いつも俺を慕ってくる後輩な幼馴染の気持ちを確かめるために、人生で初めて誕生日パーティを企画してみたんだけど、プレゼントを送ったら突然泣き出された件。やっぱり彼女は俺が好きだったらしい。

久野真一

いつも俺を慕ってくる後輩な幼馴染の気持ちを確かめるために、人生で初めて誕生日パーティを企画してみたんだけど、プレゼントを送ったら突然泣き出された件。やっぱり彼女は俺が好きだったらしい。

 両親が居ない、少し広い小洒落たリビングにて。

 俺、桂木優都かつらぎゆうとと彼女、秋山美菓あきやまみかは小さなローテーブルを挟んで向かい合っていた。


 テーブルの上には美菓のために用意したバースデーケーキに16本のロウソク。明かりは落とされていて、暗がりの中揺らめく薄明かりが少し神秘的に感じる。


「なんだか優都先輩とこうして向き合ってるのがちょっと不思議です」


 うっすらと照らされた美菓の顔はいつもより何故だかとても綺麗に見えて、おもわずじっと見てしまっていた。


「どうしたんですか?じっと見て」


 不思議そうに首を傾げる妹分。見惚れていた、なんていうのはなんだか照れくさくて、


「いや。美菓も大きくなったもんだなって。昔はちんまかったのに」


 ついそんな軽口を叩いてしまう。


「いい加減私も成長するんですからね。いつまでも昔のままじゃないです」


 ふふんと胸を張る後輩だけど、そういうところがやっぱり昔のままだ。


「そこでドヤ顔をしたがる辺りがまだまだだな」

「むぅ……先輩のイジワル」

「悪い悪い。ちょっとした軽口だって。じゃあ、始めるか」

「う……」


 少し顔を背けて薄っすらと頬が赤みがかった様子の美菓。


(こういうところ、可愛いんだよな)


 こうしてちゃんとした形でこの妹分の誕生日をお祝いするのは実は初めてなのだ。これまでは家族での誕生日パーティーだったり、あるいは両親と一緒に旅行だったりとなんだかんだで機会がなかった。


「ハッピーバースデートゥーユー」


 そう始まる定番の誕生日の曲を俺が歌い始めると、美菓はにへらとそれはもう幸せそうな顔で静かに歌を聞いている。こうしてハロウィンの誕生日パーティーを企画したかいがあったってもんだ。


「ハッピーバースデーディア美菓。ハッピーバースデートゥーユー」


 そう歌い終えると、


「やっぱり照れくさいです。ロウソク消してもいいですか?」

「遠慮せず、一気に消せ消せ」

「じゃあ、行きますよー」


 すーと大きく息を吸い込んだかと思えば、ふーと大きく息を吹きかける美菓。

 ただ、残念。限界まで息を吸い込んだはいいものの、一本だけ火が消えずに残ってしまった。


「せっかく、一息で消そうと思ったのに……」


 本気で残念そうな妹分の声に思わず吹き出しそうになってしまう。


「別に意地にならなくても」


 と、最後の一つはふーと吹いて消してみたのだけど。


「せっかく私が最後までやりたかったのに……」

「こだわるなあ」

「それはもう。初めて先輩が企画してくれたパーティーですから」

「そこまで幸せそうに言われるとなんとも照れるな」

「照れてる先輩はちょっと可愛いです」


 ああ、まずいな。


「美菓の癖に生意気な」


 熱くなった顔と、ひょっとしたら赤くなっているかもしれないのを悟られたくなくてそうぶっきらぼうに言い返す。


「なんだか勝った気がします」

「言ってろ」


 こんなやり取りをしている俺たちの関係はだいぶ昔に遡る。


◆◆◆◆


 美菓は俺の一つ下にして同じ高校の後輩。

 マンションのお隣さんで幼稚園の頃からの付き合いでもあった。

 昔から俺の家によく遊びにきては、「にーちゃん、にーちゃん」

 と慕ってきたものだった。ある歳を境に「先輩」に変わってしまったけど。


 昔はほんとに背もちっちゃくて、年齢以上に無邪気だった彼女だけど、今や高校一年生。やっぱり同年代より少し背がちっちゃいけど、成長したもんだ。幼い頃の面影を残したままに綺麗になった美菓はかなり男子にモテる。


「クラスの男子にまた告白されたんですけど、どうすればいいでしょうか」


 告白されるたびに俺に相談してくるのもいつものことだった。

 その時の顔は何故かいつも少し切なそうだった。


(ひょっとして、俺のことが……)


 と思ったのは一度や二度じゃない。ただ無邪気なだけの時期を通り越しているのはお互い既にわかっている。ただ、俺からそれを問うのは関係を崩してしまうような気がしていつも言えなかったものだけど。


 だから、俺は


「美菓はどうしたいんだ?付き合いたいと思うのか?それとも、戸惑ってるのか?」


 そう問い返すだけだった。


「そうですね……やっぱり、戸惑ってるんだと思います。友達だとは思ってますけど、異性としてどうかと言われるとわからないです。もちろん、気持ちは嬉しいんですけど」


 問いへの答えはいつもそんなものだった。


「じゃあ断るしかないんじゃないか?美菓は優しいから気が重いのはわかるけどさ」


 いつもこうして相談してくるのは、何故なんだろう。ひょっとして、俺の反応を見たいからじゃないか。そう穿った見方をしたこともある。ただ、やっぱりそれを言うわけにはいかなくて、ただいつものように言うしかなかった。


 そんな、彼女が高校に入ってきてから数ヶ月が経って、ハロウィンであり彼女の誕生日が近づいてきた頃。


(俺がどうしたいのかをはっきりさせないといけないのかもな)


 漠然とそう思った俺は、妹分であり後輩であり、大切な幼馴染でもある彼女の、初めての誕生日パーティーを企画することにしたのだった。きっと、俺自身の気持ちを整理する機会にもなると信じて。そして、誕生日のたびにどこか寂しそうだった彼女のためにも。


「なあ、今年のハロウィンって予定空いてるか?」


 いつものように高校から二人で帰りながらのことだった。美菓はいつも俺と一緒に帰りたがるものだった。先に授業が終わればクラスに迎えに来るし、俺が先に終わったときも彼女を置いて変えるのはなんだか悪い気がして、こうして一緒に帰るのが暗黙の了解になっていた。


「……空いてます。あの。ひょっとしてお誘いだったりします?」


 隣の、冬服に衣替えした後輩はどこか期待を込めた眼差し。


「せっかくだから家で誕生日パーティーやらないか?これまでなんだかんだで、おめでとうのメッセージだけでプレゼントもあげてなかっただろ」


 機会がなかったなんて言えばそれまでだけど、別に買っておいて後日渡すことだって本当は出来たはずだ。だから、それは本当は言い訳にもならないのだけど。


「断れるわけないじゃないですか。ふふ。じゃあ、期待してますね?」

「ハードル上げてくるなあ」

「だって、先輩が初めて企画してくれたんですもん。そりゃ期待しますよ」

「期待値上げ過ぎないでくれよ。がっかりさせたくないから」

「信じてますからね」

「わかった。せいぜい頑張ってみるよ」


 ここまで全力で喜ばれて悪い気がしないのも事実だ。それに、やっぱりこの喜びようは……。そして、俺も……。


(きちんと、気持ちを込めた誕生日プレゼントを用意しなきゃな)


 そう誓って二週間後のハロウィンに向けた、二人だけのパーティの準備を進めることにしたのだった。


◇◇◇◇


(そして、今に至る、と)


 目の前の彼女を見て改めて思う。彼女が好きなんだと。

 ただ……告白すべきかどうか。

 この期に及んでまだ悩んでいた。


(こいつの俺への好意は一体どういう方向のものなんだ?)


 言ってしまえばそんな単純な悩みだ。

 そもそも、俺自身が彼女への好意がどんなものか悩んで、そして確かめたかったからこその今日のパーティーだった。


 でも、美菓は?好意があるのは間違いない。ちょっとどころじゃなくて、その好意がとてもとても大きなこともよくわかっている。ただ、昔から慕われすぎていたからこそ、その気持ちがどんなものかは確信できない。


 こういうとき、お話では相場が決まっている。子どもの頃からずっと好きだったのだと。ただ、一途に想っていたけど主人公が鈍感で気持ちに気づかなかったのだと。


 ただ、一緒に育ったからこそわかるのは、子どもの頃の好意はやっぱり無邪気なものだったということだ。それは理屈なんかじゃなくてほとんど直感に近いもの。


「先輩。なんか難しい顔してますけどどうしたんですか?」


 しまった。せっかくの誕生日パーティの最中なのに。


「悪い。ちょっとぼーっとしてただけだ」


 それより、と。


「誕生日おめでとう。プレゼント、受け取ってくれ」


 この日のために用意した、俺なりにとびっきりのプレゼント。喜んでくれるといいんだけど。


「は、はい。ありがとうございます。開けて、いいですか?」


 どこか緊張を含んだ声で、そして、ごくりと生唾を飲み込む音。

 ただ、俺をじっと見つめる瞳。


「もちろんだ。色々考えてみたんだけど、これしかないかなって」


 おそるおそるといった様子で、丁寧にラッピングを解いていく彼女。

 そして、出てきたのは―桃色のシュシュだった。

 ちょっと前にウィンドウショッピングに付き合ったときのこと。

 ほしいんだけど、ちょっとお小遣いだと高いんですよね。

 そう言っていた代物だった。


「……」


 ありがとうございます。彼女らしいそんな返事が返ってくると思っていたのに。

 プレゼントを見た彼女は突然黙り込んでしまった。


(まずったか?)


 考えてみれば付き合ってもいない相手にやや高めのシュシュなんてのは重すぎた。

 本当に慣れないことはするもんじゃない。

 

「あの、えーと、さ……」


 気まずい雰囲気をなんとかしようとなんとか口を開いてみれば。


「うっうっ……うぇぇぇん」


 何故か、彼女の目から流れたのは大粒の涙。

 

「ちょ、ちょっと待て。プレゼントとして重すぎたかもとは思うけど、なんで泣くんだよ」


 予想外の反応にさすがにびっくりだ。

 慌てて宥めようとするものの。


「だって……だって。本当に、本当に嬉しいから。そう思ったらなんだか涙が出てきちゃって。あの時にこれ欲しがってたの覚えててくれたんだなあとか色々思い出してしまって。すびばせん……」


 よく見ると泣いてはいてもとても、とても嬉しそうな表情。

 これまで見たことがないくらいの。


(あー、つまり。やっぱりこいつも俺のことを)


「あーもう。泣くなって」

「嬉し涙だからいいじゃないですかぁ」

「好きな女の子に泣かれるのは男としては困るんだよ」


 その言葉は自然と口をついて出ていた。


「す、好き?え、えーと。先輩が、私を、ですか?」

「それ以外何があるんだよ」

「だって。先輩はずっと私のこと、妹分にしか見てくれてないとばっかり思ってたから。その、ほんとに?」

「ほんとだって。というか、それ言うなら俺も結構悩んだんだからな。慕ってくれてるのはわかってたけど、どういう方向かわからなかったし」

「もう高校生で、単に兄としてみたいな感じで慕えるほど無邪気じゃありませんよ」


 泣きながら、ふくれっ面で不満そうに言う元妹分に言いたいことはあったけど。


「悪かったって。これからは恋人として埋め合わせはするからさ」


 この雰囲気で無粋なことを言う気にはなれない。


「約束ですよ」


 そう言いつつ、小指ではなく人差し指を出してくる。


「懐かしいな」


 なんでかはもうおぼえていないけど、ゆびきりげんまんを人差し指同士でするのが俺たちの間の大昔の習慣だった。


「もうなんでかは覚えてないのが不思議ですよね」


 お互い笑い合って、


「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針まん本呑ーます」

「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針まん本呑ーます」


 それはそれは物騒な約束。


  発端は幼い頃。針千本という言葉を覚えた昔の彼女が、

  「せんぼんはすくないです。まんぼんじゃないと」

  「ええ?」

  「だって、せんぼんだったらまだ生きてるかもしれないじゃないですか」

  「あ、ああ」

  幼心に、その言葉に秘められた重さにびびった俺だった。


(浮気でもしようものなら後ろから刺されそうだな)


 なんて密かに思ったことはさておき。


「晴れて恋人になれたわけだけど。一つ聞いておきたいことがあったんだよ」

「今は嬉しいからなんでも答えちゃいますよ?」

「現金な奴め」

「現金ですから」


 そんな言葉にも可愛いと思ってしまっている。って、そうじゃなかった。


「美菓はさ。いつから俺のこと好きだったんだ?別にこだわりはないけどさ」


 中学に上がった頃だろうか。あるいは、今年になってからだろうか。


「そうですね……私もはっきりとは覚えていません。でも、先輩が先に高校に進学してしまってからでしょうか」


 瞠目して思い出すように言う彼女。


「そういえば、学校で会えなくなったせいか、あの頃は寂しそうだったよな」


 しかも、学校で会えなくなって距離感がつかめなくなったのか。家に遊びに来ることも随分減った時期だった。


「はい。それで思ったんですよ。なんで私はこんなに寂しいんだろうって。考えて、考えて……ああ、ただ単に先輩が好きなんだなって気づいたんですよ」

「そうか。実は俺もあの時は結構寂しかったよ。はっきりと好きだと確信できたのは最近だけどな」

「お互い、結構遠回りでしたね」

「言えてる。でも、告白したっていうのに色気も何もないな」


 でも、そんな関係が俺たちらしいのかもしれないな。

 心の中でそう思った瞬間だった。


 ちゅっと唇に冷たい感触。気がつけば抱きしめられて唇を押し付けられていた。


「ぷはっ。さすがにいきなり過ぎだろ」

「少しは色気、出ませんでした?」

「色気というかなんていうか。ドキドキしたのは確かだけど極端なんだよ」

「なんですか、それ。色気がないっていうから頑張ってみたのに」

「あーもう、デリカシーがなくて悪かったよ」

「この分も貸しですからね」


 こういうところも本当に昔からだった。

 「泣くなー。ほら、俺の分のお菓子やるから」

 「ほんとですか?」

 望みが叶うや否や急にご機嫌になったり。

 「だから悪かったって」

 「これは貸しですからね」

 などと急に強気になるのだ。


「わかった。わかった。いくらでも貸しにしてくれ」


 これから、この妹分にさんざん振り回されるんだろうな。

 そう思いながらも、不思議と晴れやかな気持ちな俺だった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

今回のお話は「初めての誕生日プレゼント」がテーマでしょうか。

一歳差の、先輩と後輩のやりとりを楽しんでいただけたら嬉しいです。


楽しんでいただけたら、応援コメントや★レビューいただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

 

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