【第12話】いつもの先生

さすがは教師だ。

アンヌ先生の放った砲弾は、寸分の狂いもなく俺の股間にまっすぐ飛んできた。


俺は「だいたい、このへんに来るかな」と思った場所にラケットを動かし、急所を守った。


いい加減な対応に思えるかもしれないが、「だいたい」で十分なのだ。

あとはコトネがラケットの位置と角度を微調整して、難なく砲弾を打ち返してくれた。


「ちっ……ああっ!?」


舌打ちをしたアンヌ先生は、返ってきた砲弾が自分の頭部に向かっていることに気がつき、うろたえている。


「おいコトネ! まさか頭を狙ったのか!?」


しまった、コトネと作戦を打ち合わせるのを忘れてた!

プラクティス砲弾とはいえ、このスピードで頭部に当たれば、ただでは済まないだろう。


俺の心配をよそに次の瞬間、砲弾はアンヌ先生の帽子の先端に当たる。

帽子をはじき飛ばし、砲弾はアンヌ先生の後方に落ちた。


アンヌ先生は安堵のため息をついた。


「ひゅう……。あぶない、あぶない。元教え子にやられるところだったよ。惜しかったわね」


コトネがマトを外したのは初めてだが、今回に限っては、むしろ外してくれて助かった。


俺の退学が決まったときに心ない言葉を投げつけてきた教師とはいえ、女は女だ。

後遺症が残るような深い傷を負わせたくはない。


「おいコトネ、頭を狙うなんて、やりすぎだぞ。いちおう相手は女なんだし」


「狙ったのは帽子。これでサーブ権はこっちに移った」


「!」


なんと、コトネは最初から、砲弾を帽子に当ててサーブ権を奪うつもりだったのだ。


「ヤニックが女性を傷つけることをしないことはわかっている。でも、問題はこれから」


確かに、コトネのいうとおりだ。


エルミーとの試合のときに使った「スカートめくり作戦」は、彼女がミニスカだったからできたのだが、アンヌ先生はあいにく、ロングパンツなのだ。


どうすればアンヌ先生にケガをさせずに勝つことができるのか……?


「どうしようコトネ、俺にはいいアイデアが思いつかないよ」


「……」


さすがのコトネも困っているようだ。

その間に、アンヌ先生は帽子を拾ってかぶり直した。


「何を1人でブツブツいってるの? さっさとサーブを打ちなさい。こっちはいつでもいいわよ。あなたのサーブの威力がどの程度かなんて、十分に知ってるし」


どうやらアンヌ先生は準決勝までの俺の試合を見ていないらしい。

この彼女の「油断」を利用する方法は……。


そうだ!

コトネに作戦を提案したところ、彼女も同意した。


「先生、いくよ!」


バシイッッ!


俺は力まかせにサーブを打った。

砲弾は狙い通り、再びアンヌ先生の頭部に向かう。


「なッ!?」


砲弾はアンヌ先生の顔の横スレスレをかすめて、そのままフェンスにめりこんだ。

アンヌ先生は砲弾のスピードに反応できず、ただ立ちすくんでいた。


そして次の瞬間、カシャン……と音をたてて地面に落ちたもの。

それは、アンヌ先生の黒メガネだった。


その音で、はっと我に返ったアンヌ先生は、急いで黒メガネを拾い上げようとしたが、それがもう使いものにならないほど破壊されていることを知って、舌打ちをして投げ捨てた。


「ヤニック君……あなたにそんなサーブが打てるとは知らなかったわ。だけど、コントロールはイマイチみたいね」


アンヌ先生は手で目元を隠しながら話している。


「いいや。コントロールには自信があるよ」


「そうなの? じゃあ、今のはたまたま外れたってこと? 負けず嫌いね」


「外してないよ。メガネを狙ったんだ」


「なんですって!? メガネだけを壊すなんて、そんなことができるわけ……」


「次はマスクを狙うよ」


「いったい何のつもりなの!?」


「たぶん観客席にはグロワール高校の生徒も混じっているだろ。教師のあんたが副業で草トーに出ているとわかったら、どうなるかな?」


「くっ……。汚いわよ!」


「そうだね。ちょっとフェアじゃないけど、先生にケガをさせずに勝つ方法はこれしか思いつかなかったんだ」


「教師の私に勝つですって? 実力では勝てないからって、汚い手を!」


まだ俺の実力を疑っているようだ。


「じゃあ、試合を続けるんだね。片手がふさがっていて大丈夫、先生?」


「フン、あなた相手なら片手で十分よ。しかも、あなたの狙いが本当なら、次はマスクを狙うつもりでしょう。こうやって手で押さえていれば、マスクを取るのは不可能よ」


「わかったよ。じゃあ、試合を続けるよ!」


俺は再びサーブを放つ。


ガシュッ。


打球音が今までとは違う。

砲弾はすさまじい回転を伴って飛んでいき、アンヌ先生の足元でバウンドした。


「!?」


砲弾はほぼ垂直にバウンドし、アンヌ先生の髪をまとめていた髪飾りに命中。


さらに続けて、帽子をはじき飛ばした。


髪飾りは地面に落ちて砕け散り、先生自慢の長い黒髪がバサリと広がった。


「さあ、これでだいたい、いつもどおりのアンヌ先生になったね」


これでは、いくらマスクをしていても、毎日アンヌ先生と接している生徒は、シルエットでアンヌ先生に似ている人物だということはわかるだろう。


「先生、まだ続ける? 次はいよいよマスクを狙うけど」


「ギブ……アップ……」


すると審判台の少女がコールした。


「ゲームセット! 勝者、ヤニック!」


ギャラリーからは拍手喝采ではなく、ブーイングが起こった。

トゥーネスの観客のほとんどは、選手がノックアウトされるのを期待して見に来ているのだ。

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