第40話 疑惑に動機


「はい。症例としても同じ事が起きてますね。足がヒレになるとか水中でしか暮らせなくなるとか……そういう生物としての分類が変わっちゃうような変化はないけど、みんな年を取らない体になって、普通じゃ考えられないほど長生きするようになるって……。ひと口食べただけでもそうなるって言うんですから、すごいですよね。でも、原因までは究明されてなかったと思います」

 

「ちなみに、それはいつの情報だ?」


「えっと……いま言った事でいちばん新しいのが摂取量の部分ですね。確か百年くらい前に発覚した事だったでしょうか……」


「つまり、それ以降は目立った進展がない…………」


「そうなりますね。人間が人魚を食べたときにどうなるかって事自体は、ずっと前にわかってたみたいなんです。でも、肝心の研究がなかなか思うように進んでなくて……。深海の権威が集まっても、いまだに謎が多いんですよね。……不自然なくらいに」


 人魚の男の含みを持たせた言い方に、癖毛の男は反応します。頭脳労働にはとんと縁のない彼でしたが、社会全体に影響を与える階層や組織のやり口については承知していました。


「お前は、そいつらがなにか隠してるって考えてるのか」


「はい。僕は疑り深い性格なんで、考えすぎかもしれないんですけど。っていうか、そうであってほしいです。知識の独占なんて許されざる行為でしょ」


 人魚の男は学者肌の印象に違わず、知識も財産の一種だと考えているようでした。


「でも、隠す理由なんてあるのか?」

 

「あるかもしれませんし、ないかもしれません。っていっても、『ない』とは断言できない以上、考えられる可能性のひとつではありますね。なにかの目的のために、一般の人魚には公開されてない重大な秘密があってもおかしくない……って僕は考えてます。知られると不都合があるとかで」


「『人間を人魚にしたい』とか。いや、まさかな……」


 癖毛の男は、なんとなくの思い付きを口にしました。途端に、人魚の男は眉間に皺を寄せます。

 

「……完全に否定できないのが怖いところですね。人魚である事を誇りに思ってるひとは少なくないです。いつまでも若くて美しい自分たちこそが至高の生物だって思ってるから。よかれと思って、人間を人魚化する計画を秘密裏に進めてたとしても不思議じゃない。言ってて吐き気がしますけど」


「一体なんのために? 人間の事、あまりよく思ってないんだろ。変じゃねえか?」


「それは……確かにそうですね。間違ったイメージを抱いて毛嫌いしている人たちをわざわざ仲間に引き入れようなんて事は…………いや、もしかして」


 人魚の男は考え事に耽ると、周辺をぐるぐる円を描くように泳ぐ癖があるようでした。このときもごく短い円周を何度も何度も回り、その場所には小さな渦ができつつあります。そんな風に見ているほうが目を回してしまいそうなほど回転していた彼は、なんの前触れもなく急停止し、じっくりと考え込みました。


「どうした?」


「もし……全員が、人間に恋した人魚だったとしたら? 人魚の側は好きになった人間に、なにを要求すると思いますか……?」


 おずおずと心当たりを声に乗せた人魚。それにより、疑惑はますます確信へと近付いていきます。


「できるだけ長く、一緒にいる事? そんな……。わざとだって言いたいのか?」


「全部のケースがそうとは言いませんけど、『故意に食べさせた場合』もあったんじゃないかって僕は思います」


「でも、そうなるとその『肉』はどこから…………同族を食わせようなんざ思わないんじゃねえか?」


 癖毛の男は真っ直ぐな目で反論します。それに対し、人魚は力なく首を振りました。

 

「僕はこの近海に住んでいる人魚しか知りませんけど、そのひとたちに限って言えば、テリトリーの外の同族に対して敵愾心を燃やしてる場合が少なくないです」


「そのテリトリーってのは……」


「国です、国。海の中も陸の上と同じように区切られてますから。あなたたちの世界は、海を隔ててる国ばっかりじゃないんですよね? 隣合う国同士は川とか山脈とか、地形を活用して国と国の境を決めてる場合が多いって聞いてます」


 癖毛の男はこくりと頷きました。隣接する国家の中には、話し合いで国境を決めているところもあるにはありますが、治世が変わった際のいざこざを避けるために地形で国境を分けるのが現代のスタンダードとなっていました。しかしながら、旱魃や地震などによる地形の変化も頻繫に起きるため、それもまた手堅い決め方とは言えません。とはいえ、世界に存在する大陸など一握り。大抵の国家は島国であり、国同士は海によってきっちりと分離されているので、そういった悩みを持つ国は稀でした。


「ただ、陸よりも国境の作り方っていうか国と国を分ける目印の付け方が難しくて、ちゃんとした国境になるように各国がいろいろ工夫して頑張ってる感じなんですけど」


「なるほど……。その言い方だと、お前の国も隣と揉めてるのか」


「……僕の国はいくつかの国と隣り合ってるんですけど、その中でひとつだけ昔から仲の悪い国があって。っていっても、国民たちは巻き込まれてるだけって言ってもいいくらいだと思うんですけどね」


 と、人魚の男はため息を落としました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る