ある日彼女は魔女になった

ろくなみの

ある日彼女は魔女になった

空き教室に寝そべっているうちに、いつしか日は高く昇っていた。スマホの充電を放置してからしばらくたつ。校舎内の時計もすべて止まっているため、時間を見ることはできない。正直この暮らしで正確な時間を知る必要なんて毛ほどもないからどうでもいいのだけれど。けだるい空気とは対照的に、教室の床はひんやりと冷たい。草や花、虫たちの呼吸が窓の外から聞こえる。大好きな彼らの息吹に身をゆだねると、途端に自分という人間が何なのかがわからなくなる。息をして、食事をして、生きていく。それだけのはずなのに、それを続けている事実が、真綿のように首を絞めていく。息をしているのに水の中でいる気分になる。

空腹や、渇きなど、生理的欲求の曖昧さから目を背けるため、立ち上がり青いバケツを二つ手に持ち、立ち上がった。

教室を出て、廊下を歩いていると、彼らの音に混じって、優しく弦を弾く音が聞こえる。おそらく、アコースティックギターのチューニング中なのだろう。彼らの声と比べると、異質な存在だというのに、その音は私を現実へ引き戻してくれる。

「あ、今日も行くの?」

 この校舎のもう一人の住人の男は、ギターから顔を上げ、そう言った。

いつも和服に足袋、黒いニッカポッカを身に着け、頭には髷を結っている。この時代に似つかわしくない風貌なのに、廃校の空間に彼はきっと歓迎されているのだろう。初めて会った時から、彼の居場所はここなのだと、どこか納得してしまう。

彼の指先の弦の痕や、黒く焼けた肌は、音楽の追及に伴った、果てしない時間を物語っていた。

意識が現実に戻ったばかりの私は、彼の質問に答えることを忘れ、咄嗟に笑顔を作る。

「うん、素材集めに」

「花とか、草とか?」

「うん」

「いつも大変だねえ」

 ここにたどり着いて、作業を続ける中、何度も彼から手伝おうかと言われていた。そして、何度も断っていた。彼もその顛末を予想しているのだろう。あまりたくさん干渉はせず、今日も変わりのないルーティンをする私の態度を受容する。

 ただ、今日の彼は黙り込んだ後、少しだけぎこちない笑みを浮かべた。

「食べてる? ちゃんと」

 さりげなく言っているつもりなのかわからないが、どことなく顔は引きつって見えた。私が何かを食べているのか、食べていないのか。そんなこと、きっと彼には関係ないし、その事実を知らせたところで、彼にしてほしいことは特に何もない。

「うん、食べてるよ」

 だから彼が安心する言葉を告げる。

 彼にこれ以上尋ねてこないでほしいという思いを込めた、分厚い壁を張るように微笑む。彼もそれ以上の深掘りはよくないと感じたのか「そっか」と言って、再びギターに視線を戻した。

 相手が自分の世界に閉じこもっていると安心する。私も自分の世界に戻れるから。その孤独は優しく私の自由を保障してくれる。

 バケツを持ったまま、校舎の外に出る。照り付ける日差しが肌を焦がす。このまま蒸発してしまうのも悪くないかもしれないが、まだ彼らの声を無視するわけにはいかない。いつまで続くかはわからない。ただ、かろうじて私は、息をしているのだから。

 蝉の声が鳴り響く中、採取場所へと向かおうと歩みを進めたときだった。

 小さな影が目線の下に映る。てっきり野犬か何かかと思ったが、そのような気配ではない。小さな息遣いと、優しくて、どこか甘い香り。目線をさらに下げてみると、そこにいたのは雑草をいじっている、小学生ほどの女の子だった。

 先ほどの彼を除けば、久しぶりに人と対面する。少女は私を一瞥する。瞳の色は夜空のように黒く、深い。ぎゅっと唇と強くかみしめ、今にも血が流れてもおかしくない。それでいて、どこかその奥に踏み込んでくれるなと言わんばかりの意志を感じる。初対面の見知らぬ大人と口を利かないのは、理にかなっている。私も彼女だったら、きっと私のようなバケツを持って植物採集に行く怪しい女に声をかけようなんて思わない。互いに何も知らず、何も触れず、それぞれの世界を生きていけば、それでいいはずなのに、私はなんの気まぐれなのか、いつしか彼女と目線を合わせていた。

「ねえ」

 私が声をかけてきたのが予想外だったのだろう。私も別に他意があるわけじゃない。ほんの気まぐれだし、何なら自分でもよくわかっていない。けれども、どこか彼女は、私の次の言葉に期待しているようで、夜の底のような瞳に、少しだけ光が宿った。

「今から、魔法の材料を集めに行くんだけど、一緒に来る?」

 誰かと何かを一緒にするのは、どれくらいぶりかわからなかった。

 私の行く先に彼女も特に警戒する様子もなくついてくる。魔法という言葉が、それだけ彼女の気を惹くことができたのだろう。別に間違ったことは言っていない。あれは紛れもなく魔法だと私は思っているし、私にそれ以外にできることは、きっと何もない。

少女は、道端で拾った長い木の棒をぶんぶんと振り回したり、杖のようについたり、はたまた地面をタンタンと叩く。落ち着きがあるタイプには到底見えない。けれども、彼女の挙動がどうにも愛おしく見え、頬が緩む。夏の暑さも忘れて、私も彼女も歩みを止めなかった。

目的地は、廃校から歩いて十分ほどのところにある、長い階段を上った先にある小さな神社だった。賽銭箱も何もない、果たして祀られている神様がどのような存在なのか。きっと誰からも忘れ去られているのだろう。

そんな神社の周りに生い茂る草花や、高く生えた木々は、私と少女を世界から隠してくれる。何かに隠されると安心する。誰も踏み込んでこないし、誰も私を否定しない。頭の中に時折響く、自分を否定する言葉が、少しだけ小さくなる。そのことを感じているのは彼女もかどうかはわからない。だが、さっきよりも生き生きと彼女はあたりに生えている植物を探すため、走ったりしゃがんだりと、忙しい。

「じゃあ、この辺に生えてる草とか花とか、面白そうなもの、全部このバケツの中に」

 入れてくれる? まで尋ねる前に、彼女は手につかんだものを次々にバケツに放り込んできた。初めての助手は非常に優秀だった。夢中になって辺りのものを手につかみ、その爪の間に土や石が入ることも気にしている様子はない。なぜ、ここまで無防備に『自分』を晒せるのだろう。私は、ここまで他人に『自分』を晒したことがあっただろうか。自分の過去を振り返るのは嫌いだった。目の前にある彼らの呼吸にだけ集中すれば、余計なことを考えないで済む。こんな自分でいていいのか、変わらなければいけないのか。もっと考えなければいけないのか。考えても考えても、答えのない問いばかりを自身に投げかける。

 ぼんやりと我を忘れていたら、いつしか彼女は目の前にバケツ一杯になった草花を押し付けてきた。

「もういっぱい」

 彼女の言う通り、魔法の材料には十分なほどの草花が集まった。

「いっぱい集めて、どうするの?」

 学校への帰り道、彼女はそう尋ねる。

「帰ってからのお楽しみ」

 彼らの声を聴くのは、自分だけの尊く、愛しい時間だった。誰にも踏み込ませないと決めていたはずなのに、その聖域を共有しようと思い始めている私の頭は、きっとどうかしている。

 校舎の中に彼女と入る。彼女は階段を上がる私を、パタパタと大げさに足音を立てて追い越した。

「どこの部屋か分かってるの?」

「知らない! どこ!」

 その勢いのいい否定に苦笑する。心から笑うとおなかに力が入るのだろうか。空っぽの胃が少しだけ鳴いた気がした。

「そこ。右曲がって二番目」

 彼女に二階の廊下の先にある私のアトリエ部分となる教室を指さすと、彼女は踵を返し、教室内へ野球選手の盗塁のように素早く入っていった。草花を採集することで、山や森からエネルギーでも充電されたかのように、彼女の動きは止まらない。教室にある私の気まぐれで描いたペンキの落書きやらを興味深そうに彼女は見つめる。変に止めるのも悪いと思い、私はカセットコンロと、湯を沸かす用の鍋を取り出す。何度もこの鍋から漂う彼らの香りと呼吸が、今にも聞こえそうで、胸が高鳴る。植物を採取したバケツの中身を、鍋の中に入れる。廊下の水道を使い、植物入りの鍋の中身に水をためる。

「これ、食べるの?」

 いつの間にか背後に立つ彼女はそう尋ねる。

「食べたい?」

 いたずらっぽくそう聞き返しながら、中身に手を入れ、中にいる彼らを優しく揉む。泥やら土やら少しずつはがれていき、彼らのありのままの姿が水の中に浮かび上がる。

「おいしいの?」

 彼女なら、この辺の草や花をむしゃむしゃと食べている姿が容易に想像できた。

「さあ、どうだろ、でもいい香りはするかもね」

 彼らの装飾品を落とした後、板状のザルに植物たちを出し、水をよく切った。その工程を彼女もうらやましそうにじっと見つめる。

「やってみる?」

 彼女は頷き、私の手からザルを受け取り、一生懸命水を切りだした。上がる飛沫が夏の光に反射して、星が散らばっているみたいだった。

 その間に私は空になった鍋に水をため、その鍋を教室内のカセットコンロで火をつけ、湯を沸かす。

 その間に私は、彼らに染めてもらう魔法の元となる楮を引き出しの中から取り出す。相変わらずパンみたいでもちもちして気持ちいい。

「ねえ! これどうしたらいい?」

 水を切り終わったのか、彼女が尋ねてきた。

「今鍋に火かけてるんだけど、沸いてる?」

「ぐつぐついってる」

「じゃ、洗ったやつ、つっこんどいて」

「わかった!」

 素直に彼女はそう返事をした後、私の手元でパンのように引きちぎられた楮を見に来る。

「それおいしい?」

「これは食べちゃダメだよ」

 まあ植物もあまりよろしくはないけれど。

彼女は、また豪快にお湯の中へ彼らを入れていく。その間に私は紙の原料を廊下の水道で洗う。熱くなった頭が少しずつ冷えてくる。彼らに存在を許される。彼らの一部になり、溶けていく感覚。目を閉じ、小さな水流に身をゆだねる。いつしか隣に彼女の気配がした。彼女もまた蛇口をひねり、水に手を浸す。

「冷たい」

 静かに彼女はそうつぶやく。

「ね」

 私もそれに同意する。誰かと初めて同じ世界に立てている気がした。

 パン生地くらいのサイズに割いた楮を先ほどの彼らのように水で何度か洗い、黴臭さを落とす。ひたひたになった原料は自在に形を変え、彼らをこの世界に招待する準備が整う。彼女もまた原料を触るのが面白いようで、いつの間にかまた隣にいて、もみくちゃにしていた。

「どう? 食べれそう?」

 彼女にそう尋ねると「全然」と言い捨て、原料をざるの上に戻した。

 鍋に戻ると、沸騰した湯にひたされた彼らの色が抽出されていて、森の香りが教室に充満する。

 彼女もまた一緒に鍋の中を覗き込んでいた。

「いい匂い」

 飾り気のない彼女の感想が夏の空気に溶けていく。

「だね」

 小さな手持ちタイプのザルで中身の植物を取り出し、水を切る。彼女は今度は手伝おうとせず、楮の感触に夢中になっていて、それを手でまだもみくちゃにし続けていた。

 植物を取り出し、ミョウバンの粉を少々鍋に入れ、教室の隅に置いていた棒を手に持ち、鍋の中をかきまぜた。

「ねえ、その白いやつ、鍋の中に入れてもらえる?」

 彼女にそういうと、水を得た魚のようにイキイキと私の隣に近づく。

「熱いから気を付けてね」

 その言葉で初めて鍋の中が熱湯なことに気づいたのか、勢いが止まり、恐る恐る楮を鍋の中に入れる。

「上手だね。すごいじゃん」

 そうほめると彼女は一瞬呆然とした後、照れくさそうに笑った。そして、私は再び棒で鍋の中をかき回す。楮がじっくりと色になじんでくる。今日も、うまくいきそうだ。

「お姉ちゃん、魔女なの?」

私の様子を見ていた彼女は、ぽつりと言った。

 人の場から逃げ続け、ただ本能のままこんなことを続けていた。人間に向いていないと思い続けていた私の免罪符としては、とても相応しく思えた。

「気づかなかった?」

 私の言葉にどこか嬉しそうにほほ笑んだ彼女は「それ貸して」と言って、棒を持つ私の方へ手を伸ばした。棒を私から受け継いだ彼女は、椅子の上に立ち、にこにこと鍋の中を混ぜ続ける。ぐるぐると勢いはいいものの、次第にそのペースは落ちてくる。炎天下の中植物を採取し、地道な作業を続けていたのだ。いくら楽しくても、子供の体力にも限界はある。うつらうつらと彼女の瞼は重たくなっているようで、いつしか棒を回す手も止まっていた。

「立ったまま寝れる子か」

 そう感心しながら、彼女の腰を両腕でそっと回し、椅子から降ろす。近くに敷いてあった仮眠用の毛布があったため、その上にそっと寝かした。

「弟子はとらないんじゃなかったの?」

 突然背後から聞こえてきたのは、しばらく前にやりとりをした和服男の声だった。

「まあね。気まぐれ」

「おっさんよりも女の子の方がよかったか」

「まあ、そうかもね」

 特に詳細な理由を語るより、彼の軽口に合わせる方が楽だった。

静かに寝息を立てる彼女に、手伝いをさせるだけさせてしまったが、魔法の結果が出てくるのは、ここから数時間。長くて数日はかかる。

「そうだ」

「どした?」

「ちょっと手伝ってよ」

 私の珍しい『手伝って』の言葉に、彼は目を丸くした後、にこりと笑って頷いた。


 小一時間後、いつしか日は傾いていた。照り付ける陽の光がオレンジ色に変わり、教室はやさしい色に包まれる。それと共に彼女の眼はゆっくりと開いた。あたりを見渡す彼女の目の前に、ライオンや、うさぎ、ゾウなど数えきれない動物たちが姿を現す。

「コンコン」

 狐の顔も彼女に近づく。

「メー」

 野太い男の声と共に、羊の顔も彼女に近づく。

 ちなみに正体は、私と和服の男だ。

「驚いた?」

 私は彼女にそう尋ねる。彼女は私たちのいたずらの相手をするよりも、周辺にちらばった動物たちの存在に夢中なようで、食い入るように私の作品たちを手で触り、光にすかしたりしていた。

「これね、さっきの紙の原料の楮ってやつを、植物の色で染めたやつ。草木染めって言って、素材を取り出すと、毎回いろんな形になってて……」

「ねえ、これは?」

 私の説明を聞いているのか聞いていないのかわからないが、彼女は白く、ふわふわした形のものを手に取る。

「さあ、なんだろうね。なんに見える?」

 自分の中でも、彼らのもたらした形が、何を表しているのかわからないこともある。これも、その一部だ。

「うーん」

 ゴミみたい。そう言われるのではと、少しだけ身構えていた自分がいた。

「空」

 彼女は、私の頭の中にはなかった答えを口にした。

「空?」

「うん。空。朝の空」

「いい答えじゃん」

 和服男はそう言って、彼女の作品を手に取った。

「ゴミみたいって、思わなかった?」

 心の奥にある、豆粒のように小さくなった私の中の人間が、そう聞いた。

「全然?」

あっけらかんと彼女はそういう。ずっと頭に広がっていた暗雲が、少しずつ晴れていく。怖がっていた世界が、いつもより優しく見える。

彼女はそんな私の心の中を知ってか知らずか、鍋の中の彼らの様子を見に行く。

「これ、私の色?」

 鍋の中で溶け込んだ色を彼女は指さす。違う、彼らの色だよ、と言ってもよかった。でも、彼女が選び、彼女と共に見つけた色は、きっと彼女のものだ。

「うん、あなたの色だよ」

 彼女の目の奥の闇はすっかり晴れ、その光は太陽よりも眩しく見えた。

それと共に、どこからか甘い香りがした。懐かしい、夏休みの昼下がりの爽やかさを表したそれは、私の目の前に差し出される。

「じゃあ、暑いし、食べよっか」

 和服男が手に持っていたのは、夏の空のように青い、ソーダアイスだった。

 久しぶりに食べ物を見た私は、しばらくそれを口にしていいかどうかすらもわからなかった。自分が本当に食べていいのか。体中に巻き付けられた、見えない真綿の鎖がきゅっと首をしめる。

「食べないの?」

 少女はすでにアイスを食べていた。そして、彼女は返答を待たず、私の口の中へアイスを無理やり突っ込んだ。冷たい氷の感触が、一気に口の中を冷やしていく。真綿の鎖がゆっくりと溶けていくのを感じる。空腹すら感じていなかった胃の中に、ぽとりとアイスの欠片が入ってくる。じんわりと胃の中でアイスが溶けていく。どれくらいぶりかわからないほどの充足感のあまり、高ぶる感情が抑えられなかった。

「あははっ、う、うまっ、めっちゃうまいねこれ」

「でしょ? こういう時に食うのが一番うまいんだよ」

 私のコントロール下から外れてしまった感情を、和服男は笑って受け止めた。

 それから、しばらく三人でゆっくりと話をした。発信はいつも少女からで、好きな動物、好きな虫、好きな季節。とても大人が話すほど小難しいものは何一つない、他愛のないものばかりだ。

 アイスを食べ終わった後の、棒の木の味が、妙に切なく感じた。

 日も沈みそうなころ、私と和服男、そして彼女は校舎の外で風にあたっていた。

「ねえ」

 彼女は口を開いた。

「どしたの?」

「今日の魔法で、あれはなんの動物になるの?」

「さあ、なんだろうね」

 きっとそれは、彼らにしかわからない。時と共に答えを彼らと対話して見つける。きっと、彼女とそれをするのも、楽しいかもしれない。

「また来てもいい?」

 きゅっと、彼女は私の手を握る。小さなその手の、指先のぬくもりが、私の手にから全身に伝わっていく。その温度が、私の血の温度を高めていく。けれど、その背中は小さく震えていた。まるで何かにおびえる小動物のようだった。彼女の握りしめる力は、少しずつ強くなる。彼女が痛くないくらいに、私も握り返した。

「うん。またおいで」

 彼女の背中の震えが少しだけ小さくなる。しばらく間が開いた後、彼女は私の方を向いて、少しだけ笑った。

 つないでいた手が離れる。彼女は大きく手を高らかに振りながら、帰路につく。彼女の背中がどんどん小さくなっていく。

 あんなところで、友達とも遊ばずに一人で何をしていたのか。そんなことはわからない。

 ただ、今は、私も、彼女との再会を望んでいた。そして、私のおなかが鳴る。アイスだけでは長期間空っぽだった私の胃は、何も満足していない。

 私は彼女の去った方向とは反対方向へ足を向け、歩き始める。夏のけだるい風が私の中を吹き抜け、乾いた汗が体を冷ましてくれた。

「どこ行くの?」

 和服男はそう尋ねる。

「ちょっとスーパー行ってくる」

「やっぱりご飯食べてなかったんじゃん」

「うるさいなあ。ちゃんと食べます食べます」

次、彼女に会ったとき、彼女を抱きしめる元気くらいは、つけておく必要がある。

 それに、魔女にだって、きっと食事は必要だ。

「あとさ」

「なに?」

「なんかいいバイト知らない?」



おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある日彼女は魔女になった ろくなみの @rokunami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ