第2話



 最終的な試験は、いわゆる適合するかの試験だった。そう、最大の難敵は、【3D酔い】に長時間耐えられるかどうか、というものだったのだ。

 彼女が驚いていた理由、アミューズメント施設で、VRばかりを薦めてきた理由もこれだ。要するに、僕が長時間耐えられることの有無を測るものだったのだ。


 この試験に自信があった。女監査官に連れられ、実験室へ入る。準備のあと、さらに据えられた個室に入るように指示される。個室内部は、ふたり入るのがやっとのスペースで、狭く擬似モニターと椅子一脚、そして、配線付きの実験で使われるタイプのVRゴーグル、それにアーム型グローブが置かれていた。グローブで仮想現実のものを触れること、つかむことができるようだ。

 指示されるがままに、グローブ、ゴーグルの順に装着する。さすがにグローブは、違和感が否めなかった。


 控え室で待機している時、僕の前に最終試験を受けた人が言うには、

「……映画やアニメのようにもっと、至極簡単なものをイメージしていたけど、現実はそうではないんだな……戸岐原くんも、覚悟した方がいいと思う」

 と苦味のきつい表情のまま話していたのを思い出す。彼はその後、体調不良を理由に宿舎へと戻ったようだった。

 なんとなくだけど、その人の言う言葉に僕は重みを感じた。



 個室に入らされてからどのくらいが経過したのか、時間の感覚はなかった。同じような適合実験を何度となくやっていた記憶だけが残っている。


 窓をふと見ると、夕闇があたりを包み込もうとする。ずっと室内にいたせいか、時間の感覚がわからなくなっていたようだ。

 試験を終え、控え室に戻る頃に廊下で知奈美さんに出会った。がらんどうになった控室に彼女とふたりだけになる。やはり、彼女も最終試験にパスができたのだろうか、とおもったがどうやらそうでもないらしい。彼女の話では、僕と彼女以外の全員が、体調不良を訴えて宿舎に戻っていたと言うことだった。

「私も試験は受けたけど、途中から気分が悪くなって中止したの」

「龍美くんは、やっぱり空間知覚がとんでもなく強いのね。乗り物酔いってした経験がないの?」

 僕は強く否定した。

「一度も。でも、そんなに気持ち悪くなるものなの?」

「ひどい人はお酒を飲んだ二日酔いと同じになるわ! だから、私、夕食は軽く済ませるつもりでいるの」

「そう、なんだ……」

「試験の結果なんだけど、『明日の朝一に合格者のみに通知がいく』って。私が残ったのは、そのことを伝えたかったの」

「メールでって、ことなのかな?」

 首を傾け、疑問を持った。

「たぶん……」

 彼女も首を傾げている。

「私、そろそろ行くね」

「待っててくれてありがとう」

 彼女は控え室を出ようとする間際、「それと……」と小声でいいかけ、一瞬立ち止まった。

 つよく首を横に振り、

「なんでもない。明日、会う機会があったら、話すね」

 と意味深な言葉で締めくくり、廊下へと出ていってしまった。

 宿舎へ戻り、食事の合間、就寝までの間じゅう、彼女の言葉が気になっていた。いったい、彼女は何を話したかったのだろう、それに研究所の施設といい、監視カメラの数も多数ある。そのことが頭から離れず、眠りにつくまで時間がかかってしまう。最終試験の合格者として選抜されるのはひとりのみだ。内心、彼女も合格すれば、と僕は頭の隅で考えた。

 いつの間にか彼女のを考えているうちに眠りについてしまった。



 最終試験の翌日。部屋の窓から数人の候補生が、マイクロバスに乗る姿を眠気の残るまぶたで見つめていた。テーブルに置いたスマホのメールの送信履歴に、最終試験の合格通知を横目にしていた僕は、この上ないガッツポーズをした。だが、彼女とはここで別れることになると思うと惜しい気がしていた。

 着替えをすませたあと、ドアをノックする音が聞こえてくる。


 入ってきたのは高橋さんだった。

「おはよう、龍美くん!」

「お、はよう。知奈美さん!

 彼女の恰好は昨日とはまるで違い、研究員の白衣姿だった。

「君……?」

「理由はあとで話すわ。食事の用意ができてるから、呼びに来たの」

 この時には、教えてもらえなかったが、今までの奇妙さが、僕の中で一気に解決したように感じた。



 食事は彼女とふたりになり、そこで初めて彼女が僕に近づいたわけがわかった。VRの機器を使用した時に、ひどい3D酔いを起こさないか、落ち着いて対処ができるか、そして、貪欲すぎず、責任感があるかという点だった、と彼女は答える。

 そう、彼女はでこの研究所の職員でもあった。

 ただ、そうなると彼女が言っていたが僕には引っ掛かりをおぼえた。あれは、僕の性格を知るためのお芝居だったのか、と。

 僕は食事の席でさりげなく聞いた。

「知奈美さん、あなたがここの職員になったということは、お姉さんと関係が……」

 彼女は俯きながらこくり、と首を縦にする。

「その前に、謝っておくわ。いろいろとごめんなさい」

 彼女は丁寧に頭を下げた。

「監査官という立場上、あなたを騙すようになってしまって……」

「気にしないで。僕はうすうす感じてたんだ。だから、謝らなくていいよ。それよりも……」

 次の言葉を言い出そうとした時だった。顔の整った白衣姿の女性が、目の前まで近づいてきた。よく見ると黒スーツで案内役を勤めていた彼女だった。

「戸岐原龍美さん、食事はお済みになりましたか?」

「待って、橘花たちばなさん!」

 声を上げたのは知奈美さんだ。橘花さんと呼ばれた女性は、ゆっくりと瞬きをして知奈美さんにいう。

「わかっているわよ! だから、あなたも一緒に来て!」

「えっ!?」

「あなたの望んでいたことが、もしかすると実現するかもしれないの!」


 知奈美さんの望んでいたこと?


 僕には、まったくわからずにいた。知奈美さんの望んでいることもそうだが、【実現するかもしれない】と言う言葉に強い意志と自信が橘花さんから伝わってきたからだ。いったい、この研究所の目的はなんなのだろう。僕は、かつてないほどのとんでもない歯車の一部になろうとする一歩手前にいた。



つづく

 

 


 

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