エピローグ 3 君。本当は――


「それで”お姫様”の様子はどうかね?」

「ご機嫌ナナメ九十度といった感じでしょうか」

「それはナナメではなく垂直落下と言うのだがねぇ」


 都内某所。

 報告を受けた男は、やれやれと重い溜息をついていた。

 四十を過ぎ、年相応に肥えたお腹をさすりながら、どうしたものかと唸っている。


 男の名は黒金檜。

 齢四十数年にして、政府主導プロジェクト“友達クエスト”推進委員室室長の名を関する、事実上のトップ――


 ……ではあるが、その中身はうだつの上がらない中間管理職おじさんだ。

 問題が起きれば上役に小言を言われ、肝心要の“お姫様”はいつも不機嫌。プロジェクトが炎上したら即首を切られる使い捨ておじさん、要するにトカゲの尻尾である。


 そんな黒金の悩みと言えば、もちろん――”お姫様”について、である。


 黒金はため息を隠し、そっと扉を開けた。


「失礼するよ、エミリー君。なにやらご機嫌ナナメと聞いてぶほっ」

「乙女の部屋に許可なく入室だなんて、懲役死刑でありますわ」

「死刑の時点で懲役ではないぞエミリー君……」


 飛んできたウサギ柄クッションを下ろしつつ見渡せば、相変わらずの秘密基地。

 テーブルに並ぶ数台のパソコンに、壁一面を埋め尽くす勢いで飾られたヘッドセット。床には正体不明のケーブルが交通渋滞を起こし、周囲には謎の電子機器がランプを灯している。


 まさに一昔前の電子オタク――その奥に腰掛けておられる少女こそ、彼等が崇めるお姫様だ。


 エミリー=マーミリア。

 色素の薄い肌と、銀色のツインテール。

 すらりとした鼻建ちに、意思の強い睫毛――だけど、身長145センチ、という低さと隠しきれないおでこがチャームポイントだ。

 そんな麗しい彼女が、白衣姿でふんぞり返る姿はじつにワガマ……今日も威厳が漂っていた。


 が、当然彼女はただの小娘ではない。

 彼女の真価は、美や可愛さではなく、才にある。

 眉目秀麗にして、天才学者。

 ”友達クエスト”に用いられている半没入システムの研究者にして開発者――即ち、稀代の天才。


 ……である彼女は今、椅子をぐるぐる回転させながら背もたれにかじりついていた。


「何なのですわ、あの男……!」と、怨嗟の念を込めながら。


*


 帰国子女、エミリーマーミリア。

 日本人離れした銀の髪に、すらりとした顔立ち。可愛らしく頭脳明晰という、天賦の才に認められた彼女にとって――日本での学校生活は、お世辞にも良いものとは言えなかった。


 あるときは友達だと思っていた相手に金づるにされ、あるときは男子の告白を断った途端、同姓の女子に因縁をつけられた。

 実家が裕福だったことや、母方の実家が田舎だったのも拍車をかけた。

 日本人離れした美貌は否応なく嫉妬を買い、裕福さは羨望と妬みの対象となり、彼女が有能であればあるほど周囲に距離を取られ続けた。


 引きこもりになるには、そう時間がかからなかったという。

 そんな彼女が孤独を拗らせ、イマジナリーフレンドを開発しようと思い立ち――やや頭のおかしな両親が莫大な資金とツテを注ぎ込んで生まれたのが、半世紀先を行くと言われたオーバーテクノロジー“半没入システム”開発の元祖だ。



 人類の五感すべてをVR体感させる、半没入技術――

 空気流を利用した触覚体験用の手袋型デバイスや、ヘッドセットに付属したカートリッジより特定の香料を放出させる嗅覚デバイスすら用いない、単一のヘッドセットで五感を補える最新技術。世界が放っておく筈もない。


 二十歳にも満たない天才を、世界の誰もが求め始めた。

 引きこもりだった少女を数多の国がスカウトし、同時に、人の人生を容易く狂わせる多額の金が飛び交った。


 しかし、莫大な力を手にした”お姫様”が望んだのは――


「日本の学校で、友達がいない子のために尽力したいのですわ!」


 実に彼女らしい慈愛に満ちた一言だった。


 ……という、大嘘から始まる。


*


「いいことを思い付きましたわ!」


 だん、と机を叩いて立ち上がるエミリー。


「決めましたわ黒金。次のイベントは集団PvPなんてどうですの? モンスターにはAIの限界がありますし、わたくしの関与も限られます。でもプレイヤー同士の対決でしたら、最後にものを言うのは友達の数! 人数差は絶対正義! この状況なら友達がいない人間は無様に落ちぶれるに違いありません……そう、オンラインゲームの団体戦で人数不利を押し返せるはずがないっ……!」


 くくく、と美人を台無しにして笑うエミリー。

 いやらしく唇を釣り上げるその顔は、友達想いにはほど遠い、悪意と憎悪を煮詰めたシチューのよう。


 帰国子女にして、学校に馴染めなかった少女。

 遠足もクラスマッチも、文化祭も体育祭も一人で過ごし、灰色の生活を送ってきた彼女にとって……友達のいない過去の自分は、惨めで哀れな存在だった。

 どうしようもなく情けなく、寂しく、辛かったあの時代。

 耐えがたい程の苦痛を抱え、今なお胸にぽっかりと穴が空いたままの彼女は、だからこそ友達クエストを推奨する。


 友達関係を強要し、

 成績を人質にし、

 友達の数という暴力を押しつける。


 友達のいない者を救済するためではない。

 ――”友達クエスト”の中であぶれる、友達ができず惨めに絶望する人間を、ゲームマスターという立場から見下しあざ笑うことで自分を安心させるために、だ。


「この仕様なら、あのすまし顔の男も困るはず……!」


 机を叩き、エミリーは悔し紛れに歯ぎしりをする。


 エミリーの提案はシンプルだ。

 ”半没入システム”を提供する代わりに、ただ学校という空間に手を加えさせてくれと頼み込んだ。

 政府は「βテスト版限定で」という条件付きで、その提案を了承した。教育よりも彼女の技術を買ったのだ。

 もちろん最終的には「βテストは失敗だった」と理由をつけ、エミリーの技術を吸収したのち友達クエストプロジェクトを破棄することで場を収めるだろう、けど――それでも構わない、とエミリーは思う。

 彼女に刻まれた呪いを、少しでも癒せるならそれで良い。


 そんな呪いを抱えた彼女にとって、最も許せないやつが二人いる。


「絶対に、許しませんわ……フレンド登録もしないまま、楽しくゲームを二人でプレイだなんてっ……!」


 フレンド登録をしてないのに、事実上の友達と楽しくクリアしました、なんて言ってる女を彼女が許せるはずもない。

 それ以上に。

 フレンド登録もろくにできない引きこもり女に対し――優しく手を差し伸べ、面倒を見て、何でも笑って許して楽しんでくれる王子様みたいな男が、都合良く幸せを運んできてくれる展開なんて。

 しかもその男が、自分がわざと押しつけてる悪質なゲームに対し「友達の仕様はガバですけどクエストは楽しいです」なんて、ドヤ顔で煽り散らしてくる男なんて。


 絶対に、絶対に認めない。


 苛立ちと憎悪に塗れながら、エミリーは自分の用の友達クエスト画面を開く。

 マスター権限でのみ入れるプレイヤー画面に表示されるのは、あの男から預かった屈辱のメッセージだ。


【蒼井空さんから、エミリー=マーミリアさんにフレンド申請が届きました。許可しますか? はい\いいえ】


 絶対に目にもの見せてやる、と、エミリーは親指の爪を囓りながら、その画面を睨み付ける。






 ……そんな後ろ姿を見ながら、本プロジェクトの最高責任者、黒金檜は溜息をつく。

 彼は中間管理職おじさんである。

 余計なことは言ってはならない。

 ”お姫様”の怒りを必要以上に買うこともないし、退職金減額の引き金を自ら引く必要もない。


 それを理解しながら、けれど、黒金は口を滑らせる。


「あー、エミリー君。僕は前から思ってたんだがねぇ……」


 まだ二十歳にも満たない彼女の未来を憂い、伝わらない老婆心を込めて。


 ぼそり、と彼はわざと聞こえるように呟いた。


「君。本当は、友達が欲しいんじゃないのかね?」



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”友達クエスト”の少数派 ―フレンド数=強さのVRMMOで芋ぼっち美少女の世話をしたら「と、友達なんかじゃないもん……」とデレてきたので一緒に攻略しようと誘ってみた― 時田唯 @tokitan_tan

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