第22話 テリトリー

 #12

夕食がファーストフードに成ることはあまり無いが、間食にパン食は割とよく食べた。夜の早くなった此の国では、外食産業も早じまいの店が多く、二十四時間営業のファーストフードも減少傾向にあった。

 店内には十人ほどの老若男女混成の客。独りの客が多く、組になっている客は一組しかいなかった。

 モノラルアンビエンスで洋楽が流れている。

 コーヒーを啜ってトレーに置いた。

 組の客は会話の途絶えた室内でひそひそと話している。

何の話題かまでは判らない。

 

二階席で階段の乗降を眺めていた。

 注文したものをすべて食べ終えたころにシングルの客、男女一組が、会話もしない内から連れだって階段を下りて行った。

 復公園に行くか迷う。結局この辺では商談に成るのが、公園で、と言う事らしいので。失踪者を見つけるには、公園に行ってみるしかなさそうだった。

 胸ポケットの文庫本に挟んだポートレイトのプリント資料をもう一度見つめ、席を立った。



#13

夜の公園。都会の、ビルの谷間の、此れと言って遊具もない、900㎡程の敷地。街灯の下を中心に人がたむろっていた。時刻は午後十時を回っている。


 この公園は此の国の人間だけではなく占領国他外国の人間も多数含んだ多国籍状況の公園だった。

 「誰か雇えればな」

 時給でウォッチャーがほいしい所だったが、依頼人の予算では一人しか動けない。

 街灯下の人々を遠目に眺めていたが、先程の男女も二本隣の街灯の下で、多分、交渉をしていた。

 今回は何も言うつもりもなかった。

 

夜十時、寒いが公園は活況を呈している。

 外国人との交渉は割と早く成立しているように見えた。  

 幸いか、残念ながらか、探している対象の女子は見つからなかった。

 生きていくには元手が要る。役所に書類上存在しなくなったとは言っても、生きている限り、生活費は必要。囚われていないなら、其のままテリトリーに居座るのがストラテジーと言うものだろう。

 見知った場所、見知った客、見知った段取り。安定した環境。この辺で必要な拠点となりそうなオープン環境の飲食店は先ほどの店一軒だけ。結局、可能性は残すものの、張るなら店の方だった。



#14

 「ホットコーヒ一つ」

 此の辺りの商業的地勢学のフィールドワークは復にして、とりあえず店に戻った。

 ショルダーを肩にかけていただけだが、さほど混んでいない店の二階で四人席を占拠して陣取った。例によって見通しのいい隅の方に。

 この手の問題、女性の所在国外移送、の通例で網を張ってみたが、掛るかどうかは怪しい。間十日に協力してもらって、失踪者の勤務報告書でも閲覧させてもらった方がいいかもしれない。出来ると経費も節約できる。

 

復、なんとなく階段の辺りを眺めていたら、昇ってきた、女性がまっ直ぐ此方へやって来て、四人席の一つにボストンバックを置いた。

 「相席してもいい?」

  「どうぞ」

 抑揚をつけづに答えた。

 其れほど強烈な洋風の印象の無い見た目なのに、やることは洋画の様だった。

トレーを机に置いて、コートを脱いで、女性は右斜め前の席に座った。

「諭明さんですね」

「ええ。」

「間十日君の使いできました」

女性はA4の封筒をボストンから出して机の上に置いた。手を添えて此方へ押す。

「――失踪した女性アルバイトの勤務報告書です」

「丁度取り寄せるか考えていた処ではあったのですが、何故足取りが?」

「此の町全体、社の版図の内ですので」

「ああ、誰かから連絡が行ったと」

「簡単な仕事です」

携帯電話。無粋と言えば確かに無粋。

其れが便利なのだから今ではもう手放せないが。ポケベルと言っても、もう通じる人も少ないだろう。

目の前の現実に集中する。

「拝見しても良いですか」

そう言いながら封筒に触れる。

「どうぞ」

女性は少し不快そうだった。

「資料提供分割引いたします、とお伝えください」

B5の勤務報告書を封筒から出して手に取った。

女性はじっとこちらを見ていた。

「よければ、張り込みはうちで引き継ぎますが」

「どうぞ。居場所は早く割り出せた方がいい」

「そう考えたので、既に手配しております」



 店の楽曲は、オルタナティブらしき洋楽が流れていた。





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