短編小説 おにごっこ

緑茶

第1話 おにごっこ。



 眩しい光が木々の間から降り注ぐ。靴越しでも感じるアスファルトの熱、鼻をくすぐる桜の香り、木陰には蟻が綺麗に列を並んで排水溝に消えていく。

 今日は4月にしては異常な熱さであると耳障りの良いアナウンサーの声が朝のリビングに木霊していたのを思い出す。

 私はハンドタオルを探してポケットを探る。

繊細な淡いブルーに、野球ボールの刺繍が施されているハンドタオルを額に添え滴る汗を拭こうとした時であった。


 「そこの人!そこの人!!」


 背後から優しくも切迫した力強い声が聞こえる。これが私しかこの道を通っていなければ私だと判断できる、だが今は登校時間である。

 背後を振り返る。現在歩いている道は2人通れる程であり、黄色バリアフリーの点字道を避けるように歩く数名の同じ制服の生徒が目に映る。今更ながら目が点字が必要なほど不自由ではない私が足で踏んでいたことに気づき左に足を逸らす。

 

 背後に映る声の主のシルエットは段々と近づき、女性は手を大きく振っていた。後2mというところで全貌が明らかになる。凛々しくも優しい瞳、とても身軽そうなショートヘア息を切らしながらも青白い肌が木漏れ日の差し込む光に照らされ輝いていた。    私は道を開けるために暗がりの深い影に佇み引っ込むように背を石の囲いにつけ道を開けた。

 

 「声かけてるんですけど」

 

 だが予想と反して、声の主の女子生徒はどうやら私に声をかけている様子だった。私はなんとか微笑んでみせる。決して口には出さないが私は彼女のように明るい女性は苦手だ。暗いわけではないが面識もない綺麗な女性に声をかけられて声が引き攣らないだけで自分を褒めたい。もちろん声は出していないが現状その苦手に声をかけられている。

 

「聞いてる?」

「聞いてはいる、何かよう?」

 

 よかったと口にする彼女は陽射しに白い肌が照らされいる。目が慣れるにつれ、彼女の小さな顔の輪郭や肌の白さが際立って見える。乱れた呼吸を整え、長いまつ毛が瞬きするたびに声をかける相手を間違えているのではないかと小首を傾げる。

 だが真っ直ぐとこちらの瞳を射抜くように見つめる彼女の瞳が私に声をかけていることをはっきりと物語っていた。

 

 日陰にいるはずなのに背中や脇を汗が伝う。

 今手に持っているタオルで額の汗を拭きたい所だが、女性の前ではマナーなど身についている身ではないが拭く行為が憚られる。

 

 「それ!タオル貸して欲しいの!」

 

 タオルという言葉に心を読まれたのかと冷や汗とともに体温が一度下がる感覚に襲われる。だが私の中で言葉を反復し彼女の言葉の意味を思考するが彼女も汗を拭きたいのだろうか?とあり得もしない結果を導き出す。だが結果的には用事はタオルのみ、それで苦手から逃げられるならばと心良く母がいつも持たせてくれるタオルを彼女に潔く渡す。

 

 「いいの?汚くなるよ?」

 「いいも何もタオルは汚れるためにある」

 

 不思議な人と笑う彼女は学校と逆の方向にお礼も言わず来た時と同じようにスカートを靡かせ走っていく。

 光に飲まれるようにすぐに彼女の背中は視界から消えていった。

 私は両足に交互に体重をかけつつ足を動かす。額の汗が目に入り染みる。私は視界に映る半袖のシャツを引っ張り額の汗を拭った。拭ければなんでもいい精神である。そのため母親もいつもタオルを持たせているのだろうと今更ながら気づいた。

 昇降口から緑色の掲示板に足を運ぶ、疎に喜び合うもの、一瞥してすぐにクラスへ向かう生徒がいる中、針に糸を通すように掲示板の前に立ち自分のクラスを確認を確認する。

 

「3ーD」

 1人呟くとともに、今度は某ゾンビ映画のように一つの建物に襲うかのように大群行列となっている生徒の群れに空気のようについて行った。

 下駄箱から廊下に出るとワックスと漂白剤だとわかる匂いを吸い込んだ。窓から太陽の光が差し込み、かけ直して火が浅いであろう床がキラリと光る。3年生ともなると1階が教室となる。クラス表示されている四方形の掲示板を眺め目的の教室のドアを開ける。

 数人の視線を感じるが話しかけてくる様子もなく、なるべく音が鳴らないようにとゆっくりと開けたドアを閉めた。

 その足で黒板に記入された自分の名前を確認し窓際の決められた椅子の背に寄りかかり伸びをした。

 席に座りまず時計を確認するがどうやら時間的には余裕がある。窓からの風は残念ながら期待通りには吹いてこないのに、汗だけは噴き出してくる。

 ポケットを弄るが目的のものがない、今朝のことを思い出し帰ってこないタオルに思いを馳せる。まるでモデルの表紙のような彼女の綺麗な顔が脳裏に浮かぶ、だが浮かぶだけで自分の中の何かが、思考をその先に行かせないかのように蓋がされる。私は必要以上に考えないたちであり、何とかなるであろう精神でいつも流されて生きてきた。それよりも今は流れる汗だ、部活なぞをやっていたためか汗腺も発達してる。4月のため冷房もついていない、先程のようにシャツで脱ぐうのも人目があるためこれまた憚れる。あるかもしれないが、ないかもしれない謎の眼差しが私を持するのだ。

 そんな四苦八苦を私の中でしている時だった。

 突然ドアがバタンと開く音がして、身体が飛び跳ねる。余りにも強く開けられた勢いからか、机のサイドにかけたバックが揺れている。

 視線も当然そちらに注がれるが、去年部活を辞める原因になった事故で乱視と近視が酷く誰だかシルエットしか分からなかった。

 私の友人に熱く元気なやつはいなくもないが.黒板で見た限りもと部活仲間の名前はなかったため、知り合いではないだろうと推測する。

 これまたバタンとドアが閉まる音とともに、隣の空いている席にシルエットが近づいてくるのが気配で分かった。

 

 今日は厄日なのだろうか、隣の席というのは嫌でも話をすることになる。社交辞令程度では良いのだが、大きな音を出す気が強そうな人は大体クラスの中心部にいるか、ヤバいやつかの2択である。部活を辞めてから熱というものがすっかり冷めてしまった疑似燃え尽き症候群のいつでも5月病の私は友人と遊ぶ時も異様な光過敏症、乱視、近視のトリプル疲労で疲れてしまい以前のようなカラオケもファッションも景色も素直に楽しめない。眼鏡をかけていれば問題ないのだが、何度も壊してしまいこれまた特注で高価であり、何度も壊す私に母が大層呆れて日常生活に支障がないならと今は買い与えられていない。これも自業自得である。

 

 「あのさあのさ!!」

 「はい?」

 「やっぱり今朝のタオルの人一緒のクラスだね!良かった!」

 

 これも自業自得なのだろうか?苦手が隣にきた。だが、今朝のタオルが帰ってくる算段がついたのは良いことではある。彼女程未木秀麗が似合う女子生徒が同学年であることを知らなかったのは盲点だが、知らなくても生きていけてるのだから盲点でもないのかも知れない。

 彼女はこちらに向かい何かを差し出す素振りをしてる。

 こちらも受け取るため手を差し出す貸したものを受け取れば今まで通り素通りすれば盲目になれる。だがそんな予想と反してはいと、渡されたタオルではなく綺麗な自分と比べると小さい手だった。

 見れば見るほど柔らかくて小さな手である。決してタオルではない、首を傾げていると彼女の口が開く。

 

「タオルごめんね、登校中にね、小学生の子が転んで泣いてて、水は自動販売機で売ってたんだけどタオル持ってなくてそれでね?血だらけになっちゃって」


 また視線を周囲から感じるがこれはクラスメイトのものであるだろう、私が他人でも視線を向けるだろう。彼女のことを知らないが、知らなくても視界に見える美貌からクラスの中心にいることは想像できた。

 ごめんなさいと差し出された視界に映るタオルは黒ずんでおり彼女の言葉通りのなら血であると想像できる。そして彼女の言葉も理解も出来る。意固地になることではないが汗が拭けないのは頂けない。


「そうか、でも人から借りたものを返さないのは正直どうかと思う。でも、借りたものは帰ってこないつもりで貸してるし、泣いて怪我してる子を助けるのは普通じゃ出来ないから尊敬できるし、理解もできる」

 

 だからと言葉を発しようとした時、空いていた私の右手は冷たいものが触れていた。それはか細く、そして少し震えている彼女の手だった。

 なぜ震えているか気になり視線を上に向けるがそこには変わらない笑顔の彼女の表情があり違和感を覚えたのをいまだに覚えている。


「ありがとう理解者くん!私君みたいな人好きかも」


 それが彼女との出会いであり、あの時手が震えている理由を早くに聞いていれば結末は変わったのだろう。だがその時はたった好きという2文字に心が動揺してしまった事実を消すことは出来なかったのだ。


 「ねぇ理解者くんーお腹空いたね」

 「理解者くんはどう思う」

 「理解者くん少し痩せた」

 「一緒に帰ろうーえ?2人でだけど?」


 彼女はクラスの中心にいつもいた。いやクラス中にいた。別段私とは限らずとも、全員に親しく平等に接して所謂イケメンでも、冴えない私のような人にも気軽に話しかけていた。

 私にはとてもそれが自由に見えた。言いかえればまるで小学生がそのまま大きくなったような、その成熟に近づいている容姿と裏腹に彼女だけが幼くも、何処か大人に見えた。

 

 だが心にしこりのように私だけは理解者くんとあだ名がついている謎は残っていた。


 長い学生生活最後の冬用の袖に手を通す。

 彼女と出会ったこの道も、落ち葉の絨毯が広がりバリアフリーの点字部分だけ微かに見えている。

 

 「理解者くん!おはようー!朝早いね」

 「おはよう」

 

 ムッと頬を膨らませてこちらをパンダのようなつぶらな瞳で見つめてくる。

 どうしたのか尋ねる前に、髪型がいつもと違うことに気づき、首を傾げながらが髪型か?と呟くように尋ねるとどうやら正解のようで満足げに頷き、足取りも心なしか向こうからこちらに合わせてくれる。出会って半年いつも通りの光景だった。

 

 「理解者くん、」

 「なに?」

 彼女が声をかけてきたのは、夕日の光が差し込む誰もいない教室。鳥が飛んでいるのかいくつかの影が揺らめき、腰を上げて帰ろうとした時だった。

 

 「ううん、いつも変わらず隣にいてくれてありがとうね」

 「当たり前じゃないか?こちらこそいつも寝てる時起こしてくれてありがとう」

 

 まつ毛が下に下がり影が落ちる彼女に向かって今さっきも眠気に襲われてうたた寝していた所を起こしてくれた感謝を伝える。

 

 「うん、やっぱり理解者くんのこと好きだ」

 「ありがとう」

 「でた!何にでもありがとう!にししっ面白いね理解者くんはっ」

 日差しが彼女の顔に反射し、自分の中で胸元が激しく弾み顔が熱くなるのを感じる。高ぶりそうになる声を抑えて、視線を逸らし手を握りながらゆっくりと口を開いた。

 

 「そうか?そうなら良かったよ」

 「適当だなこのこの!それでさ」

「うん」

 3度目の間が彼女の低くなったトーンから全身に震えが走る。彼女は天真爛漫な所もあるが時折心を読んでるのはないかとさえ錯覚するほどの観察眼を持っていることをこの半年で知ったのだ。何を聞かれるかと身構えながら視線は彼女の大きな瞳を射抜いていた。

 

 「いつ名前で呼んでくれるのかなって」

 「ぁ、名前ね、そうだな卒業式までとっておくよ」

 

 いつもは自覚すらしないカチカチと耳を澄ますと教室の針が動いているのがわかる、沈黙も会話というが上目遣いの彼女の瞳を一瞬見て反射的に外へ目を投げた。

 

 「なんで卒業式!?照れ隠しか!このこの」

 頬に手を添えながら、彼女に視線を戻して赤くなった頬を隠す。お構いなしにと言わんばかりに対面する彼女に肘打ちをもらう始末である。ここは流れを変えるべきでありこれ以上は私の頬を支えている手が崩れ落ちてしまいそうだった。

 

 「俺からも質問いいかな?」

 「なにー?」

 「何で俺理解者くんてあだ名なの?」

 「うん?それはね…内緒そうだねぇー卒業式の日に教えてあげる」

 

 だが彼女との幸福な時間もそう長くは続かなかった。彼女の笑顔で締め括られた放課後の会話から少しした後のことだった。友人の少ない私にも、彼女が虐められているという噂が耳に入るようになったのは。

 皆んな受験のせいか、雰囲気は殺伐としていた。色に例えるなら黒に近い赤色のよう。目には決して見えないが雰囲気が違う、とても重たくて狭い水槽の中で水が迫り、酸素がなくなって息が苦しくなる。そんな中でも彼女だけは背びれを広げて悠々自適に泳いでる魚のように軽く、そして綺麗だった。

 いつもと変わらない彼女から虐められている雰囲気は感じられなかった。だが、その表情に影が落ちているのは度々見かけた。だが女性特有の日だと彼女にはあしらわれ真実は聞けなかった。

 

 けれど終業式のその日は最初から何かが違かった。一言も彼女は発さないのだ。今まで出会ってから会話をしなかった日はなかった。

 

 その日焦る気持ちとは裏腹にあっという間に下校の時間になった。

 彼女とクラスメイト数人はホームルームが終わったと同時に教室を後にした。

 今日は気分的に黄昏たい気持ちもあり窓の外をボーと見つめる。茜色の空に黒い影が落ち始めていた。開けた窓からとても冷たい風が吹きこむ、ポケットを弄ると手に優しい絹の触感がヒンヤリとする。

 彼女との出会いを思い出す。朝声をかけられたがあの時に汗を拭いたタオルが始まりだった。結局あのタオルは洗濯をすると言って帰って来てはいない。

 冷たい風が吹く窓を閉めて、教室を後にした。

 

 夕陽が窓から差し込む、始業式の日にはツルツルで新品のようだった床も、無数の白い靴の後で汚れている。

 

 廊下に出たが鳥肌が立つほどの寒気を感じ目線を先に向けると、窓が一つだけ空いていた。誰かの閉め忘れだろうと、窓に手をかけた時だった。青い見慣れたことがあるタオルがフワフワと空気に抗いゆっくりと地面に落ちた。

 

 忘れることはない。彼女から帰ってこなかったタオルだった。窓から身体を乗り出し顔を上に覗かせると4階の窓が空いているのが見える。

 その時、階段を楽しそうな声で降りてくる彼女と一緒に帰ったはずのクラスメイトの声が階段から昇降口の方に消えていった。

 

 とても嫌な予感が…頭をよぎった。足を急かすように階段を急いで登る。2階、3階、段差を飛び越えるように、一年生の時に使っていた廊下に出た。奥の方に人のシルエットが見える。荒れた息を整えながら近づく。

 

「理解者くん、私色鬼は嫌いなんだ。」

「その服どうしたんだ、ここは1年の廊下だけど、そこで何してる」

目に映る彼女の姿は、シャツのボタンが止まっておらず下着が見えていた。よく見ると千切られており、ボタンがあるはずのところからは糸だけが飛び出ていた。

「こないで!!話を聞いて」

 叫び声に近い彼女の聞いたことない声に足を止める。

「私色鬼は嫌いなんだ、誰かの色になんて染まりたくないじゃん。だからこうやってハブられて虐められちゃうんだ。誰も悪くないんだよでも……私は耐えられなくなっちゃった。」

 

「俺の話を聞いてくれ!頼む俺はお前の、いや白織のことが好きなんだ!だから1人にしないでくれ」

 

「理解者くん、今までにないくらい必死だねそっか今日が私の人生の卒業式か。でも、ううん。私も答え合わせしなきゃね?私ねあなたに憧れてたの何にも染まらない、心はフラットなのに、フワフワで包んでくれるあの時の泣いてる子を助けたタオルみたいなそんなあなたに。私ねさっき裸の写真撮られちゃった。私の初めてもモップで卒業式、こんなことなら君に……」

 

 会話の順番が周ってきたいつも彼女が話し自分の番になる。それなのに言葉が見つからない、見てはならないのに彼女のスカートから見える太ももからは乾いた血が見える。そして彼女の全身が小刻みに震えてることに今更ながら気づく、苦虫を潰すように歯を噛み締め手に爪が食い込むほど握る。鏡を見れば酷い顔をしてることが分かった。

 

「いいよ罰は受けてもらうから、そんなの自分だけで済ませるよ。準備もしてたから。だからそんな顔しないで。でもさつらい、やられた事も辛いけどね友達だったのずっと小学生から。でもおかしくなった、私がおかしいのかも知れないけど色目て何んだろうね、私どんな色に見えてたのかなぁ。」

 

 「私はね自由でいたいの。私のそんな所を嫌う人もいるけどそれが私という人間だから。理解者くんさ何で空はあの時のタオルみたいに青色なんだろうね」


 何か決意をした目をした彼女はこちらに問いかけるような眼差しを配る。彼女は空を仰ぐように傾き、冊子に手をかけていた彼女の身体が大きく後ろに傾いた。

 

 

「ダメだ!!」

 喉から血が出るほどに叫んだ。不覚にも綺麗だと感じた一瞬が致命的だった。彼女が傾くと同時に彼女の口が開くのがスローモーションで見える。止めようと勢いよく足を急かし飛び出したため疲労の残った私の足は挫け地面が近くになり彼女を視界から一瞬失う。

 

「それじゃね私の最後の理解者くん。君の色は好きだったよ。大好きだった!」

 

 次に瞬きしたらそこに彼女はいなかった。血の気の引く感覚を人生で初めて経験したが、余韻に浸る暇などなく、窓から覗くことはせず、震える足を無理やり動かし階段を急いで降りる。

 視界が滲んで歪む、何度も階段を転げ落ちる。節々が痛い、頭から血が出てるのか額を滴る鉄の匂いが鼻腔を刺激する。

 

 そんな時ですら2度と聞けない彼女の声が頭に轟く衝撃とともに反響する。

 「理解者くん、私色鬼は嫌いなんだ。」

 

 彼女に殴られた思いだった。床が突然うねいて動き出す。決して俺は理解者じゃない、傍観者だった。いつだってただ見ているだけ彼女を守る決意があれば彼女と今頃、出会った時のことを話しながら帰路についていたはずだった。

 いろ鬼……。鬼が色を指定し他の参加者は鬼が指定した色を探し出し、その色に触れていれば鬼は捕まえることができず鬼はまだ触れていない人を追いかけなければならない。そして色を見つけらず鬼に捕まったものは鬼になる。

 誰が鬼かわかった。わかってた。白織でもなくて、ここまで追い詰めたあいつらでもないこの空気こそ、人をおかしくする鬼なんだ、きっと生きている限りずっとそんな鬼ごっこをし続けなきゃならない。

 

 それに彼女は自分らしさを貫ぬき、段々と生きづらさに気づいて辛くなった。まるで御伽噺の鬼のように酷い扱いを受けても、それでもだ。誰かにそれを強要はしなかった。叫ばなかった。助けを求めなかった。あぁみえて頑固だから出来なかった。

 水槽から1人だけ1抜けしてしまった。


 今更ながら思う彼女は待っててくれたんだ私のことを、そして最後に大切なことを気づかせてくれた。

 

 砂粒が混じる崩れたコンクリート敷きの校舎裏の冷たい地面。普段自転車で埋め尽くされてる校舎裏には自転車一つなく荒い呼吸を抑えることもせず足を進める。

 

 鮮やかな赤色に染まったコンクリート、大の字で眠る彼女の隣には、黒く染まったあの日のタオルが落ちていた。肌色の胸骨は微動だにせず顔からは生気はない。


 乱雑に敗れたシャツからは前を留めおくボタンがないため、中の白い下着が見えてる。数メートル離れた場所にいる彼女に近づいた時目を開けられない程の風が吹き、古びた自転車屋根が金切り声をあげる。彼女に近づくにつれ、私の足取りは遅くなった。決してこんな終わり方をしていい子ではない、私は自身の握っていた手をますますぎゅっと握った。頭を上に向けるとしょっぱい水が鼻から口に染みる。いつも見下ろしている空を見て彼女の最後の光景を目に焼き付けた。数十秒ほどそうした後に、手を離して楽にする。私はゆっくりと袖を脱き、彼女の身体に羽織っていたブレザーをかけた。

 

 目に映るはブレザーからはみ出た、出会った頃に震えていた。か細い手彼女の手、気づくと私は自宅のドアを開けるように自然と握っていた。

 

「小さい女の子の手」

 手が震えているのがわかる、だがそれは彼女の手ではなく私自身が震えているのだ。理解した時涙が喉につかえる。彼女はもうこの場所から自分の意思では永遠に動かないのだ。

「もっと早くに1人じゃないて一緒に悩んであげるって、疲れてるなら休もうて、言えたのに」

 

 掠れた声は軟化し下から立ち込める毒のようにむせえるような濃厚な鉄の匂いと膝に欠けた砂粒の痛みが走る。それとは別に染みいる。氷のような冷たさを膝に感じる。

 

 「違う、違う、違う!!君の名前を白織が好きだってもっと早くに言えばよかったんだ」

 

 蹲りながら叫んだ声は彼女に届いたのか。少し表情が和らいだように見えた。

 瞳に溜まった雫は重力に負け涙が落ちる速度は彼女と出会った日のさくらとは比べものにならない速度で落下し、血の水溜りに波紋が広がる、波が落ち着いた視界から反射した自分の顔は、おおよそ人の顔とは思えない程に赤く歪んでいた。



 

おにごっこ中学生編終。


 



 ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。

 今後も作品描くかは不明ですが、心情や多角的描写が苦手なためちぐはぐな所は目をつぶって頂けると幸いです。

 誤字、脱字などありましたら申し訳ありません。

 良ければフォロー、良いね、星よろしくお願いします。

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