気がする。


 籠城にしても、長続きするとは思えなかった。上手くいった人質の事件なんか聞いたことない。犯人はその場しのぎその場しのぎで、警察はその先を読んで罠が張る。きっと、おれらもそうなる。


 ――――詰んでね?


 胸でモゴモゴとオークラーが何かを言った。頭を離さないよう、両腕でガッチリと抱えているので息苦しいのかもしれない。


「す、すみません。知らない男にこうやって抱き付かれて不快だと思うっすけど、おれだって死にた――」


 胸に激痛が走る。噛まれた。


「いっだぁああっ!?」


 思わず離してしまう。彼女が左手を構えようとしているのを見て、手に埋め込まれたガジェットを起動しようとしているんだと直感した。


 彼女の輪になった腕の中へ身体を滑り込ませて肩を掴み、身体を起こす仕草で彼女の両腕を無理やり離させながら腕を押さえ付けた。


「うぉおお! 絶対傷つけないので大人しくしてくださぁい!」


「人質を傷つけないのは基本中の基本だからな! クレイ、私ごと撃てッ」


 部下の男――クレイへ命令を下す。


 嘘だろ。正気か。


「何言ってんだ!? 一緒に死ぬ気か!」


「世界のためなら本望だ! クレイッ」


 隊員――クレイは銃を構えたが、引き金は引かれない。


 リィラもマーカスも、銃を構えたままで動けない。


 誰かが撃てば、カイはオークラー共々死ぬ。


 それでも彼女は叫ぶ。


「クレイ、どうした!」


「……く……」


「隊長命令だッ。撃てェッ!」


「…………すみません。隊長……」


 クレイは銃を下ろす。


 オークラーはただ愕然としていた。


「何を……」


「自分には、撃てません。オークラー隊長を殺した手で家族は抱けません!」


「クレイ、お前……」


 助かった。きっとこの隊長も、部下も、いい人なんだ。


 ……でも、だったらどうして…………。


「……それでいいんです。誰も傷つかずに終わるのが一番ですって」


 引っ掛かる所はあるが、安心のあまりカイはもう気が緩んでいた。


 それが他にも伝わったのか、どうにかこの場は収まりそうだと、千切れそうなほど張りつめた空気が一気に緩む。


「……そうか。ならばクレイ。せめて、次の命令だけは守ってくれ」


 力なく呟く。クレイが頷くのを見て、オークラーは息を大きく吸った。


 なんだ。


 なんか――嫌な予感がする。


「……退避しろぉおお・・・・・・・ッ!」


 絶叫と同時にヘッドバットが飛んできた。


 強烈な一撃に意識が飛びかける。


 どうにか繋いだ意識で彼女の動きを捉えた。


 右手で何かのピンが抜かれるところだった。右の腰の――。


 ――あれ。


 ――――もしかして手榴弾じゃね?


「何やってんだあああっ!」


 絶叫しながらグレネードを奪う。


 どうにか、これどうにかしないと。


 頭が真っ白なまま駆け出す。


「カイっ!」


「止めろぉおお!」


 リィラとオークラーの叫びが聞こえた気がする。


 立ち止まってる暇はない。


 思いついたのはマッスルガジェットとシールドガジェット。マッスルは起動している。


 クレイを押し退けて外へ飛び出した。


 外には大量のアーミーがこっちへ銃を構えていた。


 リィラを――――可愛い妹を守る。そのためなら。


「うぉおおおおお!」


 全力で飛び上がりながらグレネードを上へ投げる。シールドを展開すると同時に爆風に襲われた。


 爆風を防ぐが、その衝撃波は音波に変換されきらなかった。カイの腕へ、全身へ伝わって地面へ向かって加速される。


「おわあぁあっ!」


 もの凄い勢いで地面に叩き付けられた。


 意識が飛んで目の前が真っ黒になる。


 だが、気絶はしなかった。


 ……した方がマシなほど苦しい。動けもしない。


 どうにか動く首で横を見ると、数えきれないほどの銃口がおれに向いている。だが、もういい。


 コイツらの狙いはこの身体だ。ちょっと痛いだろうけど、きっと一瞬で終わる。せめて、リィラが助かったからよしとするか。


 これで……全然よくねえ。なんにもよくねえよ。今度こそ自殺せまちがわずに生きる気だったのに、また失敗した。


 なんでおれ、うまく行かないかなぁ……。


「撃つな。全員、銃を下ろせ」


 凛とした声が、銃口が降ろさせた。


 逆を向くと、オークラーがじっと見下ろしていた。


「…………なぜだ。あの瞬間に、隊へ投げつけることもできたはずだ。なぜそうしなかった」


「……だって……死んだら悲しい……じゃないっすか……」


 呼吸をゆっくりと取り戻しながら、倒れないように軸をもって、カイは立ち上がる。


 オークラーの背後からリィラが走ってきて、思い切り肩を突いた。


「おいこの――バカっ!」


「いってぇっ! いま……今はダメ……」


「あっ、ご、ごめん。…………じゃねえ! お前ホント勝手だな! なに勝手に死のうとしてんだよバカぁ!」


「……ごめんな」


 彼女は泣いていた。


 おれの妹も、両親も、リィラと同じように泣いてくれたのかな。そう思うとひどく切なくて、胸が痛かった。


 もっと早く、気付くべきだったんだ。


「……命は、そいつだけのものじゃないんです。たった今死にそうになったのに偉そうっすけど、死んだら誰か悲しむ人がいるんすよ。関係のねえ誰かが」


 オークラーを見る。彼女は世界のため、部下のために、自らの命を犠牲にしようとした。


 その姿に自分の姿が重なることはない。おれはただ、死んだだけだったんだんだ。


 誰にもこれ以上の迷惑を掛けたくないと、最期に色んな人へどデカイ迷惑をぶちかました。


 ――――おれは本当に、最低な野郎だ。


「誰も、死ななくていい。誰も傷つく必要なんか無いじゃないっすか」


「……そうだな。だからこそ、これ以上犠牲者を出すべきでは――」


 隊長の真っ直ぐな目を、カイは真っ直ぐに睨み返した。


「――分かってるならあの時、路地でどうして撃ったんすか。なんで、守るべき人を犠牲にしたんすか」


「…………」


 凛とした目がぶれた。


 痛々しい顔をして、オークラーはうつ向いてしまった。


「今からでも、話し合いにできないですか」


「……全員、安全装置を入れろ。彼は敵ではない」


 その号令で、場の殺気は消えた。




――Lila――

 リィラは、居心地が悪かった。


 家のテーブル。カイのすぐ隣。くっつくほどに近い場所で座っている。


 オークラーと対談することになって、カイの外傷や内臓へのダメージがPpで回復するまで待ってから室内へ。


 マーカスがまず奥へ座り、その隣にカイが座り、その隣にリィラが座った。


 そのとき無意識に、こんな近くに座っていた。じっとしていても身体が触れる。


 カイはアタシをちらっと見て、いつもの優しい笑顔をして、受け入れてくれた。


 だけど居心地は悪かった。


 ――――恥ずかしい。


 どうしてアタシは泣いたんだ。いつの間に、こんなバカに心を許したんだろう。


 それに、こんな近くに座ったこと自体が恥ずかしい。心を開いてますよって感じじゃん。そう思われたくない。


 でも距離を離したら離したで、アタシがこんなこと考えてるって思われる。そっちの方が嫌だ。


 子どもみたいに甘えてるワケじゃないんだよアタシは。


 ワケじゃ、ないんだけどなぁ。


 カイの隣は、そんなに不快でもなかった。しかしそれも認めたくないリィラだった。


 ……甘えるって、どんな感じなんだろ。いやゼッタイ恥ずかしいじゃん。見るからに。でも、例えば……いやきっしょ。なに考えてるのアタシ。


 と、なんでもない葛藤をしている。


 横をチラと見ると、カイとジジイの間は拳3つは離れている。アタシとカイは指の幅も離れていない。体温さえ感じられる。


 それを、合計74の瞳に見られている気がする。


 …………ああもう。見んなよポンコツアーミーども…………。


「さて。私の他に36名に囲まれていささか威圧感があるかもしれないが、全員、私の忠実な部下です。そこは安心してください」


「よくもまぁそんなに詰め込んだな。こういうのは普通よ、おめえがひとりで来るもんじゃねえのか。代表ってやつで」


 マーカスが片足胡座をかいて頬杖をついた。それに対してオークラーはただ背筋をピンと伸ばしている。


「そうしたいところですが、我々T.A.S.はχー四ー九を兵器と捉えています。あらゆる状況に備えて――」


「はあっ? 信用したんじゃねえのかよ」


 リィラが思わず口を出してしまった。しかしオークラーはただ頷いた。


「人格は信用したとしても、兵器としての性能は未知数です。世界を滅ぼす可能性すらある。これは特別な措置です」


「でもさ。こう、話し合いって平和的にやるんじゃないのかよ。こんなフル装備な奴らに囲ませるなんて……」


「本来なら、彼と我々だけで話し合いをせねばならない状況であり、全員で銃口を向けていなければならないような状況なんです。これが我々の最大限の配慮です」


 反論しようとしたが、言葉が出なかった。


 世界を滅ぼす可能性がある。それはその通りなんだ。あらゆるガジェットを無制限に使えるってことは、あらゆる兵器が使い放題ということでもある。捕まって拘束されたら。それだけで軍が……いや、いち個人でですら世界を支配できる可能性があるということだ。


 そうでなくたって、たぶん――マッチョが言ってた通り――経済をぶっ壊せるというだけでも相当にヤバいはずだ。


 カイが右手を上げた。


「あの、いっすか?」


「もちろん。疑問があれば即座に解消してください」


「なんでおれの名前知ってるのかなって……」


「厳密には名前ではなく、番号です。アーミーの開発研究による、被献体番号ということになります」


「それが四と九の部分っすね?」


「……? いえ、χも含めてです」


「ん? あれでもカイって、おれの名前っすよね」


「違います」


「え?」


「ん?」


 噛み合わない会話だったが、それもそうだった。たまたまカイと読む同音異義語である番号が振られていただけで意味などはない。


「あなたの本名は……失礼。資料を」


 オークラーが部下から1枚の紙を受け取って差し出した。


 小難しい専門用語が書かれた中にカイの顔写真が載っている資料だった。どうやら膨大な資料の表紙らしく、かなりざっくりとした情報しか書かれていない。


 どうやら新型ガジェットのテストという名目で実験がされていたようだが、その内容が分かるようなものではなく、意義だの実験の背景などという無駄で冗長なテキストばかりだ。


 資料の中にカイに埋め込んでいるガジェットの一覧があったが、これもとっくに開発され、販売に漕ぎ着けたものばかり。そうでないものも名で分かる。今さら見るべきものではないだろう。


 そんな醒めた気持ちでなんとなく眺めていると、その目があるガジェットの名で引っ掛かった。


『タッチレスチャージャー Ver.6』


 普通の人が見れば何でもない品目のひとつだ。しかしリィラにとっては違った。


 そのたったひとつの単語で、リィラの思考回路は急速にアクティブになる。


 タッチレスチャージャーといえば、Pp用疑似ケーブルガジェットだな。最近の体外エクスターナル型ガジェットと携帯ボトルを繋ぐ無線ケーブルとして採用されている。吸引素子は単体で機能するが、タッチレスチャージャーは入力機と出力機でペアにして使う。ケーブルの端と端だ。


 でも、これはボディ型には使われないはずだ。この疑似ケーブルを経由するとガジェットの安全装置が正常に動作せず、枯れるまで使えてしまうという不具合があった。だから人体に関するところでは採用されなかったんだ。


 カイのガジェットは、それの改良版ということになる。しかも、市販品に使われているのよりヴァージョンを三つも飛ばしている。かなりの改良を重ねたのだろう。


 安全装置の問題じゃ、ないよな。そこがクリアされたって、Ppが実質無限に使えることにはならない。


 そもそも、アタシが見た限りだとコイツの体表にそんな変わったガジェットは付いてなかった。全部アタシの知っているガジェットで、そこに繋がる機能のあるものは無いし、そもそもタッチレスチャージャーは単体で採用するものでもない。


 ――――もしかして、体内のPpをガジェットに供給するものではなく、体外のPpを体内へ補充するためのものなのかな。


 ということは、文字通り体内に片割れが居るんだな。疑似ケーブルという通信式エネルギー輸送を行う上で、Ppを供給する側と消費する側のうち、消費側がカイの体内に入っているに違いない。


 すると供給側は……。


 ……供給側は……無くても……?


 ぞくりと、背筋を冷たいものが走る。


 体外のPp? どっからだ。


 …………まさか……周囲のあらゆるガジェットからか。不可能ではないはずだ。


 体外型ガジェットの多くにはタッチレスチャージャーが採用されている。もしも、それらのペアリングをジャックできたら――――不可能じゃない。


 この濃密な思考は、オークラーが次に言葉を発するまでの僅か一呼吸であった。


「被献体番号χー四ー九。ジェイク・ドルトン。これが本名です」


「そう……なんすね。でも、まあカイって呼んでください。こっちの方がしっくり来るんで」


 ふむ。とオークラーが興味深そうに見つめる。


「こちらからも、いいですか」


「いいっすよ。もちろん」


「ジェイクであったときの記憶は無くなったのですか?」


「まあ。無いです」


「では、人格は?」


 リィラが目をパチクリと瞬かせた。人格? どういう意味だろう。性格とかは失ってないのか、ってことかな。


 いや、そうだとしても記憶が無いんじゃ分かりようもないし、見るからに人格はある。赤の他人のアタシを妹って呼ぶヘンタイ野郎だ。


 カイは聞く少し考えたが、リィラと同じく質問の意図が分からなかったようだ。


「…………人格。が、どうしたんすか?」


「見たところ、人格があるように見えます。その自覚はありますか」


「なんか……哲学的っすね。あれ。哲学っすか?」


「違います。では聞き方を変えましょう。自分に人格があると、そう思いますか」


「うーん、見ての通りあると思うっすけどねぇ」


 二人はなんの会話をしているんだろう。


「いつから、自我があると自覚しましたか?」


「えっと。リィラが言うにはおれはガジェットってヤツの廃棄場に倒れてて、それを拾ってここまで連れてきてくれたんですって。で、ここで目が覚めたときからこの人格っす」


「ふぅむ……」


「なんか……変な質問っすね。まるでこの身体に心があったらおかしいみたいじゃないっすか。もしかして、以前は何の心も無かったんですかね?」


「実のところ、その通りです」


 オークラーが机で手を組んだ。


「心神喪失、というよりもはや前後不覚状態だったのですが、どういう訳かカイという別人格になった。……我々も、どうしてそんなことが起こったのか分からないのです」


「いや……うーん。まあ、分からないんじゃないっすかねぇ……」


 心がないという人に、カイという心が宿った。そうイメージした途端、カイが言っていたことの意味がパチリと理解できた。まるでパズルのピースが偶然合ってしまったように。


「それってもしかして、死んだカイの心がジェイクの身体に入ったって……こと?」


「…………な、なんだって?」


 リィラの言葉に、オークラーが目を見開いた。


 ヤバい。もしかして言わなくていいこと言ったかも。


 恐る恐るカイを見ると、オークラーへ向かって苦笑いしていた。


 ……よし。気にしてない。


「いや、おれ説明下手なんで、よく分かんないかなって思って黙ってたんです。そういう意味の言葉も無いみたいだし」


「……いや、今のところはそれを信じる他ないでしょう。我々の研究者からして、心を取り戻したという報告からして間違いじゃないかとまで言い切ったのです。本来なら絶対にありえないはず」


「……あり得ない?」


「はい。それが我々の……改造手術の副作用らしいですから」


 今、こいつ言葉を選んだな。もしかしてこのタッチレスチャージャーを装備したら人格が破壊されるのか。そんなバカな。


 Ppが枯れてしまうということはあっても、そこまで強烈な害があるガジェットじゃないはず。装備するだけなら無害だ。


 いったいどんな機能追加しやがったんだ?


 そう考えていると、カイが身を乗り出した。


「改造して心がぶっ壊れる? そんなヤバいことしてたんすか」


「はい。それに見合ったリターンのある研究でしたし、被験者は必ず同意の上で、家族に十分なPpを払うという約束を……」


「したからって、やって良いわけないじゃないっすか!」


 バンと机を叩いて立ち上がった。その音にリィラはびっくりして身体を浮かせた。


「いくらPpが便利だって、人の代わりにはなんねえっす。やってること人殺しですよ」


 リィラには一瞬、カイの言動を理解できなかった。マジかこいつ。全然知らない人間のためにこんな怒るんだ。言ってることはクソみたいなキレー事でテレビから聞こえてくれば唾を吐くようなものだ。


 でも、そんなことを本気で信じているからこそ庇ってくれたのかな。


「それについては、弁明のしようもありません」


「大体。こんなヤバい兵器作ってドデカイ戦争でもおっぱじめる気だったんじゃないっすか」


「それは違う」


 オークラーは静かに立ち上がり、机に手を着いた。カイと同じ姿勢で真っ向から睨み返す。


「最強の兵器は、使うまでもないんです。持っているだけで意味がある。いかなる国も、我々が世界を滅ぼせると知って攻撃を仕掛けてくることはありえません」


 その声と目には芯が通っている。


「究極の反戦行為は、そもそも戦争を発生させないことにある。武力による制圧とは、そのようにあって然るべきです」


「戦争を……起こさないために……?」


「誰も傷つかない未来のためにT.A.S.は動いていた。その志だけは決して譲る気はありません」


 あまりにも真っ直ぐな言葉だった。


 アーミーって、意外としっかりした連中だったんだな。ポンコツだけど。


「でも、ならどうしておれを殺そうとなんて……」


「脱走したからです。人格がないものと判断していたものですから、これは全くの予想外でした。例えばそのまま他の国へ逃走されたら非常に不味いのは理解いただけますね?」


 カイはうつ向き、また目を上げて頷いた。


「筋が通ってんのは分かりました。だからって人殺ししたのはぜってえ受け入れられねえっすけど」


 カイが座り直すと、オークラーも座った。


「結構です。話の続きをお願いできますか」


「じゃ、一応信じてくれる……ってことで。だったらちゃんと説明したいです」


「ぜひとも。分からないことがあったら、随時質問していきます」


「うす。で、話ってのは異世界縺ヲ繧薙○縺についてなんすけど。って、言えなかったわ。えっとですね――」


 それから、カイは語り続けた。


 心に形を持つ種族が居て、死んだら心が何やら幸せな国や殺され続ける国に行くとか、別の生物に生まれ直すと信じられていて、カイは後者だったのだという。


 とはいっても、これは生まれ直すというより途中から生き始めたという方が正しいようだ。記憶を受け継いで、ジェイクの代わりに生きることになった。


 どれもリィラには信じがたい話だが、信じるしかない証拠もあった。


 カイ――というよりジェイクが死んでいたのは、やっぱり確かだったんだ。


 全ての説明が終わってオークラーは腕を組み、唸った。


「そんなことが……ふむ。しかし不可能ではない、か」


「なに勝手に納得してんの。教えてよ」


「それは……教えかねます」


「おい話が違うじゃん!」


 今度はリィラは立ち上がった。カイがまあまあと宥めてくれたけど、その手を無視した。


「何も違いませんよ。ただ、これは知るべきじゃない。陰謀が絡んでいるなどということはないのですが……きっと不愉快になる。ただそれだけの情報――いえ、推測です」


「そう言って、ホントはヤバイこと隠してるんだろ。それこそ陰謀じゃんか」


「いえ。誓ってそんなことはありません」


 ハッキリとした口調。真っ直ぐな目がリィラを見つめた。その目線にむしろ怯んでしまった。


 この人が嘘を言っているようには見えない。だけど、そう訓練されてるからかもしれない。


 しかしリィラは自分を曲げず、というよりもはや意地で両手を机に叩きつけた。今度はカイが驚いた。


「じゃあっ。カイのタッチレスチャージャーはどっからPp供給してんだよ!」


「な――」


 オークラーが目を見開く。


「な、なぜ……それを……」


「目の前にいんのはガジェットの大天才リィラ様だ。ヴァージョンが6ってだけで分かんだよ」


「たったそれだけで!? 信じられん……」


 言葉の通りに信じられないという表情をした彼女に、ガジェットオタクは思わず得意気な微笑みになった。


 ものすごく、気持ちがいい。スカッとした。


「へへーん。で、ペアリングの片割れはどこに仕組んでんのさ」


「…………」


「あっ。おい、黙るのはズルいじゃん!」


「い、いえ。あまりに……くっ。こんな形で漏洩するなんて……」


 悔しそうだ。自分という伏兵が一発食らわせたようで、リィラはさらに鼻高々になる。


「ともあれ、そこだけ・・・・は教えかねます。代わりにカイ……もといジェイクの身に何が起こったか。私が隠そうとしたことをお話します」


「……んん?」


 どうやら、カイのガジェットとオークラーが隠していたことは別件だったらしい。


 アタシはガジェットについて聞きたいけど……カイが聞きたいのはきっと、そっちじゃないよな。


「…………分かったよ。じゃー、それで許したげる」


「ありがとうございます。では……マーカスさん。退出願います」


 唐突に名指しされ、マーカスは目を丸くした。


「あ? おい嘘だろ。ここでか」


「さっきも言いましたが、カイは世界を滅ぼす可能性のある兵器です。その秘密を知る人はできるだけ――」


「ジジイ。こいつPp無限に使えるぞ」


「マジかよっ! おい俺のボトルはどこだ」


 無理やり割り込んでやった。思い切り睨まれたのを、片方の口角を上げて返す。


「これで聞く権利ゲットだろ」


「全くあなたという人は……。では、特別中の特別ですよ?」


「なーにが特別だよ。巻き込んだ責任ってやつ。えー、全身から泡が吹いたんだよ」


「身から出た錆び?」


 カイが言うのに、リィラが「そうそれ」と同意した。


 マイボトルを持ってきたジジイが、カイの隣に座り直す。


「おいコラ。今日の家賃寄越しな」


「あ、いいっすよ?」


「クヘヘ。良い素直さだ。少しは見直してやる」


 カイは首を差し出す。


 …………あ、ヤバい。


 カイはニードルレスの吸引素子しか知らない。


「おいジジイ待――」


 言い切る前に、四世代前の極太吸引針ニードルがカイの首筋にぶっ刺さった。


 家を貫いて、村中に絶叫が響いた。


「――ぎにゃあああああああっ!!」

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