第19話 竜聖女の秘密

「……どういうことだ。竜聖女が竜の花嫁ということか?」


 涙が頬を伝う。言えなかった。私が__竜聖女が、グラムヴィント様の花嫁だということを。


「竜聖女は、グラムヴィント様が魅入った娘です。……私はグラムヴィント様の番(つがい)なのです。その証拠は、私の胸にあります。胸にグラムヴィント様が番の竜紋を魔法で刻んだのです。その竜紋を刻まれているから……私にはグラムヴィント様以外とは子ができないのです」


 泣きながらそう話した。左胸にある竜紋は誰にも見せられなかった。私とグラムヴィント様の秘密だったから。だから、着替えもいつも一人でしていた。そして、私もグラムヴィント様に魅入られている。


 16歳の時に、私はグラムヴィント様と番になる約束をしたのだ。その竜紋を魔法で刻まれると、竜紋を刻んだその相手としか子ができない。そういう魔法だ。


 約束をして竜紋が刻まれるのは、契約に似た魔法だからだ。無理やりはできないのだ。


 人の世界に何の未練もなかった。私の側にいてくれたのはグラムヴィント様だけだったから。だから、グラムヴィント様と番になる約束をしても、私には拒否する理由もない。竜聖女の一番の役割は、グラムヴィント様をお慰めする為だけにいるのだから。それどころか、これで私は彼とずっと一緒にいられるとさえ思ったことすらある。


 そして、グラムヴィント様と番だということは、私とグラムヴィント様だけの秘密だった。グラムヴィント様のお考えなど国に教えるつもりがグラムヴィント様にはなかったからだ。だから、私も言わなかった。そもそも、グラムヴィント様は寿命が近づいていたのだ。

 それさえもグラムヴィント様は、私以外には秘密にしていた。私は最後のグラムヴィント様の竜聖女で、最後の時まで一緒にいるつもりだったから……そのあとのことは、私には計り知れないこと。だから、竜機関にもエディク王子にも秘密にしていた。


 グラムヴィント様が国と約束したのは、竜聖女と過ごせるようにすること。その見返りに、尽きることのない偉大な魔力でこの地を守っているのだ。


「……それで、妾の話をしていたのか……」

「フリードさまのことは、好きです。でも、私は竜聖女を解任されたはずなのに、グラムヴィント様の竜紋は消えてないのです……! それに、グラムヴィント様の求める竜聖女は銀髪碧眼の娘だったはずなのに、レイラお義姉様は違うんです!」


 頭が混乱している。涙を交えて感情が爆発したように秘密を話している。その秘密にフリードさまも困惑しているのがわかる。


 私が、本当に竜聖女ではなくなっているのか__それは、グラムヴィント様以外には誰もわからないからだ。


「……グラムヴィント様と、死ぬつもりだったのか?」

「それが、グラムヴィント様の最後の竜聖女の役目です」


 そのはずだったのに、私は竜聖女を解任されてフリードさまを知ってしまった。世間知らずと言われるほど、何も知らない私に普通の生活ができるようにしてくれた。いつも私を気遣い優しいフリードさまにいつしか惹かれてしまっている。生まれて初めて迷いが出ているのだ。


 そして、私が唯一心の拠り所にしていたグラムヴィント様がいなくなるなど耐えられないことだった。寿命が尽きるまで側にもいられない。


「この白き竜が、グラムヴィント様の跡を継げる唯一の竜です。今は、子竜すぎて無理ですが……グラムヴィント様の跡を継げるのは、同じ神秘の竜(ルーンドラゴン)だけなのです。だから、この子を守らないと……」


子竜を抱いている手に力が入る。

 神秘の竜(ルーンドラゴン)に血筋など関係ない。その竜が偉大な竜になるかどうかだけだ。

 でも、レイラお義姉様が、本物の竜聖女かどうかわからない。そんな方にこの子竜は渡せない。


「リューディア……とにかく一度邸に帰ろう。その子竜もだ。邸に連れて帰るんだ。ここに置いてはおけない」


 彼は困惑したままだろうが、うつむいている私をいつものように気遣うフリードさまは、大事なものを抱えるように、子竜を抱えた私を抱き上げた。その腕の中で、私は小さくなったまま子竜を抱きしめている。フリードさまの身体に身を預けて……。


 洞窟を出ると、ウルリク様がさらに魔物退治をしていたのか、大剣を持ったまま立っていた。その後ろ姿のウルリク様にフリードさまが、竜輝石のことを伝える。


「ウル! 洞窟内に竜輝石を見つけた。すぐに回収しろ。俺たちは、すぐに邸に帰る。あとは頼んだぞ」

「ハッ。……その竜は?」

「他言無用だ」

「わかりました……では、すぐに回収いたします」


 たったそれだけの会話で、フリードさまのことを察したように、ウルリク様は疑問を問いただすことは無かった。


 そのまま、私とフリードさまは誰にも見られずに、邸へと帰宅したのだ。










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