第2話
俺は昔から、ヌケサクのヒデヤって呼ばれている。
今はヌーメロスデゥオの近くで、といっても縁側の下の地べただけどな。そこで待ってて、指示があったら馬を引いたり荷物運んだりの仕事に精出してる。
これでも真面目なんだぜ。
王子がうらやましいかって?
ねぇよ。
人には分ってもんがある。よく父ちゃんが言っていた。
そういう意味じゃ、俺、分相応以上の仕事をしてる。
なんせ、ヌーメロスデゥオはさ、今じゃあ、この国だけじゃなく、近隣諸国にも恐れられる、そんな王子に成長したからさ。
最近じゃ、ヌーメロスデゥオは『魔王の子』と呼ばれている。負けないんだ。王は老けちまったが、第一王子のおかげで領土は増え、近隣諸国を従えるの時間の問題だ。
その下男なんざ、村じゃ偉い出世よ。
俺、ヌーメロスデゥオのことは小さいころから知ってるからな。
なんのかんのって言っても、ヌーメロスデゥオのことが好きなんだ。
それに可哀想な奴だ……、おっと、王子を可哀想なんて言っちまった。
だってよ。ヌーメロスデゥオって若い時から裏切られてばっかでよ。家臣だけじゃねぇ、身内にもな。信じちゃ裏切られ、信じちゃ裏切られって、よほど前世で悪いことしたんだぜ。
じゃなきゃ、理屈があわねぇ。
ヌーメロスデゥオに、そう聞いたことはあった。
すると、奴、あの細い顔で唇をゆがめて「ふん」って言いやがった。
「違うのか」
「ヒデヤ、世の中に神も仏もいねぇんだよ」
「おまえ、いつかバチが当たるぞ」
「当たろうが、当たるまいが、やるべきことをやるだけだ」
俺、ちょっと怖かった。
だってな、ヌーメロスデゥオにバチが当たったら、俺っちにも来るだろう。こんなに近くで槍持ちの仕事してんだ。
だから怖かったんだよ。
するとな、その日は珍しく、あいつ、
「怖いのか」って聞きやがった。
「怖いよ」
そしたら、ふっと笑って。
「お前は、いい奴だよ、本当にいい奴だ」
意味がわからねぇ。
だが、ま、そういうことだ。あいつは、あんまり無駄話をしたがらないタチなんだよ。
ともかく、楽しかったんだ。若かったしなぁ。
「おう、ヒデヤ。行くぞ」ってヌーメロスデゥオが声かけてきて、みんなで悪さして、走って、笑った。ヌーメロスデゥオといると女にモテるしさ。
なんたって、王家の若様だもんな。
背も高くて、こう、キリっとしていい男だったし、女たちにもモテた。
そうだよ、断然、楽しかったんだよな……。
ヌーメロスデゥオの姉って知ってるか?
そりゃ、まぶしくて天女みたいな、いい女だ。
俺なんかが、まともに見れるような女じゃない。ヌーメロスデゥオのやつ、その姉が大好きだった。けどな、隣国の男に嫁にやったんだよ。政略結婚ってやつらしいけどな。
そんな大事な姉を嫁にやっても隣国の王は裏切ったんだ。
嫁にやったから、背後の憂いをなくして、別の国を安心して攻めることができた。
戦況は一進一退で、どちらも決め手に欠けたが、こちら側が押してはいた。
そんなとき、隣国のやつ。義兄弟の契りまでしたのにさ、卑怯にも背後から攻めてきた。優勢に戦っていたのに、一転、不利になった。
「退却だ!」って、さっと決断したヌーメロスデゥオが叫んだとき、俺も並走しながら叫んでいたよ。
「逃げろ! 逃げろ!」って。
泥んなか、必死でヌーメロスデゥオの背後から走った。ぜってい死ぬもんかってな、それほどギリギリの戦いで危なかった。
そして、こっからが今の話さ。
ヌーメロスデゥオは他のどこの王国もできなかったことをやり遂げて、ほぼほぼこの大陸全土を手にいれかけた時だ。
やつの右腕、大将軍のカイロールがな、謀反を起こした。
カイロールってやつは、貧乏貴族の三男で、生活ならオレら庶民と変わらない。ただ、めっぽう頭は良かったようだ。
それが気に入って、ヌーメロスデゥオが取り立てて、我が軍の大将軍にまで出世した。
誰のおかげでそうなれたって俺なんかだと思うんだけどよ。貴人の考えることは俺らにゃあ、わからんて。
ヌーメロスデゥオって男はな、潔いっていうか。
いつも、「ま、いいさ」で終わらせる。
言うことはないってことだ。それとも、仕方ねぇってことかな。
将軍、あの野郎、あちこちのヌーメロスデゥオが滅ぼした残党に、彼を殺せって手紙を書いたんだ。ひでえだろ。
それで、なんのこっちゃない、立ち上がった連合軍とカイロールの部隊と戦うことになっちまった。ヌーメロスデゥオが悪いんじゃないぜ。
これは俺の意見だけどよ。ヌーメロスデゥオってやつは、昔からイラチだけど悪いやつじゃない。それだけは、俺、母ちゃんに誓って言える。
あいつは悪いやつじゃないんだ。
ただな、言葉が足りないってことはあるよ。昔っからだ。
すぐ感情的に怒鳴るしな。どう考えたって悪い癖だけどな。
この嫌ったらしい時代で、がんばって平和な時代にしようって、本気で思ってるバカ、それがヌーメロスデゥオなんだ。誰もできないことすりゃ、そりゃ、無茶なこともしなきゃなんねぇ。
「俺たちは、歴史に名を刻むぜ!」
そう言っていた。そして、事実、歴史に名を刻むほどの名声を勝ち得たとき、ヌーメロスデゥオの最大危機が訪れた。
勝つことは勝ったけどさ。
どの国もヌーメロスデゥオが怖いって思っちまった。
俺たちが若いころなら簡単だったさ。
「おう、ヒデヤ、腹減ったし喧嘩はやめようぜ」
「ああ、ヌーメロスデゥオ。腹減ったな」
それで終わった。
けどよ、大人の世界はそれじゃあすまない。
ヌーメロスデゥオに怯えた奴らが、あちこちで立ち上がった。
だからよ、ヌーメロスデゥオのやつ、朝が弱いくせに無理して四六時中、戦いに戦い抜いた。
俺もほとんど寝てねぇ。
ヌーメロスデゥオの槍を担いで、走り回ったさ。
そんな最悪な年が終わるまで、戦い抜いた。
あの春の日。
終わりのない戦いに、やっと目星がつき始めた頃だ。
俺、つい、戦闘中に転んじまってもアホだと思わんでくれ。完全にやらかしちまったんだ。
暑い夏の終わりの日だったしな。
息も切れて、それで、ふと立ち止まった瞬間に、つまづいて転んで、そいで起き上がったんだ。
そうしたら、見えちまった。坂の下に隠れた男が、立膝でまっすぐにヌーメロスデゥオにむかって矢を引き絞っているって。潜んでいた弓兵にヌーメロスデゥオ、気づいてないんだ。
ヒュンって音が聞こえた。
「ヌーメロスデゥオ!」
咄嗟だった。
矢は下から、まっすぐに奴めがけて飛んでいく。
頭じゃなく体が理解したんだよ。
俺よ、平凡な奴だしよ、そんなことするなんて思ってもなかったんだが、とっさだったんだよ。
なんでだろうな、矢の軌跡上に思いっきり跳ねちまった。
なんだか、思ったんだよ、たぶん死なないって、当たるはずがないって。
「ヒデヤ!」
ヌーメロスデゥオが馬上から、汗まみれの顔でこっちをにらんだ。
あいつ、いつも先頭たって走るから、大将のくせによ、それ、若い頃から変わんなくてよ。危なっかしくってよ。
でよ、気づいたら矢が俺に当たっていた。
急所に入った、こんだけ戦いに出てりゃあわかるよ。
こりゃ、急所だってな。
不思議なんだが、痛くねえ。
ぼうっとして目を開けたら、空が見えた。
カンカン照りの暑い日だった。
「ヒデヤ!」
ああ、ヌーメロスデゥオが叫んでる。でも、これでいいんだ。やつ、顔が歪んでる。あいつ、実は情が深いって言ったろ。だからな。俺、死ぬわけにはいかないんだ。だってよ、ヌーメロスデゥオのやつ、きっとまた、こっそり泣くぜ。
「ああ」って、俺、声だしたら、血の塊が喉を塞いで、それ以上は話せなくなった。
血を吐いたけど、止まらなくてよ。ゴボゴボって音が耳に響くんだよな。
だから、俺よ、死ぬ気なんて全くないけどよ、でもよ・・・
戦で死んだら、俺の家族に
禄って財産だ。ヌーメロスデゥオはそういうとこ律儀な男なんだ。
だから、俺、笑って死ねるかもしれない。ヌーメロスデゥオよ、おまえは世界と取る奴だって、ずっとわかっていた。だから、行け。
バカだな、ヌーメロスデゥオ、泣くなよ。
俺、ただちょっとな、ここが故郷じゃないことが残念なだけだよ。
母ちゃんや父ちゃんより先に逝くって、そんな珍しいことでもないけどな。
けどよ、それにしても空は青いな。こんなに空って綺麗だったんか?
「どこまでも行け! 世界を取ってこい! 俺の王よ」
「ああ、ヒデヤ。必ず取ってやる!」
あいつ、涙を隠して、例の底抜けの笑顔をうかべ、俺に手を振った。俺には確かに見えたよ。ヌーメロスデゥオ、おまえが光輝く王だってことがさ。
行け、俺の王!
(了)
『2番目』と名付けられた王子 雨 杜和(あめ とわ) @amelish
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