第5話 疑いの目と王宮

 私は転移させられそして私利私欲のために利用されたことを理由に、そしてユリウス様はそんな私を助けたいという思いで共闘をすることになった。

 まず、私と彼は通じ合っていない、協力をしていないふりをすることを前提に、ある連絡手段を考案して実行していった。

 王妃側につく王宮の人間にバレないように、執事長の通称じいじが私に手紙を差し出し、その内容にYESならため息、NOならあくびを一つして合図を送って意思疎通を図る。

 私から話がある場合は書庫室にある決まった本の27ページ目に手紙を書いて挟み、書庫室長に合図をした。


 私が主に王妃以外の人間の切り崩し、そしてユリウス様は外出を伴うような調査、下調べや証拠集めをしていく方針。

 こうして二人で王妃と第二王子エリク様を王宮から追放する証拠と手筈を整えていくことにした。



 その方針に決まった数日後、私はエリク様からの誘いでお庭で二人きりでお茶をすることになった。

 これはエリク様から証拠や証言を聞き出すチャンスだと思い、気を引き締めて望んだ。


 そんなこととはつゆ知らず、エリク様は私が先に待っていたガゼボに優雅に登場する。


「待ったかい?」

「いえ、今来たところですわ」


 エリク様が座るとメイドのリアが紅茶を注ぎ、私と彼の前に置く。

 香りから推測するに今日はオレンジのフレーバーティーらしい。

 こんな優雅な時間に思える今この瞬間も私の脳内はエリク様への警戒と戦略でいっぱいだった。


「最近はどうだい? リアから聞いたんだが最近よく風邪を引いているらしいじゃないか」

「ええ、少し気温差でまいってしまったようでして」

「そうかい、あまり無理はしなくていいからね。君は私の妃になる準備だけしてくれればいいから」

「はい」


 たまに感じるこのヤンデレとでもいうのだろうか、このお前は何もしなくていいからと言われているようなそんな印象を受ける言葉を彼はたまに言う。

 これは天然なのかあるいは私に余計な事をさせないように牽制しているのか、どちらなのか。

 さあ、見せてもらおう。

 あなた様の本性とやらを……。


「そういえば、3年前に行った植物園にまた行きたいのですが一緒に行けますか?」

「え?」

「あの時エリク様がお気に召された多肉植物が私も気に入ってしまい、調べてしまいましたわ」

「あ、ああ……あの植物園だね。もう一度行けるように母上に相談してみるよ」

「ええ、よろしくお願いします」


 私はこの世界で実際に生きた一年の間でも、さらに架空の18年の記憶の中でも植物園なんて一度も行ったことがない。

 適当に嘘をついた? それともやはりエリク様も記憶の改ざんに関わっている?


 私はフレーバーティーを一口飲むと、エリク様の額に汗がにじんでいるのがわかった。

 よく思い出せば、婚約者なのにこの一年でエリク様とデートをしたのは5回ほど。

 それにおかしい点はいくつもある。

 公務と言いながら出て行く時間が極端に遅い時間だったり、朝王宮に戻ったりしているのを何度も見かけた。

 服装は貴族らしい綺麗な身なりの時もあれば、ある日は庶民のような格好をしたのを目にしたこともある。


 典型的な浮気の気配が漂っており、私はそこから切り崩せないかと思案して次の質問をする。


「エリク様、今日は甘いストロベリーの香りがいたしますわね」

「フレーバーティーだからかな?」

「いいえ、エリク様のお召し物からですわ」

「──っ!」


 私は冷たい目でエリク様をじっと見つめると目をきょろきょろと泳がせた後、テーブルに額をつける勢いで謝り始めた。


「すまないっ! 彼女とはまだ二度しか会ってない! 遊びのつもりだ。許してくれっ!」


 急に謝り、勝手に浮気を白状し出したところでこの人の器と頭のレベルが知れている。


「君が一番なんだ。聖女の清らかさを持った君こそが私に相応しく、そして美しい」


 その言葉からは「聖女」という私しか見ていないことが開け透けて見えており、私は呆れてものも言えなかった。

 結局この人も私自身を愛そうとはしていなくて、母親の王妃の言いなりで「聖女」の私を利用しているのね。


 エリク様が最近男爵家の美しい令嬢に身を焦がしているのをじいじが調べてユリウス様伝いに聞いていたけれど、やはり本当だったのね。

 ストロベリーの香りが好きと情報を仕入れてカマをかけてみたけど、まあ浮気していたんでしょうね。

 記憶を思い出した以上心から彼を愛してはいないけれど、それでも裏切られたという気持ちはあって胸が痛む。


「エリク様。顔をあげてくださいませ」


 その声にエリク様はゆっくりと顔を上げて私を見る。


「婚約した数日後、私の両親のお墓に行ったことを覚えていますか?」

「ああ、君の両親に君を幸せにすると誓わせてもらった」

「そうですね、あのとき両親の好きだったひまわりをお墓に備えてくださってありがとうございました。両親が好きなことを覚えてくださっていて嬉しかったですわ」

「ああ、忘れるわけない。君の大切な家族のことだからな」

「ええ、そうですわね。ありがとうございます」


 お茶会は幕を閉じ、私は自室でメモ用紙にさらさらと文字を記すとそのまま書庫室へと向かった。

 私はあらかじめ決められていたある本の27ページ目にその紙を挟むと、書庫室長へ合図をして去る。



『第一王子エリク・ル・スタリーは記憶改ざんの共犯者です』



 私はリアにディナーはいらないと告げると、そっと月明かりが入り込む窓に座って頬杖をついた──



***


【ちょっと一言コーナー】

オレンジフレーバーティーですが、

このオレンジは王宮の庭で採れた新鮮なものです!

なのでとても美味しいと貴族たちの間で評判です。



【次回予告】

エリクの気持ちを知ったユリエは悲しんだ。

そして書庫室でいよいよ大詰めの会議をする。

ところがその帰り道に……?!

次回、『第6話 書庫室での作戦会議』

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