関係を終わらせるために他の男をけしかけたんだが墓穴を掘っちまったらしい

赤茄子橄

本文

緋雪ひゆきちゃん、最近、桃郷もものさとんところのチャラ男センパイと懇ろな関係みたいだな?」

「なんのことかしら?」

「いやいや、惚けなくていいぜ。別に悪いことしてるわけじゃないし、責めてるわけじゃないんだからさ」


「意味がわからないわね。それに、責めてるわけじゃないとか言いつつ、蒼雨そううの発言からは私を悪者にしたいっていう意図が透けて見えるのだけど?」

「いいやぁ? 全然そんなことないぜ? むしろめでたいなぁって思ってるくらいだよ。まぁ? 定期的に俺に好きとか愛してるとか言ってたわりに? 他の男にも粉をかけてるとか? 緋雪ちゃんもなかなか強かだなぁ〜とはちょっと思ったけどな?」



 本当に本当に。緋雪ちゃんを糾弾しようなんてつもりはないぜ?

 緋雪ちゃんからの幾度にも渡るアプローチを躱してきたのは俺だしな。


 まじでそもそも付き合う気とかなかったから、緋雪ちゃんが誰と懇ろになったとしても俺にとっては全然関係ないこと。いやむしろ都合のいいこと。


 ってか、この状況を作ったのは俺だしな。


 それにしても、緋雪ちゃん、思ったより落ち着いてんな......。

 俺がこの話振ったらもっと取り乱すかと思ったんだが。


 っていうか、ぶっちゃけ、普段から落ち着き払ってる緋雪ちゃんが動揺する様を見てやろうっていうゲスい考えがあったんだけどよ。

 だからわざわざ嫌味ったらしい言葉を選んだのに、肩透かし感がすごい。ぶっちゃけがっかりだわ。


 まぁそんなのはどっちでもいい。


「ふぅん。そうなんだぁ。ちなみにどうして蒼雨は私がそのナントカっていうチャラ男くんと何か関係があると思っちゃったのかしら?」

「あー、俺の友達がたまたま緋雪ちゃんと桃郷センパイが仲良さそうにしてるとこを見かけたらしくてな。別にいらねぇのにわざわざ写真を撮って送ってくれたんだよ」



 もともと撮影役は用意してたから不要だったんだけど、本当に偶然友人が撮影して送ってくれた。

 これはこれで、嘘っぽさが減って信憑性が高まって都合がいい。


「へぇ、そうなのね。そのお友達の名前を教えてくれるかしら?」

「いや、ダメだ、教えられない。教えたら緋雪ちゃん、そいつに何するかわかんねぇからな」



 悪くないヤツを危険な目に合わせるわけにもいかないし、そいつは知らないわけだけど万が一にでも証言から俺の計画が露見でもしたら困るからな。

 それに根拠はそれだけじゃねぇしな。


「そう......。蒼雨は私のこと、そういうことをする人間だって思っているのね」

「いや、思ってるもなにも、事実そういうことしてきたろうに」

「なんのことかしら?」



 いやいや、惚けても意味ないだろ。

 今まで何人の人間を手にかけてきたよ。


「まぁいいや。それにさ、それだけじゃないんだよ。緋雪ちゃん、昨日も一昨日も自分の部屋でヤッてたろ? やらしい声が俺の部屋まで聞こえてきてたぜ?」



 俺がバイト行ってると思って油断してたんかな? 俺がやってるバイト、今週はたまたま全部休みだったんだよな。

 桃郷センパイの声はあんまし聞こえなかったけど、緋雪ちゃんの嬌声はかなりバッチリ聞こえたからな。


 野郎の汚ぇ声なんて聞きたくもねぇし、ちょうどよかったわ。


「ふーん、聞こえてたのね」

「あぁ、ばっちりな。バイトは休みだったんだよ。ま、俺らの部屋は2mくらいしか離れてないし、聞こえてきてもしょーがねーよな」



 俺の家と緋雪ちゃんの家は隣同士。

 サイズは当然緋雪ちゃん家の方が5倍くらいでかいけど、俺の部屋と緋雪ちゃんの部屋は石垣を挟んで向かいにある。


 普段の俺はあの時間はバイトしてるし、電気もつけてなかったから俺がいるって気づかなかったんだろ。


「それで。蒼雨は私のいやらしい声を聞いて、どう思ったの?」

「ん?」



 どう思ったか?


「そうだなぁ。でかい声だなぁって感じかな。センパイのナニはそんなによかったのか?」

「他には?」



 都合悪いことには答えねぇのか?

 まぁいいけどよ。


「んー、さっきも言ったけど、緋雪ちゃん、意外と気が多いんだなぁってくらいだよ。それだけ」

「ふぅん」



 いつもと顔色が変わらない緋雪ちゃんの表情にいっそ不気味さを感じなくもないけど。

 そんなに気にしてないってことだとしたら、俺にとっても都合がいい。


「そんなのはいいんだよ。とにかく、いい相手が見つかってよかったなぁ」

「......いい相手?」

「あぁ。桃郷センパイはあんだけデカい声だしちまうくらい上手いんだろ? 性格的にも緋雪ちゃんとこの家業と相性良さそうじゃん」



 ゴミクズ代表との呼び声の高いあの・・桃郷センパイのことだ。

 追い込まれた女の子たちを風呂に沈めたりすんのに抵抗なんてなさそうだし、お互いに都合がいいだろうよ。


 仕込みは上々。あとは詰めを終えれば、俺の悲願の達成だ!


「蒼雨が何を言ってるのか理解できないわね。もしふざけてるつもりならそのあたりで口を閉じたほうが懸命よ?」

「ふーん、まだ付き合ってない甘酸っぱい時期でいじられたくないのか? それとも単に恥ずかしがってんのか?」



 ちょっと脅しをかけたら俺が折れると思ってんのか?

 緋雪ちゃんらしくもねぇ。俺がそこらの奴らみたいにその程度でビビったりしねぇことくらい知ってるだろうに。


「なんでもいいんだけどさ。あー、あと、まさかもうないとは思うけど、今後は俺にちょっかいかけるのはさすがにやめてもらえるよな? キープくんみたいに扱われたくはねぇしな。あと自分で言うのもなんだけど、俺、いわゆる処女厨ってやつなんだよね。だからチャラ男と寝た緋雪ちゃんとどうこうなることは絶対ねぇから。ま、わざわざ言うまでもねぇか? とにかく、これからは普通のお隣さんってことで、適度な距離感でよろしく頼むよ」

「そう........................」



 ふっ、さしもの緋雪ちゃんも言い訳の1つも吐けないか。

 ついに......ついにキメてやったぞ! これで俺の苦悩の日々も終わりだ!


 俺の言葉に目を伏して小さく呟いて返すだけの彼女は鬼門緋雪きもんひゆき

 生まれたときからご近所付き合いというか、家族ぐるみの付き合いというか、付き合わさせられてきたというか......。

 俺には拒否権とかなく腐れ縁を続けさせられてきた彼女は3つ年上。


 付き合い、とは言っても、あくまで知人としてのソレであって、男女としてのソレはない。間違ってもそれだけはない。


 年の差のせいでいつも緋雪ちゃんには辛酸を嘗めさせられるというか、いいように尻に敷かれてるっていうね。


 付き合ってもないのに、激しく束縛されたり、緋雪ちゃんの親父さんに牽制されたり、やべぇ仕事の手伝いさせられそうになったり、鬼門の娘と仲がいいからって女の子たちには敬遠され、男たちには嫉妬の目を向けられる日々。


 そんなのはもううんざりなんだよ!


 そんな彼女も今は大学2年生。聞けば大学2年なんてみんな股も頭も緩くなりがちな年頃っていうじゃねぇか。

 この期を逃す手はねぇ! ってなわけで、さすがに悪いかとも思ったけど、桃郷センパイをけしかけて緋雪ちゃんと関係を持たせて俺のことは諦めさせる作戦をこさえたわけだ。


 それがようやく。ようやく! 実を結んだんだ!


 もともと緋雪ちゃん自身のことは嫌いってわけじゃない。っていうか、見た目とかはむしろ割と好きな方ではある。

 彼女の涼やかで綺麗な見た目と凛々しい性格に心打たれる男は後を絶たないくらいだし。


 それに、好きだって言われるのは男として光栄の至りではある。


 けど、俺は金と権力と暴力で人を支配したり、女の子の春の売買を斡旋したりしてるようなあんな悪徳金貸しの家と一生関係を持っていくつもりなんてないんでね。

 そんな会社で勤めてるウチの親父ともそのうち縁を切るつもりだし。


 恨むなら自分の家の家業を恨んでくれよな。


 さて、感傷に浸るのもホドホドにして、そろそろ帰って一人祝勝会と洒落込もうじゃねぇか!












「口にしたい戯言はそれだけかしら?」

「は?」



 うわぁ、表情はにっこりしてるけど、この低い声はガチで怒ってるときのソレだ......。

 逆ギレか? ま、だとしても今の俺は気分がいいからな。多少の理不尽くらいは受け入れて祝勝会のツマミにしてやるさ。


「はぁ......。本気で私にバレて無いとでも思ってたのかしら......。まったく、この子は相変わらず詰めが甘いというか、愚かというか......。でもそんなところも愛おしいのだけどね」

「あ? バ、バレてるって......なんのことだ?」



 嘘だよな......? ............カマでもかけてきてるだけだよな?

 相当慎重に動いてきたし、盗聴とか人の気配にもかなり注意してきたんだぞ。おいそれとはバレないはずだろ。


 ......いや、バレてたとしても問題はないはずだ。さっきの「処女厨宣言」でトドメになってるはず。

 桃郷センパイからの直接の連絡はまだ返ってきてないけど、桃郷センパイの手の速さとヤリチン武勇伝は本物だし、友人の目撃談を併せて考えてみれば緋雪ちゃんが貫通済みだって可能性は十分高い。

 仮にそうでなくとも、彼女が未経験のままだと証明するのは困難を極めるはずだ。


 だから仮に俺の裏工作がバレたとしても、桃郷センパイの存在を盾に、ちゃんと言い訳は立つはず。








「蒼雨にはもっと嫉妬してもらうつもりだったのだけど、失敗かしら。いえ、本心では悔しい気持ちもあるわよね?」

「何を言ってんだ?」



 そんな可哀想なヤツに向けるような目ぇすんな......。

 ってか、悔しい気持ちとかねぇから。


「チャラ男くんに何か期待してるんだとしたら、残念だったわね。あの男はすでに近くの山で植物の養分にでもなってる頃よ」

「..................えぇ......」



 植物の養分......か。あのパイセン、埋められちまったか。

 つーか、桃郷家も大概の名家だぞ。いくら鬼門の家の子だからって、そう安易に消すのはまずいだろ......。


「心配しなくていいわ。あの男の家はすでに懐柔済みよ。あの家も女癖の悪いあの男に手を焼いていたそうだし、ウィンウィンの関係で楽な仕事だったわ」


 ま、まじかぁ。


 桃郷センパイ......確かに周りに疎まれがちな人だったけども......。

 そうか、俺の作戦の犠牲になっちまったか......。南無......。


 俺にとっては心底どうでもいい悪人だったけど、さすがに悪いことしちまった......か?


 いや、今はゴミのことを気にしてる場合じゃねぇ。

 パイセンが処分されたってことは、俺との接触もそれなりにバレてる可能性があるってことじゃねぇか!?


「あと、当然だけれど、私とは何もなかったわ。念の為に家の者に一日中動画を回させてるからね。証明もできるわよ。そういうわけで私は今もバキバキの処女よ。蒼雨の好みドンピシャの。私の心も身体も、いつもいつまでも蒼雨だけのものよ。よかったわね?」



 なんもよくねぇよ!

 何のためにコソコソと頑張ってきたと思ってんだ!


 ......だけど、まだだ。これくらいの状況はまだ想定内だ。


「はんっ、そうなのか? ま、緋雪ちゃんが用意した動画なんて細工し放題だし、証拠能力は認められねぇよ」

「私とスればわかると思うけど?」

「今どきは膜の再生手術なんてもんもあるらしいしな。本物のバージンかどうか、第3者が見分けるのは無理ってこった」


 まぁ、緋雪ちゃんがヤッてないって言うってことはヤッてないんだろうけどな。

 彼女は嘘は吐かないから。


 ってか処女厨とかも適当に言っただけで別にそんなに気にするわけじゃないんだけど。


「はぁぁぁぁぁぁ......そう」

「あぁ、そういうことだ」



 深い溜め息をついて、諦めの様相を呈する緋雪ちゃん。


 ふぅ。多少危なかったが、なんとか計画の範疇に収まったな。












「愚かさも、ここまでいくと救いようがないわね。素直に謝れば、これはなかったことにしてあげようかと思っていたのだけれど、仕方ないわね」

「あん?」



 ............何の話だ? ..................まさか!?


「8月9日20時34分、七楽蒼雨ならくそううCHAINチェインにて桃郷禍もものさとまがに緋雪お嬢様との接触を依頼」

「!?!?!?!?!?!?」



 CHAINチェインとは、携帯端末を使った連絡用アプリだ。

 セキュリティもかなりしっかりしてて、相手ごとにパスワードを掛けられたり、端末を盗み見られたりしても安心の非表示設定にできたりする仕様になっている。


 桃郷禍もものさとまがというのは、言うまでもなくさっきから俺たちの話にでてきてた桃郷センパイの名前だ。


 時間までは定かではないが、確かに俺はそのあたりの日に桃郷センパイにCHAINで依頼をした。

 だが、メッセージの履歴は消したはずだし、隠蔽工作には万全を期したはず......。


 ってか、緋雪ちゃんが読み上げてる紙は一体!?


「8月10日10時13分、七楽蒼雨、緋雪お嬢様の個人情報と引き換えに桃郷禍から金銭を受領」

「......」

「8月13日14時58分、七楽蒼雨、級友に緋雪お嬢様と桃郷禍の追跡および撮影を依頼」

「............」

「8月24日18時22分、七楽蒼雨、桃郷禍に緋雪お嬢様の強姦を依頼。20時30分に受領メッセージの確認」

「..................」



 ......まさか全部、なのか?

 最初から最後まで、全部、バレてるのか......?


 ってか、こんな知り合いの多い往来でそんなこと大声で言われたらマズすぎる!

 いや、緋雪ちゃんをハメるためにここで喋りだしたのは俺なんだけども!


「9月3日21時05分、七楽『ちょっと辞めてくれ!』..................何かしら?」

「何を読み上げてるのか知らないが、俺の名誉を毀損するようなことを言うのは辞めてくれないか?」

「これは信頼のおけるウチの人間に調べさせた蒼雨の悪巧みの調査結果よ。あと、今この周辺にいるのはみんな私の直属の部下だから心配いらないわ」

「はぁ!?」



 緋雪ちゃんの部下だと!?

 いや、それ余計にマズいだろ!?


 こんなん、もしも鬼門の親父さんにバレたりしたら......。

 俺の命なんて簡単に消されるんじゃ......。いや、苦痛なく消されるならまだいい。拷問とかされて苦痛を浴び続ける未来も容易に想像がつく。


 幸い鬼門の家は冤罪には厳しいから、はっきり罪が立証されない限りは大丈夫だろう。

 なら、今俺がやるべきことは全力でとぼけることだけ!


「私は悲しいわ。蒼雨がそこまでして私をハメて振ろうとしていたなんて。私の乙女心はズタズタよ」

「よくわからねぇけど、それで?」

「ふぅん、強気に出るんだ。そうやって誤魔化してたらなんとかなるとでも思ってるのかしら」

「何のことかわからんな」



 心臓はバクバクと早鐘を打っているが、表面上は取り繕う。

 こういうときのハッタリはまぁまぁ得意な方だと自負してる。


「もしかして、お父様は罪が確定しない限りは手を出さないから大丈夫、みたいなことを考えてたりするのかしら?」

「いや? シンプルになんのことかわからないだけだ」


 いやいや図星すぎるわ。



「言っておくけど、お父様は私の言う事ならなんでも信じてくださるわよ? ましてやお父様は私がお嫁に行くことをよく思っていないものね。蒼雨が私を貶めようとしたなんて恰好のエサ、逃すはずがないわ。しかもウチの者が調べた調書まである。必ず信じるでしょうね」



 ......確かに。他人の言葉ならいざしらず、実の娘からのリーク、あの人は信じる......だろうな。






 ............いや待てよ? そう言えば、昨日一昨日、俺は確かに緋雪ちゃんの嬌声を聞いたじゃねぇか。

 桃郷センパイの声かどうかはわからなかったけど、あのとき明らかに男の声が聞こえてきたよな!?

 そうだ。色々確かに聞こえてきてたじゃねぇか。


 緋雪ちゃんが嘘をついたってのは珍しいけど、付け入るならここしかねぇだろ!



「じゃあ俺が聞いた声はなんだったんだ? あの日確かに男の声を聞いたぜ? 録音もしてる。正直に言ってくれていいんだぜ? 俺以外の男とヤッたんだろ?」

「いいえ? 私はまだ誰ともシてないわ」

「だったらあれはどう言い訳すんだよ。あんだけデカい声で喘いでたんだ。緋雪ちゃんのおじさんにも聞こえてたろ」



 そうだよ。鬼門のおじさんが、緋雪ちゃんが俺以外の誰かとシてたことを知ってるなら、一番ひどい目に合うのは俺じゃなくソイツだろ!

 桃郷センパイは終わったらしいから、別人か。誰か知らんがよくやってくれたもんだぜ。



「私がしてたのはただの自慰よ。あなたの声を加工して交尾中の会話を再現したものを使ってスるのがマイブームなの。まぁお父様は私と蒼雨が本当にシてると思い込んでいるみたいなのだけれど。そんなこと、些末な問題よね? だいたい、ウチの者が他人をウチに入れるわけがないじゃないの」



 いや。いやいやいや!

 それは全然些末な問題じゃねぇだろ! ってか、鬼門のおじさん、俺が緋雪ちゃんとヤルことやってるって思ってたからあんなに目の敵にしてきてたのか!?


 それに確かに、関係ない男が鬼門の家に立ち入って、あのおじさんが感知しないわけがない......。


「どんな言い訳を重ねたって、この事実がお父様に知られたら、蒼雨の未来は決まったようなものね」



 まじかよ......。俺、詰んでる......?



「そんな蒼雨に朗報よ?」

「......あん?」



 これ以上なにを言おうってんだ?


「私はね、『私のことを大好きで仕方ないお婿さん』になら、多少嘘つかれても、非道いことをされても、許してあげようかなって思ってるのよ」

「っ!?」

「ところで蒼雨? 話は変わるのだけれど、私に伝えたいことはないかしら?」






 ............話変わってねぇじゃねぇか。


 しかし、なるほどな。道理で今回は妙にコトが上手く運ぶなとは思ってたんだよ。だからこそ兜の緒を締めたつもりだったのに......。

 そうか、緋雪ちゃんはこれを見越して、俺を泳がせてたのか......。


「..................言いたいことなんてねぇよ」

「え? 何かしら? 聞こえなかったのだけれど」



 最後の最後に、口の中で噛み潰すように漏れ出た強がりも、「もう1回」を催促されてしまっては、2度と言えそうにない。

 だってこれ、最後通告みたいなもんだろ。


 もう、諦めるしか、ないか。


「今回の、ことは、緋雪ちゃんのことが、好きすぎて、意地悪したくて......やっちまったんだ」

「あら、そうなの? それにしてはとても非道いことをするのね? 私はとても傷ついたわ。いくら私のことが好きでも、やって良いことと悪いことがあるとは思わないかしら?」



 ......は?

 緋雪ちゃんは俺にこれを言わせるためにやったんじゃないのか?


「いや、その......な?」

「何かしら? ......あぁ、そうそう。私が言う『私のことを大好きで仕方ないお婿さん』っていうのはね、口先だけの人のことじゃないのよ」

「はぁ?」



「生涯、命を懸けてでも私の言うことを聞き続けたいって心の底から思ってて、それを態度と行動で示してくれる人じゃないといけないと思うのよ」

「......何をしたらいいんだ?」

「そんなの、私のことを大好きなお婿さんなら、自分で考えられると思うのだけれど」



 俺に、自分から、緋雪ちゃんに服従する意思を示させるって魂胆か......。


 きっと、この瞬間も撮影中なんだろうな......。

 俺自身の未来を人質に、俺自身で考えた最大級の服従の証を、記録しておくってわけか......。


 相変わらず緋雪ちゃん、エグい性格してやがるよ......。




「申し訳ないんだけど、俺、そういうの得意じゃ『一応』......え?」

「蒼雨は知っているだろうけど一応言っておくわね。私は世界一大好きな人なら、肉体がなくなったって、永遠に私の記憶の中だけの存在にしてしまえるのなら、それも素敵なことだと思うの。だからもしも蒼雨に最期のときがくるなら、そのときは、私が葬ってあげるから心配しなくていいわよ」




 まぁ......そうだよなぁ。緋雪ちゃんはそういう人だよなぁ。


「お、俺......どうしても緋雪ちゃんと一緒になりたいんだ......。非道いことをして、ごめん......。俺を、緋雪ちゃんの夫に、してくれないか......?」

「あらそう。蒼雨の気持ち、とても嬉しいわ。それで? 私に非道いことしたのだし、私の思い出の中で永遠に1つになりたい、ということでいいのかしら?」



 俺は......死にたくねぇ......。

 罠に嵌められたとはいえ、こんな自体を招いたのは、緋雪ちゃんと離れるために余計なことをした俺自身だ。


 いくら俺でもさすがにそこを緋雪ちゃんのせいにする気はねぇ。

 落とし前は、つけんといけねぇよなぁ......。



「俺は、生きて、緋雪ちゃんと........................愛し合いたいと......思ってる。だから、靴舐めでも、何でもする......。だから......許してもらえないか......」

「んー、なんでも、かぁ。そうねぇ.....」



 ............ゴクリ。


「まぁいいわ。約束よ。必ず守ってね?」



 ふぅ。なんとか最悪の事態は免れたらしい。


「それじゃあ早速、1つ目の命令なのだけれど」



 ......命令、か。わかってたけど、お願いとかじゃないんだなぁ。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。


「とりあえず、今から私とお父様のところに行って、『緋雪への性欲が抑えられず襲ってしまいました。責任をとらせてください』って宣言しに行きましょう」

「は、はぁ!?!?!?!? そんなことしたら、俺ぶっ転がされるけど!?」

「大丈夫よ、私が擁護してあげるもの」



 よ、擁護って............最初からそんなこと言わなきゃ問題も起こらないのに......。


「あら、おかしいわね。私のことを本当に大好きなら、家族への挨拶なんて簡単だと思うのだけれど?」

「..............................はぁ、わかったよ」

「嫌なら無理しなくてもいいのよ? 別に私はどっちでもいいもの」



 こっ、このアマぁ〜!


「そんな反抗的な目をするってことは、世界にお別れしたいってことかしら?」

「ちっ、ちげぇよ。いろいろ決意しただけだっての......。ほら、早く親父さんのとこ行くぞ」



 こうなったらもうヤケクソだわ。きれいな嫁さんもらえて嬉しいな、ってポジティブに考えることにしよう......。

 そこだけ見たら俺ぁ幸せもんじゃねぇか。


 あぁ......でも、ただじゃ済まされないだろうなぁ......。











 それから俺が親父さんにドヤされたのは言うまでもないことだが、緋雪ちゃんは宣言通り親身に・・・なって俺を庇ってくれた。

 いや、そもそも緋雪ちゃんのせいなんだから感謝とかしないけどな?


 いつか絶対見返してやる......。















 俺が身も心もがっつり調教されて、緋雪ちゃんの尻に敷かれて心から悦ぶようになるまで、あと約6年。

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関係を終わらせるために他の男をけしかけたんだが墓穴を掘っちまったらしい 赤茄子橄 @olivie_pomodoro

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