4-3 マネージャー業務?

「ふぅ…じゃあ、やりましょうか?」



 奥のゴミ部屋から、彼女は現れた。

 ゴミの臭いがする筈なのに、一瞬、薔薇の香りが俺の鼻を刺激した様に感じた。



 それ程までに七原は綺麗だった。



 いや、綺麗と言うには、言葉が足りない。



「それでは、撮影しましょう」



 その笑顔が、纏った雰囲気が、そんな目立った化粧をしている訳ではない筈なのに、俺を魅了した。



「綺麗だ」



 ………はっ!? やっちまった!?



 俺は自分の失態に急いで口を手で塞ぎ、七原を見た。七原は此方を見てポカンと口を開けている。



「い、今! 九条さんが綺麗って!!」



 言わない様にしてたのに……。


 俺は少し目線を逸らした。しかし、それに七原は興奮した様子で、此方ににじり寄ってくる。



「い、いや、言ってないから」

「へ〜? そうなんですか〜?」



 得意気に見て来やがって…。



「……良いから、撮影なんだろ」



 俺が素っ気なく言うと、七原は素直に俺から離れて行った。



「ふふ〜ん、今日は綺麗記念日〜♪」



 不穏な鼻歌が聞こえて来てはいるが……不機嫌よりも機嫌は良い方が撮影の為だろう。


 そう判断して俺は、スマホのカメラ機能を作動させた。



「はい、どうもー、七原ユウです。今日はマネージャーさんと一緒にお部屋紹介をしていきたいと思いまーす」



 そう言って、リビング紹介は順調に進んで正味2、3分と言った所で終了した。まぁ、テレビで放送されるのは撮った3分の1ぐらいだろうから、一先ずはこれで良いだろう。



「さ、次は何処をやる?」

「うーん……本当なら玄関からやりたかったんです。だから玄関、お風呂、キッチン、お風呂の順番で行きましょう」



 てことは……次は玄関と、その前の廊下のゴミをリビングに集めるって事か。



「こっちも凄いな」

「す、すみません……」



 目の前にはリビング程ではないが、中々の惨状が広がっていた。


 だが、これ以上何か言ったりしたら七原が落ち込んで、撮影にも支障をきたすだろう。やってあるものは、もうどうしようもない。


 俺は口を閉ざし、チラッと七原に視線を移動させた。


 するとーー



「うへへっ……!」

「……どうした?」



 何故か、壁の方で不気味な含み笑いの様なものをし、蹲っていた。



 何をしてるんだ? 話しかけても反応が無いなんて……。

 短い付き合いではあるが、七原は礼儀正しく、生粋のお嬢様という感じが漂って来ている。


 この状況で無視するなんて有り得な…ん?



「はあぁあぁぁ〜ッ。もっと…もっと私をこの足で踏んーーー」

「……」



 俺は咄嗟に聞くのを止めた。


 七原の手には、一足の靴下が握られている。

 つまり……アレだ。前から思ってたが、実は七原にはストーカー気質な、少し厄介な属性が入っていると思う。



 一足、一足だけだ。もう片方の足の方は無い。

 これなら元カレも無くしてしまったかな? で、そこまで気にならないだろう。それが黒の無地の靴下となると、気づかないまでもある。


 俺も黒の無地の靴下しか持ってないが、無くなったとしても俺は気付く気がしない。



「良い匂い……」



 ……ははは。


 いや、これも俺が管理しないといけないんだ。例え今日仕事が始まったばかりだとしても、諦めないで頑張るんだ。



「七原」

「っ!!? はっ! はいっ!!? 何ですか!?」

「……それはもう忘れろ」

「すみません、無理です」

「え?」

「え??」

「「……」」



 七原は本当に不思議そうな表情を浮かべ、俺達の間で変な沈黙が流れる。



「……あのなぁ、そんなのいつまで持ってるんだ? 持っていた所でそれはお前の為にはならないぞ」



 これはマネージャーである俺の役目、前までマネージャーが彼氏だった七原の為を思い、俺は少し厳しく七原へと言った。

 すると七原は分かりやすく眉を顰めて、上目遣いで此方を見てきた。



「こ、これは私の為になるんですよ? 何と言うか……エネルギーの補給と言いますか…」

「何がエネルギーの補給だ!! これは! 没収だ!!」

「あぁっ!!?」



 俺はそんな七原から、無理矢理靴下を奪い去った。臭い。これも洗ってないやつだ。



「ったく、ほら! 早く撮影するぞ!!」



 そして強く言い放つ。


 しかしーー



「……もう、ダメ。死ぬしかない」

「うおっ!? 待て待て待て待て!!?」



 何処から出したのか、七原の手にはカッターナイフ、それを首に突き立てていた。


 俺は直ぐに七原を止めに入る。



「やめて下さい……それが無い私なんてミジンコですよ」



 いや…どんだけ凹むんだよ。元カレの靴下ごとき。



「はぁ……分かった。なら、後で俺が新しい靴下を買ってや「いりません」……だよなー……」



 そんな食い気味に否定しなくてもいいだろ……て言うか、そこまで彼氏の使用済み靴下が良いか? こんなのただの臭い靴下だろ。


 いや、まぁ、趣味は人それぞれだし、愛し方も人それぞれだ。俺がとやかく言う事では無いが、モデルという職業である七原がこれではマズイだろう。



「じゃあ、何だ? 何をしたら止めてくれる?」



 俺が問い掛けると、七原は動きを止め、少し間を置いた。



「……そうですね。でも、九条さんがこれを承諾してくれるかどうか……」



 そんな無理難題なお願いは無理だが……



「分かった。何だか分からないが、俺が出来る事なら承諾する。だから止めてくれるな?」



 変に気を落とされてもマズいし、何より美女のお願いを聞いてやるというのも悪くない。



「い、良いんですか……!! 本当に…!!」

「……金目のもの以外なら」

「何でも!!?」

「いや…それは……」

「…はぁ」

「あー、分かった分かった! 今日のスケジュールが上手くいったら考えてやらん事もないぞ!!」



 今日は午後に一大イベントが控えてるしな。それが上手く行ったら、後は何でも出来そうな気がする。



「死ぬ気で頑張ります」

「いや、死ぬなよ? お前は本当に死にかねないからな?」



 七原の顔が今まで見た事ないぐらい真剣で、俺はマジで焦った。

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ベランダでパジャマ姿のまま"✖︎✖︎✖︎"をしていた美女が、今では俺の通い妻 〜彼女を助けた俺は、面倒を見る為に"おかしな同棲"を始める。 ゆうらしあ @yuurasia

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