第29話 竜神 VS 勇者

 勇者——竜王様を倒した人族最大の敵。決して出会ってはならない化け物。


 この都市に長く留まりすぎたんだ。わたしのせいで——


『アムネ! 我を出せ! 精神を混ぜろ!』


 竜王様の声で現実に戻される。

 そうだ、今は自分の失態について考える場合じゃない!


 精神を竜王様に近づける。

 壁なんて知ったことか。

 ねじ込むように無理やり混ぜていく。

 

 地上に立つ勇者が、二本の剣を両手に構えながらこちらを見上げていた。

 竜気のような何か——擬似竜気ぎじりゅうきほとばしっている。


 精神の融合を待っている余裕はない。


魔竜まりゅう召喚】


 呼び出した魔竜から生える触手を腕に絡み付ける。またがる時間を短縮。

 極限まで加速度を跳ね上げるため、竜気を大量に注ぎこむ。


 急激に景色が加速していく。一刻も早く勇者を突き離さなければ——


「ッ!?」


 爆音と共に、衝撃波がの体をつたった。横目に勇者をみる。既にいない。地面が、陥没している。


「うそ……」


 景色が止まった。

 魔竜が両断された感覚が私に伝わる。

 死が、一瞬で背後に現れた。


 私は、空にいるはずなのに。


 思わず振り向く。

 そこには——翼で飛んでいる私よりも上にいる勇者。

 恐らく地面から跳躍し、加速中の魔竜を切り裂いたのだろう。


 魔竜を召喚し、加速させる判断が少しでも遅ければ、私の体が切断されていた。


 私を見下ろす勇者の目。宿るのは殺意だ。


 勇者が空中で体勢を整え始める。足に擬似竜気が集中しているのを竜眼が捉えた。

 あれほどの密度なら、空を蹴れるのでは?


 ——背筋が凍る。死が見えた。


【竜剣召喚】


 私とを隔てるように、大小様々な竜剣を呼び出す。刹那でも私へ到達するまでの時間を遅らせる。


 しかし、それだけでは到底時間が足りない。


 私は体を捻り、頭を地面に向けた。特別大きく頑丈に召喚した竜剣の刀身に、竜気を纏わせた足を着けて——蹴る。


 刹那の間に加速し、地面との距離が近づいてくる——と同時に、背後の竜剣が一斉に切り捨てられたことが伝わってきた。


 死の権化が迫ってきている。


 私は地面に着地する寸前に翼を羽ばたかせて衝撃を緩和させた。

 そして足が地に着いた瞬間地面を蹴り、その場から一刻も早く離れる。

 

「チッ」


 奴が舌打ちと共に天から落ちてきた。私が先ほど着地した場所には、奴が右手に持っている剣が振り下ろされている。


 距離だ。とにかく距離を取らねば。


 眼前に氷壁を幾十にも展開。同時に奴を中心として円状に召喚した四六本の竜剣を一斉に射出する。


 ——が、氷壁は即座に両断された。

 舞い散る氷の結晶の奥に見えたのは、赤く塗りつぶされたような奴の目と、無惨に切り落とされた四十四本の竜剣。


 二本の竜剣は命中したが、奴の擬似竜気に阻まれ弾かれた。


 ——視線が合う。


 奴が空気を軋ませて地面を蹴った。氷片を吹き飛ばしながら途轍もない速度で私へ接近してくる。


 私は奴と距離をとりながら、天から無数の巨大な竜槍りゅうそうを降り注ぎ、地からは壁となる極大の竜剣りゅうけんを幾重にも突出させた。


 しかしそれらの大半も、まばたきする間に二本の呪剣で両断され、それを逃れたとしても寸前で回避され、例え命中したとしても傷一つ付けられない。


 徐々に距離が縮まっている。

 猶予は数秒といったところ。

 接近戦に持ち込まれた時が私の終わりだ。

 

「二度も貴様にられるなぞあってたまるか!」


 このままでは確実に首を刎ね飛ばされる。


 ならば、賭けに出るのみ。


 私は足と地面の摩擦で減速しつつ、体を勇者の方へと向けて真正面から奴を見据える。


 ——それだ。意味が分からぬといいたげなその表情。未知への警戒、恐怖。それこそが貴様の弱点だ。


 勇者が目を見開く。


「……影?」


 奴がそう呟いたと同時、上空から降下させた魔竜により奴は押し潰された。


 初手で両断された魔竜の残骸を、念のためにと宙に浮遊させていた甲斐があった。


 当然、奴を質量攻撃で倒せるなどとは思っていない。必要なのはコンマ一秒の隙。


【竜槍召喚】


 現れるは私の体の百倍はあろうかという巨大な竜槍。それを魔法により即座に音速近くまで加速させる。


 奴が魔竜を木っ端微塵にした感覚が伝わるが、既に手遅れだ。

 それは空気を震わし、地面を抉り、奴を巻き込みながら遥か遠方へ向けて直進し続ける。


 ——だが、


「想定より速いな」


 約三秒後には巨大な竜槍が縦に真っ二つにされた感覚に襲われた。奴を振り切れる程に距離が稼げるとは思っていなかったが厄介だ。

 

 私は息を深く吸い、一度呼吸を整える。


 左手に【竜炎】を纏めていく。威力と範囲を両立する術式を構築し、遠方に立つ奴へ放つ。


 ——立つ? 奴は、何故動かない?


 突如、視界が光に包まれた。

 放出した広範囲焼却魔法が弱化じゃっかされていく。

 途端に竜気が練りにくくなる。魔法構成が編みにくい。


「ここでか、勇者!」


 人族に操れる域を遥かに超えた効力。

 一定範囲の常時魔力完全浄化。


 中途半端に霧散させられた焼却魔法が空間を漂い、魔力探知が乱される。舞い上がった砂塵と黒煙により視界も悪い。


「——ッ、奴の剣!?」


 黒煙と砂塵を切り裂き現れたのは、私へ一直線に向かってくる高速の剣。竜気を無効化する死の剣の投擲とうてき


 私は咄嗟に体をらし、その剣が私の横を通過しようかという瞬間——失策に気づいた。


 世界が揺れたと錯覚するほどの地響き。直後、現れるは投擲されたはずの剣を右手で握る勇者。


 その剣が私の首目掛けて一直線に振るわれる。避けられない。体勢が悪い。


 即座に左腕を超高密度の竜気で纏い、首を防御。僅かでも狙いを逸らす。


「ぐァぁッ!」


 左腕が飛んだ。血が宙を舞う。耐え難い激痛が体を走る。

 だが、首は繋がっている。


 いかに竜気無効化といえ、凝縮させればコンマ一秒程度の時間は稼げる。


 私はこの隙にった体を立て直し、残った右手を使い魔法構成を組み立て、奴と至近距離にてそれを握り潰す。


 圧縮していた【竜炎】が解き放たれる。勇者の体を極熱が包み、発生した爆風は奴を——


「ぼぉえェッ」


 突然腹が潰されるような衝撃に襲われた。

 地面が途轍もない速度で離れていく。胃酸を撒き散らしながら空へと飛ばされていく。


 そんな中、横目で一瞬見えたのは全身が焼け爛れている勇者だった。


 ——ようやく理解した。


 奴は私が放った魔法に臆さず、防御を捨て、足に擬似竜気を濃縮させ、私を蹴り上げたのだ。


 世界が回る。先ほどの蹴りで内臓が幾つかやられた。左腕の出血も酷い。このままでは確実に死ぬ。


 私は翼を羽ばたかせ速度を殺し、同時に探知魔法で奴の位置を取得する。

 

 追撃を何としてでも防が……

 

「ッ!? 魔竜、私を弾け!」


 速度重視の限定召喚で魔竜の尻尾だけを現出させる。薙ぎ払われた尻尾が体に衝突し、身体が軋む音を聞きながら私は飛ばされる。

 駄目だ。まだ範囲内だ。空を蹴り、翼を羽ばたかせ、頭と心臓だけは——


「クソッ、足が、まだ……ア」




 ——背後の空間が、円球状に消滅した。




「ッアァァ!」


 歯を食いしばる。

 この体が痛みに慣れていない。

 焼けるような激痛で鈍る思考を無理やり加速させる。


 右足の膝から下と左足の足首があった空間が、竜気を貫通して消滅した。


 欠損部分から鮮血が滝のように噴出している。出血量が尋常ではない——が、私は生きている。奴の猛攻を凌ぎ切った。


 これほど異次元の術。様々な工夫を施しているようだが、発動者の勇者に相当な負荷が掛かっているはず。


 生まれたのはたった数秒の隙。

 全ては今、この瞬間のためだ。


 奴と相対し、死と隣り合わせの攻防の中で、並行して編んでいた魔法。唯一、この状況を脱出できる奥義。


 代償を無視して放つ、竜の切り札。


「【異槍いそう】!」


 竜の秘宝が一つ。幾何学的な紋様が彫られた藍色の槍が、私の目の前で召喚される。


 私は、秘宝を召喚したことで殆ど残存していない竜気を翼に集め、加速し、【異槍いそう】を右手で掴む。


 ——死の気配が、体を走った。もうじき奴が来る。時間がない。


 私は翼でつけた勢いそのまま、異界の槍を振るった。

 何もない空中——だが、確かな手応えがある。無の空間を斬り裂き、菱形ひしがた状のを開け、私は一直線にそこへと駆けた。


 先の見通せぬ暗闇の中。そこへ潜る寸前に私が見たのは、空をけ、私の首へと必死に剣を伸ばす一人の人族。


「勇者、次こそが貴様を討つ」


 【異槍いそう】の召喚者が入ったことで、異界の門が閉じる。


 戦いは、終わった。





 

「ふぅーーー」

 

 ここまで肉体的にも精神的にも疲れたのは、初めてだ。


 勇者に見つからない場所に移動しなければならないが、魔力浄化に耐性を付与したせいで、細かな転移地点を設定できない。

 仕方なく、可能な限り現在地から離れた座標へ異空間転移を行う。


 ようやく魔法で止血する余裕ができた。転移を行いながら、流れ出ていた生き血を止める。


 もはや限界だ。肉体と精神が共に悲鳴を上げている。欠損部位を再生せねばならぬし、当分戦闘も控える必要がある。


 転移先は恐らく人族領外の何処どこかの筈だが、回復に注力できる安全な場所であることを願うばかりだ。


 

 

 


 




 


 





 

 


 



 


 


 


 



 


 

 

 

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