第10話 所在国外移送



#1

男の視線は遠慮なかった。

失礼な奴だな、と一瞥した。目があった。

目を逸らして前を見る。


ファーストフードのカウンター席から眺める店内。

一人だとよくカウンターに座る。

隣との距離が会話を促している気がする。

隣の男はヘッドホンをしている。

何を聞いているかは判らない。

店内には洋楽の新譜が流れている。

この男、自己中心的な性格なのだろうか。

国士の類には見えない。

何をしている男なんだろう?


男は辞書のようなものを読んでいる。

洋楽の放送が中断する。

営業終了のお知らせだった。

十時までだと思ったのに、早い。

時計を見ると九時十分前だった。


立ち上がり、ショルダーを肩にかけ直す。

隣の男も立ち上がった。意外に背が高い。

男は復此方を見て、言った。



#2

人影疎らな夜の繁華街。

灯のない不夜城はゴーストタウンのよう。

客引きの姿も見えず。


車両通行可に成ったアーケードを車が通る。

何処の店もシャッターが閉まっている。

占領されて後、この国は晴れの日を失った。

夜九時を過ぎて闊歩するこの国の人は稀。

女子のスカートも短くなって久しい。

景気が悪い時の象徴だった。

自分のスカートを摘まんで見た。

行く先はGPSで把握した。

こんな装置が未だ使えている。


辿り着いた探偵事務所。

――では復。

隣に座った男の言葉。

知った人だっただろうか。

四階建ての建物のエレベーターに乗り込んだ。


自動で扉が開くと廊下の向うに事務所があった。

ドアに、中でお待ち下さいと貼ってあった。

恐る恐るドアを開けた。



#3 

最近は夜明けが七時前。

窓の外が白くなっていくのを見てベットから起きた。

クローゼットから制服をつかみ取った。



#4 

八時半。

ギリギリ間に合う時間に滑り込みで学校に登校する。

校門の前には二台ほど緊急車両が止まっていた。

「おはよう則香」。「おはよう。」

同級生と緊急車両を気にしながら校門を通過する。

何があったのだろう?

昨日登校した時には何の予兆もなかったのに。

土日を除く毎日登校しているが滅多に来ない警察が来ている。

不祥事とは我が校にしては珍しかった。



#5

「誘拐だな」

放課後諭明の事務所へバイトに。

内線を入れると、開口一番諭明は言った。

「誘拐ですか?」

目撃証言の供述を要求された。

多分当たっているだろう。

「資産家でしょ、その子……じゃないんだ?」

「苦学生の類です」

「拙かった。出掛けてくるので後宜しく」

諭明はそう言って内線を切った。



#6

「目標か?」

本国から来た同僚が通信機をのぞき込む。

「ああ。今、動いた」

添付された動画に映る濃灰色のコートの男。

「汚名返上出来そうか」

返事をするにはまだ早い。

動画の男が、笑ったような気がした。



#7

寒かった。

目隠しをして連れてこられた処は酷く寒い部屋だった。

寒さと目隠しで不安が増大する。

目隠しを黒い私服の男が外したので周囲を見た。

恐らく冷蔵庫の中。

冷凍された食品は見当たらない。

廃倉庫のたぐいだろうか。

電灯が点いているので暗闇ではないが、窓がなかった。

黒服の男が冷蔵庫を出ていく。

扉が閉まり、幽閉されてしまった。


生活の気配もなく、耳鳴りのする静けさが襲ってきた。

誘拐されたのだろう。

一人暮らしだから誰も通報する人がいない。

ときおり車の音がする。

外へ声は届くだろうか。



携帯の電池はもう切れていた。


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