第3話
(1)
――それから数日後――
「ねぇねぇ!イーニド!!この生地なんてどうかしら??」
お菓子で作られた棲家にて、ベビーピンクのドレッサーの前でゾーラは生地を身に宛がい、見せつけてくる。イーニドはゾーラの後ろに立ち、鏡の中の彼女に視線を合わせた。
「よくお似合いだと思います」
「やっぱりぃ??ゾーラは可愛いから何でも似合うし当然よねぇ。あ、あと、これもどう??」
今度はテカテカとした光沢が美しいシルク生地だ。
「この布地の艶からいって、かなりの値段のものじゃ……」
「あぁ、そんなもの魔法を使えばいくらでも作り出せるから心配ないわ」
右手をひらひらと振って、ゾーラはイーニドを軽くいなした。
一見、ただの残念ロリ婆ぁだが、こう見えてゾーラの魔力はこの森に棲む者達の中で一番強い。この森に侵入する人間達が集落まで辿り着けないのは、彼女が森に特殊な結界を張り巡らせているお陰でもある。
子供っぽくて小悪魔的な性格でなければ、もっと周囲から崇められていい存在なのに。
控えめに肩で息をつくイーニドに構わず、ゾーラは次々と布を宛がってはイーニドに見せびらかしてくる。その都度、イーニドはゾーラを褒め称える。
ところが、イーニドの褒め言葉は次第に歯切れが悪くなっていく。
「あ、あの……、ゾーラ様」
「なあに??」
イーニドは意を決し、唾を大きく飲み込む。
「確かに、どの布地もゾーラ様にお似合いなのですが……。なぜ……、どれもベビーピンク色のものばかりなのでしょうか……」
「えー??だってぇ、可愛いじゃーん」
生地を両手でしっかり握りしめたまま、ゾーラは輝くばかりの明るい笑顔を見せつけてくる。
イーニドは眩暈が生じ始めたのを堪えつつ、尚も言葉を続ける。
「……ハロウィン後夜祭サバトのドレスコードで決められた色は黒のみ。挿し色も白だけしか認められていない筈では」
ゾーラの美しい顔が見る見る内に曇っていく。
やはり機嫌を損ねてしまったか。
恐れ慄くイーニドだったが、すぐにゾーラはえへへ、と、いつもの媚びた笑顔を浮かべてきた。
「さっすがイーニド、よく気付いたわねぇ。今は部屋着用ドレスの生地を選んでいただけよぉ??」
「…………」
確か、ゾーラには後夜祭サバト用のドレスの生地を一緒に選んでほしい、と聞かされた筈だったのだが。それが何故に部屋着選びにすり替わり、一時間も付き合わされているのだろう。
途端にどっと疲れが押し寄せてくる。
「ゾーラ様。あたしは後夜祭サバト用のドレスの生地を選びたい、と聞いたのですが……」
「……あっ、そうだったわね!ゾーラってば、ついうっかりしちゃった☆」
てへっ、と小さく舌を出してごまかすゾーラに言葉を失う。
イーニドに突っ込まれたことで多少は真面目にやる気になったのか、今度こそゾーラは、ベッドの隅に隠すように仕舞っていた大量の黒地の布を引っ張り出してくる。
そうして、優に三時間近くが経過した後、ようやく布地とドレスのデザインが決まった。
「今年はシックなヴィクトリアンスタイルが流行なんですって!!目力の強い猫目メイクとヴィクトリアンスタイルのドレスを合わせたら、大人の色気漂うクール女子になれるかなぁ?!」
「…………」
ツッコミどころ満載な台詞を述べた後、ゾーラは部屋の中央に置かれたベビーピンクのテーブルに近づき、天板の上に両手をついた。そして、ぶつぶつと小声で呪文を呟き始める。
天板の上に拡げた掌から稲光のごとく、煌々と光り輝く真っ白な閃光が一瞬だけ放たれる。
次の瞬間、テーブルの上には裁縫道具箱と思しき、止め金具が真ん中に付いたベビーピンク色のバスケットと、鉄製の足踏みミシンが出現していた。
何度となく目にしてはいるものの、ゾーラの魔法には毎度驚かされ、思わず見入ってしまう。
驚いたまま固まるイーニドに、ゾーラは「はい!!」と言って、バスケットを手渡してきた。
「ゾーラ様、これは」
「だってイーニドがドレス作ってくれるんでしょ??」
それならば、始めから魔法でドレスそのものを作り出せばいいのに……、と思いつつ、「……分かりました……」と、結局は力無く返事を返すことに。
こうして、イーニドの憂鬱はまた一つ増えてしまった。
(2)
――更に数日後――
全面ベビーピンクに囲まれた部屋の中、壁紙や他の家具と同じ色のテーブルにつき、イーニドは慎重に針先を細かく動かしながらゾーラのドレスを縫っていた。
部屋の左奥では、普段の魔女服ではなくこれまた部屋の内装と同じ色のベビードール姿のゾーラが、行儀悪くベッドの枕に肘をついて寝そべっている。
「よしっ!出来た!!」
スカートの裾を縫うのに最後の一針を通し終えると、イーニドはようやく肩で息をついて全身に入っていた力を軽く抜く。
そして、予定よりも早く裾縫いを終えたイーニドは、今日こそ森の最奥の池に行こう、と思い立つ。
ここ数日ドレス作りに追われていたせいで、ハロウィンでより多くのお菓子を得る方法を考える余裕がなかった。
あそこは普段滅多に誰も来ない。一人になりたい時や考え事をしたい時などにはうってつけの場所なのだ。
裁縫道具を纏めて道具箱の中に片付け、テーブルの隅に置く。製作途中のドレスはドレッサー横のトルソーに被せる。
「ゾーラ様、今からちょっと出掛けてきます」
ゾーラからの返事はない。
「……ゾーラ様??」
ゾーラは、手の平サイズの薄っぺらい長方形の液晶画面――、すまーとほん、というらしい――、を両手で握りしめつつ、忙しなく両の親指を画面に滑らせている。
ゾーラはときどき仲間の魔女達と共に人間の振りをして街へと出向いている。
美味しいと評判のスイーツを食べ歩いたり、人気のテーマパークで遊んだり。
また、このすまーとほんなる文明の機器を手に入れて以来、機能の内の一つ、あぷりげえむ、なる遊びに異常なくらい熱中することがあった。
「あぁん!もうっ!!サリーってば、ハートを送ってくれないくせにおねだりばっかしてくるんだからぁ!!あいつ、超うざい!!……って、メグはメグで、ポ○ポ○のクローバーばっかり送ってきてさぁ、クローバーはいらないのにぃ!!デ○ズ○ーツ○ツ○のハート送ってきてよねぇ!!あぁ、欲しいツモがちっとも出て来てくれない!!よーし、課金しちゃえ!!」
たかだか手の平サイズの玩具のようなものに一喜一憂する主に嘆息しがてら、イーニドはカボチャ形のランプを手に、板チョコの扉を開けて外へ出て行く。
宵の時間を過ぎた夜の闇は、以前よりも更に深くて濃い漆黒へと変化してきている。
秋もすっかり深まり、ハロウィンまで残された日にちは片手で数え上げられるまでに押し迫っていた。
そう言えば、あれ以来、マイクと一度も顔を合わせてないなぁ。
ドレス製作等で中々外出できなかったら仕方がないとはいえ、時間が経てば立つ程、気まずい気持ちばかりが膨らんでいく。
池に行く途中ばったり鉢合わせたりしないかな、などと願いながら、行く手を遮る森の木々や野ばらを魔力で退けては先へと進んでいく。
池まであと少し、というところで、イーニドが進む方向とは反対に誰かがこちらへと向かってくる。ランプから放たれる朧げな光が視界に止まり、微かな獣の臭いが鼻先を擽った。
この臭いをイーニドはよく知っている。
やがて、双方のランプの光が重なり合う程に近づくと、イーニドもその人物も思わず「あ」と声を上げた。
イーニドが翳したランプの光の先には、光を反射してキラキラと輝く、銀色の大きな三角耳とフサフサの尻尾を持つ、栗色の髪と薄青の瞳の少年マイクロフトが佇んでいたのだった。
「あれ??イーニドじゃん??」
濃灰色の耳と尻尾に薄茶色の髪をした、マイクロフトと同じく狼男の少年が、濃緑の瞳を丸くしてイーニドとマイクロフトを交互に見返す。
一人だけならともかく、友人と一緒では正直謝り辛い。とはいえ、今を逃しては謝罪する機会が二度と訪れないかもしれない。
そう思ったイーニドが、「あ、あのね、マイク……」と、重い口をどうにか開き、謝罪の言葉を告げようとした――、が。
イーニドの言葉など、何一つ聞く耳を持つつもりなど一切ない、とでも示すように、マイクロフトは彼女の横を、無言で通り抜けていく。
「…………」
あからさまに無視をされ、その場に固まるイーニドに構わず、マイクロフトはどんどん帰り道を突き進んでいく。
「おい、あれ、いいのか??」
友人の方が気にして何度もイーニドを振り返りつつ、マイクロフトを問い質すがそれすらも無言を貫いている。
マイクロフト達の足音と声が聞こえなくなるまでイーニドはずっと立ち尽くしていたが、音と臭いが完全に消え去ったと同時にその場にへたり込んでしまった。
「……ふ、うぅぅ……、うぇ」
とうとう堪えきれなくなり、イーニドは両手で顔を覆って泣き出してしまった。
ハロウィン後夜祭サバトの準備に奮闘していたせいで、知らず知らずの内に心身の疲れが溜まっていた。加えてマイクロフトに嫌われてしまったことでぷつりと糸が切れてしまったのだ。
一度溢れ出した涙はすぐには止まらず、金色の猫目からポタポタと滴がとめどなく流れ落ちてくる。
そんな状態が五分、十分、十五分と続き、三十分が経過しても尚、イーニドの涙は止まらない。
次第に魔力も体力も少しずつ奪われていき、猫人間の姿すら保てなくなったイーニドは本来の黒猫の姿に戻ってしまった。
しまった。
これじゃしばらく体力と魔力が回復するまでじっとしていなきゃいけなくなる。
猫に戻ってしまったことでさすがに嘆きよりも焦りの方が勝り、自然と涙も止まる。
余りに帰りが遅くなってはまたゾーラが半泣き状態に陥り、集落中に自分の行方を聞いて回るに違いない。
あぁ、もう!
あたしってば、本当何やってるんだろう……。
再び落ち込み掛けたイーニドだったが、周辺の木々をガサガサと掻き分ける音が聞こえたため、慌てて近くの草むらの中に素早く身を隠したのだった。
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