第13話 銀髪

 小川の側に体を預けるように座り込む飛竜のブリュンに近づき、そっと手を伸ばして撫でる。どうやら、私が触れても大丈夫なようだ。




「……以前も会いましたよね? もう怪我はいいの?」




 瞼の側でそう聞くと、飛竜はフイッと首を振る。どうやら、もう怪我は大丈夫なようだ。




 以前に、大掛かりな魔物退治の時に竜騎士たちが出陣していた。魔物退治に出陣することは珍しくないし、怪我をして帰ってくることも珍しくない。




でも、この飛竜には見覚えがあった。




 フリードさまの飛竜は、他の飛竜よりも少し黒味が強い。体も大きいし、この飛竜もフリードさまみたいに、他の飛竜よりも偉いのだろう。


 見覚えがあるのはそのせいもあるし、気性が激しくて他の魔法使いが近づけなかったので私が回復魔法のために呼ばれていったのだったからかもしれない。


 まさかその時の飛竜がフリードさまの飛竜だとは思いもよらなかった。フリードさまが、私を迎えに来て初めて飛竜に乗った時は、彼の登場に驚いたのと、マントの中で緊張していた。マントの中だからよく見えなかったのもあるけど……。




「ブリュンもお食事の時間ですか?」


「そうだが……」


「では、ブリュンも一緒にいただきましょう。昼食をあちらの小川に準備して下さっているんです」




 なにか複雑そうな不思議な表情をしているフリードさまは、魔物肉の入った大きな籠を持って小川に来てくれた。




「ヴィルフリード様。リューディア様が、こちらに昼食をセッティングしてくださいました」


「リューディアが?」




 後ろでそんな話が微かに聞こえる。その私は、小川の側に座り込んでいるブリュンの黒く光るような鱗の体を撫でていた。ひんやりとして気持ちがいい。肌触りは、グラムヴィント様のほうがゴツゴツしている感じだ。


 他の飛竜よりも、黒味が強いからかフリードさまと姿が重なる。衣装も髪も飛竜まで黒いから、漆黒将軍と呼ばれているのかもしれない。




「リューディア。その……ブリュンが気に入ったのか?」


「はい。以前もお会いしたことがありましたけど、大人しいお利口な竜でした。気性が激しいと言われるのは、きっとプライドが高いのですね。威厳があって素敵です」


「そ、そうか……」




フリードさまが持って帰った魔物肉をあげると、ブリュンは豪快に食べ始めた。




「リューディアは、ブリュンのことを覚えていたのか?」


「はい。以前怪我を治したことがあります」


「あの時は助かった。感謝している……礼を言うのも遅くなってしまったな」


「お役に立ててよかったです」




 魔物肉を美味しそうに食べているブリュンを見ていると微笑ましくなり、表情が緩んでしまう。その様子を見て、フリードさまがかがんで話しかけてくる。




「そろそろ俺のこともかまってくれないか?」




 耳元で囁くように低い声が私を捉える。心臓が掴まれたような感覚だった。




「……あの……忘れていたわけではないですよ」


「それならよかった」




 ブリュンに夢中になりすぎて、フリードさまは呆れてしまったのだろうか……それにしては距離が近い。ほんの数メートルのテーブルに着くだけなのに、手を握られてしまっている。そのまま振り返りブリュンを見ると、一度目が合ったのに、どうでもいいようにすぐにまた食べ始めていた。




 そんなブリュンを見ながら、ハンスたちが準備したテーブルに座り昼食をいただく。小風の気持ち良い午後。隣に座っているフリードさまが、もっと食べなさいと果物なども勧めて来る。




「今日は、お昼休みが長いのですね」


「昼からは休みを取っている。……一緒に過ごそうかと思って……」


「では、一緒にブリュンと過ごしましょうね」




 そう言って微笑むと、フリードさまは片肘をついて考えこんでしまった。




「どうしました?」


「思いもよらない敵がいたと思って……」


「敵がいますか……そうですか、大変ですね」




 大変だなぁ……と思って、サンドイッチの最後の一口を食べてブリュンを見ると、すでに小川の水をゴクゴクと飲んでいる。




「リューディア。これも食べなさい」




 名前を呼ばれて振り向くと、口に果物を入れられた。小さくカットされた果物を食べると甘くて美味しい。




「果物は好きか?」


「はい」


「では、もっと食べるか?」




 テーブルの上には、カットした果物がまだある。一体私にどれだけ食べさせるつもりなのか。




「そんなにたくさんは食べられませんよ。フリードさまは、お休みでしたらお着替えに行かれますよね? 私はここで待っていてもいいですか?」


「待っていてくれるのか?」


「はい。ブリュンといますから……ブリュン。一緒にフリードさまを待ちましょうね」




 笑顔でブリュンに話しかけると、彼はひたすら素っ気ない態度だった。気難しい飛竜と言っていたから誰にでも懐かないのだろうと思う。それでも、嫌われていれば近くにも寄れないはずだから、大丈夫だと安心している。




 むしろ、それが凛々しくて絵になるような飛竜だ。




フリードさまが急いで着替えに行き、ハンスたちが昼食の片付けを済ませ、私はブリュンと小川にいた。




 誰もいなくなり、ブーツを脱ぎ裸足になるとフィッシュテールのスカートが濡れないように持ち上げ小川に足を踏み入れた。


 私の膝下ぐらいの深さだけれど、ブリュンには小さい小川で、飛竜の体がどっかり浸かることはない。




「ブリュン……偉いわね。お口についた魔物肉のあとを洗っているのね」




 意外ときれい好きなのね、と感心していると、ブリュンが首を振ると水しぶきが一斉に私を濡らした。




「ふふふ……飛竜と水遊びができるなんて予想もつかなかったわ」




 グラムヴィント様は、飛竜よりも遥かに大きい。そのせいで、こんな水遊びなどできなかった。嬉しくて、思わず低くて変な笑い声が口から漏れる。その私の銀髪の髪を、顎でつついて来る。




「……あなたも銀髪が好きなの? 竜はみんな銀髪がいいのかしら……」




 でもこの容姿のせいで家族に愛されることはなかった。竜聖女になってからも、ただ珍しがられるだけだった。フリードさまも、人間だから私を好きになることなどできないだろう。




 持ち上げていたスカートの手を気がつけば放しており、ブリュンが水しぶきと共に飛び上がり、ハッと気が付いた。水しぶきは、光に反射するようにきらめき、その光を残してブリュンはどこかへ飛んで行ってしまった。




「リューディア……水遊びをしていたのか?」


「フリードさま。ブリュンが飛んで行ってしまいました」


「飛竜だからな……どこかに飛んで行ったのだろう。ほっとけばいい。どうせ夜には帰ってくる」




 小川から、私を引き上げるようにフリードさまは軽々と私を持ち上げる。




「フリードさまも濡れてしまいますよ?」


「もう一度着替えればいい」




 びしょ濡れの私を気にすることなく縦抱きにしてくる。フリードさまの顔がいつもと違い少しだけ見下ろせていた。




「……綺麗な銀髪だな……水に光がはじいて、いっそう綺麗になっている」


「綺麗……ですか? フリードさまは、銀髪がお好きですか?」


「……リューディアにだけ似合う色だ」




 そう言って、愛おしそうに銀髪の先にそっと口付けをしてくる。




「私もフリードさまが好きですよ。グラムヴィント様みたいに大きくて安心します」


「では、あなたに愛されるようにもっと努力しよう」




 そう言って、くすぐったくなるような口付けを頬にしてくる。頬が熱い。顔が赤くなっているのがわかる。その赤ら顔を見られないように、瞼を閉じてフリードさまにしがみついていた。


















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