第28話 その男、海賊につき


「わかってるじゃねぇか。お前ら、雑用と並行して俺たちの流儀を学べ。略奪、暴力、殺人……なんでもありの無法者の生き方をな!」


「お……俺たちに海賊になれって言ってるのか?」

 

「そうだ」


 ぎょっとした傷痕の少年を見て、キャプテンはさも愉快といった様子です。

 

「まだほんの子どもじゃないか……! 考え直してくれ、キャプテン」


「お前にゃ聞いてねぇぞ、黙ってろ! のある奴らだ、まさかそんぐらいで怖気づいたりしねぇはずだよなぁ?」


 思わず口を挟んだ細身の男に、キャプテンはぴしゃりと冷たく言い放ちました。二人の計画を見破っていた彼は、少年たちを見下ろしたまま、試すように言葉を重ねます。


「…………どうだ、小僧ども。この手を取る勇気があるか?」


 顎髭のキャプテンは意地悪く口端を釣り上げて、腰元から抜いたばかりのサーベルを癖毛の少年の鼻先に突き付けました。傷痕の少年はおおむね思いどおりの反応を見せましたが、一見弱気に見えるこちらの少年こそ曲者である事をキャプテンは見抜いていました。ゆえに、いまだ隠れている彼の反抗心を引き出してやろうと考えたのです。


「……ああ。少なくとも、いま俺たちが生き残るための選択肢はそれしかない。これから世話になる。…………キャプテン」


 癖毛の少年は顎髭の男の強面をひたと見据え、いまにも自分を貫かんとしている抜き身の剣を両手で掴もうとしました。躊躇のない彼の言行に満足したキャプテンは、彼が刃に指をかける寸前にサーベルを持っていないほうの手で『止まれ』と合図します。

 

「ハハッ! 期待以上じゃねぇか! やるなぁ、小僧。案外、出世するのはお前みてぇな奴さ。俺は知ってる。海賊生活も長ぇしな……。野郎どもが帰ってきたら、歓迎の宴でも開いてやろう」 


 癖毛の少年は慌てず左、右と順に手をどけましたが、その目はいまもキャプテンの髭面を見つめ続けています。隣ではらはらしながら事の成り行きを見守っていた傷痕の少年は一気に脱力し、その場に倒れ込みました。





「なるほど、それで海賊に……。すごい人生ですね」


 癖毛の男が海賊になったくだりまで聞き終えると、人魚の男は感嘆の声を漏らしました。


「そうか?」


「そうですよ! 壮絶って言ったらいいのかなぁ。面白がってるみたいで気が引けるんですけど……」


「大丈夫だ。面白がってる奴は顔でわかる。下卑た笑みを浮かべてるからな」


 急にトーンダウンした人魚を安心させるように、癖毛の男は優しく言います。


「でも……そっか。そうですよね…………」


「なにがだ?」


「ほんと当たり前の事なんですけど、誰だって生まれたときからいまと同じだったわけじゃないんだなぁって。もちろん最初からあなたが海賊だったなんて思ってたわけじゃないんですよ。でも、なんていうか……想像以上に過酷で……」


 人魚は頬を掻きながら言いにくそうに言葉を濁します。彼の爪は短く整えられていましたが、人間のそれよりも数段頑丈そうに見えました。


「ああ、奴隷だった頃の事を気にしてくれてるのか。別に珍しいものでもないし、俺はとっくにそこから抜け出せた。正直言って、当時の記憶なんかは自分自身の幼少期って感じがしねえ。変な話、前世みたいな感覚だ」


 癖毛の男は傷だらけでがさがさの荒れた自分の手のひらに視線を落とします。開いた両手には傷の他にしわやひびが走り、とても若者のものとは思えないほどでした。日々の雑用の妨げにならないように深く切っている爪の両脇には、それぞれささくれが当然の顔をして居座っています。


「あれだけ強烈な体験してたらそう思いますよね。一難去ってまた一難ですもん」


「本当にな。生きるために選んだ事とはいえ、初対面から海賊の印象は最悪だった……。よりにもよって、その中でも相当タチの悪いキャプテンが相手だったしさ。いい印象持てってほうが難しいんじゃねえかな」


「確かに……。さっきの話だと、キャプテンさんはすごく怖い人って感じでしたけど……タチが悪いって言うからには、きっとそれだけじゃないんですよね。どんな人だったんですか?」


 人魚は元々大きな目をよりいっそう大きくして素朴な疑問を口にします。癖毛の男の知る限り、彼ほど純粋で透き通った瞳を持つ者はいませんでした。


「どんな人……か。がめつい人だったな。贅沢が好きで、財宝に目がなかった。宝の情報が入ったときが船の進路が決まるときだったよ。連れ回される形ではあったが、おかげでいろんな場所に行けた。その事は感謝してる」


 癖毛の男は訪れた先での出来事を思い返します。時間がないのは相変わらずでしたが、その手足に重い枷はなく、身動きの取れない空間に無理矢理押し込まれる事もない日々を。相棒と一緒に生まれて初めて掴んだ自由を。好きな場所を歩いて、食事を楽しめる幸福を。


 彼は思います。『キャプテンも、根っこの部分は自分たちとそう変わらない人だったのかもしれない』と。二人はキャプテンの過去についてなにも知りませんが、彼は食事時だけはその強面を綻ばせ、船員たちに酒や食事を勧めていました。


 もちろん二人も例外でなく、最初の頃は『ちゃんと栄養つけろ』と特に気遣ってくれていたのです。財宝を血眼で探していた理由のひとつも、嵩む食費を賄うためだったのかもしれません。キャプテンは恐ろしい人物でしたが、癖毛の男には、彼が誰よりも海賊である事を楽しんでいるように見えていました。

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