第4話 ハジマリと異世界

 あの夜が終わってから

数時間がたった

仕込みを忘れていることに気が付き

店を休むことにした。

「できた……」

 店長であるフブキの前に

焼いた生地の真ん中に餡子を挟んだ和菓子が

数個並んでいる。

「なんだこれは?」

「懐かしいっすね」

 懐かしむひよこに

ほうとガウエルはニヤニヤしていた。

「なんすか?」

「ひよこが好きなどら焼きだ」

「どらやき? ひよこらしいではないか?」

 フブキが初めて作った和菓子であり

先代の得意な菓子のひとつ。

「食べないのか?」

「えっ? いいんすか……」

 はむっとどら焼きを

食べていく姿がほんとうに子供頃に見た

美味しそうな表情で

横で羨ましそうに見ていた見えない女性が

見せてくれる顔だ。

「君も食べる?」

 その言葉にふんふんと

見えない女性が頷く

そっと術式を掛けてどら焼きを

霊体で複製して手渡しする。

 ひよこと同じように

はむっと食べている

宙を飛び回りながら美味しさを表現する

見えない女性にガウエルとフブキで笑った。

「ん? どうしたっすか?」

「いやいやすまない」

「うれしくてな」

 あの夜の後だが不審な点が多かったことから

一応にも

調査のため式を飛ばしている。

 不審な点とは主に三点

一つはなぜ神社の神様が穢れたことで

家系であるひよこを狙ったのかだ。

 そして二つ目は

ひよりやひよこは何者なのか

なにより三つ目が一番の不可思議な点である。

「なんで封印が解けたんだろうな?」

「それは動画サイトとやらで見ただろうに」

 動画サイトへの投稿があったりしないかと

調べた結果だった。

 女性配信者でオカルト系を扱う動画を

投稿している人がいたが

ほとんどホラーゲーム専門の人間でしかない。

 なぜ現実の心霊スポットにいたのかというのが

疑問だ。

「ガウエルの力で何かないか? 調べるようのやつとか……」

 ちょうどテレビをつけっぱなしだったことを

忘れていたがアナウンサーが慌てて速報を流す。

《ただいま入ったニュースですが有名配信者のかくりよさんが失踪しました》

 かくりよさんと呼ばれた人の画像が出た瞬間に

場面が凍った。

 その封印を解いたホラーゲーム専門の

女性配信者の顔が映っている。

「どういうことだ?」

「さあな…… だが少しおかしいな」

「なにがだ?」

 失踪したというのに

今になって速報とやらで知らされ

そして発見が昨日の深夜だ。

「それのどこが…… まさか時間は?」

「どうやら計算的に言うと魔神を倒した瞬間だ」

 この世界の計算を会計のために教えておいたが

高校数学の教科書までガウエルが欲しがっていたので

買ったのが功を奏する。

 距離計算に状況を見る力を加え

ルーンで改造を施されてある電卓を駆使していた。

「てことは穢れは移動するのか?」

「どうやら【けがれ】と呼んでいるものは魔物に近いらしい」

「魔物? 悪霊とかじゃなくてか?」

 難しい話をしているところに不安を覚えたのか

ひよこと見えない女性が心配そうに見つめている。

 静寂を切り裂いたのはお腹の音だった

いつもひよこが鳴らすのだが今回は

珍しくガウエルが鳴らした。

「すまない…… 消費がすごくてな……」

 店長がそれだったらと

腹に溜まりやすく食べやすい串団子を持ってくる。

「なんだ? 黒い何かが乗っているな……」

「これは粒あんと言ってな」

「いつもなめらかなクリームだったのは潰されていたのか?」

「よくわかったな」

 豆の形をわかりやすく残すのが

神代和菓子屋の決まりというか暗黙のルールだ。

「まあ良いか…… 背に腹は代えられんからな」

 一口を躊躇った後に頬張った

しかしその後にお腹の好き具合も乗じて

二本ずつになるぐらいに大食いを始める。

「喉に詰めるなよ」

 見えない女性も食べたくなったのか

私もと合図してきた。

 どら焼きと同じように

霊体で複製を作る。

 久々の神代和菓子屋にある和菓子に

感動すら覚えていた。

「そういえば姫さんは魔神みたいな時はどういう感じだったんだ?」

 気軽に聞くことではなかったと後悔するのが

遅かったのかブルブルと震え始める。

「あっごめんな? 無理に思い出さなくていいからな」

 ふんふんと同意を得た

見えない女性を抱きしめると

徐々に震えが収まった。

「そんなに怖い思いをしてたのか…… ほんとにごめんな」

 ふふっと笑いながら不器用にニコッと笑う姿に

ドキッとする。

「可愛いな……」

「いきなりどうしたんだ」

 ガウエルは見えない存在を捉えられてないために

自身が言われたと勘違いした。

「いや姫さんに言ったんだ」

「そっそうか…… 残念だ」

 か細く聞こえづらい声でぼそぼそと喋るガウエルに

少し驚いたがいきなり過ぎて感情が読めない。

「もしかして粒あんが突飛すぎたか?」

「そんなわけないだろ! 美味しいぞ!」

「おっおう? ありがとな……」

 若干に引き気味で対応してしまった

褒められているのか怒られているのか

わからない状況に右往左往していた時だ。

 ひよこが文献を漁ってきてくれたらしく

神代和菓子屋の蔵から埃まみれで持ってくる。

「ここの蔵って変わらないっすね」

「そうか? だったら住みやすいってことか……」

「そうっすけど…… それがどうしたんすか?」

 いや参考程度にだなと

ほのめかしながら言い訳した。

「それより文献にはなんて書いてある?」

「神社に奉納されている神代和菓子屋にしかないお菓子がヒントらしいっす」

 そんな和菓子があったかなと

頭の中で探し始めるが答えならもう出ている。

 ひよこが目の前で食べていた

しかも神代和菓子屋の包みではなく可愛らしい個包装だ。

「自分で作ったのか? まるで文献所に書かれている通りの……」

 まるっきり似ている程度では済まない完成度に

息を飲むほど驚く。

「これならおばあちゃんが昔に教えてもらったらしいっすよ」

「誰にだ?」

「店長のおじいちゃんだと思うっすけど……」

 ポケットの中から写真を取り出したひよこ

見せてもらった二人が映るそれには

仲良さげに肩を持ち笑う男女の老人が映っていた。

「じいちゃんを知っていたんだな」

「いえ知らないっすよ」

「ん? どういうことだ?」

「だって生まれる前に二人とも亡くなってるっす」

 じゃあ誰が作ったんだと疑問に思った頃だ

店のシャッターを叩く音がする。

 あまりに勢いが強いため

緊急かと慌ててシャッターを開いた。

 開いた先には若い女性が一人

仁王立ちで苛立っている。

「どちらさまでしょうか?」

「ひよこっ! どこに行ってたの?」

「あっお母さん? どうしたの?」

 いつもの口調ではなく畏まった丁寧な喋り方で

上品な印象を伺わせた。

「すみません…… 大事なお嬢さんを朝帰りのような真似をさせてしまって……」

「あなたですか? ひよこは拾い子ですが大事な娘なんですがね」

 怒りながら貞操観念の話を始める

ひよこは少々だが困り気味に袖をギュッと握ってくる。

「すみません…… 止まらなくて……」

「いや良いお母さんだと思うぞ?」

「え? どこがですか?」

 フブキは気づかれないように目線で誘導すると

少しだけだがスマホの明かりがポケットから漏れていた。

「ひよこのスマホって電源切ってるんじゃないか?」

「確かに電池がなくなって勝手に……」

 なるほどという顔になり

携帯用バッテリーで充電しながらスマホを付ける。

 何十件にも及ぶ着信ありが立て並んでおり

どうやら深夜になった辺りで心配になったのか

十二時から朝の六時まで三十分置きに掛かってきていた。

「お母さんにお話しがあります」

「あなたにお母さんと呼ばれる筋合いはありませんが?」

「ひよこさんを貰いたいのですが……」

 ひよこを抱き寄せて真っすぐに

お母さんへと宣言する。

「ひよこと真剣にお付き合いの後にこの家で住みたいです」

「なっ…… 店長? そんないきなり……」

「あと店長じゃなくて襲名の名前でもなくてだな」

「あるんすか?」

「ああ…… タクヤって言うんだがな」

 驚いた顔でひよこも秘密を明かした。

「私も養子前の名前があるっすよ? 姫都生丹ひめとうたって言うっす」

「そうだったのか? うたっていうんだな」

「はいっす! 三波女っていうのはお母さんの名字っす」

 お母さんと呼ばれた女性は何かに気が付き

こちらに目を向けてくる。

「まさか神代和菓子屋の店長さん?」

 あらあらと上機嫌でひよこ改めうたに向かって

笑顔を向けていた。

 奥で見ていたガウエルに対して姉だと思ったのか

ぺこりとお辞儀をする。

 ガウエルも乗り気なのか

我が愚弟がと丁寧に挨拶した。

「まあ品のあるお姉さまですわね」

「それなりに教わりましたので……」

 いつもは騎士の面しか見えなかったが

案外にも社交性はあるらしく

貴族のような振る舞いで品に溢れた女性像が伺える。

「これなら水は差せないわね」

 ではまたと手を振りながら

来た道を戻っていった。

 全員が胸を撫でおろしながら

うたは顔を赤くしながらフブキ改めタクヤに

もじもじと聞き直す。

「さっきのってほんとっすか?」

「本気だぞ?」

 見えない女性もうれしいのか

宙を踊りまわっているように喜びを表現していた。

「私は姉という形でいようかな」

「元の世界に帰るんじゃなかったのか?」

「気が変わったんだよ」

 本当は帰る方法がない

そして戻ったところで残存兵という形で追われ続ける。

 事実を隠しているわけではないが

あえて言わないでいた。

 異界に続くゲートが現れるまではだが

隠し通せるというのはそれまではかなと予感だけしている。

 ガウエルはこの世界に来る前だが

戦争をしている身ではあった。

 公国は人とは別の種類と戦争を起こし

敗戦に近い状態でこちらに飛ばされている。

 そんなことはつゆ知らず呑気に笑っていた二人に

少しヤキモキする気持ちがあった。

「なんだろうな…… モヤモヤが頭の中に敷き詰められている」

 ガウエルの影に何かが蠢いているのを

誰も知らずに平穏の空間から魔手が伸びている。

 穢れの正体に原因があった

しかし誰も気が付かない

非日常すらも凌駕した悪意は非現実にある事柄よりも

怪異なのかもしれないのだ。


 おわり




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