第4話

 イーニドが草むらに隠れたてすぐに、マイクロフト達がやってきたのと同じ方向から黒い外套と燕尾服を纏った二人の男がこちらに向かって歩いてきた。


 片方は黒髪のオールバック、もう片方はプラチナブロンドの長髪を後ろで一本に纏めている。どちらも背が高く、感嘆の声を漏らしたくなる程の美男子だ。


 しかし、男達の目は紅玉のように赤く、上唇から犬歯の先がはみだしている。人ならざる者なのは一目瞭然。おまけに見覚えのない顔。この森に住んでいる吸血鬼ではない。


 身を隠しつつ草むらの中から金色の目を爛々と輝かせる。耳をピンと立て、吸血鬼たちの様子を窺う。



 イーニドはある事に気付く。


 この二人、男同士で手を繋いでいる。

 しかも、互いの指と指を絡ませ合って。

 もしかして、この二人は男色趣味の関係なのか。

 話しに聞くことはあれど、実際に目撃するのは初めてだ。

 ひょっとしたら人目を忍ぶ仲ゆえ、わざわざ人気の少ないこの森の最奥で逢引していたのかもしれない。


 マイク達は逢引を目撃してしまったから戻って来たとか??

 まさかとは思うが……、一緒にいた少年とこの吸血鬼達みたいにこっそり逢引していたとかじゃないわよね?!?!


 はわわわ……、と、あらぬ妄想を滾らせて一人(一匹)でパニックに陥るイーニドだったが、黒髪オールバックの方の吸血鬼が話し始めた内容によって否が応でも妄想は強制終了させられた。


「アーサー。さっきの話だけど……、ハロウィンで菓子を貰う際、人間の目の前で蝙蝠からこの姿に変身するのは……、正直、僕は賛成できないよ……」

「確かに、中には腰を抜かしたり失禁してしまう者もいたが……、本気で怯えさせる分、例年とは比べ物にならない程、大量の菓子が手に入ったんだ」

「僕が心配しているのはそういうことじゃない。正体を晒したことで万が一、人間達がゴースト退治を決行でもしたら……」

「その時はこの森に逃げ込めばいいだけの話じゃないか。ゾーラの張り巡らせた結界が必ずや守ってくれるだろう。あの女、性格には難が有りすぎるが、ああ見えて大魔女マドンナに次ぐ強大な魔力の持ち主だしな」


 プラチナブロンドの長髪は訥々と諭してみせるが、黒髪オールバックの方は不安気に表情を歪めるばかり。


「君は心配性だなぁ、グスタフ」


 プラチナブロンドは黒髪オールバックの頬を、指先でそっと愛おし気に撫でる。


 どこまでも深い暗闇と木々に囲まれた中、空一面に瞬く数多の星々と下弦の月の光を一身に浴びた美貌の吸血鬼二人が寄り添っている。


 特に腐属性を持ち合わせている訳でもないイーニドすらも、耽美的かつ退廃をも匂わせる二人の男の姿に目を細めてついうっとりと見惚れてしまっていた。


 二人はしばらくの間、抱き合う様にその場に佇んでいたが、「おや……、あんなところにランプが落ちているではないか」と、イーニドが猫に戻った時地面に落とした、カボチャの形のランプに目を留めた。


 途端にイーニドは、背筋に薄ら寒いものを覚え、身体をブルブルと震わせる。


 不可抗力とはいえ、彼らにとって決して第三者に見られたくない姿、それも一部始終を覗き見してしまった。

 さすがに血を吸われたりはしないだろうが、何かしら酷い目に遭わされる可能性はなきにしもあらず。


「……誰かいるのか??」


 現に、二人の声は先程の甘い響きを持つものから、刃物の切っ先を思わせる鋭いものに変化している。


 黒髪オールバックが辺りの草木をかき分け始めたため、イーニドの緊張と恐怖心はより一層強まっていく。幸いにも、イーニドが隠れている草むらとは反対側だったのがまだ救いであったが。

 しかしホッとしたのも束の間、すぐに黒髪オールバックはイーニドが隠れている方向へ足を向けてきた。


「グスタフ、もういい」


 イーニドが隠れている草むらを掻き分けようとしたのを、プラチブロンドが制止する。


「大方、さっき逃げて行った狼男の小僧達のどちらかが落としていったのかもしれない」

「アーサー」

「グスタフ、僕達が二人きりで過ごせる時間は限られているんだ。つまらないことで、せっかくの一時を無駄にしないでくれ」

「……分かった……」


 黒髪オールバックは不服そうにしつつも、大人しくプラチナブロンドの言う事に従い、草むらから離れていく。


「もう戻ろう。二人揃って洞窟から消えたのが仲間にバレでもしたら厄介だ」

「あぁ、そうだな……」


 二人の吸血鬼は再び指を絡ませて手を繋いだ――、かと思うと、一瞬にして蝙蝠の姿に変身。骨張った茶色い羽根を大きく拡げ、森の上空に向かって風のように羽ばたいていったのだった。


「はぁ、何だか、とんでもないものを目撃してしまった上に、怖い思いまでしちゃった」


 イーニドは、ふにゃぁぁ、と間の抜けた声を出し、前足を突きだすようにして地べたにぺたりと寝そべった。夜の冷気を吸い込んだ土の冷たさに震えるも、脱力感にはどうしても抗えない。


「でも、お蔭でとても良いことも聞いたわ」


 人間の前で人ならざる者が正体を曝け出す――、すなわちゴースト界に置いて最大の禁忌を犯すことにも繋がってしまう。


 だが、昔と比べて現代の人間はゴーストの存在を脅威に感じていないようだし、昔ながらの化け物退治など時代錯誤も甚だしいと、実行する者などまず現れないだろう。

 実行したとしても、ゾーラの結界を破るのは不可能に決まっている。


「二番煎じだけど、試してみる価値は充分あるわ。よし!今年のハロウィンは、人間に黒猫から猫娘へと変身する様を見せつけて、お菓子をたんまりと貰ってやろっと!!」


 思い悩んでいた事柄の一つに解決策が見つかり、重く沈んでいたイーニドの心が少しだけ上向きに浮上しつつあった。

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