第14話


 巨大な格納扉を抜けた先に、輝かしい照明の下、目の前に祭壇のような段差のある頂上に、ふたつの乗り物タイムマシンがあった。僕が乗ってきた機体、プロトタイプβベータと高橋さんが乗ってきたと思われるプロトタイプαアルファだ。乗り物のすぐ隣には、建造途中と思われる物体が、息を潜めるように据え置かれている。どうやら、この時代のシライ博士が、プロトタイプをベースに作っている機体のようだった。

 僕に気づいた博士は、一声をさけび手を上げた。

「おお、龍美くん! こっちだ!」

「おはようございます。あの博士、これって?!」

 僕は小声で博士に話しかけた。

「見ての通りだ。これから、朝礼が始まる」

 技術現場監督と研究所主任、そしてシライ博士を前にして、百人規模の技術者が列をそろえ待機している。技術者の総監督らしきひとりが、僕と博士の揃ったのを見計い技術者たちの前で大声で話し始めた。声はエコーになっていた。

「これから、朝礼をはじめる……」

 すこし違和感があった。現場監督のいるなら小規模でも問題なかったからだ。だが、僕の目の前にいる技術者たちは、小規模とは言えない人数だった。ずらりと並ぶ光景を見るのは、大学の卒業式以来だ。

「……われわれのつくっている科学者であり、開発責任者と搭乗者にも来ていただいた。皆、いつも以上に心して聞くように」


 心して……? みんなの前であいさつのぶっつけ本番ってこと?


 技術者の監督が作業内容とスケジュールを述べたあと、次に研究所主任が手短かにあいさつをして、シライ博士がみんなの前で話し始めた。彼の話し方にみんなが釘付けになっている。このハンサム博士の肩書きは、科学者はもちろんだが、設計者も兼ねた技術開発総責任者だという、立派とも言える称号のようなものがあった。壮年のシライ博士とは声の響きもまるでちがうし、天然パーマの髪ではない。

「みなさん、楽に聞いてください。ここに揃ってもらったあなた方は、素晴らしい人たちばかりと聞いています。そのすばらしい技術のもとにタイムマシンがあります。私の先代もそのまた先代も、外界とは異なる研究を重ねてきました。今もまた、私は、先代の技術を引き継いで開発に携わっています。これからも皆さんのお力添えで技術発展に留意してもらいたい。そのためにも、全力で取り組んでいただきたい次第です」

 技術監督が博士の下がったのを見計い、

「続いて、搭乗者にも一言もらいたい!」

 やっぱりか、と僕は思った。

 足のガクガクと表情のこわばりを拳で奮い立たせ、僕は大勢の前で呼吸を整え、大声を張り上げた。

「皆さんの技術の結晶となる、タイムマシンに乗せていただく戸岐原ときはらと言います。搭乗者として光栄に思います。エンジニア面は素人ですが、マシン内部の装飾デザインのアドバイスぐらいはできるかもしれません。気軽に声をかけて下さい……」

 このとき、なんてことを口走ったのだと、僕は後悔した。僕にとって、デザインセンスなど素人同然なのに。

「……一日も早い完成を待ち望んでいます。よろしくお願いします!」

 現場技術監督に目で、合図して僕は博士の隣まで下がった。


 朝礼が終わると各セクションごとの技術者たちは別れていき、工具や機器をたずさえさっそく作業に入る者もいた。

「龍美くん、行くぞ!」

 博士にうながされ僕は、彼のあとについていく。歩きながら、技術者の中で、数人の女性たちが、僕を眺めていた。なんだろうと、不思議に小首をかしげ、実験場をあとにした。

「君のスピーチはなかなかよかった! うん!」

 廊下を歩く中で、博士が軽い調子の声で言った。

「博士、できれば事前に言っておいて欲しかったですよ!」

「すまない。もっときみの性格を知りたかったんだ。この時代ここにきて、君とはじっくりと話す機会があまりなかったからな。あの夕食の場でも、リンのおり役になってしまったし、佳穂につきっきりで、君とはほとんど相手ができなかった」

 たしかに、博士の言うとおりだ。娘さんのリンちゃんと話してばかりだったために、モトフジ博士とは会話が保てなかった。

「僕はとっさの判断で、その人の性格というものは分類ができてしまうものだ、と思っている!」 

 研究者だからだろうか、博士は分析癖があるように思えた。

「まさか、デザイン学にも精通しているとは驚きだった」

「いや、あれはなりゆきで出てしまった『言葉のあや』で……」

 なんとか誤解を解こうと必死になった。

「まあ、いいさ。それも個性のうちだ!」

 博士はたかだかと笑い声を上げる。



 話しながらシライ博士のあとについてきた僕は、見慣れた扉の前で止まったことに驚く。

「ここって……」

「龍美くんも知ってのとおり。第一研究室だ! 事前に九籐くんに聞いていると思うが……」

「未来と交信するんですか?」

「そうだ!」

 扉を入った先には、巨大スクリーンが目に飛び込んでくる。オペレーションスタッフが忙し気に準備を着々と進めていた。

 スタッフに指示を出していた紬さんと九籐さんが、博士に気がつき近寄ってきた。

「はかせ!!」

「準備の方はどうかな?」

「はい、ほぼ準備は整いました。タイムマシンの時間周波数に同調を繰り返しています」

「いまのところ、レスポンス返答がありません」

 紬さんと九籐さんが交互に話しかけてきた。

「うん、引き続きよろしく頼む」

「はいっ!!」

 ふたりはすっきりとした返事をした。

 どうやら、まだ繋がってないようだった。

「博士、いったいどうやって、僕がきた未来と交信するつもりなんですか?」

「うん、簡単に言うと、きみの乗ってきたアルファテスト機と高橋くんが乗ってきたとされる機体には、常にという波長が出せる装置が装備されている。それを最大に増幅させることによって、同調する時間周波数を見つけているんだ!」

 僕には、博士のいう地上でよく言う一般の電波による【周波数】とは、異なることはわかったが、さすがに難しい技術のため理解に苦しんだ。

「通常の電波による周波数とは、別もの、という認識でいいんですよね?」

「うん! 推測通りそうだ。一般とは異なる。時間周波数これは、を主軸にしている点で、難しいのは1でも違っていると、きみの育った時代とは別の世界になってしまう点だ!」

「はぁ……」

 僕は腕組みをして考え込んだ。さすがに「重力場」と言う言葉は、物理や量子力学の中で、出てきた用語だったはずだが、仕組みはイマイチわからない。要は、【異なる周波数で、僕の育った時代と交信する装置】ということらしい。

「原因はわからないが、龍美くんの未来との交信は、どうもなにかに阻まれやすく、不安定なんだ。前回も前々回も同じように交信まで時間がかかった」

 その辺の不安定さには納得ができた。たしかに、レスポンスや画像のみだれ、音声の欠損が激しかったのを覚えている。

……の影響でしょうか?」

 その言葉に博士は、もう一度聞きかえすように首をかしげた。

「……ん……?」

「いえ、僕の育った世界線の博士自身が言った言葉を借りたのです」

「世界粒子……か。他に何か言っていたかね?」

 すこし興奮した顔つきで、僕に質問してきた。

「あ、はい……」

 僕は、世界粒子のことをハンサム博士に語った。

「……つまり、マルチユニバースのことをと表現を変えているのだと思います」

「なるほど、面白いな、実に。僕も、マルチユニバースを提唱している科学者のことは知っている。だが、もっとわかりやすい呼び名はないか、と考えていたところだったんだ!」

 博士が言い終えたとき、九籐さんと紬さんが叫んだ。

「博士! シライ博士!! つながりました!!」

「まちがいないか!」

「はい、プロトタイプベータの時間軸にある周波数で間違いありません!」

 大型のスクリーンに映し出されようとした。

 僕は、興奮とすこしの緊張を心にクリップで止める思いだった。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る