笑う女 

@HAKUJYA

笑う女

恵美子。

年齢は19になろうか。

うすらわらいをうかべるような、

口元と

焦点のあわない瞳は

精神障害者特有のものだろう。


俺達は

なにもできない

何の意志表示もしない恵美子の

笑いをうかべたような口元から、

恵美子を

笑子と呼んでいた。


笑子がこの施設に預けられる事に成ったのは

笑子が13になる秋の頃だった。


その春に施設に勤務しだした俺達が笑子の専属になったのは、

笑子の抱える環境と症状によった。


もちろん、所長は新規従業員の経験をつませるためでもあったろう。


笑子は此処にきた当初、

女性介護者の手に委託された。


だが、笑子は女性介護員に対して

異常な程の恐怖しか見せなかった。


直ちに笑子を此処に連れてきた父親に

笑子の今までの環境を聴くことになった。


父親は笑子の反応を伝え聞くと

「やはり・・・」

と、この事態を推測していたことをにおわせた。


思い当たることをすべて話してもらわないと

我々も充分な介護は出来ないのですよ。


所長の言葉に父親は

事実を語り始めた。



笑子・・いや、恵美子の父親が話したことである。


話は恵美子の母親。

つまり、恵美子の父親の妻のことから始まった。

父親と恵美子の母親は

いとこ同士であったという。

ところが、

いとこ同士であるというものの、

二人の年齢はひどく離れていた。


年の離れた夫婦に授かった子供が

恵美子であったのだが、

恵美子の異常がわかると、

妻の態度は急変したという。


だが、それも、むりのないことで、

男は15以上、年下のいとこと

無理やりに結婚したせいだという。


男は無理やり恵美子の母親に肉体関係をしいた。

そして、

ぬきさしならぬ、結果。

恵美子をみごもった。


これにより、男は自分の望どおりに

美しい、いとこを

妻に迎えることができた。


だが、生まれてきた子供は

重度の精神薄弱児であった。


「妻は望まぬ相手との結婚も、

子供への愛情にすりかえていきていこうと、

決意していたのです」


で、あるのに、生まれてきた子供は・・・。


「私という男にしばられ、

そして、恵美子というわが子も、

妻を一生しばりつけるでしょう。

ひとりでは、なにひとつできない恵美子。

其の面倒をみるだけが、

妻の一生になってしまう」


それでも、

まだ、恵美子が、幼いうちは、

よかった。

恵美子が十歳をすぎるころになると、

妻のか弱い腕では、

面倒をみきれなくなる、

身体のおもさという発育がともなってきて、


「妻の精神も限界にたっしていたのです」


のぞまぬ男の暴行のせいで、

無理やり、子供をはらまされ、

その子供も、自分をがんじがらめにする。


「それでも、妻は恵美子への罪悪感で

離婚を決意できぬまま、

てにおえない状態をこらえていたのです」


無理をすれば、どこかに抑圧のふきだし口ができる。


「妻は恵美子が初潮をむかえたころから、

どうしようもない、惨めさにとりつかれてしまったのです」


狂ったような、およそ、何の役にも立たない「女」の

経血の始末をする。

その作業は奴隷のように惨めだったことだろう。


「その惨めさから逃れるために、

妻は恵美子につらく、あたることしかできなかったのです」


つまり、虐待があったという。


「私さえ、彼女と無理やり、結婚しなければ・・・」


恵美子の母親の後悔ははれることもなく、

恵美子の存在を切り離す事が出来ないばかりに

異常な精神消化をくりかえすだけになっていった。


そして、

とうとう、恵美子は母親をおそれるようになった。

いう事をきかない。

なつかない。

すなおでない。

面倒をみてやってるのに、ありがたみさえ感じてない。

いろいろな理由が母親の精神をなみだたせ、

恵美子を折檻する。


悪循環でしかない。

男は妻と恵美子の異常な状態に気がつくと

すべてをあきらめたという。


「妻をこのまま、しばりつけておくことは、

彼女の人生をつぶすだけにしかならない」


開放・・・。

離婚という名の開放を妻に与えると

男はひとりでは、

生きていられない自分と

恵美子をかんがえたという。


金にあかせ、介護員をやとって恵美子の世話をまかせていた。

そうするうちに、男はふたたび、年の離れた女性と

恋におちた。


「彼女に妻の二の舞をふませたくない。

私は恵美子を施設にあずけることにきめたのです」


つまり、

恵美子はここにすてられたのだ。

そして、

恵美子が女性介護員をおそれるのは、

恵美子の母親による、

虐待のせいだったのだ。


「つかぬ事をたずねますが、

そちらでお雇いになった介護員は男性・・」

園長はそこで、いったん言葉をきって、

とまどいながら、続けた。

「男性?だった・・・の、ですか?」

父親は

恵美子になにかあるのかと、

いぶかったようだが、

深くは追求せずに

「そうです」

と、答えたあとに、

小さな言い訳をつけたした。

「彼女に妙な心配をかけたくなかったのです」

恵美子を介護してもらうためとはいえ、

一つ屋根の下に

しょっちゅう、他の女性の存在がある。

女にとって、好ましからぬ状況に

「彼女」が、なんらかの釘をさしたのだろう。

父親であることよりも、

男である事を選んだ男は

彼女の条件をのんだということだろう。


「じつはですね。

こちらで、女性職員を担当にしようとしたところ、

恵美子さんが、ひどく、おびえたのですよ」

園長は介護員が男であった事に納得していた。

「ですから、ひょっとして、そちらで、

それにきがついておられないとなると、

男性をお雇いになってらしたのかと」

「ああ」

父親はため息をついて、

目を伏せた。

恵美子が女性を恐れる。

其の事実は

「前の妻のせいですね・・・」

と、いう事になる。

男を慰める言葉を見つけられず

園長は

この先の方針を男に告げるしかなかった。


所長が苦肉の策として

あげたことは、

この園では、初めての試みであったのではないだろうか?


通常において、

女子の介護は女性にたくされるのであるが、

笑子の場合すでに、

男性介護員が介護にあたっていたという

前歴があり、

女性職員を母親と同一視することにより、

虐待というトラウマが笑子にトランスをひきおこさせるのであれば、

男性介護員で補うしかないと考えるしかなかった。


「実際、女性のメンタルな部分を考えても

女性職員が介護に当たるのが妥当と、かんがえてはいたのですが・・・」


所長の愁眉はあかない。

「確かに精神薄弱児であれば、本人が女性であるという自覚さえもてない事がおおいのですが、これも、逆に女性職員の介護により、

「女性らしさ」をすこしでも、刷り込む事も可能なのではないかと考えていたのです」

男は所長の考えをきかされると、

寂しそうにではあるが、礼をのべた。

恵美子がほんの少しでも女性らしく成長したとしても、

それが、なんの役にたつというのだろうか?

むしろ、女であるばかりに、

恵美子の母親は恵美子をのろったといってもいい。

忌み嫌いたくなる「性」。

これは、恵美子も恵美子の母も同じ。

(女)だということだ。

受止める側の性であるばかりに恵美子の母は

望まぬ子を孕み、望まぬ男の妻になった。

うまれでた子供も女である。

この子も

受止める側の性を具有している。


いまわしい性をついだ、赤ん坊に己の不幸をみてしまうのは、

仕方が無い事かもしれない。


その恵美子に人の子らしい人生をあたえてやろうと

考えてくれる所長の主旨は男にはありがたいものだった。


だが、

「もう・・・いいのです。

この子は狂って生まれてきたのです。

その狂いのままの生き様だけでも、

どんなに多くの人に力添えをしていただくことになっているか・・・。

これ以上はもう・・・」

望みもしない。

し、わずかばかりに女性らしさをしたためだした、

狂いはいっそう、哀れでしかない。

「役に立たない、木偶であるだけでいい。

それに女らしさ、などつけば、いっそう、わが身がくるしい」


そうかもしれない。

男は此処に恵美子を捨てるのだ。

捨てた娘がわずかばかりでも

人らしく、女性らしくなってゆく姿は

悲しい事だろう。

せめても、成長してゆくにも限度もある。

わずかばかりのらしさが、かえって、周りを

辛くさせることもありえるのだ。


此処に来たときに

所長は俺達に介護精神の基本を

ひとつ、訓示してくれていた。


それは、米国に渡ったある女子介護員の

話からだった。


恵美子の父親のように

専属で介護員をやとうということは、

よくあることで、

ベビーシッターなども、

その顕著な例である。

仕事をこなしてゆく人間の家庭内事情を

労働により、

補佐、援助し、賃金を得る。

こういう仕組みがうまく出来上がっているから、

渡米した女子介護員もまもなく、仕事にありつくことができた。


ところが、

前任の介護員は、非介護者に対し、

とおりいっぺんの介護しかしていなかった。

食事をたべさせ、

排泄物を世話し、

ただ、傍にいるだけの存在でしかなかったといっていい。


女子職員は、非介護者にたいし、わずかでもの自立を

促しもせず、

ただ、身体の介護だけをしてきた現状に憤怒を覚えた。


女子職員が行ったことは

自分で排尿するというしつけだった。


尿意さえ意識できぬ少年に

尿意を自覚させる。

これができれば、少年のパッドの中に

尿をたれながすだけという悲惨な状態を改善できる。


女子職員は小さなスポイトを用意し

トイレの前に少年を連れて行くと、

少年の眼の前で

スポイトにすった水をトイレにおとしてゆく。

こんなことを毎日、毎日くりかえしたという。


女子職員を雇った少年の両親も

彼女の行動を

奇異なものとしか、みていなかったのである。


ところが、半年。

トイレの前で、少年のズボンをずりさげては、

スポイトからしずくを落としていた

彼女が少年の尿器から、

ぽたりぽたりと、尿が落ちてくるのを

見ることになるのである。


「どんな、些細な事でも改善される可能性がないと、

諦めた介護は介護になりえない」


此処に来た、初日の所長の言葉が

恵美子の父親の悲しい思いに

握りつぶされてゆくようである。


だからこそ、

残念であったが、

俺達は恵美子の女性らしさという可能性だけでなく、

別の精神面からの充足も出来るはずだと、かんがえたし、


父親に、すてられ、

諦められた

恵美子を

俺達こそがあきらめてはいけないと、

このときは、強く思ったものだった。



俺たちが笑子の担当になったのにも、

いくつかの複雑な要因があった。


この施設に預けられっぱなしの非介護者は、

何人かいる。

夕食をケアすると、さすがに夜勤の介護員は2名~3名になるが、

職員の休日は交代制でとるしかない。

つまり、世話を出来る人員が最低ふたりは必要になってくるということである。

主介護者には、副介護者が補佐や休日交代につくの。

つまり、副介護員は複数の非介護員の担当をかねてもいる。


主担当は、江崎になり、

彼は笑子を主体に介護することになり、

俺と徳山は副介護員として、補佐に当たる一方で

他の非介護者の世話をしてゆくことになったのである。


笑子が女性職員を排除する方向でなければ、

休日の交代人員や宿直の交代介護員も一人でたりるところであるが、

ランダムに女性を使うことが出来ないとなると、

宿直のあけの休日と担当者のひとりの休日が重なると、

笑子の直担当がいなくなるということになる。

こういう理由で特別に担当が3人になった。


女性への恐怖心を取り払わなければ、

笑子はおかしな状況であるといえる。

なぜなら、

女性を恐れる笑子も女性でしかないのだ。


笑子の中で自分を女性であると、認識し始めることが

あったとしたら、

笑子の精神は自己崩壊をおこさないとも限らない。


とは、いうものの、笑子が精神的に成長するということは

まず、ありえることではないが・・。


が、逆に女性を恐れるあまり

笑子が女性であるという自覚を排除しようとすることはありえる。


狂った精神で

性別のない自我は

無色透明な世界を構築してゆくのだが、

はたして、それで、笑子はしあわせだといえるであろうか?


肉体があるばかりに人間はその性に自分を左右される。

肉体の性別によって、

精神や感情や感性、その他もろもろのことが

形をつくってゆく。


男も女も後天的に性に見合った人間になってゆくとするなら、

性別の自覚をなくしてゆく笑子は

なにになるのだろう?


性別への意識がない存在。

それはそれで、かまわないことであろうが、

笑子の外面が女性である以上、

自然がまわしてくれた差配に乗ずるのが、

本来ではないかと

俺はとりとめなく、

根拠もなく、

考えていた。


そんな俺が笑子が女であることを

目撃することになる。


神が仕組んだ罠は

狂った精神の笑子にも、

きちんとしかけられていた。


笑子は16になっていた。

俺たちはこの3年間、笑子の介護をしつづけてきていた。

介護というものは単に人間の生命維持のための補助でない。

肢体を自分の意思でうごかすことができない、

笑子の筋肉を萎縮させないために

マッサージを行う。

もう一度、繰り返すが、これは、筋肉を萎縮させないためだけのもので、

笑子の肢体の自由が回復するものではない。

結局、

笑子の症状は平行線を描き続け

13歳でここに来たときと

何も変わってないといってよかった。


変わった事といえば、

笑子の外見が非常に女性らしく

なってきたことと、

3年の常駐介護で、

江崎への信頼が厚いものになっていることぐらいで、

3年の月日が流れたのは

俺たちの方だけだった。


その年の5月の連休も、あいかわらず、笑子は家族の迎えを

得られないまま施設のベッドの上にいた。

俺たちは二日ずつの交代を組み、

それぞれに、連休をたのしむことにして、

まずはじめの二日間の勤務を俺が受け持った。


そして、夜勤明けになる二日目の正午に

江崎と勤務を交代した。


施設に残った非介護者は

3人いただろうか。

家族の元につれて帰ってもらえた

非介護者は5月のさわやかな風のなか、

どこかにつれていってもらえてるのだろうに、

残った3人は白い壁をみつめながら、

食事を食べさせられ、

排泄物を交換され、

コレといった変化がないことを

良しとするだけでおわる。


「異常はないよ」

3人に食事を食べ終えさせたあと、

俺は介護日誌にサインをすると、

江崎に日誌を渡した。


「うん」

江崎はどちらかというと、無口な男だ。

笑子のことについて、

少し、気になったことがあったが、

その内容が自分の考えすぎのきがして、

江崎に伝えることはやめた。


笑子の尿パッドをとりかえたときのことだ。

職業柄、なれてきたといえども、

やはり女性の身体を直視するのは、

男の変な部分を刺激する。

ましてや、簡単にではあるが、

女性の泌尿器を清拭してやると、なると、

笑子のささいな、偶然の反応を

俺の方が妙にかんぐってしまっていたのだと思う。


笑子の泌尿器近辺の皮膚が尿でかぶれたりしないように

清拭してやるのはいつものことだ。

生えそろってきた陰毛に尿がからみ、

すえた匂いを発することもあった。

その匂いに辟易して

やはり清拭をきちんと行わなければならないと自訓したこともあった。

だから、いつものように、無造作に笑子のその部分を

ふき上げてやろうとしたときだった。


女性である部分を誇示するかのように

笑子のその部分を俺の清拭する手に

押し付けた気がしたのだ。


「え?」

ここしばらく、女性との交渉がなかった、俺は

自分の欲求不満の表れでもあるような

受け止め方を笑うしかない。


『笑子はそこにふれてもらいたがっているんじゃないか?』


そのことを江崎に話そうか、どうかと俺は迷った。

俺の馬鹿さ加減をさらけ出すのもあほうなことであり、

仮に笑子に性への希求が生じているのだとしても

それは、どうにもしてやれることではない。

江崎がそれに、きがつかないなら、そのほうがいいし、

あるいは、

江崎もそれにきがついていながら、

笑子の「女」という仇花をきがつかないふりをしているのかもしれない。


ただ、

もし、本当にそれが笑子の欲求行動であるとするなら・・・。


笑子は女であることを

憎むべきだろう。

神は女性器にあまりに鋭い感受性を持つ一角をつくりあげた。

その一角は鋭い快感で

女をしびれさせ

麻痺させ、

来るべき男を迎え入れさせるために

神がしくんだ生殖の罠だ。


笑子には、不必要な生殖本能が

笑子の精神や知能という資格を無視して

人形のように動きのままならぬ

身体にも萌えてくるとしたら、


あまりにも、神は無慈悲すぎる。



江崎と交代して、俺は自分のアパートに

帰るために

車を走らせていた。


途中、コンビニによると、

出来合いの弁当を物色し

1冊、週刊誌をかいこんだ。


車に乗って

エンジンをかけたとき

俺は

自分の中にある疑問に

新たな疑問を感じている自分を

はっきりと自覚した。


簡単にエンジンキーを差込み、ぐっとひねる。


こんな簡単な動作でも

笑子には、むつかしいことだ。


と、なると、

笑子のあの行動が欲求行動であるとするなら・・・。


笑子が俺の手に性器を押し付けてくる前に・・・。


笑子がその部分の快感を学習した。


と、考えられる。


俺は男だから女の欲求はよくわからないが、

女の欲求というものは、

接触なしに身のうちからわいてくるものだろうか?

おうおうにして、

性器への何らかの形での外部からの接触が

きっかけで、

性器に快感を感じるポイントがあることに

きがつかされるのではないのだろうか?


ところが笑子は自分で性器へ手を伸ばすこともままならない。


そんな笑子が

自分の性器に快感ポイントがあると

知っているかのように

俺に触れろと腰をもちあげてみせたのだとしたら・・・・。


それとも、やはり俺の考えすぎで

女は女の場所で

「もやもや」したものをもってしまうのか?

男が

「もやもや」したものに、つい引きずられ

自慰行為をはじめてしまうのと同じように、

女もそこは同じなのか?


それならばいいのだが・・・・。


俺はいやな予感にひきずられ、

もう一度

施設に車を引き返すことにした。


笑子の部屋の前にそっとたって、

ドアを静かに引いたのは

俺の考えが

もう、そのときに

間違いがないとわかったからだ。


俺は

このとき、

ドアを開けなければ良かったとおもう。


そして、

俺はなぜ、わざわざ、事実を確かめにいったんだろうとおもう。


そのきっかけが

触れてはならないことに触れることになるきっかけになると、

俺の頭の中で何度も警告があった。


F・バーネットの児童文学に

「秘密の花園」ってのがあったとおもう。


その花園の鍵を知った人間が

花園の中に入るんだ。


俺もどこかでその鍵を知ろうとしている自分だと

きがついていた。


だから、

ドアの中で目撃した江崎の行為を

俺が本気でとどめようとしていたかというと、


きっと、

ほんきじゃなかった。


と、言うしかない。



ドアの前に立ったとき、

俺の耳にいつもとは違う笑子の異様な声がきこえてきていた。

獣の咆哮にもにているが、ひどく、鼻にかかった声。

まるで、春の猫のさかり声だ。

この時点で俺は江崎が笑子に何をしているか、見当がついていた。

ただ、それがどこまでのものか・・・。

江崎の行為は単なるセックスボランテイァの域をだっしいているものか。

逆を言えば、笑子の肉体がどこまで、性を希求しているものなのか。

野卑な俗語で言えば

ABC。

単なる、性器への接触というBクラス。

自らの肉体でお互いの性器を結合させるCクラス。

俺はドアの外で笑子の声を聞きながら

江崎が笑子に与えているだろう、接触の深度を考えた。


既にこの考えが俺の心の色を露呈させていたといっていいだろう。

江崎が笑子にあたえているだろう、接触の深度。

こんなことが、なんの問題になるという?

問題にすべきことは

江崎の行為が笑子の希求によるものだったかだろう?

逆に言えば、

江崎が笑子の希求を引きずり出していたとするなら、

これは、暴行であり、レイプになってくる。


仮に江崎が笑子に希求があった故だといったとしても、

それを立証することは、困難だ。

うえに、笑子はまだ、16だ。

どう考えても、これは、犯罪になる。


笑子への行為がどこまでのものであろうと、

江崎のやっていることは

青少年保護法のもと、犯罪になる。

本来なら俺はそこにこだわるべきだろう。

だが、

俺は江崎がどこまでの深度をあたえているか、

つまり、

笑子がどこまでの深度をうけいれているのか。

そのことばかりがきになった。

cランクの接触を受け入れている、あるいは望んだ笑子の身体であるならば・・・。

そんな心の色。

いいかえれば、

俺も笑子の希求に答えてやりたがっている「男」がいるということになる。


Bランクの接触にも、二通りあるだろう。

一つは性器外部への接触。

神が与えた鋭角の罠。

ここまでくらいの接触と

性器内部への接触。

これは、甘美な罠に捕られた獲物を始末し始める手順ととられる。


「B」と「B’」

この接触の違い。

ここにも、笑子の希求の有無が、かかわる。

外部性器への接触への希求は、たとえば、

小用の後の笑子への清拭などが、要因になって、

笑子の中に生じてきたとも考えられる。

性器外部への接触要求は偶然の積み重ねで笑子の中に生じる可能性はある。

だが、性器内部への接触要求まで、

笑子がのぞむだろうか?

仮に望んだとして、江崎が何を基準に「性器内部への接触要求」があると判断するだろうか?

そして、

今、ドアの中で江崎が「B’」以上の行為を与えているとしたら

江崎が笑子に『希求の有り』と、判断したゆえの結果といえるだろうか?


笑子側から、考えたときに江崎の行為はどこかに正当化を見出すことが出来るかもしれない。

だが、

「B」と「B’」

江崎の意志がどこまでのものか?


単なる性器外部への接触であれば、

笑子の希求にこたえたと言い訳が出来るだろう。

ところが、性器内部への接触は

笑子の希求のものとは、考えがたい。

江崎の個人的嗜好を満足させるためのものでしかない。

そして、

もう一度「B」を「、B」の地点から振り返ってみると

江崎は「、B」「C」ランクの接触を得るために

笑子に「B」ランクの接触による快感を教えたという目的意識の有無によって

笑子への行為がどんな深度であっても、

やはり、これは猥褻行為に分類される。


笑子の希求に答えたといういいわけがいいわけとして成り立つまでの深度であることを

祈る俺と

既に江崎の行為によりCランクの肉体的接触を求めてしまう笑子になっているだろうことを

期待していると自覚の無い俺が

ドア一つをあけることを葛藤する時間は短すぎた。

俺が江崎に対してどうあるべきか。

笑子への行為がどういうものであろうと、俺の中でどう、結論すべきか、

俺自身が定まりきってない状態で

ドアを開けたのは、失敗だった。

そして、ドアの中の痴態が俺の感情も考えも何もかもふっとばした。

俺の股間で、ふくらみ出したものだけが、

俺の潜在意識が何であったかだけを教えていた。


笑子の腕がにゅっと天井に向けて突き出されると筋肉は

一瞬の躍動をささえることを放棄する。

ひらひらと笑子の腕がベッドにまいおちると、

先の獣の呻き声とともに、

笑子の両腕は天井を目指す。

繰り返される空中への浮遊は

水のないプールでの平泳ぎのイメージトレーニングにも似ている。

だが、それは江崎に与えられる鋭い刺激にあえぐ

笑子の抑揚のデモンストレーションでしかない。

江崎は笑子の鋭い場所をなでさすり続けている。

そう考えて間違いがないだろう。

俺はもう一歩、部屋の中に入り込んで

江崎の行為がどこまでのものか、はっきりと見てみたかった。

笑子の身体はベッドの後方にずらされている。

笑子の舞い上がる腕の位置でこれは、もう、判っていたことだ。

既に笑子の身体がベッドの足元にまでずりさげられているということが、

江崎の行為の種類を物語っていた。

だから、なおのこと、

俺はそれをみたかったのだろう。

笑子が女に目覚めあえぐ。

無機物でしかなかった笑子が

『女』であることを確認したかったのだろう。


笑子の尻はベッドのうしろへりで、とまり

男の性器にとって都合のいいベッドの高さが

江崎を立たせたままの形で

笑子への侵食を可能にしていた。

江崎の左腕が笑子の右足をもちあげ、

笑子の左足がベッドからぶらりとたれさがるにまかせたまま、

江崎の右手は笑子の鋭角をせわしなく、すりなでていた。

江崎の男の部分は笑子の内部に融合しているとしか判断できない密着をしめし、

通常、女に与える男の動きをくりかえしながら

「笑ちゃん・・・気持ち・・いいねえ」

赤ん坊に湯浴みをさせるかのようにかたりかけていた。


江崎のその言葉は、もう、何度かこういう行為を笑子に与えているということを物語っていた。そして、なによりも、笑子の反応。

男の物を飲み込んだ笑子の局所は「女」として、充分に開花している。

1度や2度の交接で笑子がここまであえぐだろうか?

「笑ちゃん・・いいね?・・いいね・・いいね・・」

江崎の声がうわずりだし、笑子へ与える振幅が早くなってくる。

「笑ちゃん・・いっちゃえ・・ほら・・」

江崎の声と与えられる動きに答えるかのように笑子は異様な声で笑子の絶頂を訴える。

「笑ちゃん・・いいね?気持ちいいね?・・いい・・ね・・いい・・いい」

笑子の内部がのぼり詰めだしている。

快感を与えている江崎の男の部分に笑子の内部の変化がつたわってゆくと、

江崎の問いかける言葉が江崎自身の訴えにかわってゆく。

女が頂点を極め始めるとその部分は男の動きにあわせて急速に収縮しだす。

それを、今江崎と笑子の満な部分で確認しあっている。

狭まってゆく膣にむけて容赦ない振幅を与え続けるとやがて、女は絶頂をむかえる。

収縮しきった膣が急にゆるみだすと、一瞬のちに収縮をとりもどし、また緩み、収縮する。

膣が細かな痙攣を繰り返す・・。

そこまで、女の到達をあじわいつくすまでに、膣の狭まりが男のかんをきわめさせる。

「いいね?・・いい・・いい・・」

もうこれ以上放出をおさえきれない状態なのだと繰り返される快いうわごとが俺の股間で直立したものをますますはりつめさせてゆく。

腕さえ上げ続けていられない笑子の性器内部の筋肉の不可思議。

人らしい生活が出来ず筋肉の萎縮を防ぐだけのリハビリを続ける笑子であるのに、

「女」になることは、いとも、簡単なのだ。

それは、人間が人間であるための生活に必要な筋肉と

本能が刻み付けた筋肉の違い?

笑子のその部分をして、

「人間としての希求」であるかとを問い直すこと自体、俺には無駄に思えてきていた。


笑子の身体の上に伸び上がりながら江崎が

「笑ちゃん・笑ちゃん・・ああ・えみ・えみ・えみ」

最後の動きに浸ることを赦さず

笑子の膣内から江崎の性器をぬきとると・・・

それがフィニッシュだった。

しばらく、笑子の腹の上に止まっていた

肉棒から・・吐き出されてゆくものに

染み渡らされる快感の余韻に

浸っていた江崎が身体を起し

笑子の腹の上にうちはなった精液を

始末しようとして・・・・。

俺の姿に気がついた。

だが、江崎は悪びれた様子一つみせず・・

俺にこう話しかけてきた。

「覗きかい?」

盗人猛々しいとは、こういう事だろう。

おまけに、その言葉は俺の自尊心を逆なでにした。

「俺が覗きなら

おまえは強姦魔だな」

言い返した言葉に江崎は取り合わなかった。

「お前も、その内、強姦魔の仲間入りさ。

だが、それは、お前だけで、

俺の場合は強姦じゃない」

笑わせやがる。

「お前がなんだっていうんだ?

まさか、セックス・ボランティアなんて、

言いぬける気じゃなかろうな」

「いいぬけ?

まさか?

俺はまさにセックスボランティアそのものでしかないよ」

あきれた。

いうに事かいて・・

奉仕だと?

肉体労働を無料で提供したんだ?

自分もいい思いをして

笑子をなぶりものにして

奉仕だと?

「それが何処までつうじるか?

笑子が奉仕を望んだって

いうわけか?

お前が勝手に「奉仕」にしてるだけだろう?

ただのおしうりじゃないか・・

いや、それよりも、もっと、たちが悪い・・」

「笑子はのぞんだよ・・これは・・笑子の意志による奉仕だ」

「ばかばかしい。

笑子が望むようにしこんだだけじゃないか。

それをもってして、のぞんだというのか?

罠にはめただけじゃないか・・」

「おまえ・・・

処女とやった事ないな・・」

あははと・・江崎が笑い出し

俺は江崎の笑った意味がつかめず、

たずね返すしかなかった。

江崎の言うとおり、

俺は処女とやったことがない。

だが、それが、何故笑子につながるのか、

俺には、ゆえに判らない・・・・。

「笑子は母親の折檻で

女性恐怖症を起していることをお前、わすれたのか?」

「いや?」

一層、俺にはわからない。

それが処女と何の関係が有る。

「俺が笑子に相当の痛みを与えたら・・

笑子が俺を恐れるようになると・・・

かんがえられないか?」

「あっ・・・」

確かに十分にありえる事態だ。

「だが・・笑子はその痛みをこらえ・・

次の時にも俺にねだってきた・・」

つまり・・・。

痛みを味合わされたはずの笑子であるのに、

笑子は江崎を怖れることもなく、

次の交渉をもとめた。

「セックスされたいという、

笑子からの要望でしかない」

そ・・そんなこと・・

証明できるというのか?

今になって初めから

笑子の希求であったと

証明できるのか?

俺は・・・何を証明したがっていたんだろう?

笑子の要望であると証明できれば

俺が笑子を抱いても

いい訳がなりたつと・・・。

俺は保障がほしかっただけじゃないか?

自分の気持ちに気が付くと

語るに落ちる言葉を吐き出すわけに行かず・・。

俺は黙り込んだ。

江崎はふふんと鼻をならし・・。

「おまえも、ボランティア活動に参加するなら・・

奉仕する側の自由意志で

活動の決定権があるとかんがえればいい」

ひらたくいえば・・・。

笑子をだいてみたいなら、

ボランティアとして・・

抱くことは通じる。

俺の頭の中でおきてくるパニックは

自制心と笑子への興味で均衡を失ったせいだ。

「中で出さないようにきをつけてやる。

それが奉仕の労働条件だな」

俺が笑子に手を出すことを見越し

江崎は必要条件を横流しにして

輪姦の如くに笑子をあつかい、

共有物でしかないと告げた。

「徳山も奉仕してるよ・・」


「なんだって?」

徳山・・が?

徳山までもが・・・?

二人して笑子を犯していたというのに・・・、

俺は何も気がつかず・・。

笑子に対して

清廉潔白をもって処していた・・。

守るべき筋もない笑子の操であるが・・、

それも、すでに貫通をうけ、

男の物によがる女でしかなくなっていたとも知らず?

あるいは、俺一人、つんぼ桟敷・・・。

「徳山・・は・・」

俺は何を聞こうとしていたのだろう・・。

徳山が自分で笑子を犯し始めたのか?

それとも、江崎が教えたのか?

そんなことをきいてどうなるという?

今更・・笑子が男の身体を知らない処女にもどれるわけもない・・。

徳山が江崎に教えられたにしろ、

笑子の変調に気が着いてのことにしろ、

自分が笑子に対して

どう接するべきかを決めるのは

徳山自身だ。

その徳山が

笑子を犯しその肉を味わうことを

選んだ・・事について、

俺が

何を裁くことが出来る?

性を希求する女を目の前にして

欲情をおぼえない男がいるべきだというべきか?

正論だけでなりたたないのが、男の欲望。

まして・・

笑子が徳山に対しても

性器を押し付けセックスをねだる行為を見せたとしたら

どこに正論がなりたつ?

江崎の言うように

「だいてやるしかない」

あくまでも・・・、

抱いてやる・・。

「俺はシャワーをあびにいってくる・・」

江崎はもう論争がおさまったと宣言し

下半身をむきだしたままの

笑子を残し、

シャワーをあびにいくという・・。

それは・・・つまり・・・。

俺の喉の奥が大きくごくりと鳴り・・

俺も笑子を抱きたがってると

江崎に暴露する・・

「ボランティアは本人の自由意志だ・・」

江崎は言い置くとドアにむかっていった・・。

ドアをあけると・・

俺にふりむいて・・・

「お前が、くたびれていないなら・・・、

もう少し・・笑子をみてくれるといい・・。

俺は仮眠室で横になっているが・・・?」

性交渉の邪魔はしない・・。

ゆっくり楽しむには俺が邪魔だろう・・・。

良ければ仮眠しておくが・・・。

江崎の言葉をけりかえせないまま、

俺はみじめにも、

「そうしてくれ・・」

と、江崎につげていた・・・。


江崎が部屋を出てゆくと

俺は笑子の傍らににじり寄って行った。

裸身のままの下半身から、目をそむけ、

俺は自分の自制心を取り戻そうと必死だった。


だが、俺の手は俺の自制心を簡単に握りつぶし、

笑子のまあるい胸のふくらみをつかみ、

指の隙間に乳首をつまみ上げ

かるく、ひねって、

笑子の反応をまちうけた。


「う・・お・・」

笑子はやはり

男をさそうかのように、

鼻にかっかった声をあげると、

江崎との交渉で見せた空中遊泳をはじめた。


笑子の手がひらりと舞い上がり

すとんとおちてゆく。


早く、抱いてくれと

間違いなく笑子が要求している。


俺は・・・。


ズボンの中で益々、膨らんでくる欲望と裏腹に

ひどく、殺伐とした思いを胸に抱きこんでいた。


通常・・。

病院などに長期入院している患者にとって

何よりも楽しみなのは、

食事だろう。


笑子に性を教え込みさえしなければ

笑子はひずんだ欲望処理の餌食にされることはなかった。

そして、三度の食事を楽しみにするだけの

憐れな消化器官を具有する物体として、

男の欲望にもまれもしなかった代わりに

食事を与えられ、厄介な生き物として事務的に

あるいは、機械的に満腹感を渡される。


これは・・、惨めじゃないか?


わずかながら・・・。

女として扱われる。

人間として対峙されるという部分だけにスポットを当てれば

笑子はセックスされることで、

笑子という存在としては、

最高に人間らしい頂上に立てているのかもしれない。


まして・・や、

江崎の言う通り

笑子の希求であるならば・・・。


笑子の意志でしかない。

笑子が望んでいる。


俺は手を胸から滑らし

笑子の秘部にふれた。


薄赤い肉の内部から

男の欲望を受け止めたいと

笑子のサインが溢れかえり・・。


俺はその透明の粘液を指に絡めると

笑子の肉の中に指を押し込んで入った。


女の持ち物でしかない。

ドコの誰とも変わらない

女の持ち物が暖かく俺の指をくるみあげる。


セックスを簡単に遊びとして

楽しむ事の出来る健常者が・・・。

憐れに男にだまされ、もてあそばれているだけのこともあろう。


笑子もまさしく、そうだ。


と、いえるだろうか?


食事以外の楽しみを知った。


笑子にとって

普通なら、けして、知ることも

与えられることも無かった快楽。


男が欲望処理のためであろうが

笑子には、

唯一の楽しい時間なのだろう。


そして、

男の勝手な道具にされる以外

笑子がその希求をかなえることは出来ない。


江崎のいう通り・・・。


セックスボランティア・・・。


笑子が望んでいるんだ・・。


俺は・・・

悲しい欲望を笑子にぶつけ

笑子はソレを高く受け止め


悲しい不協和音は

ただただ・・・、

笑子の満足の中にひたかくされていく。


俺は結局ぬきみを笑子の中におどりこませ、

江崎と同じように

「笑・・気持ちいいだろ?」

あくまでも笑子の希求をかなえてやる

優しいボランティアでしかないと自分を偽り、事を終えた。


江崎が笑子の傍らに置いていったままのティッシュボックスから、

ティッシュを引っ張り出すと

俺は笑子の腹の上に打ち放ったものを拭い去った。

精液を拭いさる俺の瞳から

ぽたぽたと落ちるものがあった。

俺は・・・。

なぜか、

とてつもなく、悲しく

とてつもなく、惨めだった。

笑子を介護してきたのは、

こんな事をするためじゃない。

所長にいわれたように、

少しでも、人らしい成長を促したい。

たしかに・・・。

これが、健常者であれば、

俺は「女」の部分での通常の成長と考えられたかもしれないし、

俺もレイプでしかない性交渉を

ボランティアなどと、誤魔化すことなく

かつ、後味の悪さを残さず

笑子の反応を小気味よくたのしめただろう。

だけど、俺の胸に残ったものは

笑子への哀れみしかない。

性を教え込まれなければ

笑子は廃人のごとくに生きてゆくだけだったろう。

レイプでしかない性を

それでも、それでも、笑子は楽しむ。

恋をして、

愛を育て、

そして、子供をはぐくんでゆく。

女の器官は

偉大な愛情表現と

命をはぐくむ責任を委託される

もっとも尊厳で崇高な側面を持っている。

なのに・・・。

笑子には・・・それらはいっさい与えられず、

男の欲望を宥めるだけの

呈のいい玩具。

それならば・・・。

いっそ、いっそ、はなから、

性なんかおしえこまず、

笑子も性なんか、憶えこまず

母親の折檻におびえたように、

江崎の破瓜行為におびえてしまえばよかったんだ。

なのに・・・。

それでも、

笑子の身体は「女」になりたがった。

どんなにか、痛かったろうに・・。

どんなにか、苦しかったろうに・・・。

なのに、

「女」が笑子を支配し、

男のものをうけとめたがる・・・。

「女」・・・になる事。

笑子・・・にとって、

それは、紛れも無い希求であり・・・。

俺達という、「男」は

「女」を前にして「男」になりさがるしかなく、

いいだせば、笑子自身が

人間としての尊厳を認識することもなく、

恋も愛も・・・一切の感情なぞ求める事も知らず

ただ・・・、女の器官に男の器官をぶちこまれれば・・・

それ・・で・・い・・い・・・。

こんな不毛な行為に・・・笑子は嗚咽をもらし・・。

俺はそれに加担する・・。

それで・・・それで・・・いい・・と、

笑子?

それで・・・いい・・・と・・・?

お前が

あまりにみじめで・・・。

そして、

そのお前を抱いてしまった俺がいまさら・・・みじめで・・・。

俺は落ちる涙を拭いもせず

笑子の身繕いをしてやり、

笑子の身体をきちんとベッドの上部に引きずり上げてやると

部屋から出て行った。

俺の胸の中で、この時は確かに

『ココを辞める』

そう決めていたはずだった。


此処は7月に賞与が支給される。

それをもらったら、

俺は此処を辞めよう。

そう決めて・・・

何事も無かったように

職場に入った。

さいわいなことに、俺はメインで笑子の世話を

する立場じゃない。

江崎が公休の時の代打になるわけだが、

それも、徳山と分割される。

だが・・・・。

やはり、順番というものは回ってきて・・・

俺の宿直当番と

江崎の公休が重なった。

笑子の父親は笑子を施設に放り込んだまま、

マトモに面会にも来ないうしろめたさを

拭うためか、

笑子に個室を与えるように支持して来ていた。

それが、結局

江崎の恣意を容易にこなす手伝いになるともしらず・・・。

そして、また・・・。

俺の意志に逆らう逆賊的なフェロモンに誘淫されることを

許す環境でもあった。

笑子の個室のドアをあけると

笑子は笑ったままの顔で俺を見つけ

手を持ち上げ始めた。

あげた手はすとんと力なく落ちるが

笑子は俺を見ながら再び手を上げる。

空中遊泳の手が何度も落ちてゆく。

黙って見つめていた笑子は

突然・・・

鼻にかかった咆哮をあげる。

催促だ・・・。

笑子の催促だ。

抱いてくれと笑子は俺を誘っていた。

俺は・・・

此処をやめる・・・。

江崎も・・・

徳山も

笑子への悪戯が露見すれば、

此処に居られなくなる・・・。

そうなったら?

甘い唸り声で俺を誘う笑子は・・・

どうなる?

俺は俺の頭の中に沸き起こった理解と

笑子の媚態を見比べる。

江崎がボランテイアだといった

その気持ちが突然、俺を包んだといっていい。

笑子は唯一の楽しみをなくす危険性を知らず

必死で咆哮をあげる。

抱いてくれ。

抱いてくれ。

と、無邪気に要求する。

あまりに邪気がなさすぎて・・・。

ゆえにいっそう、

そんなものを欲しがる笑子が憐れに成る。

俺が居なくなったら・・・。

笑子は自分を抱いてくれる存在をひとつなくす。

『ちょっと・・だけだぞ・・』

笑子の尿パッドを外し

陰部を清拭して、俺の指が

笑子の中にはいってゆく。

願いが聞き届けられはじめた笑子の満足そうな唸り声を

聞きながら

俺のこの思いは

確かに、

江崎のいうとおり

確かに

ボランテイアだと・・・思った。

だが・・・。

笑子の身体は

俺の指一つに

奉仕作業と呼ぶにふさわしくない反応を見せてゆく。

そっと、動かさずに笑子の膣内に差し込んだ指は

俺のうしろめたさだろう。

その指をうごかしてやって、

始めて笑子へのボランテイアになりえるのだが、

俺は動かしてゆくにためらう思いを払拭する何かを

探していた。

だが、その何かは笑子から授けられてきた。

俺の指をすするように

笑子の膣内が蠢き

俺の指を笑子の肉がしゃぶる。

与えられる以上に求めようとする

貪欲な欲求が

笑子の内部を蠢かせていた。

『笑子・・・?』

俺は・・・

もう、笑子に答えてやっているためか

自分がやりたいがためにやっているのか・・・・?

そんなことなんかもう、どうでもよくなる

衝動にひきずられ、

俺の下着をひきずりおろして、

ベッドの端に笑子の下半身をひっぱると、

ただの男と女・・・

欲情の雌雄が繰り広げる痴態にのめりこんで行った。



同じことの繰り返し

  同じことの繰り返し

    同じことの繰り返し・・・


ボランテイアの仮面をかぶって

笑子を蹂躙しつくす俺はいつのまにか

その主導を見失っていた。

笑子に性の歓喜を渡してやるだけのはずが

笑子の肉に溺れ

俺は今日も笑子をまさぐる。

「ちょっとだけだぞ」

笑子の精神年齢を例えれば

3歳児のそれと同じだろう。

陰部の清拭を終えると

ぐうと果肉をつまみ、

突出した陰核に指を沿える。

笑子の瞳が潤み

甘い咆哮と空中に腕が泳ぐ。

腕が泳ぐのは笑子の要求だ。

男の物がほしいとあえぐ

三歳の肢体不自由者の懇親のサインだ。

「欲しいんだろ」

俺はあいもかわらぬスタイルに変化を求める。

これさえ、既にボランテイアの域を脱し

己の嗜好を追従する『男』の表れでしかない。

いつもと違う恰好・・・。

笑子を俯けるとベッドの端まで笑子の肢体をずりさげ

高さをあわせるために、笑子の腹部に枕を差込み

笑子の果実に俺を挿入させる。

俯きの笑子はただただ、

蛙のようにベッドを泳ぎ

膣がみせる括約とは裏腹に

開け放たれた口から

咆哮と涎を垂れ流し

下半身の内部からは床まで落ちるような

透明の粘りが俺の躍動を自在に許す助けを与える。

「気持ちいいよな・・?」

笑子の内部が収縮を繰り返し

酷くしまってくる。

ソレが笑子の到達への開口・・・

「う・・お・・おお・・おお・・」

笑子の中が緩やかな収縮を繰り返し

やがて、血流の動きが俺のものにじかに伝わるほど

びくんびくんと蠢き

俺のフィニッシュを誘引する。

これが・・・。

健常者の・・・

俺の恋人であるなら・・・

どんなにか、結ばれあう喜びに浸りこめるだろう・・。

だが、むしろ、一緒にイクというより、

笑子の内部構造に俺のものが堪えきれなくなっていただけだ。

唯一の楽しみを最高に感受するため

笑子の内部は異常に発達し

俺はそのきわまりに飲み込まれ

「笑子・・ああ・・いいね?」

口だけはさも笑子へのボランテイアを装いながら

俺の下半身は極上の姦淫に酔うばかりだった。



7月いっぱいで、此処をやめる。

そう決めたからこそ、俺はいっそう、

笑子をかまいたかった。

俺が居なくなっても、徳山と江崎が

笑子の楽しみを継続させてゆくだろうから、

俺の必要性など、どこにも見当たらず

事実は、俺の欲望を満足させているだけに過ぎない。


ただ、俺は俺の中で

自分だけは徳山や江崎とは、

笑子への対峙感情が違っていると

自負していた。


奴らは笑子を呈のいいはけ口にしている。

比べ、俺は少なくとも

笑子に愛情とは、呼べないが

一種、情・・・。

情が映っているといっていいだろう。


それは、特殊な情といっていい。

笑子によって

男の部分を満足させられているからこそ、

沸いてくる類いのものだ。

笑子を義務的、あるいは、事務的に

あるいは、職務的に

世話をしているだけの俺だったら、

笑子の性への希求にほだされることもなく、

憐れを感じることも無かった。


笑子がもっとも、人間らしい本能に目覚めた事を

どこかで、喜ぶ俺がいるくせに、

愛をはぐくむ事のない不毛の行為に喜悦する笑子を

時に愛を融合させる行為であることさえ、知らない笑子を

悲しいと思う。


そのくせ、俺もまた、笑子をもてあそぶ。

その痛みを感じていることだけが

逆説的に

俺の笑子への情であるという。


だからこそ、俺にとっても、

笑子にとっても、

この行為の根底に

精神的なボランテイアが介在するといってもかまわない。


たちもしないいいわけと、

通じるはずも無い理屈。

簡単に理解できまい俺の感情と

到底、上手く説明できない俺の感情。


ただ、それでも、俺の姿を見つけると

いとおしい恋人のように

俺を欲しがり、俺を迎え入れる笑子に

男女の肉欲が呼応しただけのものとは違う

肌を触れ合ったもの同士だけに

うまれいずる「馴れ合いの情」が芽吹いていた。


だが、それも、

いずれ、オサラバ。


共に、この先をあゆむ事のない

パートナーに成りえない

対等にはけしてなりえない

ただ、与えるだけの笑子への

感情こそ俺に不必要で

俺は、やはり、仕事は、

義務的に

事務的に

職務的に

こなすのが自分を苦しめず

貶めずにすむと気がついた。


そして、

実生活・・

俺の個人生活において、

自分の欲望にさえ、うしろめたさをもたず、

真っ直ぐに結ばれる喜びにひたれる、

そんなパートナーをみつけてもいい頃だと考え始めていた。


俺の餓えと笑子の希求が

重なって、奏でたハーモニーは

不協和音として

いつか、俺の耳の底から零れ落ち

思い出したくても

思い出すことができない

遠い昔のメロデイになるだろう。


俺の中の感情に決着がつき、

俺はもうしばし、

笑子に快楽を奉仕し、

もうすこししたら、ここを辞め・・・


そうだな・・・

故郷へ戻ろうか・・・。


俺の予定が意外なことで

崩れ去ることも知らず

俺はまた、今日も、笑子を堪能し

行為を終えると

もう暫くの笑子との特殊な逢瀬で

笑子をどうたのしませてやろうかという、

「笑子のため」気分に浸りこんでいた。


笑子を抱くことも

あと、何度あるだろうか?


患者達が寝静まった廊下を

さかのぼり、笑子の部屋にたどり着く。


宿直の当番が俺たち3人の誰かだと

どうやってわかるのか?

あるいは、この時間まで焦がれる欲情に

眠れぬまま、俺たちの誰かが来るのを待ち続けているのか・・・。


笑子の部屋の電気をつけると

笑子が笑子のごとくに、

微笑んでいる。


それも、あと、何度あることだろう。


俺の後釜に入るだろう男もいずれ、笑子の渇望に飲まれ

笑子との交渉は

ひそかな3人の男の独占行為。


かすかな、嫉妬は

いつでも、自由に女を抱ける男たちへのうらやましさ。


それでも、

もう、こんな繰り返しにピリオドを打たなきゃ

あるいは、俺は笑子の従属的なしもべ。


『江崎や徳山に・・そして、俺の後釜に・・・』

下げ渡し、手放すに惜しいのは、まだ、俺の欲望が熱いせい。


「笑子・・」

呼べば

甘い咆哮が鼻にかかり、

笑子の腕が再び空中にゆらめき、

俺の物が再び笑子をうがってゆく。


ひそかな時間をおえると、

俺は宿直室の仮眠ベッドに身を横たえる。


目をつぶり、

浅い覚醒を共に何度かまどろみを繰り返すと

朝がやってきていて、

交代の時間までに、日誌を書く。

施設全体の入園者の様子を簡単に書くと

笑子の所見を書く。


微かに熱っぽいが、

微熱というほどでもない。

排便も正常。

食事もちゃんと食べた。

いつもとかわらぬ笑子である。


職員が出勤し始めると

俺に残った仕事は日誌を園長の元にとどけ

判をついてもらうだけ。

今、一切の責任は俺に掛かっているが

園長の承認により、

責任の所在が園長に移り

俺は仕事をきちんと終えたとみなされ

管理責任を問われることは無い。


だが、かすかな熱が気になった俺は

交代人員である徳山の出勤を待ってから

留意しておくようにじかに伝えてから

帰宅しようと徳山を待っていた。


ところが、

徳山の出勤を待つどころでない。

俺が日誌をとどけに行くより先に

園長から、呼び出しが掛かった。


事務室のドアを開けた正面の机から

園長が俺を見つめると

傍に来るようにと手をこまねいて見せた。


一礼を返しながら

「おはようございます」

の、口上をのべ

俺は園長の机の前にたった。


園長が話しだしたこと。

簡単にいえば、

俺の昇格・・・。

単純に喜べないのは、俺が此処をやめようと

決めていたから・・・。

そして、悪い事にこの昇格は俺の辞職を

反古にさせる事情の上に成り立っていた。


「実は、江崎君が退職することになったんだ」

え?

寝耳に水というのは、こういう事かもしれない。

俺の心中は複雑だった。

先を越された?

と、言うわけではない。

江崎が、俺のように・・

笑子との交渉に虚しさを感じながら

自分の欲望を抑えることの出来ない。

そんな自練磨から抜け出そうとしているとは思えない。

だが、事実は先を越されたという事になる。


だが、

江崎が何故、此処をやめる?

江崎の理由は俺とは、別の所に在るとおもいながら、

俺は園長からの説明を待った。


その事情をきいてしまえば、

やむをえないと理解するしかなく、

江崎が居なくなった穴を埋める人間は俺か徳山しかない。


俺は辞めたい。

心象事情と

江崎は辞めざるを得ない。

物理事情・・・。

比べてみても分かるように・・

俺の場合

心の持ちようで辞職を延期できるという事になる。

それに、

江崎と俺・・・。

二人がいっぺんに居なくなったら・・・。

徳山が困るだろう。

新人が俺たちの後を埋めるとしても・・・。

二人の新人を指導しきれない。

上に、徳山がメイン介護にはいる。

新人の育成に加え、

仕事のカバーリングもふえる。


そして・・・、

なによりも、

笑子は徳山だけの性具になる・・。


3人の共有物だったものが、

2人の共有物になったとて、

俺が抜けただけと考えられたものが

3人の共有物が徳山の独占物になると、

考えが俺の頭中をかすめたとき、

俺の胸に嫉妬がたぎり

悔しさに胸が現に鋭く痛んだ。


江崎の事情が俺を此処に居続ける名目をつくり、

俺は、

またも、ソレをいい訳にして

自分を説得し、

縮めた筈の触手を再び笑子に伸ばさざるを得なくなったと

笑子へのボランテイアをしぶしぶ了承する自分を装った。


「お母さんがねえ、もう、長くないって、いうんだよ。

故郷に戻って、親孝行の真似事ひとつでも、してやりたいってね」

おふくろさんは癌だそうだ・・・。


江崎が此処を辞める。

徳山でなく、俺がメイン介護に抜擢された。

もし、コレが逆だったら、俺も江崎の後釜の新人が

仕上がるまで、時期をずらし、その後辞めると、提言できていたかもしれない。


笑子の肢肉を思い浮かべる自分を噛み潰しながら、

俺の昇格と

やってくる新人の指導を訓じた園長に

深々と頭を下げた俺は

(辞職願い)を胃の腑まで、飲み込み落としていた。



江崎から、笑子のノートを受け取ると

俺はそれにゆっくりと目を通した。


毎日の体温。食事の量。排泄状態。


女性機能である生理の状態。


ことこまかく記載されてきた事実。


言い換えれば


江崎は笑子の介護に細心の注意を寄せていたと言える。


俺が見る限り、笑子が体長を崩したことが無かったが


これも江崎の体長管理が行き届いていたからだ。


他の患者がときに食あたりをして、


掛かりつけの病院から医師が往診にくることも見た事が有る。


それでも、笑子に医者が呼ばれたことも無ければ


ほかの病院に担ぎ込むことなども無かった。


これも、ひとえに江崎の管理の細かさを俺に知らせた。


レイプを繰り返してきた江崎であるが、


その裏側に


笑子への情愛があると俺の胸の底を撫で下ろさせた。


「もう、行くのか?」


「ああ」


言葉少なく頷くと江崎はなにか言いかけた。


「なん?」


「ああ・・」


言いよどんだ口元から、白い歯がこぼれると


「今度から、お前がそのノートをかいてくれる・・」


笑子を頼むという意味合いに含まれる事実を


推し量ってか江崎は笑子を頼むとは言わずに


「毎日、忘れずに所長の確認の判をもらっておけよ」


と、付け加えた。


所長の確認の判。


コレは大きな意味がある。


老人介護施設で食中毒で入所者が亡くなった事があった。


責任の所在や管理状態を問われた時


たった一つの判が


証拠になった。


いくら気をつけていても


いつなんどき病気になるか判らない。


その時に所長の判が管理が万全だったと証しだてる。


「保身って、いうわけじゃないけどな」


江崎がいくばくかいいわけがましく付け加えると


俺は


「あたりまえのことだ」


と、笑って、江崎のアドヴァイスに礼をいった。


それが、


まさか、


すでに


江崎がそのノートにより


自分を保身しきっていると知らず


俺は江崎に感謝し


江崎が笑子にしでかしたことは


純然に笑子へのヴォランテイア精神からでしかなかったと


信じることが出来た。


「もう、いいのか?」


笑子への最後の奉仕・・・。


「ああ・・・。もう、いい。

それにもう、俺は笑子の介護者でもないし、

ここの職員でもない」


あくまでも、奉仕。


笑子の希求に答えたのは職員としての職務の一環。


「そうか・・」


俺こそが・・・職務の一環として


笑子を抱いたんだと言い残して立ち去る筈だったと


逆の立場にたった江崎のセリフをききおえると、


江崎が


「元気デナ」


別れを告げた。


「おふくろさん・・よく、みてやれよ」


俺の言葉に


ありがとうと目の下を軽く指で押さえた。


江崎はこれでここでの職務を終え、


その日の昼には帰郷の徒になった。



江崎の代わりに俺が介護の主任格になったわけだから、


新しく補充された男は俺の代わりという事になる。


学校を出て、1年老人介護施設で働いただけだという、


まだまだ経験の浅い男は


笑子の介護補佐に従事することに


まず、驚いただろう。


「女性・・ですか?」


被介護者が女性ならば、女性の介護員が世話をするほうが


良いに決まっている。


そこで、笑子の経歴が説明され


男性職員でなければ


介護にあたれない理由に納得する。


納得はしてみたものの


実際・・・・。


実際、うら若い女性の下半身の世話までやりこなすという


事実に彼は随分とたじろいだ。


彼の職務は笑子だけのことでなく


ほかの入所者への色々な配慮ができるように


患者個人にまつわる予備知識を収め


筋肉萎縮を少しでも防ぐための


リハビリやマッサージや簡単な運動を施し


言語中枢を刺激して少しでも言葉を発し


自分の意思を伝えさせるための


言語訓練もこなす。


他の患者への指導や介護。


そして、逐一他の患者への留意点や


此処の方針。


彼が覚えきるより先に


仕事の方が彼をせっつき


俺も徳山も彼への指導に追われ、


日々があっというまに流れ


なんとか、


彼1人でも仕事をこなし


安心して仕事を任せられるといえるところまで


二月近く掛かったと思う。

 


昼からの交代で俺が出勤した時


丁度、彼が笑子の下の始末をしている所にいきあたってしまった。


「ああ、もう、交代だろ。


あとは俺がやってやるから、帰りゃいいぞ」


後輩らしく、新人らしく


彼は


「いえ、ちゃんと最後までやってから、かえらせてもらいます」


と、笑子の排便の跡をふきとりだした、その時だった。


「おお・・うお」


笑子の手が空中に伸び空気をかき回す。


俺の内心・・


一つの疑いが出てくる。


こいつ・・笑子に悪さをしかけたか?


それとも、笑子の食指が蠢き


抱いてくれのサインをおくっているだけか・・。


どちらにせよ、


笑子のサインの意味に彼が気がつくのも


時間の問題だろう。


「あ?ごめん・・くすぐったかったかな?


すぐ、おわらすからね。


きれいきれいにしようね」


赤ん坊にでも語るように笑子に喋りかける彼には、


どうやら、まだ、笑子の咆哮の意味も


空中遊泳の腕の意味も分かっちゃいないようだ。


「あの・・ところで、


恵美子さん・・ちょっと、おかしくありませんか?」


恵美子のパッドを換えおわると


排便で汚れたパッドを始末しながら


彼は俺をふりかえった。


「おかしいって?  どう?」


空中遊泳の腕の動きにこめられている欲情という秋波にかんずいたのか?


いつか、俺がかんづいたように・・・。


疑問を解明しようと車をユーターンさせた俺が


江崎の事実を目撃し


そして、笑子を抱くようになり・・・。


そして・・・。


こいつも・・・あの時の俺と同じ・・・。


いっそ、共同謀議?


仲間に入れるか?


勝手に暴走させるか?


ボランテイアだという説得を与え


大義名分を施すべきか?


一瞬のうちにからからまわる俺の回転とは


別の所見にたったセリフが彼から吐き出された。


「体・・具合・・おかしいですよ。


けだるそうで・・なんか、病気の兆候じゃないんですか?


貧血とか?


あの・・。さしでがましいですけど・・。


血液検査・・してもらったほうが・・・」


「う・・ん?」


彼への指導にかまけてもいたし


笑子への観察が怠っていたのは事実だ。


それでも、いつものように宿直の夜は


笑子をだいてやった俺だから・・・


別段、彼の言うほどの変化は読み取れず


むしろ、江崎が居なくなった事に


笑子がいくらか傷心していると思ったから


かなり、しつこく笑子をいたぶって、満足させてやることに努めた。


だから、その高揚のなごりにより・・・


笑子がけだる気なのだろう。


多分、徳山も江崎の分をうめるほど


笑子をかまっているだろう。


おそらく、俺も徳山も


江崎のセックスを恋しがる笑子をみたくなくて、


精一杯、いつも以上に笑子を丹念に上り詰めさせている。


「来月初めにまた検査があるから・・そうしよう」


「はあ・・」


幾分か不服そうで、不安そうであったが、


もう、4,5日すれば、二月に一度の血液検査の日になると


判ったら、彼もごり押しするほどでもなく


「心配しすぎでしたか?」


と、俺に尋ね返してきた。


「いや、大事な心構えだと思うよ。


ただ、笑子が元気が無いのは


前任の江崎が居なくなって寂しくなってるんじゃないかと思うんだ」


「あっ!!  なるほど!!」


ポンと手を打つと


「じゃ、大丈夫ですね。それじゃあ、帰ります」


使用済みのパッドをダストシートにくるんだのは、


階下の処理庫に放り込んでゆくつもりだろう。


ほっと、安心した顔を見せながら


彼はノートに排便の時間帯と便の様子を書き込んでいった。



その夜・・・当直の身分を随意に

俺は笑子をまさぐり出していた。


俺を煽ったのは、笑子の空中遊泳の腕の描画のせいじゃない。


昼間の新人の言葉に俺は翻弄されていたと言っていい。


江崎が恋しい・・


俺が吐き出した返答に俺の独占欲?


いや・・・、

少なくとも俺には、笑子を独占したいという思いはない。

的確にいうのなら、

所有欲・・と言うべきだろう。


笑子にセックスを与え

俺に与えられた快感に酔う笑子が

江崎を慕う。


俺は笑子にとって

一物という道具でしかないのか?

俺が道具なら主従関係は一転し

俺が笑子に所有されている事になる。


飼いならした犬が

主人を引きずり歩く・・・。


所有欲以前に所有の位置が逆転して行くのは

江崎・・への思慕が笑子にあるからだ。


笑子の思慕を得たいというのは、

恋愛感情とは、また別の位置にある。

だから、それこそが、

所有欲が満足させられず

沸点を得ない男の足掻きとも嫉妬とも言える。


嫉妬・・・


それは笑子により

江崎という男のもつセックスへのやっかみ?


「江崎がいいか・・・?」

呟いた言葉が自分の耳に届き

俺はいっそう焦燥にかられる。


大体・・・江崎はお前を痛めつけ

お前に無理やり性をおぼえこませたんじゃないか?


お前はその性におぼれるだけならまだしも・・・、

江崎を慕う?


ばかげている。


お前をおもちゃにして

自分の欲を漱ぐだけの男に

なぶられることを望む?


「お前に・・・」


江崎はどうやって・・性を教え込んだ?


おそらく・・・、


「こう・・・」


笑子の内股の肉襞に隠された鋭敏な場所に

指をあてがい・・笑子を刷りなで上げてゆけば

笑子の嗚咽が咆哮に変わり始める・・・。


何度も甘く鋭い接触を与え

江崎は笑子の洞の中に指を入れ込んだだろう・・・。


パブロフ・・の犬の条件反射の如く

甘い侵入を繰り返し

最後に・・・

江崎は笑子の中に男を突き入れた。


その痛み・・・に耐えて

笑子が江崎を受け入れたのは

快感と性への希求だけだろうか?


俺はそれを確かめるのが怖かった。


笑子に苦痛を与えたら

笑子は俺を恐れるようになるんじゃないか・・・?


ただ、その怖れのために

俺はひたすら

優しい交渉を渡していたけれど・・・・。


所有・・・。


笑子が俺に所有されているといえるなら

笑子は

俺が痛みを与えても、俺に従属する。


俺の嫉妬が

所有権を笑子に見せ付けるために

俺は笑子を痛めつけはじめていた。

俺を恐れるようになるか・・・。

俺の一挙を受け止める従順な「女」であるか・・・。


俺の所有・・・「笑子という女」


これを見据える事になるか・・・


一か八かの

賭け事は

笑子の胸の先の突起を思い切り

潰すが如く所作から始まった。


「う・・あう・・おう・・」

痛みに抗いながら、笑子は腕を伸ばし

俺を要望すると訴えた。


血が滲むほどに

乳首の先に爪を立て

陰核にも同じ所作を施したが


笑子はやはり・・・

それでも

笑子の中に男根を入れ込む俺を望み続けた。


「笑子・・・」


女のいじらしさと言っていいのかもしれない。

笑子の中に育っている「女のかわいさ」が

俺を欲情させ

江崎も・・・その笑子に

一種・・・愛しさをかんじさせられていたのかもしれない。


「おまえ・・それでも・・・」


江崎の破瓜行為がいかほどのものだったか

俺は想像すらできないが・・・。

それでも・・・

「こいつが・・・欲しい・・か」


可愛い女を宥めてやる男の道具を

笑子の中に埋め込むと

俺は躍動を繰り返してゆく・・・


こんな風に笑子は初めての交渉とて、

痛みと血だらけに成りながら・・・

江崎を受け止めたのだろう・・・。


だが、今、少なくとも

俺の「女」


痛みさえ忘れ果てるほどに

成熟した女は一層

男に貫かれ悶え狂う・・・。


笑子・・・。

俺の・・・


たとえ・・・お前を女に仕立て上げたのが江崎であっても


お前を支配するものは・・・「これ」

「これ」の動きを鋭くしてゆけば

猛りを抑え切れぬまま、

俺は笑子の中に放ってしまった。


その後に

俺は

やっと、

我に返った。



まずい・・・。

衝動がおさまったあとの後悔は

今更取り返せる事実ではない。


妊娠・・・の一文字が俺の頭に大きく浮び

俺はその可能性が無いことを確信したくて、

笑子の日誌を取り出そうとした。


だが・・・・。

俺が江崎と交代してから・・・、

笑子の生理の処置をした・・覚えが・・ない。


新人の育成や笑子へのメイン介護や

そして、俺の底に渦巻いていた江崎への嫉妬・・・。

こんなものに振り回され、

俺自身が忙しさに取り紛れていた。


確か・・笑子の生理を書き込んだ覚えが無い。

だが、

徳山や新人が処置して書き込んでいたのを

見逃しているのかもしれない。


生理の周期を調べて

今回の失敗が

大事件に発展しないことを確認しようと

日誌を広げた俺の目に

この二月近く・・・笑子に生理が無かった事実だけが飛び込んで着ていた。


最後の生理は

江崎がやめる直前・・・。


笑子の生理がそうだったか

俺の記憶も曖昧だったが

一つだけ・・・・

俺は思い当たった。


すでに・・・、笑子は江崎により妊娠しているのではないか?


だから・・・、今日の失敗は

妊娠に結びつかない。


仮に今回のことで笑子が妊娠したとしても、

それを

江崎のせいに出来る材料がここにある。


不安をためこむより・・・よほど。

願わくば・・・

既に笑子が妊娠していれば・・・良い。


俺はそれをはっきりさせるためにも

笑子の妊娠の事実を確認するために

薬局に

妊娠判定の試薬を買いに行こうと

ドアを開け

笑子の個室から

一歩廊下に足を伸ばした。


体が半分も廊下にでないうちから、

俺の身体は硬直し

俺の脳裏は・・・真っ白になった。


なぜならば、

ドアの向こうに

所長が立ち尽くしていたから・・・・。



「あ・・」

俺の頭に江崎と笑子の交渉を目撃したあの日のことが

蘇ってきていた。


所長はすべてを察している。

俺がこの個室の中で笑子に何をしていたか・・・

全てを察している。


「おかしいな・・と、思っていたんだ」


きっかけは笑子の定期健診だったという。

年頃になった少女の生理周期が崩れていた。

生理異常から、

子宮などの病気も検診の対象にすべきだと

所長は婦人科の検診も定期健診の項目に加えた。


そこで、婦人科のドクターに告げられた事実。


「彼女は性的暴行を受けている」


ドクターの触診に笑子は腕を上げ

セックスを要求して見せた。


はじめは、笑子のとっぴな行動が

何を意味するか、判らなかったドクターだったが・・・。


乳がんなどのしこりを調べるだけだったのに

笑子の瞳はとろりとした快さによいはじめ

膣磯鶏部への触診にいたって

腕が舞い上がり甘ったるい咆哮が繰り返されると

それがセックス要求のサインであると確信され

恐らく、職員の誰かが

彼女に性を教え込んだ末の所作としか考えられないと

告げられたと所長が話し始めた。


「まさかと思った」


自分の職員を疑う。

そんな構造では施設の維持管理から成り立ってゆかない。


「とにかく、信じようと、考え直した」


笑子の行動は秘部に触れられたことへの

驚きの表れでしかない。

所長の宥めが均衡を崩し始めたのは

笑子の日誌のせい・・・。


「生理がずいぶん・・・滞っていた・・・」


まさか、妊娠?

不安な事実を確認するのは

簡単なことだが・・・、

それより以前に

性的暴行・・・の事実を確認しなければならない・・・。


そして・・・、

祈る気持ちで廊下に忍び寄った。


単なる生理異常・・・。


そう信じたい所長の願いを虚しく崩れさす

ドアの向こうの男と女の痴態・・・。


「妊娠・・の可能性が高い・・・だろうね」


暴行・・・レイプについての責任問題より先に

笑子の妊娠が事実なら

このままでは、とんでもない事になる。


「まずは・・・妊娠の有無を確認。

その後に君への処遇を検討する」


お、俺は警察につきだされるってことか?


「所長・・・コレは・・・あくまでもヴォランテイアです。

それに・・・、

笑子が妊娠してるとしたら・・・父親は

江崎です」


俺の悪あがきに所長は悲しく首を振った。

「そんなことが・・・通じると思うかね?

それに・・・、

その日誌が江崎君は父親にはなりえないと証明しているんだよ」


「え?」


どういう事だ?


腑に落ちない俺を見て取ると

所長はすまなさそうに、首を振った。


「確かに・・・笑子君に性的暴行を繰り返し

性を教え込んだのは

江崎君かもしれない。

だが、

もしも、笑子君が妊娠していたとする。

裁判沙汰に持ち込んだとしても

この日誌が

江崎君が此処をやめる直前に

笑子君に生理があったと証明しているわけだから、

江崎君が父親に成る可能性がない・・・。と、みなされる。

それどころか、

むしろ、君とメイン介護を交代してから

生理が途絶えていると

日誌が証明してしまっているんだよ」


つまり・・・

俺が犯人だと濡れ衣をかぶるしかない?


所長の腹のうちは読める。


江崎の日誌が確たる証拠になる・・。


これは、嘘だといっていい。


だが、その嘘を嘘だと、証明するためには


所長が盲判を押していたことを

認めさせるしかない。


従業員の勤務日誌を

勤務内容と照合せず、確認判をおしていたのが、所長だ。


所長は自分の保身のために

なにがあっても、

盲判を押していたとはいいはしない。


いや、いえはしない。


園の存続と

所長の地位を護るためにも

所長は日誌を確固たる「本物」にしておきたいんだ。


だから、

俺が笑子に交渉を課したその明白な事実を

種に

引き戻すことの出来ない事実/笑子の妊娠があるのなら、

いやが応でも

俺を犯人に仕立てるしかない。


だが、俺には異議がある。

俺が所長の盲判、

つまり、所長の管理体制を白日にさらされても、

所長も困る。


一計を案じる前にまず、実際の笑子の妊娠の有無。

これが、詮議される。


もしも、笑子が妊娠していなければ・・・。

俺は解雇か?


そして、レイプの事実は闇の中。


だが、

もしも、笑子が妊娠していたら・・・。


責任の所在を問うにまず、笑子へ性交渉を与えた人間が

誰か・・・。

父親さえわりだせない状況はもっと、所長を追い詰める。


俺を無理やり、江崎のかわりに父親に挿げ替えた所で


あとは、どうなる?


笑子自身・・母親になることは困難だろう。

俺が・・

赤ん坊を育てる?


つまり、

それは、笑子がレイプされていたことを

世間に公表する結果になる。


それは、おそらく、所長の望む所じゃない。


そうなると、笑子に堕胎を強いるしかない。


ところが、

未成年の堕胎には、親の了承、確認、同意が必要になる。


ここでも、所長は自分を脅かされる。


事実を白日に晒さず

堕胎を敢行する・・・・。


そんな都合のいい解決方法があるだろうか?


あればいい。


なければ・・・。


俺を生贄にする。


そういう考え方のために

わざわざ、俺の現場を押さえたんだ。


俺は

自分が重油の海にもぐりこんだ

馬鹿な海鳥としか、思えなかった。


人が撒き散らした重油の下で弱りきった小魚を

餌食にしようと、

わざわざ、どろどろの海に

自分から首を突っ込んだ

馬鹿な・・・海鳥。


「とにかく、まず、笑子君の検査をしよう。

その結果からじゃないと

君の先行きは、きめられまい?」


含んだ所長の物言いに

かすかな期待を感じたが、

一縷の活路をはかってみることよりも、

俺は

自分の馬鹿さ加減にいまさらの如く

うちのめされていた。


事実はいやおう無く現実をつきつけてくる。


笑子の妊娠・・・。


これは・・・、


逃れようもない現実として


俺を押しつぶす事になるはずだった。


ところが・・・・。


俺は・・・


あの当時のことを


今、思い返しても・・信じられない。


信じられないが


所長の措置によって、


俺は今も、名実ともの


ヴォランティアとして、


介護の仕事を続けている。


あの時・・・・。


笑子の妊娠を医師から告げられた所長が


断行した措置。


それは、笑子の堕胎と同時に


笑子の妊娠機能を閉鎖することだった。


笑子の保護者から笑子への手術の許可を得るために


所長は笑子の病名を工作した。


間違っても、妊娠の挙句の堕胎措置などといえるわけがない。


事実を告げれば、


それを種に、慰謝料だって請求できる今のご時世だから、


どれだけの負債をおわされるか。


上に、園の名誉も地に落ち、


他の入園者も懐疑の目を向け


些細な事でも、見逃せなくなる。


不安を背負い込むために


入園させたんじゃないと、


別所へ移るものも、出てくるだろう。


所長自体から、役職の総入れ替えが断行され


所長は路頭に迷う。


園の存続が危ぶまれる。


これを回避するに、


笑子の事実をわずかに改ざんするは、


やむをえない心情と事情として、


俺も理解でき


納得できる。


だが、


偽装工作の病名。


子宮筋腫・・・。


腫瘍は悪性。


笑子の子宮摘出は、断をやむなきとして


保護者から


手術の許可を得ていた。


そして、


手術は堕胎を含めた


子宮摘出が行われた。


書類上の不備は無く


所長は医師への、裏工作にどれだけの出費をおったのか、


俺にはわからない。


ただ、わかるのは


「笑子君を、女性としての人間性に一歩でも近づかせたい」


と、言った所長と全く正反対の決断を選んだという事だ。


それは、


笑子の身体のために


人としての、最低限の身体機能の保護をするために


必要な措置だったといえるかもしれない。


この先、笑子を介護する人間は


笑子の強請りに気がつき


性交渉を与えるだろう。


挙句、また、いつ妊娠するかわからない。


そのたびに、医師への謝礼と口封じ。


保護者へ・・どういう理由で手術の許可を作るか。


そして、なによりも、


笑子の身体。


堕胎を繰り返していって


はたして、笑子は健康で居られるだろうか?


所長の選んだ措置は


行き過ぎた部分があるにせよ、


まちがっちゃいないと俺は思った。


ただ、


所長の理念が崩れ


笑子は性玩具のように扱われる女さながらに、


妊娠の危険性を取り払うことだけを


優先され


その身体は


名実共に


性玩具という商標に登録された事になる。



俺の措置は・・

結局、何も無かった。

何の変化も

降格も謹慎も減給も・・・いっさい無かった。


所長は何も無かったことにしたがった。


だから、

俺の措置もなにも問わないことで

俺に暗黙の枷をはめた。


俺がその枷に気が付くのは、

もう少し後の事になる。


なにも、無かったことにするためにも、

俺は

あえて、徳山の事実も話さなかったし

堕胎された水子の性別も何ヶ月になっていたのかも、

聞かなかった。


おそらく、江崎が父親であってもおかしくない

過月になっていただろうし、

もっと言えば

DNA鑑定でも、すれば

間違いなく江崎が父親であるとわかったことだろう。


だけど、それも、俺は要求しなかった。


しいて、言えば

俺の良心の呵責による。

逃げた江崎と

俺との差は五十歩百歩。


妊娠という事実が闇に葬られたのなら

残るのは

罪だけ・・・。


罪の違いに大差がないのなら、

俺はせめても潔くありたかった。


所長の恩情といっていいか、どうか、判らないが

その保護に甘んじ、

今までどおり、俺は園に勤務し続けている。


笑子の手術を知った徳山だったけど、

徳山は裏の真実を知らない。

ただ、

「どおりで、生理がおくれてたんだな」

と、頷いた。

つまり、徳山は笑子が妊娠するような性交渉を

与えてないという事になる。

妊娠をうたがわなかったのか、

疑っていても

結局、所長宜しく俺が犯人だと決めてかかれる思い込みと

自分のせいじゃないといいきれる交渉の仕方をしていたという事だろう。

妊娠という事になっても

浮上するのは俺だと徳山は思っていたのかもしれない。


確かに・・・日誌上のことを言えばそうなる。

ヘタに逃げ出せば徳山も言及されるだけ。

いわずもがなを露呈する馬鹿も居ないってとこだ。


そして・・・。

徳山は確かにこう、付け足した。

「子宮摘出・・・笑子は妊娠しないってことだ」

徳山が

不安と危険を持たずに

笑子を蹂躙できると言ったように聞こえたのは

俺の心底が共鳴したせいだろうか?



育むことを知らない性。

生み出すもののない性。

それは、通常の女性にとっては

不幸そのものでしかないかもしれない。


だけど・・・。


笑子にとって

欲求は性欲という純粋なものになりえるという意味では

あるいは、

希求は混ざり毛のない蜂蜜のように

かぐわしい香りをはなち、

笑子の心底からの訴えは、笑子そのものになる。


それは、あるいは、笑子にとって

しあわせといえるかもしれない。


俺はそんな風に徳山に共鳴した自分の愚劣な部分を

正当化するようにつとめていたけれど、


手術から、二日もしないうちに

担当医から、連絡が入った。


笑子が暴れる。


所長も俺も大事なことを忘れていた。


笑子は女性の手を嫌う。

女性の介護を恐れる。


笑子の付き添い介護に出向くか

あるいは

園に戻して、担当医の往診をねがいでるか、

まずは、笑子の状態をよくきいてから決めればよいと

所長に促され

俺は担当医に会いにでかけた。


あばれる笑子をなだめきれて、

安心感を与えられるのは、今は徳山か俺しかいない。

所長は苦い思い半分で俺を選んだのかもしれない。

ひたかくしにしている事情をわかっているのは、

俺しかいないわけだし・・・。


俺は笑子を見舞う前にまず、担当医の元へ足を運んだ。


そこで、聞かされたことは

俺を震撼させるに十分で

そのあと、笑子の病室に入っていったけれど、

笑子が俺を見つけて

笑った顔が早送りのフィルムのように

俺の脳裏で途切れずずううとつながって

俺にいまでも、くっきりと、その時の衝撃と

笑子の笑いをよみがえらせる。


そう、俺は、

笑子の笑いによって、

初めて自分にはめられた枷にきがついたんだ。


担当医の話はこうだった。

「笑子さんが暴れるのは女性の看護のせいばかりじゃないんですよ」

「と、いいますと?」

「性的欲求の解消をのぞんでいるんですよ」

「え・・・ああ・・はあ」

そうかもしれない。

見知らぬ場所に行った笑子が見渡せば

交渉を与えてくれるいつもの男がいない。

要求のサインの腕を上げても、誰も取り合わず、

笑子の感情は無視され、

己の存在認識さえ定かでなくなる孤独。

隔離されている存在になった自分への不安と寂しさ。

笑子は暴れることで

俺達を呼ぶか、希求を叶えろと訴えたのだろう。


「無穴症って、ご存知ですか?

女性の局部がふさがっていて

文字通り、穴が無いという病気があるんですが・・・。

そんな症状の女性がね・・・。

年頃になって、性への欲求を体内に発動させることになると・・・、

何も無い場所になにかをおしこもうとして、あげく、

血だらけになって病院に運び込まれてきた・・・という事が

実際に当病院であったのですが・・

笑子さんの状態もそれによくにているんですよ。

一度、性を教え込まれた人間はもう、後に戻れないとは言いますが

さっきの事でもわかるように、

性を知らないはずの人間でさえ自分をきずつけてまでも、

性にとらわれるものなのですよ。

笑子さん・・・と特殊な関わりを持った、持たない、

こんなことを責めようとか

白黒はっきりしろとか、いってるんじゃないんですよ。

笑子さんを介護してゆく上で

むしろ、あえて、性交渉が必要になってくるという事です。


それが、出来なければ

無穴症の女性のように笑子さんは

何らかの形で自分を傷つけてゆくのです。


じっさい、身体の自由が利かない笑子さんが

自分で自分を傷つけるのも容易じゃないわけですから・・・・。


今・・・こうやって

暴れるという行動も笑子さんの精神が均衡をくずしているという意味で

これも、自分を傷つけてゆく代償行為なのです」


つ・・・つまり・・・。

ソレを回避するためにも・・・

俺は笑子にこの先もセックス・ヴォランテイアをつづけてゆかねばならない?

俺の意志でなく・・・。

笑子の意思に牛耳られ

俺は笑子にセックスを奉仕する・・・ヴォランテイアという名前の性奴隷?


徳山の言うように

俺が思ったように

笑子が性玩具でなく

およそ、人間らしい意志を持たない

精神障害者の下僕・・・性玩具に成り下がるのは・・・


俺の方?


ふらふらと立ち上がった俺の脚が笑子の病室を目指し

ドアを開けた俺を笑子がみつけると

頂戴と伸ばした腕の向こうに

思い通りになったといわんばかりの笑子の微笑があった。


                   終

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笑う女  @HAKUJYA

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