第45話 それまで/これから


「いいじゃねえか。確かにお前は高慢な勘違い野郎だったんだろう。だが、もう変わったんだ。変われたんだからよ、それでよしとしようぜ」


「高慢な勘違い野郎! あはは、本当にそのとおりです。こんなに的確に昔の僕を言い表した言葉もないですね。なかなか面と向かって忌憚のない意見をくれる人っていなかったので、新鮮です。あなたに出会えてよかった。あなたは僕を恩人って言いましたけど、僕はあなたに新しい価値観を与えてくれた恩を感じてますよ」


 人魚の男は小さな口を限界まで開けて豪快に笑いました。癖毛の男は言いすぎたかと焦っていましたが、そんな事はなかったようです。


「そうか? でも、お前は自分で気付いてたじゃねえか。俺に出会うまでもなくさ」


「うーん……。まぁ気付いてはいたんですけど、あなたに話す事で、やっとアイツのすごさを認められた気がするんですよね」


 真剣に考える人魚の男を見て、癖毛の男は思います。『こんな統治者のいる国に生まれてきたかった』と心から。彼の故郷に限らず、世界中では独裁政権が敷かれ、一部の上層階級による富の独占や差別、雇用などの生活に直結する問題に人々は苦しめられていました。実に荒廃した時代であり、それらの諸問題も海賊が激増した原因のうちでした。

 

「過ちに気付かねえまま死んでいく奴も、気付けはしても後悔も反省もできねえ奴もいる。……そういう奴らがなんの罪もない人たちを傷付けて苦しめてるんじゃねえかと俺は思うよ。お前の場合は立場が立場だしな、他の奴らに与える影響力はでかいだろう。昔はそれが悪いほうに働いてた可能性も否めないが……。これからはお前が中心になって、どうとでも変えていけるんじゃねえか? 『本物の平和』とやらへの道筋だって少しずつ見えてきた気がしねえか?」

 

「……そっか。いまの聞いてて、なんとなくわかってきました。僕は、隣の国の人魚と人間あなたたちを重ね合わせてるのかもしれません。近くにいるのに、本当の意味で隣人に……誰より遠い存在として。そう考えると説明がつきます」

 

「過去形か?」


 癖毛の男は、海賊然とした笑みをにやりと浮かべます。


「もちろん過去形です。先の事はわかりませんし、自分次第……ですよね?」


「ああ」


 癖毛の男は肯定します。ですが、内省的な人魚の男は再び自己分析を始めてこう言いました。


「あなたを助けたのだって、僕なりに異種族との間にある溝を埋めたい気持ちがあったんじゃないかなぁって。ちょっと打算的ですね」


「打算だけで人助けなんざできねえさ」


 と、またも卑下に走りかけた人魚の男を躱すと、癖毛の男は浮上してきたある仮説を口にします。

 

「…………待てよ? 思ったんだが……考えようによっちゃ、そいつも俺の恩人なのかもしれねえな」


「どういう事ですか?」


 人魚の男は突拍子もない発言にきょとんとしています。彼の脳内では、かの人魚が溺れた癖毛の人間を救助している映像が駆け抜けていきました。


「そいつがきっかけでお前はいまみたいに……種族の壁を気にしないで誰とでも交流するようになったが、それまでは自分と同じ国に住む人魚以外を見下してたんだよな? …………普通、自分より下だと思ってる奴が溺れてても、助けようなんざ思わねえだろう。見過ごしたはずだ」

 

「やだなぁ。さすがにそんな事…………あった、かもしれませんね。嫌だなぁ、昔の自分……。大っ嫌いだなぁ、ほんと!」


 やや大袈裟なほど明るく大きな声で繰り返す人魚の男。癖毛の男は、何度も過去の自分を否定する彼に対して湧き起こった疑問を呈します。

 

「でも、完全にお前だけのせいってわけでもないだろ。その軽侮は。もっとフラットな歴史を習ってたら、そこまでひどい敵対心を持ってなかったんじゃねえか? 同じ国の大人たちのせいにしても、なんらおかしくはねえところだが、お前はそういう事はないんだな」

 

「実は……前までは、ちょっとわだかまりがありました。そういう偏った思想を国民に教え込む利点もわかっちゃうから、なおさら」


 どこまでも嘘のない人魚の男は、隠し事さえもできないようでした。そのうえ、快く思っていない相手の事も極力悪く言わないように配慮している事が、その慎重な物言いから伝わってきます。

 

「でも、それ以上に……一時でも、大人げない大人たちのちゃちな嘘に踊らされてた自分を許せないんです。だから、私怨なんでしょうね。公園を国境として打ち立てる事でお茶を濁して、戦争が終わったみたいな顔してるひとたちに対するこの苛立ちは。それでも、こんな因縁を次世代に受け継いじゃいけないと思うから、やれるだけやってみます。まずは……久しぶりにあの公園にでも行って、アイツを待ち伏せでもしてみようかなぁ。一人でいれば、向こうも気負わずに話できるかもしれませんし」


「いいアイディアだな。頑張れ」 


 爽やかに言った人魚の男に、癖毛の男も偽りのないエールを送ります。と、彼は少ししてから今度は毛色の違う質問を人魚に投げかけました。

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