【第11話】決勝戦の相手はたぶん女性

勝負は一瞬だった。


エルヴノラオープンの3回戦の相手は20歳ぐらいの男。

男は試合慣れしているようで自信満々であったが、俺のサーブをアゴに食らってダウン。


4回戦は、40代半ばぐらいの中年男。

いかにもベテランらしく、本来は相手のミスを誘う、堅実なプレイスタイルだという噂を聞いていたが、こちらも俺のサーブをアゴに食らって撃沈した。


「つくづく思うけど、サーブ権を握ったほうが圧倒的に有利だな」


俺がいうと、コトネは答えた。


「そうでもない。最初のサーブは体が十分に温まっていない状態で打つわけだから、コントロールも狂いやすい。あえてレシーブ権を選ぶ者もいる」


「でも、俺にはコトネがいるだろ。コントロールが狂うなんてことは、まず、ないんじゃないかな」


「まあ、そういうことになる」


つまり俺の場合、草トーレベルではサーブ権さえ握れば負けないということだ。


モナと一緒に大会本部へ試合結果を報告しにいくと、本部席に座っていたのは1人の少女だった。


「おめでとうございます、ヤニックさん。すごい快進撃ですね。本当に草トーは初めてなんですか?」


「うん。今までは、あまり試合に興味がなかったから」


「試合慣れしていないのに、いきなり決勝まで勝ち上がるなんて、すごいですよ。でも、決勝の相手はかなり強いかも」


「そうなの? どんな相手?」


「たぶん女性なんですけど……」


「『たぶん』って、どういうこと? 名前は?」


「『ラブ・チューニュー』さんです」


「なんだよそれ。ふざけた名前だな」


「まあ、試合の登録名は実名でなくてもいいんですが、正体不明なんです。だけど、年に2~3回、たまに草トーに現れては、たいてい優勝カップを持っていく人なんですよ」


「そんなに強いのに、たまにしか試合に出てこないのか?」


「そうなんです。ただ、勝率は98%なので、基本的には勝てないと思ってください。試合はすぐにできますか? 『ラブ・チューニュー』さんは、いつでもいいとおっしゃっています」


「いいよ。すぐにやろう」


俺とモナは指定された対戦場へ向かった。


「モナは『ラブ・チューニュー』ってやつ、知ってるか?」


「噂では聞いたことがあるわ。実際に見たことはないけど」


モナを観客席に腰かけさせ、対戦場へ行くと、ベンチに腰かけているのは噂どおり、正体不明の怪しいやつだった。


黒い長髪をポニーテールにして、黒メガネをかけ、黒いハット帽をかぶっている。

顔も黒いマスクで隠しているが、大きな胸や体のラインは隠しようがない。


間違いなく女性だ。


ラブ・チューニューは、俺の顔を見るなり、立ち上がった。


「あっははは! 誰かと思えば!」


「?」


いきなり笑い出したラブ・チューニューに驚いたが、この声には聞き覚えがある。


「私が誰かわかる?」


「あ……そうか! でも……まさか!」


ラブ・チューニューは、おもむろにマスクと黒メガネを外した。

そこには、グロワール高校1年G組の担任教師の顔があった。


「アンヌ先生!」


「しばらくぶりね、ヤニック君。まさか決勝の相手が落第生だなんて、びっくり」


驚いたのはこっちのほうだ。


俺が立ち尽くしていると、観客席にぞろぞろとギャラリーが入ってきた。

決勝戦ともなれば、それなりに人が集まるようだ。


「おっと、いけない」


アンヌ先生はマスクと黒メガネで再び顔を隠した。


「学校に内緒で試合に出てるのか?」


「そりゃそうよ。教師は副業禁止だからね。あなたの顔を見て、思わず正体を明かしちゃったけど、秘密だからね。誰にもいわないでよ」


「べつにチクったりはしないよ。それに、退学させられた俺が学校にチクったところで、誰も信じないだろ」


「まあ、そうでしょうね。だからこそ、あなたに正体を明かしたわけだけどね」


「だけど、教師がなんのために草トーに?」


「もちろん、お小遣い稼ぎよ。最近、ギャンブルで負けが続いててね」


なんつー不良教師だ。

まあ、カタブツのつまらない教師よりは、こういう人間のほうが好きだが。


「なるほどね。グロワールの教師なら、草トーで優勝するぐらいは朝メシ前だろうしな」


「そーゆーこと。でも、あなたの実力で、よく決勝まで来られたわね」


「まあ、いろいろあって……ね」


「そうでしょうね。いろいろラッキーが重ならないと無理でしょ、あなたじゃ」


ふと観客席を見渡すと、ギャラリーが試合開始を待ちわびてジリジリしている空気がただよっていた。


「おしゃべりはこのぐらいにして、そろそろ始めよう」


「あら、もっとおしゃべりしたかったのに。落第生がどうやって決勝まで勝ち上がったのか」


すると、さっき大会本部に座っていた少女が現れた。


「お2人とも準備はよろしいですか? この試合、審判は私が務めます」


どうやら決勝戦だけはセルフジャッジではなく、ちゃんと審判がつくらしい。


「準備オッケーよ」


「俺も」


コイントスの結果、残念ながらサーブ権はアンヌ先生に取られた。


「あら、ラッキー。一発でやっつけちゃっていい?」


「望むところだ」


「あらあら、けっこう自信満々じゃない。どこを狙ってほしい? 顔? お腹? それとも……ア・ソ・コ?」


「どこでもいいから、早く打て!」


「あらそう? じゃ、遠慮なく!」


バシイイイッ!


アンヌ先生は言葉通り、遠慮なく全力を込めてサーブを打った。

砲弾は俺の股間を目がけて一直線に飛んでくる。

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