第12話 帝国の『呪い』について 2



「おはようございます、良い朝ですね」


 翌朝、私はとても爽やかな気持ちに包まれていた。笑顔のまま食堂にて、フェリクスの向かいに腰を下ろす。


 丁寧に挨拶を返してくれたフェリクスは朝から輝くような美しさで、とても眩しい。


「よく眠れましたか?」

「はい、それはもう。お蔭様で」


(こんなにも気分の良い朝を迎えたのは、一体いつぶりかしら。きっと前世以来だわ)


 しっかり食事をしてベッドで十分に睡眠をとり、綺麗な服に身を包むだけで幸せな気持ちになった。私は2日目にして、既にここでの生活を満喫し始めている。


 起きがけに井戸の冷水で顔を洗っていただけの生活とは違い、メイド達によって丁寧に身支度を整えられた。


 皇妃となる立場ということもあり、ドレスやアクセサリーも全て最高級品だ。大聖女時代にも身に着けたことのない品々に、思わず背筋が伸びる。


『ティアナ様、本当にお美しいです!』

『まるで女神様のようですわ……!』


 ミントグリーンのドレスに合わせ、同じ色のリボンで編み込んだ髪を結われた。メイド達は大袈裟なくらい褒め称えるものだから、落ち着かなくなる。


(でも想像していたよりずっと、私って綺麗な顔をしていたのね。みすぼらしい姿でいたのが勿体ないわ)


 これなら見掛け倒しの皇妃や聖女としても、少しは説得力が出るはずだ。黙っているだけでも、それらしい雰囲気が出ている気がする。


「快適に過ごされているのなら、何よりです」

「ええ、ありがとうございます」


 時折よそよそしい会話をしながら、フェリクスと共に豪華な朝食をいただく。いつ話を切り出そうかと考えていると、何故か使用人達は一斉に食堂を出て行った。


 そうして二人きりになり、どうしたんだろうと思っているとフェリクスは静かに口を開いた。


「二人だけで話をしたかったので、下がらせました」


 嫌な予感がしながら、静かに頷く。


「王国から帝国へ向かう道中、あなたを襲った者達は、ファロン王国側が仕向けたものだと思いますか」

「……はい。申し訳ありません」


 そして投げかけられた問いに、使用人達を下げたのも納得だと思いながら、正直に答えていく。ここで変に嘘をついて、王国の人間である私まで疑われては困る。


 それからもあの日の件について、色々と尋ねられた。


 フェリクスも私が完全に見捨てられ、帝国を強請るネタにでもされたのだと気付いているらしい。ずっと穏やかな口調のままで、私を責めることはなかった。


「あなたが魔法を使えるというのは、本当ですか?」

「私についてどうお聞きしているのかは存じませんが、魔力量がとても少ないだけで、魔法は使えますよ」


 一応、嘘は言っていない。雑用係として聖女達のロッドを磨くとか、冷やかし程度の魔法は使えたのだ。


「そうですか。失礼しました」

「いいえ」


 ストレートな問いに内心どきりとしたものの、私に詳しく話すつもりがないと察したのか、フェリクスはそれ以上、尋ねてくることはなかった。


 既に昨日、この結婚について、私のすべきことに関しての全ての契約内容を書類にまとめ、判を押してある。


(多少の魔法を使えたとしても、フェリクスは私に契約以上のことは何も望まない、という約束だもの)


 だからこそ、彼に「関係の無いこと」に口を出すのは憚られるのだろう。それでも私なりに行動するつもりだと心の中で謝りつつ、早速お願いをすることにした。


「この国の『呪い』について知りたいので、図書館へ行く許可をいただけませんか? 聖女であり皇妃となる私が無知では、恥をかいてしまうかもしれませんから」


 そう告げるとフェリクスは一瞬、驚いたように切れ長の目を瞬いたものの、すぐに元の表情に戻る。


「……分かりました、あなたが後悔しないならどうぞ。王国に帰りたいと言っても、返してあげられませんが」


(まあ、嫌な言い方! そんなに酷い有様なのかしら)


「あの国には頼まれても帰りませんから、ご安心を」

「そうですか。朝食を終えたら、俺の側近であるバイロンに案内させますね。部屋で待っていてください」

「はい、ありがとうございます」


 それからは今後のスケジュールを聞いているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。


(フェリクス、ちゃんと寝ているのかしら? 話を聞いたり様子を見る限り、信じられないくらいに多忙だわ)


 とは言え、私も最初のひと月だけは暇ではない。


 明日からは早速、婚礼衣装の仕立てが始まる。二週間後には私のお披露目のための舞踏会が行われるようで、帝国のマナーについても最低限学ぶことになっていた。


 これらについても契約書にしっかり書かれているし、私も承諾済みだ。フェリクスは恐ろしいほどに細かい。


(私は元々この国の伯爵令嬢だったし、大聖女としても社交の場や式典に出ていたから、問題はないはず)


 その辺りは楽できそうだと思いながら、デザートである美しく切り飾られた果物を食べていた時だった。


(あ、今ならちょうどいいかもしれないわ)


 聞いておきたかったことを思い出した私は、フォークを置くとフェリクスへ視線を向ける。


 夫婦になるというのに私達が二人きりになることは全くないため、良いタイミングだろうと、口を開く。



「フェリクス様は、お慕いしている女性はいますか?」



 するとフェリクスも食事をする手を止め、まるで信じられないものを見るような目で、私を見つめ返した。

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空っぽ聖女でしたが覚醒したので、絶望的だった契約婚も満喫してやります!(でも陛下がお慕いしている大聖女、実は前世の私なので気まずいです) 琴子 @kotokoto25640

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