第18話 白き竜

 魔物の死骸の中を歩いていると、隣にいるフリードさまは不思議そうに見ている。


「もしかして、呆れていますか? また世間知らずなことをしていますか?」

「気にしなくていい。いつも魔物肉を取りに行っていることは知っている。だから、これくらいの魔物でひるむことがないことぐらいはわかっているつもりだ。他の女性と比べる必要もない」

「嫌いになったらいつでも言ってくださいね。それに、もし私をお望みなら、妾ぐらいでもいいのですよ」

「妾になんかしない。リューディアとは、結婚したいと思っているから求婚したのだ」


 本気かなぁ……と少なからず照れながら思っていると、奥から「きゅうん」という鳴き声がした。

 弱々しい鳴き声に、思わず飛び出すようにその場から走った。

 そして、見つけた。洞窟の岩肌の側で小さな白い竜が力なく竜輝石にもたれるように倒れている。


「大丈夫!?」


 急いでその小さな竜を撫でると、ぐったりしている。周りは、岩肌だけで竜輝石以外は何もない。その小さな竜を抱き上げると、手が血で滑った。その小さな竜に急いで癒しの魔法をかけた。おそらく、魔物に襲われたのだろう。


 先日の地震のせいかもしれない。地震で山が崩れたせいで、この洞窟がむき出しになったのだ。……きっとこの子は、あの地震の時に産まれたのだ。親の竜はすでに竜輝石になり、産まれたこの子竜は、自分自身で守り切れなかったのだ。


 おそらく地震を起こしたのは、グラムヴィント様だ。私に、この竜の存在を言いたかった気がする。


「まさかこの竜が、霧を出していたのか?」

「きっとそうです……助けを求めていたのかもしれません。この子はきっと産まれたばかりなのですよ」

「親である竜はどこだ?」


 あるのは竜輝石だけ。その竜輝石にもたれていたのだ。この小さな竜の親は、寿命だったのかどうかはわからないけど、すでに亡くなりその体は竜輝石となったのだ。


「多分、もう……この竜輝石がそうだと思います」

「……竜輝石が、竜の結晶だという話は本当だったのか」

「グラムヴィント様みたいに、力のある竜なら生きたまま竜輝石を生み出すことはありますが……竜は死ねばその体が竜輝石になる竜もいるんです。でも、他言無用でお願いします。もし知られれば、竜輝石目当てに竜狩りが行われてはいけませんから……全ての竜が竜輝石を生み出せるわけでは無いんです。無差別に竜狩りが行われるわけにはいきません。その区別は、普通の人間では無理ですから……」

「竜聖女なら、可能なのか?」


 それを語るには、グラムヴィント様のことを話さないと上手く私には伝えられない。


「……グラムヴィント様の秘密は言えません」

「グラムヴィント様……?」


 グラムヴィント様の秘密は言えない。腕の中にいる白い小さな竜を見ると、衰弱しておりぐったりと眠っている。そして、確信した。

 そう思うと、涙がほとほと……と頬を伝う。


「リューディア? どうしたんだ!?」

「なんでもありません……竜輝石は持って帰りましょう」

「そうだな……誰かに持ち帰られるわけにはいかないからな……ウルリクに竜輝石を持って帰らせよう。竜輝石は竜機関の管轄だ。だが……」


 子竜を抱きかかえたまま、必死で泣かないように歯を食いしばりうつむいていた。それに、フリードさまは優しく子竜を抱きかかえた私を包んでくれた。


「リューディア。どうして泣く。子竜になにかあるのか? 見つかってよかったのではないのか? 白い竜は珍しいし、そのうえ子竜も珍しいことだ。死に至る前に保護できたことは喜ばしいことではないのか? それが、何故泣くことになる?」


 保護できたことはいい。それは、何の問題もない。私が悲しいのは、この子竜で確信を得たからだ。


「リューディア。なにがそんなに悲しい。俺では何の力にもなれないか?」

「フリードさまには、感謝しています。私に普通の生活を教えてくれました。でも、グラムヴィント様の秘密を言えば、国が混乱します。それに、この子竜がどうなるか……私も、フリードさまとは結婚できないのです。私は……」


 竜聖女になる前に出会っていれば良かっただろう。そうすれば、グラムヴィント様だって、わかってくれていた。でも、私が16歳の時にグラムヴィント様と約束をした。でも、そのグラムヴィント様が私を捨てたのだ。いや、いずれ迎えにくるかもしれない。


「……竜聖女の秘密を無理に聞きだすつもりはなかった。だが、結婚のことになると話は別だ。俺は、あなたを守ると決めた。それは、一生のことだと決意して言ったのだ。それをたがえようなどと思ったこともない」


 人など誰も信用したことなどなかった。でも、フリードさまは違う。腕の中の、白い子竜を抱きかかえたまま、感情が溢れそうだった。まるで、不安を吐き出すように。


「……グラムヴィント様は、もう寿命なのですよ! あと数年だと思っていたのに……この子竜が産まれたから、もうきっと一年もないはずなのです! この子竜は、白き竜。グラムヴィント様と同じ神秘の竜(ルーンドラゴン)なのですよ! 私は、グラムヴィント様の最後の竜聖女のはずだったのに……! 私はっ……」

「リューディア……」


 力のある長寿の竜は、神秘の竜(ルーンドラゴン)と呼ばれていた。大きさはまちまちで、そう発見されることも、数もいない。属性も能力だって違う。ただ一つ共通していることは、産まれた時は白き竜だということ。そこから、その子竜が持っている強い属性に鱗の体が変わっていくのだ。

 

 そして、竜聖女である私は……。


「……私は、グラムヴィント様の花嫁なのですよ」






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