あの小説と、この世界

「そう、だ。………思い出した、私は…………今朝」

「ええー、非常に残念ですが、亡くなりました」


 不思議と、ショックだとかそんな訳ないとかは、浮かばなくて。

 むしろ、という感覚に近かった。

 だから私は、もう一つの疑問をクレアさんに質問した。



「じゃぁ私はどうして異世界ここに?まさか本当に異世界転生…………?」

「はい、そのことなのですがー………えっとー、少し長くなるので、まずはこちらから」



 その言葉と同時に、クイッと指を曲げる。

 と、それに引っ張られるように、机の上に置いてあった本が、浮かんだ。



「あ…それは、創世神話の………」



 呟く間にも、本は部屋の中央まで移動してきている。

 そして表紙が―――――開いた。


「『始め、この世界は、創造神の心にのみ存在していた』」


 クレアさんが読み上げているのは序章の部分なのだろう。本のページはまだ始めの方だ。

 開かれているページには、おそらくさっき彼女が読み上げた一文、そしてローブをまとった人物の絵。


 ぺらり。

 再びページがめくられる。


「『ある時創造神は、それを実際につくり上げることにした。人を、街を、国を、道具を、魔法を、文化を、その全てを』」


 2ページ目には、ローブをまとった人を背景に、文章に出てきた、人、街、国、道具、魔法、文化が描かれている。


「『こうして、この世界は誕生した』」


 次のページには世界を表す絵。

 まさに創世神話。世界が作られたときの出来事が書いてあった。


「今読み上げた内容はー、そのままこの世界の始まりになっていますー」


 え?


 にこ、と微笑みながら言われたその言葉に、思わず目を見開く。


「え?ち、地球みたいにヒトがサルから進化して………っていうんじゃなくて?」

「はい。この世界はもともと、貴女あなたの書いた小説ですからー!」


 は?

 にっこー!という擬音が背景に視えるような笑顔で言われたセリフに、固まる。


 …………は?


「はじめ、この世界は貴女あなたの頭の中にのみ存在していましたー」


 ………………………え?


「貴女はその世界空想を、小説にしました。そしてー、この世界は誕生したんですー」


 …………………………………?????????

 話し続けるクレアさんの表情は(口調は気が抜けているものの)真剣そのもの。とても嘘を言っているようには見えない。

 ただ、私だけが話についていけない。

 おそらく私、いま首どころか体まで傾いてる。



「た、誕生した?なんで………………?あれは、ただの小説なはずじゃ………」


「はいー。たしかに、『ただの小説』でしたよー?貴女が、亡くなられるその時までは」

「…………?」


「貴女様の命が消えた時。なんの因果かは解りませんが、『ただの小説』であったはずのこの世界がー、新たな【世界】として誕生したのですー」



 ますます分からない。

 私が死んで?あの小説が?世界として生まれた?Oh,I Don't understand.(ワタシ、理解できマセーン)

 そんな私の内心を知ってか知らずか、彼女は話すのをやめない。



「虚構は現実となりー、文字だけで表されていた人々は姿を得て、動き出す。国ができ、街ができ、文化ができていく。無論、わたし達『神』も例外ではありませんー」

「………???何となく分からないこともない、けど、私が異世界にいることと、どう関係が…………?」


「はい。ここからが本題ですー。…………わたしが【運命】を司るように、神々はそれぞれの力をもってこの世界を『維持』してきましたー………でも、ひとつ問題があったんです」


 問題………?


神々わたしたちは、『維持』はできても『創造』…………新しく創ることが、どうしてもできなかったんですー。もともと、個人の小説という不完全な世界ですからー?どうしても限界はありますよねー……………たとえばー、作中に出てこなかった街や国。人、家、店、広場、城…………『在る』はずなのに、何処かぼんやりしている。名前がない、顔がない。矛盾している…………言うなれば、『バグ』でしょうかー。そういった『バグ』を、わたし達は直すことができなかったんですー」

「はぁ………?」

「では、一体誰なら直せるのか。そこで思いつたのですよー」




「この世界を創った、作者なら、と」








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