第33話 隔絶世界

 シェルミお姉ちゃんに手を引かれるがまま森の中を歩き始めて大体十五分くらい。

 わたしはその間、シェルミお姉ちゃんやガレイルおじいちゃんとの思い出を間髪入れずにひたすら話し続けていた。


 そうした理由は単純。言い訳するのが難しい不都合な質問をされたくないので、シェルミお姉ちゃんに喋る隙を与えないよう精一杯足掻いてみたのだ。


 その甲斐あってか、歩いてる最中はずっと思い出話で盛り上がって、あれこれ追求されることはなかった。


 ——というか、辛い過去の経験を思い出させるような質問を、優しいシェルミお姉ちゃんがするわけなかったのだ。


 お母さんとお父さんが既にいないってことはシェルミお姉ちゃんも薄々勘づいてるはずだ。

 それに、なんと言ってもわたしはまだ十歳なんだからそこらへん配慮してくれないと困る。





「それでねそれでね、ガレイルおじいちゃんがね、いっつもわたしにあげてるアメが無くなったからって…………ん?」


「——? アムネちゃん、どうかした?」


「いや、なんでもないよ!」


 わたしは出来るだけ無邪気そうに言った。


 言葉にできないけど、おかしい。何かがおかしい。

 けど、この違和感をシェルミお姉ちゃんに言ったらダメな気がする。

 これは、わたしが本来感じちゃいけないたぐいのものだ。


『我らを中心に一定範囲の空間が歪まされたな。これでは現在地が取得できん。シェルミ・オルスがやったのだろう。恐らくは——』


 魔族が隠れてるの詳しい場所をわたしに把握させない……ためですね。


『……あぁ、その可能性が高い』


 やっぱりかぁ。

 悲しいけど、シェルお姉ちゃんはわたしのことを心から信用してないってことだ。


『気をつけろ。竜気が不足してる今の状態では、空間干渉に抵抗できない。首と胴体の空間を切断されれば即死だぞ』


 いや、うーーん、たとえ疑ってたとしても流石にそんな酷いことしないと思うけど。

 まぁ、警戒するに越したことないか……。

 

「あの……アムネちゃん、もしかして、何か感じちゃった?」


「えっ?」


 うえ、あっ、やばい。バレるの早すぎ。やっぱりわたし、嘘つく才能が全くない。

 あぁ、警戒とかしちゃダメだった。

 竜王様との会話も出来るだけやめた方がいいかもしれない。


 あーー、シェルミお姉ちゃんにこれ以上嘘つきたくないのに。


「いや……ちょっとだけ、変な感じはした、かも、しれないけど、気のせいかもしれないし」


「ッ!? やっぱりアムネちゃんすごいよ! 実は、お姉ちゃんね、アムネちゃんにナイショで魔法を使ってたの。何かあったらいけないから、念のためね」


「あっ、この変な感覚が魔法なの?」


「そうそう! これが分かるのって本当にすごいことなんだよ!」

 

「へーーーそうなんだ。全然知らなかった」


 ……会話が途切れる。

 シェルミお姉ちゃんは変わらず微笑んでる。

 多分、乗り切ったかな?


 空間干渉系の魔法を使ったってことは、秘密基地が近くにあるってことだろう。

 正直、もう隠し通すのが限界な気がするけど、あと少しの辛抱だ。


 例え疑われてたとしても、わたしは何も知らない無垢な子供を演じ続けるしかない。

 もう後戻りできない。貫き通す以外に道はないのだ。


 




「ここが秘密基地の入り口だよ。アムネちゃんとのおしゃべりが楽しくて、あっという間に着いちゃったわ」


「わたしもシェルミお姉ちゃんとおしゃべりできて楽しかった!」


 予想通り、シェルミお姉ちゃんが空間干渉の魔法を使ってから数分で秘密基地に到着した。

 色々話せて楽しかったのは本当だけど、ずっと気を張らないといけなくて精神的にかなり疲れた。


 目の前にあるのは、木々と緑で隠された岩の洞窟だ。

 案内人がいないと見つけるのはかなり難しそうで、ここを隠れ家にしてる理由も頷ける。


 洞窟の奥には闇が広がっていて何も見えず、気配が全くしない。


 本当にここに魔族がいるの?


「さぁーこっちだよ。足元の岩、かなり滑るから気をつけてね」


 わたしはシェルミお姉ちゃんに右手を引かれて洞窟の中に入っていく。

 光源が一つもないから前が全く見えなくて、シェルミお姉ちゃんに身を委ねるしかない。


「あの、灯りはないの?」


「ごめんね。今は魔法が使えないの。だから、もうちょっと我慢してね」


「……うん。大丈夫」


 今は、魔法が使えない?

 空間干渉に力を割いてるから?


 蝋燭ろうそくなんかを洞窟の手前に置かないのは、この洞窟を住処にしてるっていう痕跡を少しでも無くすため……かな。


 ——っていうか冷静になってよくよく考えたら、魔法で空間を歪めたのもわたしを警戒していたんじゃなくて、人族側に隠れ家を発見させる危険性を少しでも下げるためだったんじゃない?

 念のためって言ってたし、人族がわたしを餌として隠れ場所を見つけ出そうとしてるって可能性も、シェルミお姉ちゃん側からすればないとは言い切れないはずだし。


「……よし! アムネちゃん、ここでちょっと待ってて」


「えっ!?」


 考え事をしてたら、シェルミお姉ちゃんが急に繋いでた手を離して歩いて行っちゃった。


 洞窟の暗闇がシェルミお姉ちゃんの姿を覆い隠す。

 少し不安だけど「待ってて」って言われたし、探知魔法や灯りとなる炎系統魔法を使うわけにはいかないしで、わたしは立ち尽くすしかなかった。


「シェルミお姉ちゃん? どこに行ったの? どれくらい待ってれば————ッ!?」


 急に目の前が明るくなった。思わず目を瞑るってしまう。温かなオレンジ色が、まぶたを照らす。


「アムネちゃんお待たせ。ちょっと危ないから待っててもらってたの。ごめんね」


 シェルミお姉ちゃんの声だ。

 温度を感じるような優しい声音は不安を消し飛ばしてくれる。

 

 ——はずだった。


 目を瞑っていても分かった、体を駆け巡る圧倒的な魔法反応。莫大な魔力により周辺の空間が無理やり捻じ曲げられる感覚。


 おそる恐る目を開ける。


 飛び込んできた景色は、笑うシェルミお姉ちゃん——とその横に存在するだ。

 わたしくらいの大きさの穴が、空中に開けられている。


 その穴からは光が漏れ出ていた。穴の奥には岩の壁に取り付けられている蝋燭が見える。


 その穴の奥にも、同じように洞窟が広がっていた。

 まるで穴の奥に、今いる世界と似た別の世界があるような感じだ。


 脳がこの事実を容易に受け入れられない。

 目の錯覚を疑ってしまう。


 だけど、これが魔法によるものだということは嫌というほど分かる。


「シェルミお姉ちゃん……これは?」

 

「びっくりしたでしょ? 実はね、この穴の奥が本当の秘密基地なの。まぁ、入ってみた方がわかりやすいかな。ほら、怖がらなくて大丈夫だからね」


 シェルミお姉ちゃんが再びわたしの右手を握って、穴の方へと手を引いてくる。

 

「まず私が入るね」


 シェルミお姉ちゃんが少しかがみみながら躊躇なく穴の中へと入っていく。

 

 わたしはシェルミお姉ちゃんに右手を引かれながら、まずは右足をゆっくり穴の中へといれた。

 そうすれば、すぐにゴツゴツした岩の地面に右足が着く感覚が伝わった。こちらとの高低差は全くない。


「ふぅーーー」


 わたしは心を落ち着かせるために息をゆっくりと吐き出した。

 左足で岩肌を蹴り、体全体を一気に穴の中へに入れた。


 そこは、さっきまでいた洞窟とは違った。

 蝋燭が辺りを照らし、生物の気配がする。


 不思議な感覚だ。

 わたしは後ろを振り向く。


 そこにあるのは、菱形状の穴だ。その奥には真っ暗な洞窟が広がっている。

 さっきまでわたしがいた洞窟だ。


「これはね、【隔絶世界ザイオン】っていう私だけが使える特別な魔法なの」


 シェルミお姉ちゃんはそう言いながら菱形状の穴へと手のひらを向けた。

 そうすれば穴は徐々に狭まっていき、遂には完全に閉じた。


「うーーん?」


 わたしは首をかしげた。

 今いる洞窟も、入り口までの道は続いているように見える。

 このまま外に出たらどうなるんだろう?

 

 わたしは好奇心で菱形状の穴が空いていた場所へと近づき右手を伸ばした。


 ——すると、透明な壁に手のひらがぶつかった。


 穴が空いていた場所より先——洞窟の入り口方向へは行けないみたいだ。


『空間の連続性を断ち、対象範囲内を世界から切り離すことで擬似空間に隔離している。これなら探知魔法も無意味だ。人族が発見できないわけだな』


 なるほど……わたしには難しすぎるけど、とにかく凄い魔法なんだってことは分かった。

 

「興味津々だね。やっぱり何か見えたりしてる? 例えば、そうだね……とか」


「いや……形っていうか、ごちゃごちゃしてるなってことしか分かんない」


「ふふ、それでも十分すごいよ。さぁ、皆んながいる場所に行こっか」

 

 シェルミお姉ちゃんはわたしの右手を握って微笑みながら、蝋燭に照らされた洞窟の奥へと進んでいった。





 



 

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壊れた少女、竜の神になる らっかせい @nakkasei

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