始まりの季節 ~新たな出会い1~

 数時間後。

 入学式は厳粛な空気に包まれながら無事終了した。


 終わってしまえばあっという間に感じてしまう。それだけ、この日のために準備してきたものが重かったことを感じる。

 これまで散々引っ張ってきた新入生代表挨拶は特に緊張することもなく終了。文章の内容も特に面白味が無いため、割愛させて頂いた。


 現在は入学式が行われていた体育館を出てすぐの通路にいた。

 体育館を出ると他の生徒達は列を乱し、それぞれのペースで教室に帰っていくようだ。


 先生もそれを注意しないところを見ると別にダメな訳では無さそうだ。

 ならばと俺も歩くスピードを落とし、のんびりと歩く事にした。


 こうしてのんびり出来るのは本当に久しぶりだ。

 入学式の準備は勿論大変だったし、なにより最近はなずなのアイドル復活が間近なこともあり、春休みのほとんどは東京にある星川の事務所で会議だった。なずなも高校生になることだし、大人っぽくもあり、可愛さもある時期で事務所としてはここでなずなの夢を叶えてあげたい。そんなやる気をこの会議では感じた。


 俺はただ手伝いをしているに過ぎないため皆が出した方針に付いていくだけ。

 なずながアイドルを頑張っている間はどこへでも付いていくつもりである。


 そして、大変だったのは新曲の振り入れだ。

 実はなずなはダンスがあまり得意では無いため、難しいこの曲の振りを踊れるようになるのにガチで1ヶ月掛かった。

 事務所でも専門のダンスコーチにレッスンをしてもらったり、地元では俺しか先生代わりになれる人がいないため俺自身もあのダンスを踊れるように練習した。


 まあ、お陰でなずなよりも上手くダンスが踊れる自信が出来たがな……

 この後もなずなはレッスンがあるし、ホントにこの時間だけがゆっくり出来る時間かも知れない。


 こんなことを考えながらのんびりしすぎていると校舎まで5メートルもない体育館の通路をようやく歩き終え、校舎の中に入ろうとしていた。


 校舎内の長い廊下をボーッと見て歩いていると校舎から体育館への通路に出るための磨りガラスの扉の陰からふらっと姿を現した男がこっちを見ていた。


「よっ、代表ご苦労さん」

 そう言いながら片手を上げ、話しかけてきた。

 俺の後ろには誰もいないので明らかに俺に話しかけているのは分かる。けれど……


「あの……どちら様でしょうか?」

 急に見知らぬ人に話しかけられ怪訝な顔を浮かべた。

「あーごめんごめん。自己紹介がまだだったな」


 そう言うと外にいる俺の隣までやってきて「一緒に歩かないか」といった意味をはらんだ視線を送ってきた。


 特に急ぐ用事も無いため俺に断る理由は無かった。

 なので仕方なく彼の隣を歩く事にした。

 校舎内に足を踏み入れたところで早速口を開いた。

 校舎に入ると早速男が口を開いた。


「俺は相馬隆二。橋本君と同じクラスメイトだ。ちなみに君の隣の席だ」

「よ、宜しく」


 ニカッと爽やかに笑う短髪の細マッチョはどうやら相馬と言うらしい。しかもクラスメイト。


 ならば、俺の今朝の状況も知っているはず。なのにどうしてわざわざ俺を待ってまで話しかけてくれたのだろうか。


 俺はますます相馬が不思議な男に見えてしまい、細めていた目をさらに細くした。

 しかし、名乗られてしまうとこっちも返さないと失礼だ。


「俺は橋本大輝。君と同じく4組に所属している」

 端的に自己紹介を述べた。


「おう!宜しくな」


 それを聞くとにししーと笑いながら、いきなり俺の肩に腕を回してきた。

 いきなり距離が縮まったな……

 密着の度合いが親友と肩を組んでいるときのそれなんだよな~


「で、なんで俺を待っていたんだ?」


 とても歩きにくいがこういうノリはあまり嫌いじゃないのでそのままの姿勢で1番気になったことを聞いてみた。

 すると、笑っていた顔をさらに輝かせていた。


「単に隣の奴と話したかったから待ってたんだよ」


 あまりにもまぶしすぎてつい顔を逸らしてしまう。あれ?この構図は以前にもあった気がするな……

 一瞬そんなことが思い浮かんだが、俺は再び相馬に向き直った。

 こいつ、チャラそうに見えて意外と良い奴かもな。


 そう思ったら疑いの目を向けていた表情もフッと柔らかくなる。


「俺はそんなに楽しい話題とか持ってないぞ」

「それ言う奴結構面白い話題隠してるんだよな~」

 相馬の指がぐりぐりと俺のほっぺたをえぐっている。……くすぐったいのだが。


 さすがに嫌なので相馬の指を掴んで引き剥がした。

「ごめんごめん」


 言うと、ようやく俺から離れ俺の横を歩き始めた。


「折角2人きりだから聞いちゃおうかな」

「どうぞ」


 いつの間にか階段を登っていた。前にも後ろにも生徒の姿が無いのでなんでも答えてやろう。


「入試の点数何点だった?」

「500点」


 答える気満々で質問の答えを即答してしまった。

 言った後で「あっ」と思い、相馬の顔を見た。


「ご、500?」


 案の定相馬の顔は驚いた表情をしていた。

 それもそのはず。500点は高校入試5教科全て満点の点数なのだから。


「それって、凄くない?」

 驚いた表情のまま話を繋げてきた相馬。


「そうだな、俺も開示で聞いた時びっくりした」

「その割には反応が薄い気もするけどな」

「まあ、自己採点で495以上は取れていた自信があったし別に驚きはしなかったな」


 3月後半の俺を思い出していた。


 あの時はその程度の事で驚くほど暇じゃなかったな~もっとびっくりした出来事があったわ~


「そりゃ~首席だわ。新入生代表だわ~」

 驚きすぎて相馬の語彙力が無くなっちゃったよ。

「そういう相馬は何点だった?」

「それ、聞く?」


 確かに、質問してからこの切り返しは大丈夫か?って思ったわ。


「ま、話の流れついでに?」


 苦笑いしてやると相馬は自信なさげな口調で呟いた。


「400点ぴったりだよ……」


「凄いじゃん。その点数ならこの学校は結構安パイだったんじゃない?」

 思わず拍手をすると相馬の表情は不機嫌そうだった。

「お前が凄すぎて凄く感じないんだが」


 それはそうだ。自分でもそう思うのだから。

 心の中ではそう思いながらも口では別の言葉を発していた。


「なずなの点数がな合格ラインギリギリだったものでついな」


 ごめんなずな。バラしちゃった。

「へー。なずなちゃんね~」

 それを聞いた相馬はフムフムと良いこと聞いたな~と言わんばかりにニヤけていた。

「何か?」


 怪訝な表情を浮かべてやると相馬は「別に」と首を振った。


 ちょうどこの時に3階に到着。

 1年生のフロアを右に曲がり、4組を目指した。


 すると、4組の当たりに生徒がたくさん集まっているのが見えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る