始まりの季節 ~入学式4~

 教室内には喧噪が戻りつつあった。


 先ほどまで向けられていた視線も無くなり、生徒達はそれぞれが自由に小休憩を過ごしていた。


 俺は俺でリュックから取り出した例の原稿の最終チェックをしていた。

 まあ、昨夜の段階で見ずに読めるほどにはなって居るため本当にさらっとだけ。

 改めて読んでみても面白味の無い式典用の文章が並んでいる。


「ねえ~」


 つまらない文章を読んでいると同じようにつまらなそうな声を上げる現役アイドルが俺の机に突っ伏していた。

 腕で作られた枕からひょっこりと顔だけを俺に向け、つまらなそうにしている。


「なんだよ。つまらないならさっさと廊下に並んだらどうだ?」

 言うと、なずなは露骨に不機嫌そうな表情をして来た。


「ひどい!私は大輝が列に遅れないように待ってあげてるんだよ?ありがたく思って欲しいわ」

「別に俺は待ってくれなんて頼んでないぞ」


 ま、内心では顔見知りが側に居てくれるのは大変ありがたいのだが……

 あと、1人で廊下に出て収集が付かなくなったら困るし。


 口ではこう言ったがやっぱり残って欲しい。そう思った俺はこほんと咳払いをして言葉を選び直した。


「まあ、居てくれる分にはありがたいからもうしばらく居て欲しいかな」

 言うと、なずなはこれまた露骨に表情をぱーっと輝かせた。


「もー、大輝ったら素直じゃ無いんだから」

 言いながらニコニコと俺の顔を見つめていた。

 そんなに見つめられると照れくさい……

 照れ隠しのつもりで俺はよし!と言葉を発して、式辞用紙を閉じた。


 それを新入生代表挨拶とペン筆で書かれた封筒に挟むようにしまい、椅子から立ち上がった。

 これを確認したなずなも椅子から立ち上がり、回転させていた椅子を机の下にしまえるように元に戻した。


 俺は封筒ごとブレザーのポケットに入れてなずなの顔を見る。


「バッチリだし行こうか」

「うん!」


 俺の言葉を待っていたのかなずなは微笑みながら即答してくれた。

 俺達は前側の扉から廊下に出てそれぞれが並ぶべき場所へと移動した。


 廊下には既に3分の2以上が整列をしており、各々が緊張の面持ちでその場に立っていた。さすがに入学式。仲の良い友達などこの数分で出来るはずも無くただ黙って立っている人の方が多いみたいだ。


 しかし、列の後方。ちょうどなずなが居る辺りだけは凄い騒がしかった。


 なずなの事が少し心配になりながらも俺は4組の列の先頭で入場の時間を待っていた。


 すると、俺と同じように列の先頭に居た蒲田先生が話しかけてきた。


「昨日ぶりですね」

「はい。昨日はご指導ありがとうございました」


 目上の人なので礼儀はしっかりとしておく。


「そんな、呼びつけたのは私たちだから、そんなかしこまらなくても良いですよ」

 そう言う先生は胸元でパタパタと小さく手を振っていた。


 こういう返し方をされると困る。先生に言われたとおり少し崩した話し方をしてもいいのだが、失礼な気もしてしまう。かといって今まで通り堅苦しい感じで接しても余計に気を使わせてしまう可能性がある。


 困った。

 どんな感じで話を続けようか迷っていると蒲田先生が先に言葉を発してくれた。


「いよいよ、本番ですね」

「そうですね」


 先生が先に話を振ってくれればこっちは高校生らしく振る舞うだけだ。

 俺の気持ちは少し楽になった。


「見た感じ緊張はしていない見たいですね」

「そうですね、中学の卒業式でもステージに上がったってのもると思います」

「そう言えばそんなことを言ってましたね。それって答辞とかですか?」

「そうです。俺中学では生徒会長だったので成り行きで答辞を任されちゃって……」

「凄いですね!橋本君は中学では結構信頼された会長さんだったみたいですね」


 凄い褒められた。皆が割と静かめにしているから少し目立っているな~

 俺は少し照れながら先生との会話を続けた。


「皆には結構信頼されていたと思います」


 俺がそう言うと、前のクラスの最後尾が歩き始めた。

 俺達も先生を先頭に前のクラスに続く。


「じゃあ、高校でも生徒会に?」


 チラチラと俺を振り返りながら話を続ける蒲田先生。この姿を他の先生に見られたら怒られそうだな。

「いえ、高校ではやらないと思います」


 とは言いながら俺も話を続けてしまう。体育館まで結構距離があるから暇なのだ。


「それはなぜ?」

 前のクラスが階段の途中で止まった。それに習い俺達も踊り場で止まった。

「中学で結構大変な思いをしたことと、それ以外の用事が忙しくなるんじゃ無いかなって思ってるからですね」


 恐らく今年はなずなが飛躍的にアイドルとしての知名度を上げるはずだ。

 と言う事はそれに伴いアイドルの仕事も増えると思う。先生には悪いが生徒会などやってる暇は無い。


「そうですか。期待の新人を手に入れられるチャンスだったんだけどなー」


 そう呟いた先生は今までの立ち振る舞いより少し幼く見え、とても可愛かった。


「まあ、俺が暇で頼み事があればいつでもお手伝いしますよ」

「ホント!それは助かるな~」


 まるで生徒会の一員みたいな反応をする先生。段々可愛らしいところが見えてきた。


 これは男子生徒にかなりモテるのでは無いか?


 先生の可愛らしいところが見られたところで列が再び動き出した。

 今度の動きは途中で止まること無く体育館まで続いた。

 いよいよ本日のメインイベント入学式が始まる。


 それはつまり俺達の高校生活が始まる事を意味していた。

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