第2話 ドア事変。メンヘラに『理解のない』彼氏くん
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腰に手をあて、何くれとなく開かないドアを目で探りながら俺は舌打ちをする。
「クソッ。なんだコレ。ふざけんなよ……」
ドアがおかしい。
まるで動く気配がない。
明らかに異常事態、と思わざるを得ない事が起こっていた。
「まさか、閉じ込められた……?」
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
(でも誰が?)
(何のために?)
(なんで俺たち2人を?)
たちまち頭の中が複数の疑問符で埋め尽くされたが、そのどれにも思い当たる適当な理由が見つからず、俺はあっさり『閉じ込め』の可能性を投げ棄てた。
「いや、ないわ。さすがに、そりゃない」
我ながらバカバカしいと一笑に付す。
大方、建物の老朽化による不具合。もしくは近所のクソガキによるイタズラとか。いずれにせよバカバカしくて忌々しいが、とにかくまぁ、せいぜいがそんなところじゃなかろうか。これを『閉じ込められた』とするのはちょっと大袈裟だ。
「まぁ最悪、どうしようもないなら窓から出りゃいいし」
そう、いざとなれば窓から出ればいいのだ。部屋はアパートの2階。ベランダのある窓から何かバスタオルでもカーテンでもロープ代わりにすれば問題なく降りられる高さだ。もちろん実際にそんな面倒をする必要はないだろう。焦らず考えればやりようは幾らでもあるはずだ。
とにかく、さっきからサクラが、ドアがドアがと騒いでいたのは、こういう事だったのだとようやく理解した。チラと玄関脇にへたり込んだままの彼女に目をやれば、相変わらず口を小さく開け、ボーッとしたような顔のままである。
(あぁ、しまった。コレは……また、いつものやつか?)
彼女の様子に嫌な予感を感じつつ、俺はサクラに話し掛ける。
「サクラ」
「……」
返事が無い。
ただのメンヘラのようだ。
って、いやいや。ふざけてる場合じゃないな。
もう一度。
「おい! サクラってば」
「…………」
1度目より大きな声で呼び掛けつつ、その虚ろな目の前で手をヒラヒラ振ってみるも、やっぱり反応が無い。あぁ、やっぱりやっちまったかぁー……と思いつつ、俺は大きなため息をつく。
「勘弁してくれよ」
「………………」
「サ、ク、ラ!」
「……………………」
「……ったく」
遺憾ながら舌打ちせざるを得ない。まるでダメのフリーズ状態だ。いやサクラの場合はビジー状態と言った方が正確か。とにかく固まって動かない。
これはいわゆる彼女の癖。ちょいちょい陥る状態。いやもう、いっそ『メンタル弱い系女子の得意技』とでも言っちゃおうか。
本人曰く「いっぱいいっぱい」になると、サクラはこういった表情のまま固まることがよくあった。専門的には『鉛様麻痺』とか言うらしい。それは5分程度で終わることもあれば、半日位そうしている事もある。
精神的に追い詰められた状態からの逃避。そしてそこからの帰還、回復。まぁ、そういう事なんだろうけど……。ううーん、ごめん。しょぉおおおじき面倒くさぁああああああいんだわぁあああああああああああああああっ。
そういうメンタル弱い系女子のアピール? ってさぁっ!!
『アピールじゃないっ!!』
……とか、悪・即・斬なテンポで否定されちゃうんでしょうけどね。語気荒く。その辺に詳しい方々から。メンタル弱い系女子にご理解の深いお歴々からさ。
でもねぇ……。
これ、ホント―に、アピールじゃないんですかね?
『貴様っ……なんて事を言うんだっ⁉』
『彼女はいま物凄く苦しんでいるんだぞっ!!』
『そうだそうだっ!』
いやだってさ、これくらいの事でこうもしょっちゅう動けなくなるとか、ありえなくないですか? 少なくとも俺、自分がこーゆーメンタルな経験ないから、ちょっとよく分かんないって言いますか。ぶっちゃけ、ちょっと疑っちゃうって言うか。
『なんて理解の無い彼氏なんだっ⁉』
『言って良い事と悪い事があるぞっ⁉』
『そうだそうだっ!』
でもこれ、生活に支障をきたすでしょ。ってか実際に支障きたしてたんですよね俺たち。同棲中にサクラが何度もこんなんなって。で、その度に俺がケアしなくちゃいけなかったわけで。大変だったんですよね、予定潰されるし。
『なんて酷い……!』
『そうだそうだっ!』
『信じられない……信じられないっ!!』
2度言うほど信じられませんか。
『言って良い事と悪い事があるんだぞっ⁉』
それさっきも聴きましたって。
『そもそも彼女がこうなる原因を作ったのは誰だっ⁉』
また加害者被害者のハナシですか。勘弁して下さいよ。俺ばっかり悪者にするのは。
『加害を自認せず』
『だからモラハラDVするような男なんだ、お前はっ!!』
おおっと、そこ言ってくるんなら戦争ですけど?
『ふん。すぐ暴力をチラつかせるとか最悪だな』
『ホント、モラハラDV男はコレだから』
『そうだそうだっ!』
上等じゃゴルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! あと『そうだそうだっ!』しか言ってない奴は帰れぇええええええええええええええええええっ!!
――この間、およそ10秒。
俺はサクラの返答を待っている間に、自らの妄想上に現れた『メンヘラ理解勢』相手に押し問答を繰り広げていた。いやまぁ最後は殴ってやりましたけどね特にそうだ野郎は念入りにですよもちろん妄想上のハナシだけどハッハーン。
いやしかし。
ホントーに、こういうのって、いつも思うけど。当事者以外のヤローが『訳知り顔』で口出してくるんじゃないよ、っていうハナシですよね。男と女の仲に外から口出してくるとか、余計なお世話通り越してもはや犯罪ですよ犯罪。だいたい俺とサクラの仲が拗れ始めたのだってそれが原因だったわけで……ってまあ、そのことは今はいいや。
今はそれよりもドア。
ドアでしょ。
今はこの目の前にある『ドア事変』ってやつをどうにかしないと、とにかくとっても落ち着かない。落ち着かないのは良くないこと。なぜならイライラしちゃうから。そんでイライラするとまたぞろ錯覚の虫が錯覚虫が出てきて俺も「ああああーっ⁉」ってアレしてマズイことになっちゃってそれは嫌。なので早急になんとかしたい。そのためにはメンヘラだモラハラだと2人の間でゴチャゴチャやってる場合じゃないわけです。
ああだけど。
やんぬるかな。
妄想上のムカつく輩を殴り倒し、自己正当化論理の塔を打ち建てつつ待てど暮らせど、やっぱりサクラからの返事は無いわけで。でってまぁ、特に途中からは俺の頭の中だけで会話してたんですから当たり前なんですけど。
まー、しゃーない。
次のフェーズへシフトしますか。
しぶしぶですが下手に出る方向で。
「サクラ。おいサクラ。……俺が悪かったよ。ごめん」
とりあえず謝ってみる。
ちょっと、ほんのちょっとだけ強めに怒鳴りつけてしまった手前、ばつが悪いってのはある。あるわけです俺にも。だから謝罪する。謝れば良いって訳じゃない? ええ、そうかも知れませんけど、じゃ謝る以外にどうすりゃ良いってんです? 時間巻き戻せって? そんなスタンド持ってないっつーの。
「なぁ、ごめんって」
「…………」
だいたいですよ、さっさと分かるように説明しなかったサクラの側にだって非があるわけだし。それに彼女も俺が「わざとドアを開けない! この鬼畜!」みたいな言い草だったから、だからまぁ、コレは『おあいこ』って事で良いと思うんだけど。
「おい、サクラ。聴いてるか? ごめんってば! 謝ってるだろ」
「…………」
それでも返事は無いですと。
うぅーん、イラッっとするね。
また苛立ちがグッと頭をもたげかけるね。
でもここは我慢。
我慢の子よ。
そして根気良くいくしかない。
短気は損気で運気が下がるって細木〇子的な人が言ってた気がするし。
で、これまでの経験から学んだ、サクラがこうなった場合の対処法は大きく分けて2つ。
1つめ。
『自然と回復するまで放っておく』
ぶっちゃけコレが1番楽でかつ間違いないと思う。これまでに何度もこうなったサクラの面倒をみてきたけど、俺がどういう行動をとろうとも大体が裏目った記憶しかない。何がお気に召さないのか知らないけど、何をしても芳しい感じに変わらなかった上に、構い過ぎると今度はインビジブルな地雷を踏みぬいて『キィイイイイイッ!!』ってなられることもままあった。まぁ要するに、どうにも俺からアクションを仕掛けること自体がNGなんだよね。
それでも俺たちの仲が睦まじかった頃は、抱きしめてやるなり、黙って背中をさすり続けてやるなりすれば、それなりに効果もあったんだけど……。でも仲が最悪になった今となっちゃもうダメダメのダメだ。多分、身体に触れようとしただけで激しく拒否反応を示してくる可能性が高い。
で、だ!
さようでございます。
その可能性ってのに掛けましょう。
2つめ。
『あえてサクラに「触れ」まくりで話し掛ける』
つまり『拒否反応』を逆手に利用するわけです。とにかく虚ろな世界に落ち込んだサクラの意識を引き戻して意思疎通が出来りゃ良いんだから、例え『キィイイイッ!!』って感じでもリアクションさせられれば、それが糸口になる。それさえ掴めれば、あとはズルズルと無理やりにでも引き出せるでしょ。
別に彼女の機嫌をとったり、メンタル回復させる手助けが目的じゃないのだから、この方法がメンタルケア的に間違っていようが最悪だろうが問題ない。そんなん知らんし。サクラも俺にそういうのもはや期待してないでしょ。
そういうの、は。
あの男。に、期待してるだろうから。
ドア開いたらとっとと出てって、速攻であの男のところに駆け込んで好きなだけ泣きつけば良いじゃないですかクソが。
そうそうそう。
これはドアを開けるため。
ドアを開けるのはサクラのため。
ですから、そのためには、お互い「嫌だなー」って思う事でも協力して頑張って参りましょう。
そう納得して俺は彼女の前にかがみ込む。
「なぁ、サクラ。仲直りしようぜ」
そうしてしっかりと目線を合わせ、アンタッチャブルな彼女の肩に自らの右手を置いて、ゆっくり話し掛け始めたのだった。
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