第4話 氷河 VS 勇者

 口が乾く。死の気配がする。だが生き残らなければならない。勝たなければならない。


 四魔天、氷河のベイルは目の前の男——勇者ギルバートと相対していた。一挙一動に目を光らせる。


 今のところ魔法は問題なく使える。魔法の使用が著しく制限されるような奇妙な現象には陥っていない。

 あれほど強力無比な能力、恐らく頻繁に使えるものではないのだろう。


 それに奴は恐らく通常の魔法を使えない。特別な能力を得た副作用のようなものなのかは分からないが、わざわざ暗視の魔法ではなく光源を生成することがその証左しょうさだ。


 包囲網を築いている人族たちも攻撃してくる気配はない。




 ——最初に動いたのは、ギルバートだった。


「ッ!?」


 爆音と共に地面が陥没し、ギルバートが残像を残して消える。


 反射的に魔法を組み立て行使する。ベイルが極めた氷魔法。刹那の時間で構築された魔法により、ベイルを中心として全方位に地面から巨大で鋭利な氷槍が無数に突出する。


 当たるなどととは思っていない。それは氷壁となり目で捉えられないギルバートの神速による一撃を阻止するためのものだ。


 ——左側にそびえ立つ氷槍の壁が両断された感覚がベイルに伝わる。自らが生成した魔法の消失と同時に、ある恐ろしい事実がベイルを襲う。


「ハハッ……」


 ベイルの口から乾いた笑みが漏れる。ギルバートの持つ剣はベイルが魔法で生み出した氷を斬ってはいなかった。


 ギルバートと接敵した際に氷壁を切断された時は、解析する余裕などなかったため気づかなかったのだろうが今はわかる。


 信じられない。あの忌まわしき呪剣は魔力に作用し、魔力そのものを両断している。浄化といった方が適切だろうか。


 魔法で作り出した物質は魔力で構成されている。あくまで魔力を基に、自然界の物質に似せたモドキを作っているだけ。


 ベイルが生み出したのは圧倒的な硬度を誇る氷だ。だがその氷を構成している魔力自体を斬られれば硬度など関係ない。魔力はいわば空気と同じなのだ。一切の抵抗なく簡単に両断できてしまう。


「いかなる魔法も俺には無意味だ」


 ギルバートがベイルの首目掛けて横一文字に剣を走らせる。


「死んでたまるかぁぁぁぁぁッ!」


 ベイルが即席の氷壁をギルバートとの間に何重にも作り出す。圧倒的な物量で無理矢理ギルバートと距離を取る。


 ——が、それも死の到来までの時間を延ばすことしかできない。次元が違う。勝てる未来が見えない。


 幾重にも建てられた氷壁が又もや無惨にも真っ二つにされる。


 氷の結晶が神秘的に舞い散り、その中からうっすらと、剣を上段に構えるギルバートの姿が見えた。


 地面が振動し、陥没した。空気が揺れた。音が鳴った。ギルバートの姿が、ブレた。


 ——景色が上下左右、反転する。


 何が起こったのか分からない。ギルバートを見失った。やばい。このままでは殺される。


 ベイルが自分を中心とした全方位に氷壁を展開しようとしたとき、頭に衝撃が走り視界が回った。横目に見ると地面が視認できた。


 なぜ、自分は倒れているのか。疑問が頭を埋めつくし、気がついた。


 途端、ベイルは冷静になった。


 背中が見える。直で見るのは初めてだ。


 ベイルの目の前にはが横たわっていた。頭があったはずの場所はなく、首から大量の鮮血が地面を赤く染めていく。


 アムネにもエイラにも、もう二度と会えないのか。


 ベイルは血の足りない脳で最後に、幸せだった日常を思い浮かべた。


 満面の笑みで料理を作ってくれたエイラ。魔法を教えて欲しいと甘えてきたアムネ。


 愛しの妻と可愛い可愛い一人娘。どうか、どうか、幸せに——








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