第3話 日常成りて非日常 後編

 黒い霧の濃度が高い

真っ暗な視界に溢れ出すモヤのようなガス

憤然と湧き出す光景に疑問が浮かんだ。

「なんで今日はこんなに濃いんだ?」

「私のルーンではある地点から湧いているぞ」

 ルーンと呼んだ石のペンダント

それが唯一の光源となっている。

 青白い光は心が浄化されていくような

暖かいような冷やかさが心地いい。

「どこだ? その湧き出てる地点ってのは……」

 不意に後ろの気配を感じて振り返った

気配の元には人影が立ち尽くしている。

「あれは?」

 人影には見覚えがある

先ほど別れたひよこの姿形にすごく似ていた。

「まさか…… ひよこか?」

【なんでわかるんですか?】

 絶句するより先にガウエルが

剣を召喚した。

「今は斬るか助けるかを選ぶときだ」

「助けるに決まってんだろ?」

「愚問だったな」

 後ろに徹したフブキと前衛と化したガウエル

陣形を組み始める。

「ルーンスタイルっ! イプスラムダっ!」

 青白い石の光源がガウエルに纏われる

鎧のようで近未来の兵器染みた武装が

ガウエルの気高さを強調した。

守護印字しゅごいんじ神代海神乃気波わだつみのひかりて】」

 ガウエルに対して言の葉に似た言葉を掛けたフブキ

印を組みながらそれに対応した体の動きをする。

「さすがだな」

「無茶できると思うが危なかったら俺に言えっ!」

 この頃に組んだばかりとは思えない

連携でいつも通りの陣形でまず様子を見ることにした。

「先陣を組むのは慣れているから大丈夫だ」

「初めは影のそれにすら死にかけてた癖によく言うなぁ」

「ふん! 過去の私ではないぞ?」

 二人は掛け合いでケンカしているわけではない

むしろニヤけながらと互いの力を信じている。

 剣を構ながら

ガウエルは突進や剣先で切り払う動作を繰り広げた。

 ステップの要領で黒いの霧を避けながら

核状の形を成したなにかへと

青い光を纏いながら進んでいく。

 緩やかに鋭利な黒い霧はもはや

モヤではなくナイフのような鋭さを

模していた。

「これは殺気か? 感情に敵意が凄まじいな」

「やはり気づいたか……」

 言葉では説明が理解されない

そうわかっていたガウエルは行動で示すことにする。

「フブキ! お前のことを相棒以上だと思っている!」

 やんわりと危険ゾーンを

避けながらそれっぽい言葉で煽りだした。

「何言ってんだ?」

 しかし黒い霧の核は動揺が隠せないくらいに

ゆらゆらと狭間を行き来している。

「まさか? ひよこっ! お前がいなきゃ誰がうちの看板娘をするんだ」

「フブキ…… 私には可愛げがないと言うのか?」

「当たり前だろ!」

 意外に心にグッとくる言葉にガウエルも

若干だが揺らいだ。

「まあいいだろう! 真実だしな! 後で殴る!」

「怖っ! ひよこの方が可愛げがあるな……」

 黒い霧は薄くなりながら晴々しはじめた

まるで霞から太陽が出るが如く明るい気配が満ちていく。

「店長はあれっすね! ツンデレっすね!」

「ツンドラなら北海だろ?」

「そこっすよ」

 どこが

そこかわからず辺りを見回す。

 けらけらと笑いながらこちらに歩いてくる

後ろからズイっと伸びる手に気が付くまで

数秒程度で反応できなかった。

「ひよこっ!」

【お前の意思など知らぬ】

「お前は封跡結界ふうせきけっかいで動けないはず……」

【バカなものが手頃にいたからな】

「誰が手頃なバカだ」

 ガウエルが怒りの一閃を空間に放つ

影の本体が現れるほどの光は

無理やりに道を作り出す。

「さすがだな……」

「何を呆けている! 行くぞ!」

「あっ…… あぁ! 待ってろ!」

 光が作り出した道に入ろうとした瞬間に

ガウエルが横っ腹に拳を突き立てた。

「私も可愛げというものがあるぞ」

「知ってるよ」

 ほらっと手を引きながら

そっと呟く

ガウエルも意外だったのか

目をパチくりしながらほくそ笑む。

「そうか」

 無言になったフブキは少し照れていた

友情という意味でなのか

恋愛なのかはわからない。

 しかし友達を過去に失ったフブキには

感情がよくわからないのかも知れない

ひよこに向ける感情は果たして何かさえもだ。

「お前はほんとにわからんやつだ」

「よく言われるけどな」

 でもと続けようとした時だ

影の本体が現れる。

「話はあとでだな……」

「ようやく本元だな」

「ああ…… 十年ぶりだ」

【ほう? 覚えていたのか?】

 ひよこと会った原因であり

一人暮らしになるまでになれた要因

因果なものだ。

「まさかお前が同じようにひよこをまた狙うとはな」

【私も驚いたよ】

「知り合いか?」

「いや違う」

【そうだとも私はこいつに封印された】

 笑いながらも目が仇敵に対する殺意を含んでいた

私の半身だったがな口走り

自らに似た鬼を影で作り出す。

「違うだろうが! そいつは俺の同級生だ!」

 過去に失った友とは

髪の長い女性であり、和菓子屋と洋菓子屋

フブキと未来で共に店を持とうと約束した。

 ひよこはその人の妹で

忘れ形見のような生き写しである。

「あいつに頼まれちゃいないがな……」

 口を噛みしめ後悔を滲ませた表情は

日頃には絶対に見せない

本当のフブキそのものだ。

「ふっ…… お前もなかなかの漢だな」

「違えよっ! とりあえずこいつは全力で潰す!」

 本気を出す

その言葉はフブキの中で決意などでは断じてない

怒り心頭という感情である。

「素戔嗚乃胆力【すさのおのばかじから】」

 自身を落ち着かせ

そっと神代言葉を吐き出した。

 赤く煌めく剣状の気配と体の周りを埋め尽くす赤い鎧

まるでガウエルと相反していた

全身に憤怒を纏っている。

「お前のその姿は初めてみるな……」

 威圧というより

力の圧迫がガウエルにも黒い影である

鬼の形をした何かにも浸透するほどに伝わっていた。

【あの時よりも禍々しいな】

「当たり前だ…… どれだけの訓練と実践を積んだと思う?」

【面白い! 我の力でこの娘が死ぬとしてもか!】

「黙れ」

 言葉一つを放つだけでも

相手の戦意をガリガリと削っていく。

【オマエハマタウシナウノダ】

 言葉に呼応し

恐怖を駆り立てるのか影の方も

自己の防衛を強くした。

【モウワタシハチラヌ】

 言葉さえも魔性染みていく

鬼の影はとうとう

ひよこをほとんど取り込んでしまう。

【ガハハハッ! ガハハッ!】

 ガウエルすらも少し怯む

力はほとんど拮抗しながらも

気圧のような物理的にも精神的にも

追い詰めるなにかが両方に迫った。

「行くぞ!」

「おっおう! いつもとは違うんだな……」

 怯えているのではなく

何かに重ねているような視線をフブキに見せる。

 ガウエルとフブキは

構え方は違うものの気配と剣を同じよう

相手に突きつけた。


 数時間前

ガウエルとフブキが気配を追っている頃で

ひよこが捕らわれる前にまで戻る。

「あれ? なんだろう……」

 石碑のようで慰霊碑に似た墓

見つけた女性は

埃と汚れを服の袖で拭き

木札に刻まれた文字を見ようとした。

「ひより? すごく厳重に守られているけど……」

 見紛う事なき

細木と注連縄で作られた陣のようなもの

まるでホラーゲームにある期待感を煽る。

「すごい…… いいネタになるかなぁ?」

 ニヤついた女性は動画に捉えようと

カメラを起動しながら周りを気にせずに撮影し始めた。

「いま謎の山にて陣のようなものを発見しました!」

 アングルを変えながら

撮っていくうちに目の前にあった木札が邪魔になる。

「木札ぐらい差しなおしても大丈夫だよね」

 片手で軽くスポッと抜きそこらに置くと

再び誰かに伝えるためなのか

何かをブツブツと言いながらカメラを動かした。

 その時に

耳元で何かが聞こえ

頬をすり抜けた何かがゾッとするほどに

寒気を伝えた気がしたが無視する。

「寒っ! 帰ろ……」

 帰路を後ろに確認した

カメラはもう閉じてしまい

バッグに押し込むとスマホを弄り始めた。

「怪奇的な祭壇の動画は? おいくら?」

 スマホに映し出されたのは

金額表示とホラー系の素材屋のサイトロゴ

動画を金にするために

この女性は封印を解いたのである。

【ありがたいな】

 人を小バカにしたような口調で

鬼のような薄い影がニタニタ笑っていた。

【さあ…… 復讐しようかな?】

 ぐふふっと表現するのが正しいのか

舌なめずりをしている気味の悪い化け物

そう呼ぶのが正しいのかは恐らく誰もわからない。

 しかしこのような封印の解かれ方は

よく起こることであり

いまじゃ動画サイトなどで公開されながら

解かれているのもよく見かける。

 霊能者たちは動画を見るだけで慄いていた

秘匿したがるのは恐ろしいだけはない

喋ればおそらく自身に呪いや祟りが向かってきて

自然に背負いかねない。

 黒い鬼の影は上空に飛び上がりながら

対象を探すために周辺に視線を巡らせた。

【みつけた】


 影の本体に戦闘を仕掛けてから

数十分は経っただろうかと

思わんばかりに疲弊する二人

なかなかに手こずっている。

【どうした? 勢いが徐々に削がれているぞ】

 ガウエルとフブキなら瞬殺できるだろう

しかし鬼の影はひよこが核だということを利用しながら

攻撃を寸止めさせていた。

「くそっ! ジリ貧だ!」

「そうだな…… ルーンを維持するのもあと数刻だ……」

 ガウエルが初めての弱音を吐く

フブキも息が上がりきっているのか

肩で息をしている。

「ひよこだけでも外せたらな……」

「ん? それだけで良いのか?」

「は?」

 初めから出来たかのような口ぶりで

ルーンを一時的に解いた。

【ん? 体力が切れたか?】

「どういうつもりだ?」

「まあ見ていろ」

 ルーンの光が黄色に変換され

太陽光が溢れる錯覚を起こす。

「サムズライっ! アクセグス!」

 黄色い光が一閃と成り

ひよこの周りを包むこんだ。

【何をした!】

「姫の防衛を取り返しているだけだ」

「あっ…… すまん」

「今頃に気が付いたか」

「言葉のあやだったな」

 会話のやり取りの意味がわからず

鬼の影はあたふたしている。

 フブキはこう言っていた

ひよこはあれを倒さないと救えない

これではまるでひよこを初めから外せないかのようだ。

「お前の力を忘れてた」

「まったくだよ」

 ひよこが完全に黒い気配を無くし

こちらに引き寄せられている。

 光の揺り籠に運ばれる

赤ん坊のようにフブキに戻ってきた。

 お姫様だっこの形で

ひよこを抱きしめながらフブキは笑いかける。

「てん…… ちょう…… すか?」

「ひよこ…… 大丈夫か?」

 徐々に目を覚ます彼女は

ボロボロになったフブキに驚きながら

心配そうな表情になった。

「大丈夫だよ」

「ほん…… とに?」

「またオムライス作るからな」

 そうっすねと

目をまた閉じて眠りにつく。

「ガウエル?」

 その様子を何故か羨ましそうに

眺める騎士様は目が合った途端に

逸らした。

「行くぞ! 騎士様っ!」

「私はガウエルだ…… 名で呼べ……」

「ん? そうか? 行くぞ! ガウエル!」

「おっおう! 任せておけ!」

 不思議な感じだった

対応がなんだかぎこちない

当たり所が悪かったのかと

心配になったがガウエルだからと信じる。

「形勢逆転だな? 反撃の開始だっ!」

【戯れるなよ】

 言葉自体にではなく

絶対的な勝利条件を無くし苛立っていた。

【私はあの方にまた会うのだ】

 形態が変化し始めた

鬼というよりゲームにおける魔神

角が隆々と生えわたり

牙はもはや剣のように鋭い。

【もはやその娘から力は吸い尽くした】

 遂には竜の羽さえ生えてきた

竜気に溢れている人間を取り込んだ魔性しか

この特徴を持たないはずだ。

「まさか…… ひよこの名字……」

 三波女という名字でみなみと読む

三波様の家系である。

「三波乃竜神における三姫は確か……」

 雪釣乃姫ゆきつりのひめ

篝火斬乃姫かがりびきりのひめ

陽夜呼乃姫ひよこのひめ

この三神であった。

「ひよこと同じ名前だな」

「ひよこの姉はゆきだ」

 ある推測に辿りつく

ひよことゆきは神様の何かで

どこかでよく会っている。

 ひよこをよく見つめると

近くに住んでいる幼馴染を思い出した

しかし幼馴染なのかどうかは

本人が言っていただけだ。

「それだったら……」

 首筋をそっと撫でる

すると紋印が現れた

しかも神社の紋を模倣したもの

というか本物でしかない印である。

「おぉぉぉ…… 通りで……」

【ようやく気が付いたか? 女神の加護を受けておきながら惨いな】

 ガウエルが何かを叫んでいる

気が遠のいていく……

「俺は…… どんな姿でも君が好きなんだっ!」

 明白な意識だが童心に帰ったかのように口調が子供っぽくなるフブキ

まるで姉に縋る弟の姿を垣間見た。

 意識を取り戻す魂の声が響き渡る

フブキは幼少期にいつも一人でいることが多く

いつも拠り所を探すような日々を送る。

 時たまに訪れた神社で妙な感覚を覚えた

見えない何かに迎えられる暖かさ

自分の価値を見出された優しさを感じた。

《だれ?》

 そっと手を差し出され無口な女性に

大丈夫と言葉ではなく行動で教えられる

生きていいんだよ

君はなんでもできるからね。

 無口な女性から溢れる感情で理解した

この女性は自分の味方だ。

 そのうち相談するようになった

見えない空間に話しかける不思議なやつと見られても

話したかったのである。

《ねえ? どこにいるの?》

 いつしか普通に生きなければ

何もできないことを知った。

 気が付かなかった

自分のために言ってくれていたこと

黙れと思ってしまう。

 誰よりも信頼できる女性の言葉を

親に押し付けられた常識で否定した。

《うるさいなっ!》

 思ってもない言葉を言ってしまう

声が消えた時に思う

声が聞こえていた時に幸せだったなと

寂しさも苦しさも全部が消し飛んでいたな

ほんとはずっと聞いていたかったのに

否定する。

 その時の悲しい感情を理解した

瞬間の刹那だ。

 暖かい感覚がした

待ち望んだようにこんなに否定したのに

傍に居てくれた心の中でずっと

だから今の道を選ぶ。

「あの時にわかったんだ…… 道に迷うのは進むのが怖かったからだってっ!」

 進めばまた否定するかもしれない

そんなことより拒絶しないくらい強くなればいい

ただ進めば見えてくるものだ。

「だから諦めない?」

「ああっ!」

 ガウエルは一つの答えを問うた

それは折れた剣を立たせるには

折れた力を吹き返すには丁度過ぎる。

「行くぞ! 聖騎士さんや!」

「もとよりそのつもりだ」

 効果が切れた術式を張り直す

ガウエルも手袋を外しルーンを爪で刻み直した。

【ドコにソンナチカラが?】

「ここだよ」

「わたしもだ」

 二人とも胸を自身の親指で指し示す

心臓が脈打つとこで

感情を左右する核心の部分である。

【シラヌハ! ワガチカラでネジフセル!】

『お前の力じゃないだろうが!」

 ガウエルがまず走り出し

懐を目指した

鬼型の魔神も構えて剣閃を警戒した。

 しかしフェイクと言わんばかりに

手前の部分で後退する。

 ガウエルがしゃがんだ頭の上から

赤く光る光剣が魔神に飛び込んだ。

【ナッ? グワァッ!】

 腹部にぶつかりながら魔人を吹っ飛ばした

引き込まれた世界の見えない壁にぶつかり

黒い瘴気を吐き出す。

「どうだ!」

「次は私だな」

 ガウエルも上段斬りの構えを取りながら

青い光を束ねて振り下ろした。

 伸びながら収束した光

叩きこまれた瞬間に魔人は黒い地面に

沈み込む。

【グァァァァアアッ!】

 魔神がおとなしくなる

徐々に姿が鬼型の影に戻っていった。

【なぜだ…… 私は最上位の竜神ほどになれたはず……】

「違うな」

「そうだな」

【何を言っている?】

 安全な後ろに寝かしたひよこ

寝ているから聞こえてないだろうけど

心に残るように言う。

「なんせ感情の力が違うんだよ」

「優しい力がお前にはない」

 言葉の力だろうか

鬼は人の姿になっていく

それはひよこにもひよりにも似ていた。

「数年前に気配が消えたはずじゃ?」

「知り合いか?」

【ありがとう……】

 フブキは力を込めて

見えない何かを流し込む

会えなくてごめんなとそっと手を取る。

「オリジナルの君はずっとそこにいたんだな」

「オリジナル?」

 生きてくれ

そう言葉を紡ぐ

続いて一言を重ねた。

「寂しかったな」

【ええ…… 会いたかった】

「あの時からずっと見ていてくれた」

 傍に居てくれて

ずっと見ていてくれてありがとう

これからもよろしく。

「君さえよければだけどな……」

 照れくさそうにそっぽ向きながら

握手を求めた。


 おわり

 

 

 

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