星空散歩

 窮屈な身体から抜け出すのは、決まって月のない夜だった。私はふわりと宙に浮かび、星屑の下を闊歩する。地上は随分遠いので、ネオンの街並みが小さく見える。あの毒々しい光はあまり好きではない。おかげで地上から星が見えない。

 すれ違った飛行機のパイロットが、コックピットから私を一瞥する。小さくお辞儀をしてすれ違うのが礼儀だ。お互いにお互いの事は誰にも言わない。星空の暗黙のルール。


 私は星へ星へと歩いていく。夜の砂浜を歩くように、鼻歌を歌いながら。


 さりさりとした星の囁きが聴こえる頃、ばったりと先客に遭遇した。仕立てのいいシャツを着た青年は、この星空の管理者だ。星座がばらばらにならないよう、夜毎星達を見張っているのだ。


「こんばんは。いい夜ですね」

「やあ君か。こんばんは」

「今日の星はどうですか?」

「今日は星達も静かなものさ。七夕の頃は騒がしくて大変だったよ」


 肩を竦める青年は、それでも楽しそうに見える。私は青年の隣に並び空を見上げる。


「だけどもね、君もあまり遠くまで来てはいけないよ。僕みたいに戻れなくなってしまうから」

「心配してくれてありがとう。夜が明ける前に帰ります」


 青年はうん、と頷く。それきり私達は言葉を交わすこともなく、星々の囁きに耳を傾けていた。


「またおいで」という青年に手を振り、私は夜空を降りてゆく。目の前で流れ星がすっと尾を引いた。星空散歩の帰り道はいつもさみしい。地平線の向こうがうっすらと白み、もうすぐ朝が訪れようとしていた。

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