第12話 纏うは礼服 惑うは心 その9

 何かが自分に触れている。

 ぼんやりとした頭で私は自分に何が起こったのかを思い出していく。


 ――そうだ、私は……!


 目を開き起き上がろうとするものの、小さく身じろぎすることしかできない。

 ……落ち着け。 

 動揺は悪い展開へと導くだけだ。

 今までの経験でそれを知っている私は、首をゆっくりと傾けながら周りを見渡していく。

 どうやら両手を上げた状態でベットに寝かされているようだ。

 その両手は何かで縛られているうえに、意識は戻ったというのに首から下は体の自由が効かない。

 意識を失う前に聞こえた「薬」とやらが、私の体にまだ残っているということなのだろう。

 何とか状況を確認しようと「ここは?」と声を出してみれば、聞こえて来たのは女性の笑い声。


「よかった、起きましたね。ご気分はどうですか?」


 視界の端から現れた女性に私は答える。


「とてもいいとは言えませんね。どういうことですか、しも久良くらさん。……それにしても随分と煽情せんじょうてきなお姿ですね」


 今の彼女は私が気を失うまでまとっていたスーツを脱ぎ、ランジェリー姿で私へ笑みを向けている。

 惜しげもなく露出した肌は透き通るように白く、見上げているこちらからは豊かな胸とそこから続くしなやかな腰のくびれがどうしても目に入ってしまう。

 濃紫のフリルをあしらったベビードールは、胸元から下が透け感のある素材を使っていることもあり同性とはいえ刺激的な姿だ。

 見ているこちらが羞恥を覚え、思わず目を逸らしてしまう。


「それは褒められていると思っていいのかしら。ならばよかったわ。あなたにも同じものを着てもらっているから」


 その言葉に驚きながら自身の体を見下ろせば、確かに同じデザインのランジェリーを自分も身につけていた。

 ただ彼女とは色違いの赤色となっており、更にはこちらのベビードールは胸元のレースが薄い生地で出来ているために、素肌がほぼ透けて見えている状態になっている。

 自身の姿に顔がほてるのを感じながら、私は下久良さんへと叫ぶ。


「どういうことですか、こんなことが許されるものではないでしょうに!」

「いいえ、許されますとも。だってそれを出来る立場に私はいるのですから。あぁ、そういえば正式なご挨拶をしておりませんでしたね」


 ぱんと軽く手を叩いた後、彼女はベットのふちへ腰掛ると私の髪に指を絡ませた。


「ようこそ、私のパーティーへ。私が主催者の下久良です。どうかお見知りおきを」



◇◇◇◇◇


 

 下久良さんはその言葉と共に私の体の上に馬乗りになる。

 そうして指を胸のふちのレースに沿わせながら、私の肌を撫ではじめた。

 普段は触れられることの無い場所をなぞられたことで、肌が不快感で粟立っていく。


「何てきれいな肌。それに吸い付くような肌触り。私ね、女性しか愛することができないの。あぁ、今までこうして触れた女性達の中でも、あなたはかなり私好みの存在になりそう。これから過ごすあなたとの時間は、私の記憶の中で残り続けてくれるのでしょうね」


 次々と語られる言葉と触れてくる動きに、私にはただ嫌悪感しか生まれてこない。


「こんな酷いことをあなたは他の女性にもしてき……! まさか仁恵ひとえさんにもっ?」


 はかなげに微笑む彼女の顔が浮かび、私は強い怒りを込め下久良さんを睨みつける。


「いいえ。だって彼女は選ばなかったでしょう? 一回のパーティーで選ばれる女性は一人だけ。ですからあの子は身支度を整えさせて既に帰っていただきましたよ。恐らくそれがあなたの望みでもあったでしょうから。それにほら」


 おかしくてたまらないと言った様子で、下久良さんは私を見下ろして恐ろしい言葉を口にする。


「あんまり一度に人が消えたら、私達も疑われるでしょう? 特に今回はあなたともう一人、お片づけしなきゃいけない女の子がいるものだから。事故を装うにしても、多すぎたら処理が大変になるだけですからね」

「片付けるってどういう?、それにもう一人って……」


 青ざめた私の顔を見つめたまま、下久良さんは片頬をゆがめてあざけるように笑う。 


「えぇ、あの世間知らずの伊地いじかわさん。自分の力でもない親の権力を振りかざして悦に浸る女。見ていて不快でしたでしょう? ですから教えてあげたのですよ。自分一人だと、どれだけ無力かということを」

「彼女に何を……」

「大したことはしておりません。今の貴方と同じ状態にして、奥の部屋のお客様に引き渡しただけです。皆様は大変に喜んでいましたよ。とてもいいショーになりました」


 確かに伊地川がした行動は許せないものだ。

 だからといって、人の人生を大きく変えることをショーと呼び、人の尊厳を奪うなどあっていいものではない。


「なんてひどいことを……」

「あぁ、ご心配なく。あなたにはそんなことはしませんよ。私だけがあなたを楽しんで慈しんで愛してから……」


 言葉と共に彼女の指が私の唇へと触れる。


「片付けて差し上げますから」


 指が離れ、今度は彼女の顔が次第に私の顔へと近づいて来る。

 彼女の視線は私の唇に向けられているではないか。

 自分が望んでもいない相手に、唇を奪われるなど冗談ではない。


 ――そんなことになる位ならば……!


 顔を近づけて来た彼女に向けて、皮肉めいた笑みを私は浮かべてみせた。

 想定外の対応に下久良さんが戸惑い、動きを止めたタイミングでぐっと目を閉じる。

 そのまま私は思い切り頭を彼女へと振りかぶった。

 額に強い衝撃と痛みが走る。

 大人しくしているはずの私からの反撃は想定していなかったようだ。

 再び目を開けば、下久良さんが悲鳴を上げながら顔を覆い私から離れていく。


「なっ、何て生意気な子なの!」

「私、初めては自分が納得した相手に自分からするって決めているの。そしてその相手は少なくともあなたではないから」


 痛みを堪えながらも再び笑って答えてやる。

 だがこれが、彼女の怒りに火をつけたようだ。

 憎々しげに私を見つめながら下久良さんは叫びだす。


「許さないわよ、あなたのその行動を後悔させてあげるわ! ……そうね、あなたのお気に入りの仁恵さんと為代さん。あの二人も始末してあげる! まずは会場にいるあなたの大好きな為代からよ」


 視界から消えた下久良さんが、室を引き留めて別室へ連れて行くように電話で指示している声が聞こえてくる。

 彼は恐らくは問題はないはずだ。

 けれども仁恵さんには身を守る術がない。

 このままでは全く落ち度のない彼女までが被害に遭ってしまう。


「やめて! 何も悪いことをしていない関係のない人を巻き込まないで! あなたさっき一度に人が消えたら疑われるって言ったじゃない!」


 必死で頭をもたげさせ、下久良さんへと私は叫ぶ。

 手首の拘束を何とか解こうと必死に動かすが、痛みが増すだけで外れる様子はない。

 その下久良さんは、私がまた何かすると警戒しているのだろう。

 数メートル離れた場所で、訴えつづける私の姿を満足そうに眺めている。


「今回は例外よ。だってあなたが許せないもの。ふふっ、次は仁恵さんの所へお迎えを向かわせなきゃ」


 自分が有利な状態にいる余裕からだろう。

 スマホを見せつけるように私へとかざしてから、彼女は操作を始めていく。


「やめて! 仁恵さんにひどいことをしないで!」


 もがきながら、私は彼女を睨み続ける。


「あら、怖いこと。まるで私を殺してやるって言わんばかりの目つきね。いいわよ? 出来るものならやってごらんなさいな」


 彼女の言葉に、自分の無力さを思い知らされる。

 現に私は、悔しさにただこうして涙を流すことしかできないのだから。

 だが、そんな私の視界が突然に何者かの手によって覆われる。

 驚く私の頭上から、聞き覚えのある声が響いてきた。


「そうですか? ではそれはこの子ではなく私が承りましょう」

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