1-5 女の子を抱えて逃げるのはマナーです


 ”友達クエスト”の初期設定において、変えられないものが二つある。

 本名と外見だ。

 友達クエストでは後にリアルに会うことを想定し、外見を偽るプレイが出来ない仕様だ。


 よって今、僕の前に倒れている彼女は、現実でもこの姿のはず。


 さらりとした、艶のある長い黒髪。

 血色のいい頬に、ちょっと強気そうな太めの眉からは、美人というより可愛い印象が先にくる。

 とくに頬がふにっとしてそうなところが可愛らしい。


(って、僕さっきこの子に、服脱いでとか言いまくったような……!)


 後でゲームのログとか取られて校長室に呼び出されたりしない?

 このゲーム、高校生がプレイしてるんだからR-18レーティングされてるよね!?


 しまったしまったと慌てる合間に、彼女が「う~ん」と、気絶から復帰した。


 その前には、覆い被さるように見下ろす僕。

 彼女を包んでいた装備は解除済み。

 いわゆる初期状態であり、薄手のシャツとズボンをしてるだけ……


「あ、ご、ごめんっ。そういうつもりじゃなくて、その、やましいことは一切なくて」

「…………」

「装備品はすぐ返すから! ああでも、とりあえず森から出よう。ね?」

「…………」

「すみません泣かないでください、本当、僕が悪かったので!」


 彼女の柔らかな瞳にじわあっと涙が浮かび、僕は全力で詫びた。

 ごめんなさい、本当に誤解なんです信じてください――


 なんて説明する暇は、なかった。



 がさがさと、背後から物音。

 振り返ると。

 巨大ウサギがのっそりと現われ、僕らを見下ろしていた。


(でかっ!?)


 ウサギなのに、体型が鹿くらいある。

 しかも三匹!


 ……ここは穏便に、相手を刺激しないように逃亡しよう。

 なんとか破壊神さんを宥めつつ、彼女と一緒に逃げれば――


「っ、な、でで、でかウサギ―――――っ!?」


 破壊神さんが悲鳴をあげた。

 足下に転がっていた子ウサギの耳をふん捕まえ、ぶん! と投擲。

 巨大ウサギの顔面にびたーんと直撃した。


「あっ……」


 巨大ウサギの変化は、説明されるまでもなく理解できた。

 三角の瞳をより尖らせ、怒りマークのエフェクトを吹き出し、ふんすふんすと鼻息荒く後ろ足を蹴り始める。




 僕は無言で、破壊神さんをお姫様抱っこした。

 彼女は一応、先生に頼むと言われた相手だ。いきなりゲームオーバーにされては困るし、魔物の餌にされるのも可哀想だ。

 彼女を抱えて飛び退いた僕の背後を、巨大ウサギの突進がすり抜けていく。

 軽自動車かと思う勢いだ。


(うっわ、ゲームでも怖い!)


 逃げなければ。

 アイテム欄を開く。ウサギたちに背を向けつつ、余りの閃光弾を手に掴む。


「破壊神さん、目を閉じて!」

「え? ええっ!?」

「閃光弾!」


 背後に放り投げた直後、フラッシュが炸裂。

 光が収まるとともに振り返ると、ウサギは三匹とも気絶している。


「よし効いた! 破壊神さん、いまのうちに……」

「~~☆」

(気絶してるー!?)


 いやもうホント、ごめんなさい!

 そりゃあそうだよね、突然目を閉じて、なんて言われて出来る人いないよね!?


 けどごめん、このままウサギの群れの中にいる訳にもいかないので、彼女を抱えたまま逃げることにする。


 そうして走りながら、今ごろになって彼女の身体の柔らかさを腕越しに感じ始めた。

 VRなのにリアルな肌感覚を得られる最新機器が、僕の心にたっぷりと罪悪感を塗りたくる。僕だって一介の男子であり、女の子を抱えて走るなんてシチュエーションに全くなにも感じない訳ではない。


(ていうかこれ、気絶してる女の子を森に攫ってる風にも見えなくない?)


 絵面がやばいと思ったけど、とにかく一息つける所まで逃げなければ。



【チュートリアル:警告 モンスター出現高頻度区域 初心者には危険です】

【チュートリアル:警告 トラップ多発地帯 初心者には危険です】



(そうは言うけど、どっちに逃げればいいのかわかんない……!)


 もうちょっと分かりやすいチュートリアルが欲しいと思いつつ、僕は森を駆け抜けようとして――


「うわっ!?」


 突然の暗転。

 落とし穴に引っかかったと気付いた時には、僕は彼女を守るように身を屈めながら、ざりざりと坂道を下っていく最中だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る