ローザさんと愉快な仲間たち 後編

 〜現在・冒険者ギルド所有総合訓練場〜



 右に逃げたら火球。

 左に逃げても火球。

 もちろん前方も火球。


 あぁ、こういうのなんて言うんだっけ。四面楚歌?



『ちょっとあるじー!?何やってるんですか、早く逃げてくださいー!』



 あまりの火球の弾幕にちょっと現実を諦めていた私の脳に、クレアちゃんの声が響く。

 あ、クレアちゃん、と気がついたときには、私の体はすでに動き出していた。


 魔力で強化された全身の力で、唯一火球のない空中に躍り出る。そこに、待っていたかのように今度は速度の早い三本の風刃。

【剣術】の付属スキル【見切り】で、風刃の速さと威力が視えた。もし当たれば、死にはしないけど間違いなく動けなくなるだろう。かといって、すべての風刃を避けるのは不可能。身動きの取りにくい空中では、どんなに頑張っても一本には当たってしまう。


 なら、その一本を斬る!


 落下しながら体を捻って一本目を避け、勢いを保ったまま、胴体を狙っていた二本目を魔力で強化したレイピアで押し斬る。下から突き上げるようにして襲いかかってきた三本目は、刀身の部分で威力を殺して受け流す。



「みぎゃっ」


 しかし、三本目の風刃に気を取られていたため、着地に失敗してしまった。思いっきりかかとを地面にぶつけて、ジーンと痛みが襲う。

 うぅ、痛い………


『ほら主っ、やれば出来るじゃないですかー!』

『な、なんとかね………』


 いやいや、いま空中に躍り出たのはクレアちゃんがやったんでしょ、と聞こえないように愚痴をこぼす。心の中でだけ。



「ふぅん、少しは動けるの」



 幼く冷たい声が聞こえて、慌てて顔を上げる。

 そこには、杖を持ったままこちらを無表情に見つめるカティアちゃんがいる。



「最初に悲鳴を上げたときはどうしようかと思ったけど。意外と根性あるのね、新人」

「あ、ありがとう、ございます…………」



 戦ってみて分かったけど、このカティアちゃん、とんでもなく強い……!


 私は度重なる攻撃で、怪我こそしていないけど体力は削られてるし、【偽装】でセーブしているとはいえ人並み以上にある魔力だって、さっきので半分を切った。

 対してカティアちゃんは、魔法でしか攻撃してないはずなのに、まだまだ魔力には余裕がありそうだ。

そして、何と言ってもエイム能力がすごい。私の隙を的確に突いて攻撃してくるせいもあって、いつも回避がギリギリになってしまう。


というか、さっきから魔法や斬撃が地面を削ってかなり砂埃が舞っているのに、カティアちゃんの服にはチリ一つついていないような気もする。私はとうに汚れまくっているけど。


クレアちゃんのアシストがなければ早々に死んでたかも……………


冷や汗を垂らす私をよそに、再びカティアちゃんの魔力が集束する。まずいっ、攻撃が来る!



「なら、これはどう?………【白霧はくむ】」



言葉とともに、真っ白い霧があっという間に視界を覆う。


なっ………目くらまし?もしかして本人が殴りに来るとか!?



「【水雪みずゆき】」



間髪入れずに魔法が構築され、今度は雪が降りはじめる。しかも、雨と雪が混ざったみぞれみたいな…………なにこれ!?


冷たいし逃げたいけど、上空に展開されてる魔法陣が、この総合訓練場をすっぽり覆ってて逃げ場がない。

仕方がないので簡易的な防御結界を上に向かって構築。傘の代わりだ。


一体何のつも――――――――――りっ!?


ひゅん、と何かが顔の横をかすめる。とっさに頭を横に振って避けたが、髪の毛が数本、切り離されて宙を舞う。



「え………?」



ひゅん、ひゅん、ひゅんひゅん、とだんだん勢いを増しながら飛んでくるそれは―――――――小さく鋭い氷の刃!



「【晶氷しょうひょう花吹雪はなふぶき】」

「――――っ!!」



傘代わりにしていた防御結界の強度を引き上げ、前方へ移動させる。幸い氷が飛んでくるのは前方からだけ。今のうちに逃げれば―――――



「【氷花ひょうか】」



バキッ!と降り積もっていた水と雪が凍りつく。私の片足も地面に固定され、服に染みていた水分までもが凍り、身動きが取れない!


焦る私をよそに、霧の向こうから魔力の高まる気配がする。


やば、これまずいっ……………!




「【堅氷けんぴょう御神渡おみわたり】」



私が腰を無理やり折り曲げてレイピアを突き刺したのが先か。

凍りついた地面が次々に割れ無数の氷柱が飛び出してきたのが先か。


カティアちゃんから私へ、道が作られていくかのように地面が裂けてくる!


それのあまりの威力に、私の体は紙切れみたいに空中に放り投げだされた。


姿勢をうまく立て直せないまま、追撃に氷の刃が―――――――




「はいストーップ」




突然、フッとすべての魔法現象が消え去る。あたりを覆っていた白い霧も、降り続けるみぞれも、襲ってきていた氷の刃も、地面を裂いて出てきた氷柱も。



「えっ」



あ、カティアちゃん、魔法解除してくれたんだ。よかったよかった………ん?あれ待ってこれ私落ちてる!?



「ひゃああああぁぁぁああぁぁあぁぁぁ――――――――っっっ!?」

「【羽風はかぜ】」



着地の直前に出てきた空気のクッションに、ぼふんと激突。


いっ、生きてる…………よかったぁ……………



「いや〜、よくがんばったね!カエデ!」

「はい!すごいですよカエデさん!!」

「むぎゃ!?」



とたん、ローザさんがわしゃわしゃと頭をかき混ぜ、リーリアさんがどーんと抱きついてくる。衝撃で変な声が出る。



「まさかカティアに【御神渡おみわたり】を使わせるなんてねー。あれは一応奥の手なんだよ?いやぁ、予想以上だね!」


「すごいですすごいです!わたくしの時なんて、あの火球を避けられなくて黒焦げになってしまったのに…………!!人相手にあんな魔法を使うカティア様、初めて見ましたわ!」


「最後に刺突で足元を砕いたのはいい判断だったね。レイピアは特に刺突に強いから!う〜ん、連れてきてよかった!」


「ところどころスキルも使われておられましたわよね?特に、あの魔力感知を妨害するスキル!なんせ、カティア様は視覚よりも対象の魔力を感じ取って狙いを定める方ですもの、さぞかし戦いにくかったと思いましてよ!」




頭を撫でられたり至近距離で話されたりともみくちゃにされて、私は「あ、はい、ありがとうございます、あの、苦しい……」とぼんやりつぶやくことしか出来なかった。









そんな光景を、カティアちゃんは少し離れたところから見ていた。



「ローザも、リーリアも、なんなの。……………せっかく、褒めてあげようと思ったのに」



めずらしく拗ねたような響きを持ったその言葉は、私の耳に入ることはなかった。

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