三流の悪女

折原ひつじ

第一章 悪女は聖女に選ばれたりしない!

第一話 

「な、なんで……!」


 小鳥たちがさえずる穏やかな朝に似つかわしくない、すんでのところで押し殺した悲鳴が部屋にこだまする。まだ目覚める時間ではないからか幸い様子を見に来る使用人がいないのを良いことに、私はネグリジェのボタンを外すと大胆に胸元をさらけ出した。

 胸の中央……昨日までまっさらだった肌を撫でれば宝石を思わせる黒い痣のような印が刻まれており、改めて現実を直視すれば思いもよらなかった事態にくらりと眩暈さえ覚えるほどだった。


「なんっで主人公じゃなくて私に『聖女の印』が現れちゃったの?!」


 公爵令嬢・ルリザベタ……つまり私がこんなにも取り乱したのは、六年前に時以来だった。





 優雅にして残虐、聡明にして狡猾。異能バトルRPG『聖戦乙女』のラスボス・ルリザベタに転生していると「私」が気づいたのは十歳の誕生日を迎えた当日のことだった。


 五十年に一度、十六歳の乙女の中から選ばれる「聖女」となった主人公は異能を授けられ、王子や賢者など攻略対象たちと共に国の平和を取り戻すべく魔物と戦う、というのが原作の主なストーリーだ。

 その中でルリザベタはチュートリアルなどを担当するよくあるお助けキャラ……を装っていたが実は聖女に選ばれ王妃になるという野望を抱いており、邪魔な主人公を排除するべく数々の策略を巡らせ最後には自ら禁呪で邪竜を蘇らせて立ちはだかる悪女として描かれていた。


 自らの欲望を叶えるためならどんな手を使うこともいとわない強欲さ、何度主人公に計画を邪魔されても諦めず優雅な姿勢を崩さない優雅さ、そして何より華やかなオレンジの髪とアメジストの瞳の美しいルックス!

 彼女は悪女キャラとしての人気も高く、かく言う私もルリザベタの悪女っぷりに惚れこんでいるファンの一人だったのだ。なんなら彼女に憧れていて、彼女みたいになりたかった。


「まぁ本当になっちゃうだなんて、思わなかったけど……」


 申し訳なさからせめて野望であった王妃化計画を建てていたけど、まさかルリザベタが聖女になるルートがあっただなんて。予定とはちょっと違って混乱したけど聖女に選ばれたら魔物と戦う代わりに優雅な暮らしを国から保証されるし、歴代聖女の中には王族と結婚して王妃となった者だっている。彼女の野望に一歩近づいたと思えばむしろいいことだろう。


「……そういえばゲームでは聖女になってからステータス見れたはずだけど、どうなんだろう?」


 しばらくその場でルンルンと踊っていた私だったが、ふとゲームでのストーリーの流れを思い出して首をひねる。確か夢の中でいくつかの質問に答えると、目覚めた後に答えに準じた異能が与えられてるんだったよね。

 現実でどうやってステータスを見ればいいか分からなくてしばらく試行錯誤してみたものの、結局は胸の刻印を触れれば目の前に現れる親切仕様だった。分かりやすいのは良いことだ。


「えーっと……」


 ブン、と音を立てて現れたステータスに軽く目を通しながらも期待に胸が弾んでいるのが分かる。確か異能は全部オリジナルの四字熟語で表されてて、結構中二心をくすぐってくるネーミングだったっけ。敵の動きを止められる「明凶止衰フリーズ」とか仲間にバフをかけられる「転真爛満バッファー」が人気だったけど、私にはどんな異能がもらえたんだろう。


「あった!」


 ルリザベタのイメージを崩さないためにもあんまり激しくない後方支援系だといいな、なんて考えていれば異能の欄が目に留まる。わくわくと胸をときめかせながらスクロールした私の目に飛び込んできたのは……


剛化剣爛ブースト……戦闘時ステータス3000倍」


 そうして「何その馬鹿の数字!」という人生三回目の絶叫と共に、私の「聖女」人生は幕を開けたのだった。



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三流の悪女 折原ひつじ @sanonotigami

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