第14話 異変

 びしょ濡れになった私をフリードさまが、浴室まで連れて来てくれた。「歩けますよ」と言うのに、彼は「このままがいい」と言って下ろしてくれない。そんな私を抱きかかえたままなのに、彼は疲れた様子を微塵にも見せなかった。


 部屋の浴室は、まだ湯を張ってないから……と言って、普段フリードさまが使っている大きめの浴室に抱きかかえられたままやって来て、やっと降ろされた。




 すでに、温かい湯気を立ち昇らせている石造りの浴槽は、部屋についているバスタブと違いかなり広い。しかも、湯浴みの準備をしていたのは、フリードさまが仕事から帰って身体を休めるためだったろうに、彼は急いで着替えて私とブリュンのところに戻ってきたから使っていなかったようだ。それなのに私が先に使用していいのかと悪い気がしてくる。




「フリードさま。私はあとでもいいのでお先にどうぞ。急いで庭に戻ってきたからまだお入りになってないですよね?」


「濡れたままでいる気か? 気にしなくていいから先に入りなさい。メイドたちもすぐにくる」


「メイドはいりません。湯浴みは一人でさせてください」


「リューディア……?」




 フリードさまは、私がいつもメイドの世話を断ることに不思議そうな顔を見せる。


 いつもなら、私が断っても誰も気にすることはなかったし、竜聖女としてのお金はもらっていたはずなのにウォルシュ伯爵家は私に使用人一人つけなかった。


 それが、私には好都合だった。でも、フリードさまは違う。いつか『どうしてだ?』と聞かれそうな気さえする。




「あの……湯浴みが終われば、髪だけ整えていただいてもいいですか?」


「では、湯浴みが終わればサーバントベルを鳴らしなさい。メイドを部屋に行かせよう」


「はい……すみません」




 謝る私にフリードさまはひたすらに優しい。これでいいのだろうか……と思いながら、濡れた衣服を脱ぎ、温かい湯の張った浴槽に身体を沈めた。




 湯浴みが終われば、メイド一人が私の部屋にやって来てくれた。浴室の前に新しい着替えも準備してくれたのも、このメイドだろう。名前は、ミリアという若いメイドだった。


 ミリアは、濡れた髪の水気をとり、優しく梳いてくれていた。




「ミリア……この化粧水は、おいくらぐらいするのかしら?」


「リューディア様のものは、ヴィルフリード様がすべて揃えていますのでお値段までは、なんとも……」


「ヴィルフリード様が揃えてくださったのなら、お高いのかしらね」




 私の給料で買えるのだろうか? お金を使うことがなかったから、いまいちピンとこない。うーん、どれだけ考えても値段は思い浮かばない。そう思っているうちに、髪は綺麗に結わえられている。少しはまともに見えるだろうか、と鏡を凝視する。




「すみません。侍女の心得がなくて、簡単な髪型しかできなくて……」


「そんなことないですよ。すごく綺麗にしてくれてます。あの……もしよければ、明日の朝もお願いできますか? 髪だけでいいので……」


「はい。必ず来ます!」




 緊張しながらもミリアがそう返事してくれたところで、フリードさまが部屋にやって来た。彼が部屋に入ると、ミリアは静かに下がった。




「ゆっくりできたか?」


「はい」




 部屋にやって来たフリードさまは、こちらを確認してくれないか、と言って持っていた何枚もある紙の束をソファーのテーブルに並べた。


 なんだろうか、と思いながら、彼の隣に座り確認すると、ウェディングドレスのカタログに、宝石のカタログ……いかにも、結婚式に必要な物ばかりだった。




「フリードさま……本当に私と結婚するつもりですか?」


「求婚したはずだが?」


「……妾でいいのですけど……」


「結婚相手に、自分から妾なりたいと希望する女性なんていないぞ」


「でも、正妻よりもいいと思うんです……」


「理由は? 言えないということは、竜聖女の秘密と関係あるのか?」




 確かに、結婚出来るのに、自分から妾になろうとする人はいないかもしれない。普通は、妾が正妻になりたがるものだから……。でも、私が正妻で、フリードさまが妾や第二夫人を召せば不思議と嫌だと思う。それなら、私が最初から妾のほうがいい。




「……リューディア。竜機関も竜聖女も秘密のあるものだとは知っている。だが、リューディアはもう竜聖女ではない。もっとこう……自由でいてもいいのではないか? 竜聖女の秘密を口外しろとは言わないが……俺は、あなたを諦めるつもりはない」


「一度は、結婚しないと言ったのに?」


「だが、今はこうしてリューディアといられている。妾にするつもりもないし、二度と離すつもりもない」




 フリードさまは、将軍だ。機密情報は多々あるから、同じように竜聖女であった私にも漏らせない秘密があることはわかってくれている。


 その上で、私と結婚しようとしてくれているのだ。真剣な眼差しで手を握られると、不思議と動悸がした。




「……あの……私……」




 話さなくてはいけないことはある。そう思った時に、地響きがして床が揺れた。地震だ。




「……っ!?」




 揺れた瞬間にフリードさまは、すかさずに私を守るように抱きしめる。そして、地震はあっという間に収まる。




「……地震なんて、珍しいな……リューディア。大丈夫か? ……リューディア?」




 地震に呆然とした。揺れたせいで、目の前のウェディングドレスのカタログの紙の束が雑多にばらけている。




「……大丈夫ですよ。地震ぐらいで怯えたりしません」


「そうか……」


「でも、もう少しこのままでいてください」




 まるでグラムヴィント様にもたれている時のように、この腕の中では癒されていた。












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