15 忍の穴場

 デートと言っても何ら申し合わせをしたわけではない。

 さらに急くように連れ出したので目的地が無く、話題には事欠かないが手持無沙汰が過ぎる。


 かと言って住宅街を忍者の話をしながら練り歩くのも何なので、とりあえずどこか落ち着ける場所を探すことにした。



 「穴場があるよ」



 茜部が得意げにそう言うので着いていくことにした。


 当てがなく締まりもない初デートの出だしから回帰すること数分、距離にして我が家から徒歩三分程度のところまで戻って来た。

 茜部が「ここ」と指差したのは、老夫婦が経営していて何年か前に潰れた小さなうどん屋だった。


 

 「……いらっしゃい」



 入ってみると驚きだ。

 近場だけあって家族で何度か入ったことはある……まぁ言ってもまだ小学生くらいのときが最後の記憶だが、何の変哲もない町食堂という記憶しかなかった店の内装がシックなカフェ調に変貌を遂げていた。

 外装は寂れたうどん屋そのままで、傍から見ると営業している風には見えないようなナリである。ガラガラと立て付けの悪い引き戸の向こうにこれがあるなら確かに穴場かもしれない。茜部はよくこれを見つけたものだ。



 「へぇ~……こんなになってたんだ」


 「今朝からこうなった」


 「今朝!?」



 何だかタガが外れたように突拍子もないことを言うようになったよな。

 んで分かった。そうね、忍者パワーね。もしかして昨晩目出度く成婚したから今朝から突貫オープンなのか?根回しされてたとしても仕事早すぎだろ。


 ていうか、訊きたいことを訊く前に新しい話題をぶち込んでくるのを辞めてくれ。ぷよぷよの鬼モードか?まだ忍者パターンをうまくさばける頭じゃないんだよ。



 「ホットのほうじ茶で」



 そんな俺の気を気取らないはずがないくらいには気も利く茜部は、ここはコーヒーか紅茶だろうという内装をガン無視してまさかのほうじ茶をオーダーした。

 茜部、ほうじ茶好きなのか……場違い感はあるが気は合うな。



 「お、同じのを」



 注文を取りに来た妙齢の店員――恐らく忍者――の、忍者と気取っているからかは分からないが妙な圧を感じて思わず頓珍漢なオーダーに便乗する。

 


 とりあえず順を追って消化していこう。



 「昨日あれからどうしたんだ?」


 「どうって、普通に着替えてピンポン押して入り直した。あ、起きがけに洗面所借りたよ」



 同衾してた奴が早朝バレないように洗面所使って、着替えてどこからか脱出してピンポン押して入り直すのが普通て。忍者の教科書ちょっと見せてみろ。文部科学省の検定はちゃんと受けてるのか?

 


 「ちなみに、着替え一式とか最低限の化粧品なんかは水原の部屋の天井裏に一式配置済み」


 「天井裏って…………衛生的に大丈夫なのか?」


 「やっぱ水原は着眼点が違うよね」


 

 「ばっちり大丈夫なようにしてある」と茜部が言うのでその点は納得したが、忍者はどうやら人の家の屋根裏まで勝手にいじるらしい。口振り的に綺麗にはしてくれているようだし、技術的に欠陥施工もないだろうからまぁいいとしよう。そもそも家の所有者は俺じゃなくて父だし。父も忍者施工なら何だかんだ納得するだろう。


 ところで、ホットのほうじ茶がまた絶妙に旨かった。「忍とその関係者は無料」だってよ。穴場だ穴場。

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