18 忍の伴侶たる者

 茜部にしては珍しい渋面にこちらも思わず顔が渋くなる。


 

 自分は普通で、自分の人生は平凡だと思っていた。行き場に困った視線を落とすとほうじ茶の水面に映った自分の顔が見える。平凡だ。脇役どころか漫画だと目鼻口が省略される背景要員みたいな顔だ。平凡顔の両親から生まれたんだからそうなるしかあるまい。

 というのになんだろうなこの非日常に不本意に投げ込まれた感。俺はラノベの主人公か?


 正直言いたいことがないわけではない。彼我では命や金や常識や倫理や……恐らく想像できる何もかもの重さが違い過ぎる。

 とはいえ既に賽は投げられていて、俺が気を付ける以外は茜部と茜部のバックに身を委ねる他ない。



 「案ずるな水原君。君は彩と付き合い、ゆくゆく結婚までするのであればいずれは知ることになっていた。それがいくらか早まっただけだ」



 と、神妙なようで剽軽ひょうきんな声がカエルのパクパクと共に聞こえる。



 「キャリア組は順当に昇忍した場合、組織外で家庭を築いたときには伴侶を巻き込む決まりになっている」


 「一応、何故か訊いても?」


 「ゆくゆくはその存在を組織を以って保護される忍となるからだ」



 大層な話だな。



 「故にその家族も当然保護対象となる。組織への忠誠とモチベーションの維持も兼ねている」


 「なるほど」



 つまり有り体に言えばだと。家族の安寧が忍者の組織力の上に成り立っているのであれば、裏切りは容易くない。合理的すぎる。

 一方で茜部が組織に忠誠を持ち、忍者として組織に重用されるうちは、先に聞いているような破格の優待を受けられる。



 「おっと、君はボケ~~~っとした顔をしている割に察しは良さそうだな。安心しろ。仮に彩が道半ばで殉職しようとも、水原家の保護は続く」



 俺、そんなにボケ~~~っとした顔をしてるか?多分情報量でやられてるからだろ。多分。



 「できれば茜部が殉職するような危険な仕事は回さないでやってほしいです」


 「ははは、それは約束できない。我々は国のため生きて国のために死ぬさだめだからな」


 

 ご高尚なことで。

 でも言わせてもらうなら、俺は忍者の事情は何から何まで知ったこっちゃない。



 「あと、茜部が裏切ろうとか思わないような組織であってください」


 「ぶははははは」



 言ってやった。隊長さんは愉快そうに大口で笑う。何なら笑い転げてそうな物音がカエル越しに聞こえてくる。



 「少なくとも私は彩の上司として、そうしているつもりだよ……加えて言うなら、我々も優秀な人材をそう易々と落としたくはないのでね。仮に危険な任務にあっても命を守るべく日々研究と開発を進めている。君もいくつかは既に見ただろう」



 手裏剣とか、鉛筆並みに普及してるらしい変形する鍵とか、あとカラスのサイボーグとかね。事実は小説より奇なりって言うけど、完全にSFだよなぁ……



 「先に言った通り、彩はキャリアでエリートだ。今現在において既に死なせていい人材ではない。大口を叩いてくれたが、直近で彩の命が危ないとすれば君が何かしらのヘマをしたときだ」


 「気、を 付けます」


 「うむ。気を付けたまえ」



 かましてやったつもりがしっかり釘を刺されて盛大にどもるのだった。

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忍な彼女が俺にだけ忍ばない 金沢美郷 @ngsk_ikoi

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