第29話 海に消えた宝


「へぇ、キャプテンさんはいかにも『海賊』って感じだったのかぁ……。あっ、もちろん僕の勝手なイメージというか、完全に偏見なんですけど。でも、海賊の暮らしがあなたにとって悪い事だけじゃなかったみたいでよかったです。いいなぁ、世界規模の大冒険……」


 人魚の男はそう言うと、夢見るようにうっとりと目を細めます。癖毛の男は声にこそ出しませんでしたが、ひそかに『海上より海中のほうが押し並べて国家間の行き来は楽だろうに、不思議な事を言うんだな』と思っていました。


「そうだ! 特に思い出深い場所とかってありますか?」


「…………『相槌に期待するな』なんて言ってたが、聞き上手じゃねえか。どんな苦い記憶でも聞き手次第で楽しく話せるものらしい……」


「そんな事初めて言われましたよ。嬉しいなぁ」


 人魚の男はくるくると円を描くように周辺を泳ぎます。彼の感情はすべて顔か言葉か行動のいずれかに出力されるようで、癖毛の男は天衣無縫な彼をとても好ましく感じていました。


「お前の期待するような楽しい話にはならねえと思うが、それでも聞いてくれるか?」


「はい。そもそも、『海賊を続けるかどうか考えるために頭の整理がしたい』って事でしたしね。途中で遮っちゃってすいません」


「いや。長話だからな、ひと息つけて有り難かったよ。次は……ああ、思い出深い場所について話すんだったか」  


 癖毛の男は、以前乗っていたのにそっくりな海賊船を見上げて言います。


「やっぱり、あそこだろうな。思い出とするには生々しい記憶だ。ここに来る前に寄ったんだけどな……思えば、不思議な村だった」


「どんな風に?」


 人魚の男は先だけ海面から飛び出している岩に乗り上げて、被せ気味に聞きました。


人気ひとけがないし、実際に人もいなかったんだ」


「ゴーストタウンですか?」


「そうだ。元はきっとでかめの漁村だったんじゃねえかと思う。港の施設が立派でな。ところがだ。しばらく歩いても誰ともすれ違わない。耳を澄ましても赤ん坊の泣き声ひとつしない。どの家も荒れ放題で、生きた人間の住む場所じゃねえと思った。でも……一件だけ、やたら綺麗な豪邸があってさ…………」

 

 癖毛の男は神々しいまでの光輝を湛える金の鱗を前に、突如としてどこかへ逃げ出してしまいたい衝動が湧き上がってきましたが、逃げる場所も資格もありはしません。そのときの彼は、人魚の男が全身に金色の光を纏っている錯覚に陥っていました。


 それは、この美しい人魚を聞きかじりの偶像に見立てて真新しい過ちを告白し、誠心誠意詫びる事で完全に過去のものとしてしまいたいと……他ならぬ彼に許されたいと願う弱い心が見せた幻です。そして、そのひとりよがりな浅ましい願望は間違いなく叶えられると彼は確信していました。


 癖毛の男は、その村での出来事を人魚に打ち明けました。豪邸で宝を発見し、相棒とともに取った行動。団員が一丸となって達成した盗みについて。


 癖毛の男は宝の行方に思いを馳せ、重苦しい気分になりました。海水に浸されてだめになってしまうくらいなら、キャプテンに換金されたほうがまだよかったのに……とすら思っています。よからぬ者の手に渡ってしまう可能性も否定できませんが、原型を留めている限りは『作品』として存在し続ける事ができました。


 しかし、それらは一点残らず海という広大な胃袋に収められ、失われたのです。貪欲な魔物は、一度囲い込んだが最後、いとし子を元の場所へ返そうとはしません。有機物無機物の別なく『は我が子』なのだと主張して、無防備な人間が踏み入れない真っ暗い水底に宝物を隠します。


 彼は繊細な装飾と刺繍の張り巡らされた衣装に触れるたびに、腕の中の作品が制作者と所有者たちに丁重に扱われていた事をまざまざと思い知らされ、海中で息を止めたときのように呼吸が苦しくなりました。両の腕と足腰にかかる重量は決して素材のせいではないのだと、彼は理解していたのです。


 『商品』としての価値しか認められていない期間をそれなりに長く過ごした癖毛の男は、それでも物品を粗末に扱う事を好みません。『奴隷』として差別され、人間の尊厳も権利も喜びも執拗に剥奪されてきた彼は、それなのに他人から略奪する事を望みません。彼はただ生きるためだけに、自分の信念を何度曲げてきたでしょう。

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